13
その日を境に、千世は何かを書き続けているし、朔也はじっと考え事ばかりをしていた。
朝成と春尚が来る頃には、いつもの二人に戻っているのが、むしろ痛々しいとつくよは感じていた。
初雪が庭を染めた日の夕方、朔也が千世とつくよを呼んだ。
「姉さま、そしてつくよ。私は東宮へ参ろうと思う」
千世がギュッと目を瞑る。
つくよは胸の奥に重たい何かが雪崩れ込んだような気持になった。
「ここで座して待つのも辛いからね」
朔也が自嘲するような声で重ねた。
「朔也。覚悟を決めましたか。それなら私も覚悟を決めましょう」
「姉さま?」
「私も共に参る。藍丸と結は残す」
つくよは喉が張り付いたように声が出せずにいた。
「そしてつくよ。あなたも」
「え?」
「ここに居ては危ない。私たちが出れば、東宮兄さまも春尚さまも、それほど足しげくには来られますまい。そんな場所につくよを置くのは危険が過ぎる」
「それは……」
千世がつくよの手を取った。
「ごめんね、つくよ。あなたの力にはずっと前から気づいていたの。でも……それを利用していたわ。本当にごめんなさい」
「いえ! そんな……私が勝手にやったことです」
朔也の手が二人の手に重なった。
「私も気づいていたんだ。すまなかったね。苦しい思いをしただろう?」
つくよは身の置き所が無いように、じっと縮こまった。
「でもね、共に行けば逃がす算段もつけやすい。春尚さまが手をお貸し下されるはずじゃ」
「しかし……結さまや藍丸さまが……」
朔也が声を低めた。
「もう新たな毒は持ち込まれまい。代が移れば子は替わる」
「朔也さま?」
朔也が小さな肩を竦めて見せた。
「実はね、ずっと迷ってた。私の臓物が薬となり命を刈り取られるのが良いか。それとも兄さまの代わりに散らすのが良いか。もうずっと考えたよ」
千世が悲しそうな顔で視線を下げた。
「父帝のお命を繋ぐ役目は大切だ……でもね、もう……」
「……」
「だとするならば、兄上の身代わりとなった方が世のためとなるのではないかと思う。まあ、この首をはねられたとしても、薬師たちが飛んできて、心の臓は持ちかえるだろうしね」
「そんな……」
「そう考えたら心が座ったよ」
「朔也さま……」
千世が朔也の頭を撫でた。
「だからこそです。だからこそ私も共に参るのですよ」
「姉さま?」
「一人では難儀でも、二人なら少しは軽くなりましょう。つくよのこともな」
朔也は一度だけ天井を仰ぎ見てから頷いた。
「姉さま。ありがとうございます」
「何を仰るやら。こちらこそですよ、朔也」
つくよは二人の覚悟に眩暈すら覚えた。
庭木の枝から雪が落ちる。
その音が、あまりにも場違いに思えて、つくよは少し悲しくなった。
「私はどういう理由でお供できましょうか」
朔也がニヤッと笑う。
「そりゃ動けない私の世話だよ。現にそうだろう? 私はつくよに支えてもらわなければ、厠にも行けない身だよ?」
千世がクスッと笑った。
「そうであったな。私の枯れ枝のような腕では、大きくなった朔也を支えることはできぬ」
「ははは!」
幼気な声で笑う二人。
つくよは涙を必死で堪えた。
そしてその夜。
「本当か?」
結と藍丸に干菓子を渡しながら、朝成が明るい声を出した。
「はい、兄さま。良しなにお願い申し上げます」
「千世も来てくれるのか?」
「はい、兄さま。私もお役に立てればと存じます」
「そうか……そうか。来てくれるか。これほど心強いことはない。お前たちが共に負ってくれるなら、私も耐えることができようぞ」
春尚は朝成の後ろで何も言わず、ただじっとつくよを見ている。
つくよはその視線から逃れるように、嬉しそうに干菓子を割る結の指先ばかりを見つめていた。
「必ず守ると誓う。お前たちを脅かすものは、私が必ず排除する」
朝成の目が力強く輝いた。
それを見ながら、千世と朔也がそっと目を合わせる。
春尚は苦々しい目で朝成を盗み見るに留めた。
「つくよも共に参ります」
千世の言葉に春尚が反応した。
片膝を動かそうとした瞬間、つくよが声をあげる。
「はい。私も参ります」
「つくよちゃん!」
「春さま。もう決めました」
「それは……」
「もう決めたのでございます」
キッパリと言い切ったつくよに、唇を嚙む春尚。
「ダメだ……君は……」
千世が春尚に向き直った。
「だからでございますよ、春さま」
春尚が虚ろな目を千世に向けた。
「私たちが共にいた方が良い。兄さまも春さまも一緒に守って下さいましょう?」
「それは……」
朝成が三人の顔を順番に見ていく。
朔也が軽い声を出した。
「私には身近で世話をしてくれるものが必要なのです。こればかりは慣れておらぬと、互いに気まずいし、体も痛む」
「ああ、なるほどな。それはそうだろう。よし、わかった。そのように計らおう」
「東宮さま!」
春尚が鋭い声を出したが、もう何も変わらないことは自身が一番理解していた。
ホウッと大きく溜息を吐いた春尚がつくよに向き直る。
「全力で……お守り申す」
つくよはただ頭を下げて笑顔を向けた。




