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「千世さま!」
朝食の膳の上に鮮血を吐き散らした千世に、つくよが駆け寄った。
使用人たちが一斉に動きだし、バタバタと廊下の板を鳴らしている。
「ゆっくり息を吸ってください」
小さな息を短く繰り返す千世の顔色をつくよが覗き込む。
「これは……馬酔木か」
少し甘い様な匂いに、つくよは顔を顰めた。
「一ッ葉萩……」
つくよはおろおろとするばかりの女中を呼び寄せ、鋭い声を出した。
「私の部屋の行李の中に、茶の麻袋を持ってきて下され!」
「は……はい!」
女中が立ち上がると同時に、つくよは千世に小さな声で言った。
「少しずつです。半分だけにしますから。ね?」
「だめじゃ……つくよ」
「いいえ、分けていただきます」
「つくよ……」
千世の背中に当てたつくよの指先が、赤黒く染まった。
ゴフッと蛙が鳴くような声を出して、千世が血の塊を吐き出した。
「それでよろしゅうございます」
真っ青な顔のまま、つくよが言う。
「ちょっとこのまま横に。つくよがお薬を煎じてまいりましょう」
使用人達とは違う足音で、板の間が揺れた。
「千世!」
入ってきたのは朝成だった。
政務の途中だったのか、着物の袖先を絞ったままだ。
「兄さま……ご心配を」
「かまわぬ。今はしゃべるな」
「馬酔木かと。茶に混ぜられておりました」
つくよがぼそりと報告した。
「なぜ!」
春尚が廊下から大きな声を出した。
「それをあなたが問いますか?」
「しかし春尚! もう何度目じゃ! 二人が来てまだ三月ぞ!」
「さればこそ!」
朝成の肩がビクッと跳ねた。
「さればこそ、為さねばならぬことがございましょう?」
朝成が大きな息を吐いた。
「……すまぬ」
何事も無かったように春尚が千世の体を持ち上げる。
「さあ、千世さま。少し横になりましょう。朔也さまも、すぐに戻られますゆえ」
「朔也……」
「ええ、朝の会でもお力を発揮なさっておいででしたよ。さすがでございます」
「そうですか。朔也はお役に立って居りますか」
言葉にはせず、頷くだけで返事をした春尚と、それを見上げる朝成。
二人は千世が赤く染めた膳をじっと見ていた。
「つくよちゃんは?」
春尚が辺りを目で探した。
「お薬を煎じにいかれました」
麻袋を持って来た女中が小さな声で答えた。
春尚の顔色がさっと変わる。
「床の準備を」
「はいっ」
薄布団の上に千世を寝かせた春尚は、指先を何度かピリピリと動かした後、呟くような声でなにかを唱えた。
千世がゆっくりと目を瞑り、浅いが確実な呼吸を取り戻していく。
「朝成さまは朔也さまを」
「わかった」
「私はつくよちゃんを」
頷いた朝成が廊下へと向かった。
怯える使用人たちに厳しい視線を向けた春尚が、低い声を出した。
「必ず見つけて厳重に処罰する。心当たりのあるものは相応の覚悟をせよ」
数人の女たちがへたり込むようにその場へと蹲る。
それを人睨みした春尚は、ぎろりとひと睨みしてから厨房へと向かった。
「どこへ参る?」
厨房への渡り廊下を、稚児髷の少年が足早に渡っていた。
「薬師さまの御元へと」
「なぜ?」
「使用人が血を吐きまして」
「なんだと?」
「配膳差配の長さまが、何やら悪い病ではないかと……」
春尚はギュッと唇を嚙んだ。
「その者は?」
「え?」
「血を吐いたという者だ」
「土間に」
それ以上何も言わず春尚は駆け出した。




