表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

13

 その日を境に、千世は何かを書き続けているし、朔也はじっと考え事ばかりをしていた。

 朝成と春尚が来る頃には、いつもの二人に戻っているのが、むしろ痛々しいとつくよは感じていた。

 初雪が庭を染めた日の夕方、朔也が千世とつくよを呼んだ。


「姉さま、そしてつくよ。私は東宮へ参ろうと思う」


 千世がギュッと目を瞑る。

 つくよは胸の奥に重たい何かが雪崩れ込んだような気持になった。


「ここで座して待つのも辛いからね」


 朔也が自嘲するような声で重ねた。


「朔也。覚悟を決めましたか。それなら私も覚悟を決めましょう」


「姉さま?」


「私も共に参る。藍丸と結は残す」


 つくよは喉が張り付いたように声が出せずにいた。


「そしてつくよ。あなたも」


「え?」


「ここに居ては危ない。私たちが出れば、東宮兄さまも春尚さまも、それほど足しげくには来られますまい。そんな場所につくよを置くのは危険が過ぎる」


「それは……」


 千世がつくよの手を取った。


「ごめんね、つくよ。あなたの力にはずっと前から気づいていたの。でも……それを利用していたわ。本当にごめんなさい」


「いえ! そんな……私が勝手にやったことです」


 朔也の手が二人の手に重なった。


「私も気づいていたんだ。すまなかったね。苦しい思いをしただろう?」


 つくよは身の置き所が無いように、じっと縮こまった。


「でもね、共に行けば逃がす算段もつけやすい。春尚さまが手をお貸し下されるはずじゃ」


「しかし……結さまや藍丸さまが……」


 朔也が声を低めた。


「もう新たな毒は持ち込まれまい。代が移れば子は替わる」


「朔也さま?」


 朔也が小さな肩を竦めて見せた。


「実はね、ずっと迷ってた。私の臓物が薬となり命を刈り取られるのが良いか。それとも兄さまの代わりに散らすのが良いか。もうずっと考えたよ」


 千世が悲しそうな顔で視線を下げた。


「父帝のお命を繋ぐ役目は大切だ……でもね、もう……」


「……」


「だとするならば、兄上の身代わりとなった方が世のためとなるのではないかと思う。まあ、この首をはねられたとしても、薬師たちが飛んできて、心の臓は持ちかえるだろうしね」


「そんな……」


「そう考えたら心が座ったよ」


「朔也さま……」


 千世が朔也の頭を撫でた。


「だからこそです。だからこそ私も共に参るのですよ」


「姉さま?」


「一人では難儀でも、二人なら少しは軽くなりましょう。つくよのこともな」


 朔也は一度だけ天井を仰ぎ見てから頷いた。


「姉さま。ありがとうございます」


「何を仰るやら。こちらこそですよ、朔也」


 つくよは二人の覚悟に眩暈すら覚えた。

 庭木の枝から雪が落ちる。

 その音が、あまりにも場違いに思えて、つくよは少し悲しくなった。


「私はどういう理由でお供できましょうか」


 朔也がニヤッと笑う。


「そりゃ動けない私の世話だよ。現にそうだろう? 私はつくよに支えてもらわなければ、厠にも行けない身だよ?」


 千世がクスッと笑った。


「そうであったな。私の枯れ枝のような腕では、大きくなった朔也を支えることはできぬ」


「ははは!」


 幼気な声で笑う二人。

 つくよは涙を必死で堪えた。

 そしてその夜。


「本当か?」


 結と藍丸に干菓子を渡しながら、朝成が明るい声を出した。


「はい、兄さま。良しなにお願い申し上げます」


「千世も来てくれるのか?」


「はい、兄さま。私もお役に立てればと存じます」


「そうか……そうか。来てくれるか。これほど心強いことはない。お前たちが共に負ってくれるなら、私も耐えることができようぞ」


 春尚は朝成の後ろで何も言わず、ただじっとつくよを見ている。

 つくよはその視線から逃れるように、嬉しそうに干菓子を割る結の指先ばかりを見つめていた。


「必ず守ると誓う。お前たちを脅かすものは、私が必ず排除する」


 朝成の目が力強く輝いた。

 それを見ながら、千世と朔也がそっと目を合わせる。

 春尚は苦々しい目で朝成を盗み見るに留めた。

 

「つくよも共に参ります」


 千世の言葉に春尚が反応した。

 片膝を動かそうとした瞬間、つくよが声をあげる。


「はい。私も参ります」


「つくよちゃん!」


「春さま。もう決めました」


「それは……」


「もう決めたのでございます」


 キッパリと言い切ったつくよに、唇を嚙む春尚。


「ダメだ……君は……」


 千世が春尚に向き直った。


「だからでございますよ、春さま」


 春尚が虚ろな目を千世に向けた。


「私たちが共にいた方が良い。兄さまも春さまも一緒に守って下さいましょう?」


「それは……」


 朝成が三人の顔を順番に見ていく。

 朔也が軽い声を出した。


「私には身近で世話をしてくれるものが必要なのです。こればかりは慣れておらぬと、互いに気まずいし、体も痛む」


「ああ、なるほどな。それはそうだろう。よし、わかった。そのように計らおう」


「東宮さま!」


 春尚が鋭い声を出したが、もう何も変わらないことは自身が一番理解していた。

 ホウッと大きく溜息を吐いた春尚がつくよに向き直る。


「全力で……お守り申す」


 つくよはただ頭を下げて笑顔を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ