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「どけっ!」


 土間に転がされているつくよを遠巻きにしていた使用人たちが、飛びのくように数歩下がった。


「つくよ!」


 着物の襟元を、どす黒く汚したつくよが春尚を見た。


「春さま。私は大丈夫です。少し一ッ葉萩の湯気に当てられただけですから」


「一度に吸い込んだのか」


「ちょっと咽てしまって」


「大事ないか?」


「全部出ちゃいましたから」


 そう言いながらつくよが悪戯が成功した幼子のように目を細めた。


「少し休め」


「いえ、これから薬研で潰さねば」


「後ではダメなのか?」


「ええ。熱いうちでないと」


「では私がやろう」


 二人を囲んでいた者たちから、少なくないどよめきが起きた。


「わたしでよければやりますよ」


 二人が同時に目を向けると、見覚えのある女が肩を竦めた。


「姐さん?」


「久しぶりだね、つくよ」


「お子さまたちの?」


「そっちはお役御免さ……」


 西の棟を世話していた女だった。

 なぜ自分のところの子ばかり死ぬのかと、つくよに詰め寄っていた女は、西の子供たちと共に、薬師が管理する宮中の北の離れへと移ったはずだった。


「……」


 つくよは何も声にすることができず、ゆっくりと視線を春尚に向けた。


「……」


 春尚も何も言わない。

 しかしその目は途轍もないほどの悲しみとやり切れなさを湛えていた。

 その奥に隠しようのない怒りを見たつくよは、すっと視線を女に向けた。


「姐さん。よろしくお願いします」


 頷いた女が、棚の薬研に手を伸ばした。


「水気は?」


「そのままで」


 春尚の胸に体を預けたままのつくよが、遠慮なく指示を出していく。

 女は重たい薬研を軽々と動かし、煎じ終わったばかりの一ッ葉萩を砕いていった。


「それを絞って汁を薬缶に」


「一度煮るか?」


「いえ、むしろ冷やした方がいいです」


「絞ったカスは?」


「乾かして粉薬にします」


 女はほんのひと時、緑色に染まった自分の指先を見た後、ポツリと言った。


「同じなのにのぉ……」


 その声の向こうに、消えていった子供たちの笑顔が見えたような気がして、つくよの胸が重たくなった。


「春さま、そろそろ」


 春尚はずっとつくよを守るように寄り添っていた。

 その場にいる全員がそれを見ている。

 しかし、誰一人として手も口も動かそうとはしていなかった。


「皆は仕事に戻るが良かろう」


 つくよの言葉には応えず、春尚はその一言だけを口にした。

 土間の奥の開け放たれたままの板戸が、風でコトコトと音をさせている。

 できたばかりの薬液が、静かに湯気を立てていた。

 遠くで子供たちの笑い声がしている。

 それに反応した女の手が止まった。


「前の新月の日が、最後じゃった」

 

「……」


「私はお館に戻る手筈になっておった」


「……」


「それでも……離れ難かった」


 女の目に大粒の涙が浮かんだ。

 零れ落ちたそれは、乾いてひび割れが見える女の頬に沁み込んでいく。

 自分で流した涙を、自分で受け止める。

 その現実に、蟀谷が軋むように痛んだ。

 春尚の声が頭上から舞い降りる。


「着替えてきなさい。これは私が運ぼう」


「え?」


「そのままでは千世さまが気に病まれよう?」


「あ……」


「君は西にいた?」


 春尚の視線が女に向いた。


「へぇ、青野と申します」


「すまんが、つくよを助けてやってくれ。暫くでいい。いずれ館へ戻す」


「へぇ、つくよとは知らぬ中でもないです。なぁ? つくよ」


 つくよが体を起こしながら頷いた。


「よろしくお願い申します」


 女は無表情のまま頷き返し、小さな盆に冷ました薬湯をのせ、春尚の前に置いた。

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