12
月が天上を超えた頃、弟妹達と共寝する朝成を確認した春尚が、つくよを手招きした。
「ちょっとこちらにおいでよ。つくよちゃん」
縁側に出るつくよ。
少し肌寒いと思った瞬間、ふわっと薄掛けが肩に掛かった。
「あ……ありがとうございます」
春尚は何も言わない。
二人はただ黙ったまま夜空を見上げていた。
生垣が風に揺れたのか、がさりと音をたてる。
「なあ、つくよちゃん。実はね、君に伝えなくちゃいけないことがあるんだ」
「なんですか?」
「君は……もう逃げた方がいい」
「え?」
「役人たちが君の故郷を家探しした」
「……」
「君の母御の墓が暴かれた。骨でも効くんじゃないかって考えたのだろう。浅はかな事だ」
つくよは表情を変えずにじっと縁側の板に開いた節穴をみていた。
「ははは。やはり知っていたか」
「え?」
「母御はあそこには眠っていないのだろう? もしかすると父御と一緒に?」
つくよは覚悟を決めた。
「海に……撒きました。そうせよとお父様が言い残されましたので」
春尚は小さく肩を竦めた。
「賢明なご判断だ。でもね、あそこには骨があったんだよ」
「え? まさか……」
「役人どもはわからなかったみたいでね。後生大事に宮中に持ち帰った。私はずっとそれをみていたんだ」
「なぜ骨が……」
「うん。あれは父御のささやかな復讐だろうね。埋まっていたのは鹿の骨さ。うん、ここらへんかな? 丁度良い太さだったから」
そう言いながら、春尚が自分の太ももを指さした。
「え? えぇぇぇぇ!」
「良いじゃない。それくらい」
「でも」
「良いんだよ。どうせ何の効能も無いのだから」
「……」
「そうやって君たちの一族は滅んでいったのだろうね」
つくよがギュッと拳を握った。
「君が最後の一人なのかは聞かないよ。でもね、君はもうここを離れるべきだ」
「それで東の棟を?」
「いや、それは違う。分けすぎても手間がかかるだけだろう? それに今、宮中は少し荒れている」
「荒れている?」
「うん。朝成さまも二度ほど毒を盛られた」
「えっ!」
「だからここに来ることを容認しているってわけ。ここが安全というわけではないけれど、東宮よりはずっとマシさ」
つくよが厳しい目で春尚を見返した。
「そんなところへ朔也さまを?」
「うん」
「なぜ! 朔也さまはご自分では動けないのですよ? もしも賊が……」
春尚が真剣な目でつくよを見つめた。
「だからこそだ」
「……」
「朝成さまは次期帝として立たねばならん。しかし、それを阻止せんとする一派がいる。まあ、元凶は知れているから手は打ってあるけれどね」
「だったら!」
春尚がつくよの手を優しく握った。
「危険は分散すべきだ」
つくよが飲んだ息に草の葉先がするりと揺れた。
部屋の中でかさりと寝がえりの音がする。
「朝成さまは……」
「ご存じないよ。彼は優し過ぎる。というか、私に言わせればお心が柔らかすぎるんだ」
「……」
「帝になる素質はあるのに、実に惜しい。そこにつけ込まれる」
「……」
つくよがぼそりと何かを言った。
「え? なぁに?」
「お可哀想だと申しました。朝成さまも、朔也さまも。みんなみんな! なぜ? そんなの酷いです」
「……ああ、そうだね」
「あなたもですよ、春さま」
「え?」
「あなたもお可哀想です」
春尚の眉が下がる。
今にも涙がこぼれそうなその瞳を、つくよはまっすぐに見上げた。
風が消えた。
耳の奥でジンジンという音がする。
「ほら、もう星が帰ろうとしている。我らも戻ることにしよう」
春尚がスクッと立ち上がった。
からりと障子を開けて、指先を朝成に向けた。
「このお子はね、寝るとなかなか起きないんだ。きっと心根は結さまより幼い」
つくよが目を丸くする。
「だからお守りしたくなる」
春尚が指先を動かすと、朝成の体が吸い寄せられたように宙を泳いだ。
「じゃあ、またね。きっと明日も来るって言いだすだろうけれど」
クスッと笑った春尚が、朝成の体を腕に乗せて抱える。
「おやすみ、つくよちゃん。良い夢見をね」
二人の体が霞んでいく。
つくよはただ呆然とそれをみていた。
二人が消えた空間に、最後の瞬きを終えた星が雲に消えた。




