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それから夏が来て秋が過ぎた。
季節ごとに膳にのる甘味は変わる。
ようやく上半身を起こせるようになった朔也にとって、その変化だけが楽しみだった。
「栗ご飯ももうこれで終いだそうです」
つくよが夕餉の膳を持ち込んできた。
「もう?」
結が唇を尖らせた。
藍丸が座布団を運んでいる。
「銀杏も旨かったな」
ふと思い出したような声が縁側からした。
「東宮兄さま、お出でなされませ」
その後ろから烏帽子を脱ぎながら春尚も顔を出した。
「お出でなされたのか、戻られたのか分らぬなぁ」
クスッと笑ったのは千世とつくよだ。
「そう言うな。せねばならぬことはきちんとしておる」
「当たり前ですがね」
春尚は容赦ない。
「結、少しは上手くなったか?」
飯粒に埋もれる黄金色の栗を、匙で掬いながら結が頷いた。
「もう私と投げ渡しができるようになりました」
そう言ったのは朔也だ。
「お前もよくがんばっておるな。今日はこれを持って参った」
朝成が懐から紙縒りで綴じた紙の束を出した。
「官位をまとめたものじゃ。お前には覚えてもらわんとな」
それを動かない膝に受けとりながら、朔也は少しだけ視線を下げた。
「やはり行かねばなりませぬか」
春尚がつくよから栗ご飯が盛られた椀を受けとりながら言った。
「行先は違いますよ。あなたが行くのは東宮の書庫だ」
「え?」
「私の手助けをしてはくれぬか?」
朝成が静かな声を出した。
「兄さまの……手助け?」
「ああ、お前は私より賢い」
「そんな……」
春尚は何も言わず栗ご飯を頬張っている。
その膳に、つくよがスッと香の物を置いた。
「千世。そのような顔をしないでおくれ。朔也は私が必ず守る」
「兄さま……」
藍丸も結も、この半年で随分背が伸びた。
千世の顔色も少しずつ戻っている。
「ああ、そうだ。今日は大切なお知らせがありました」
最後の一切れを飲み下した春尚が、何でもないような調子で言葉を続ける。
「東のお子たちがこちらへ移られます」
「え?」
「あそこはもう二人しか居られませぬでなぁ」
「もう……二人になったのか」
千世がギュッと目を瞑った。
「西は?」
朔也が聞く。
「西はここから離されます。宮の別館にね」
「それは……どういう……」
その問いには誰も応えなかった。
「父帝様はそれほどに?」
千世の声に、朝成と春尚が視線を逸らした。
「だから急いておる。朔也、心を決めてはくれまいか」
朔也は返事を返さず、すっと自分の茶碗から栗をひとつ掬いあげて、藍丸の茶碗にのせてやった。
つくよはふと西と東の世話をしていた女たちの行く末が気になった。
「姐さん方はどのように?」
春尚が少しの間つくよの顔を見てから声を出した。
「西の女は共に別館へ行く。東の女はここに入る」
「ここに?」
「ああ。ここは二人でみてもらうことになる」
つくよと千世がほとんど同時に息を吐いた。
「わかりました」
廊下が鳴り、使用人が薬湯を持って来たと声を掛ける。
春尚の目がスッと青みを帯びて、朝成の姿が霞んだ。
「はぁい。ただいま」
つくよが立ちあがり障子を開ける。
「最後の栗めしはどうでしたかな?」
「大変美味しゅうございました」
結が元気な声を出した。
「それは重畳。そろそろなばえ(=茸の類)が乾いて来る頃ですので、次はなばえ粥がお口に入りましょうぞ」
茸類が好きな藍丸が嬉しそうに笑い、苦手な結は悲しそうな顔になった。
「お膳は私が戻します」
「ああ、頼むよ。今宵は少し冷えそうじゃ。早めに障子を閉めなされよ」
「はい」
空になった盆を抱えて使用人が下がっていく。
つくよが庭に面した障子を閉めようと立ち上がった。
「今しばらくそのままで」
そう言ったのは春尚だった。
すぐ足元の草むらで鈴虫が鳴いている。
遠くで何かが飛び立つ羽の音がした。
「朔丸様、お心を決めなされ」
春尚の声は柔らかかったが、その芯は揺らぎそうにないほどに固い。
「しかし私は動けませんよ?」
「大丈夫ですよ」
千世がふと思い出したように言う。
「東の棟といえば、伊吹や小夜が去ってどれほどになるかのぉ?」
「まだ半年ほどでございますよ」
「半年か。そういえばまだ寒い頃であったな」
東の棟にいた二人の子供は、よくこの南棟に遊びに来ていた。
一緒に白玉を食べたりしたものだ。
「あれらの後は来なんだのぉ」
「帝はずっと臥せっておられますのでね」
意味が解らない結と藍丸が不思議そうな顔をした。
「さあ、薬湯でございますよ」
場の空気を変えようとつくよが盆に指先をかけた。
二人の幼児は飲む前から苦そうな表情を浮かべている。
「がんばったらこれを進ぜよう」
霞から人に戻った朝成が、懐から小さな巾着を出した。
「なあに?」
「甘露玉というてなぁ、もうそれはこの世のものとは思えぬほどに甘いのだ」
結と藍丸が、競うように湯飲みに手を掛けた。
庭ではまだ鈴虫が鳴いている。
俯いたままの朔也を、心配そうな顔で千世が見つめていた。
つくよは、父親が呟いた今際の句をぼそりと唇にのせた。
「世の中よ 道こそなけれ 思いいる 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる」
春尚がふと顔を上げた。
「ここは鈴虫だけどね」
朔也がフッとハナから息を漏らした。
「俊成卿の歌であったか? つくよはよう知っておるな」
「ああ、これは……」
「父君に教わったか?」
春尚の言葉につくよの肩がビクッと揺れた。




