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 月が天上を超えた頃、弟妹達と共寝する朝成を確認した春尚が、つくよを手招きした。


「ちょっとこちらにおいでよ。つくよちゃん」


 縁側に出るつくよ。

 少し肌寒いと思った瞬間、ふわっと薄掛けが肩に掛かった。


「あ……ありがとうございます」


 春尚は何も言わない。

 二人はただ黙ったまま夜空を見上げていた。

 生垣が風に揺れたのか、がさりと音をたてる。


「なあ、つくよちゃん。実はね、君に伝えなくちゃいけないことがあるんだ」


「なんですか?」


「君は……もう逃げた方がいい」


「え?」


「役人たちが君の故郷を家探しした」


「……」


「君の母御の墓が暴かれた。骨でも効くんじゃないかって考えたのだろう。浅はかな事だ」


 つくよは表情を変えずにじっと縁側の板に開いた節穴をみていた。


「ははは。やはり知っていたか」


「え?」


「母御はあそこには眠っていないのだろう? もしかすると父御と一緒に?」


 つくよは覚悟を決めた。


「海に……撒きました。そうせよとお父様が言い残されましたので」


 春尚は小さく肩を竦めた。


「賢明なご判断だ。でもね、あそこには骨があったんだよ」


「え? まさか……」


「役人どもはわからなかったみたいでね。後生大事に宮中に持ち帰った。私はずっとそれをみていたんだ」


「なぜ骨が……」


「うん。あれは父御のささやかな復讐だろうね。埋まっていたのは鹿の骨さ。うん、ここらへんかな? 丁度良い太さだったから」


 そう言いながら、春尚が自分の太ももを指さした。


「え? えぇぇぇぇ!」


「良いじゃない。それくらい」


「でも」


「良いんだよ。どうせ何の効能も無いのだから」


「……」


「そうやって君たちの一族は滅んでいったのだろうね」


 つくよがギュッと拳を握った。


「君が最後の一人なのかは聞かないよ。でもね、君はもうここを離れるべきだ」


「それで東の棟を?」


「いや、それは違う。分けすぎても手間がかかるだけだろう? それに今、宮中は少し荒れている」


「荒れている?」


「うん。朝成さまも二度ほど毒を盛られた」


「えっ!」


「だからここに来ることを容認しているってわけ。ここが安全というわけではないけれど、東宮よりはずっとマシさ」


 つくよが厳しい目で春尚を見返した。


「そんなところへ朔也さまを?」


「うん」


「なぜ! 朔也さまはご自分では動けないのですよ? もしも賊が……」


 春尚が真剣な目でつくよを見つめた。


「だからこそだ」


「……」


「朝成さまは次期帝として立たねばならん。しかし、それを阻止せんとする一派がいる。まあ、元凶は知れているから手は打ってあるけれどね」


「だったら!」


 春尚がつくよの手を優しく握った。


「危険は分散すべきだ」


 つくよが飲んだ息に草の葉先がするりと揺れた。

 部屋の中でかさりと寝がえりの音がする。


「朝成さまは……」


「ご存じないよ。彼は優し過ぎる。というか、私に言わせればお心が柔らかすぎるんだ」


「……」


「帝になる素質はあるのに、実に惜しい。そこにつけ込まれる」


「……」


 つくよがぼそりと何かを言った。


「え? なぁに?」


「お可哀想だと申しました。朝成さまも、朔也さまも。みんなみんな! なぜ? そんなの酷いです」


「……ああ、そうだね」


「あなたもですよ、春さま」


「え?」


「あなたもお可哀想です」


 春尚の眉が下がる。

 今にも涙がこぼれそうなその瞳を、つくよはまっすぐに見上げた。

 風が消えた。

 耳の奥でジンジンという音がする。


「ほら、もう星が帰ろうとしている。我らも戻ることにしよう」


 春尚がスクッと立ち上がった。

 からりと障子を開けて、指先を朝成に向けた。


「このお子はね、寝るとなかなか起きないんだ。きっと心根は結さまより幼い」


 つくよが目を丸くする。


「だからお守りしたくなる」


 春尚が指先を動かすと、朝成の体が吸い寄せられたように宙を泳いだ。


「じゃあ、またね。きっと明日も来るって言いだすだろうけれど」


 クスッと笑った春尚が、朝成の体を腕に乗せて抱える。


「おやすみ、つくよちゃん。良い夢見をね」


 二人の体が霞んでいく。

 つくよはただ呆然とそれをみていた。

 二人が消えた空間に、最後の瞬きを終えた星が雲に消えた。

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