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春を待って朔也と千世、そしてつくよが宮中へ入ることが決まった。
西の子らはすでに移されて、住む者がいなくなった板の間には、容赦なく西日が差し込んでいる。
馴れるためなのか、東の子たちが昼間には南の棟へ来るようになった。
明るいが賑やかではなかった広間には、バタバタと幼子の足音が響くようになっている。
「もうすぐじゃな」
その様子を見ながら、春尚がつくよに言った。
「ええ、もうすぐですね」
「怖くはないの?」
「そりゃ怖いですよ。母の最期の様子を見ていますからね」
「ああ……見たのか」
「ええ、父が見ておけと」
「すごい方だねぇ、つくよの父御は。何を生業になさっていたの?」
「村の薬師です。母は巫女をやっておりました」
「父御は薬草で、母御は祈禱で病を平らげておられたのか」
「あの力を持っていたのは母だけでしたから」
春尚が不思議そうな顔をした。
「村人は? 一族だろう? 月影の村ではないの?」
つくよが驚いた顔を春尚に向けた。
「そこまでご存じですか。ええ、月影の民はもうおりません」
「……」
「私が最後の一人みたいです」
「君は……いつから知っていたの?」
「そうですねぇ。知識としては教えられておりましたが、実感したのはここに来てからです。最初は千世さまで、そりゃもう驚きましたが、奇妙なほどストンと納得も致しました」
「へぇ……そんな感じか」
「春さまは?」
「え? 私? そうだねぇ、私は生まれた瞬間からかな。なんというか説明し難いが、母の乳を含むより早く、風を呼んでいたそうだよ」
「それはまた……」
「気色悪いだろう? それにね、私たちの一族は半分くらいの確率で、力が備わった子が生まれる。でも、その力量が問題でね」
「力量?」
「うん。私と近い年の者たちの中では三人かな。後の者たちは、せいぜい箸を浮かせるくらいのものさ」
その場面を想像したのか、つくよがクスッと笑った。
「私の兄がとんでもない化け物でね。うん、あれは物の怪の一種だろうよ。だって悪霊を呼び寄せて退治できるのだもの。まあ、その見返りは重たいけれどね」
「見返り?」
「ははは……うん、そんな感じ」
春尚はそれ以上語ろうとはしなかった。
冬の空は低い。
研ぎ澄まされた空気が、まるで結界のようにこの屋敷を覆っていた。
「君には朔也さまと千世さまの中間に部屋が与えられる」
「はい」
「朔也さまのお隣が朝成さまの私室だ。東宮の中でも特に日当たりが良い一角だから、居心地は良いと思うよ」
「そうですか」
春尚は世間話のように東宮の間取りを説明していく。
まるで、身の置き場に困って喋りつづけているようにつくよは思った。
「春さま、ご心配をおかけしますが、私は逃げませんよ」
「え?」
「私に怪我は治せません。せいぜい傷に貼る薬草を練るくらいじゃ。でも病なら……」
「つくよちゃん?」
「母は無理やり吸わされました。でも私は違いますから」
「それは……」
「お役に立てるなら父も母も喜びましょう」
「いや、それは」
「私ね、春さま」
春尚が改めてつくよの目を見た。
「少しうれしいのです。春さまのお役に立てるのが」
「……」
つくよがパンと自分の頬を叩いた。
「さあ、夕餉の膳を運びましょうか」
パタパタと走り去るつくよの帯を見ながら、春尚は頬に集まってくる熱を持て余した。




