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一巴とマリアが邂逅した場所とは少し離れたところに朝光はいた。
半分以上植物に浸食された建物の一室。ショーウインドーの黄ばんだマネキンと、カーテンの破れた試着室を見るにここは以前はアパレルショップだったことが分かる。
店の奥の部屋――並ぶロッカーから更衣室だったと憶測される部屋に朝光は隠れていた。
「救済の光よ、傷を癒し我らを救いたまえ」
ぐったりとしている伊三に、癒しの魔法の呪文を唱えるも何も起こらない。何度も繰り返すが、結果は変わらない。
「っクソ」
肝心な時に発動しない魔法に、朝光は苛立ちを露にする。
伊三の意識は既になく、苦しそうに息を吐く。たまにうなされたように、苦し気に唸るばかりだ。このままでは伊三の命が危ないのは火を見るよりも明らかだ。なにも出来な無力な自分が歯がゆくて仕方ない。
このままでは甚内に続き伊三まで失ってしまう。そんなことにはしたくない。ならば今自分に出来ることは何だろうか、朝光は考える。
ここには薬も治療できる術も何もない、しかしベフライエンならば医療知識がある頼成がいる。あそこならきっと薬もあるに違いない。
今すぐに伊三をベフライエンまで連れて帰りたい。だがマリアとエンカウントした今それは出来ないだろう。一巴も置いて行くことはできない。ならば早急にマリアを倒すのが、今朝光がやるべきことではないだろうか。
「さて、どう戦うべきか……」
意気込んだものの策は何もない。あったとしても相手は心を読めるのだから、どんな作戦を考えても対策されてしまっては元も子もない。むしろ逆に窮地に陥りかねないだろう。
ならば今朝光が出来ることは、相手が心を読んだうえで対策を講じる前に攻撃を決めるそれしかなかった。
朝光は自分が他人よりも反射神経も瞬発力も勝っている自信がある。対してマリアは全て人並みといったところではないだろうか。彼女と対峙したのはまだ短い時間でしかないので断定はできないが。
だが素手の竜子の場合と違って相手の武器は銃火器だ。見ただけでもショットガンとハンドガンの二種類を有している。その二つ以外にもまだ何かしらの武器を持っている可能性も高い。
朝光の反射神経と動体視力をもってすればギリギリ避けれないこともないが、連射されればひとたまりもない。それに逃げてばかりではなん意味もないのだ。反撃しなければ。
早速壁にぶち当たって頭を抱えてしまう。こんがらがった頭を解すためにこめかみを拳でぐりぐり刺激する。
そんな時、店の方からなにやら物音が聞こえてきた。マリアが来たのだと直感的にそう思った。
「伊三、すぐ戻るから待っててくれ」
眠る伊三に話しかけると、朝光は更衣室の扉に手をかけた。結局大した策は何も思いつかなかったが、タイムリミットだ。マリアにはきっと更衣室にいることなどお見通しだろうから自ら出て行く。ではないと、ここまで押し入られて意識のない伊三を危険にさらしかねない。
それにしても今来たということは、マリアはおそらく今まで一巴を追っていたのだろう。しかし一巴は殺されてはいないだろうと朝光は考えていた。
マリアの狙いは元々朝光だ。それに加え、一巴は隠してこそいるが女子である。パッと見ただけでは女子とはわからないだろが、心が読めるマリアにはお見通しだろう。
あれだけ男にたいして嫌悪をあらわにしていたマリアだ、一巴が男じゃないと知ったらきっと殺さないでくれるはずだと朝光は考えていた。
◆
「あら自分から出てくるなんて、殺される覚悟が出来たってことかしら?」
予想通り、店内にはマリアが仁王立ちで立っていた。
「死ぬ気はないさ。君を倒して伊三を助ける!」
「ッハ、吠えられるのも今のうちよ」
マリアはショットガンを構えた。今にでも、引き金を引きかねないマリアに、朝光話しかける。
「その前に一つ聞いておきたいことがある」
「安心なさい、殺してはいないわよ。私男しか殺さないの」
心を読んだマリアが朝光が問いかける前に返事を返す。
マリアの言葉に、一巴が無事であることに安心する。そして、マリアが女性には手を出さないことを確信した。
「そうか、ありがとう。これで君との戦いに集中できるよ」
「気持ち悪い男ね。魔女なんかに礼を言うなんて。しかもそれがポーズでもおべっかでもなく、本音とか……!」
苦虫を噛み潰したような表情で、呟くとマリアは手にしたショットガンを打ってきた。それを朝光は危うくも避ける。しかしマリアの攻撃は止まらない。続くように次は二発打ってきた。
壁に掛けてあった鏡をとっさに手に取り、盾代わりにして攻撃をしのぐ。が、二発目の弾に、無残にも砕けてしまってもう使えそうにない。
使い物にならなくなった鏡をそのまま投げつける。全力の力で投げられた鏡は、回転を加えて真っすぐマリアへと向かって行った。しかし彼女にたどり着く手前で銃弾の餌食となり、地面へと真っ逆さまに落ちていった。
「っ……!」
撃ち落された際に飛び散った鏡の破片が、マリアの白い頬に一筋の傷をつけた。どうやら人の意志を介さないものは避けられないこともあるらしい。
やはりマリアの反応速度は朝光や竜子には劣るようだ。これをうまく応用すればマリアを倒すことも出来るかもしれないと、朝光が考え始めたところで冷淡な声が聞こえた。
「確かに私は、人の心は読めても未来視なんてものは出来ないから事故などの偶然起きた物は避けることが出来ない。でもそれを知ったからといってどうなるの? 偶然は偶然でしかない。人の意志が絡んだ途端にそれはもう偶然ではなくなるのだから、私の異能力の範疇よ」
頬を流れる血を手の甲で拭いながら朝光をねめつける。
「それでも俺はお前を絶対に倒す!」
勢い良く切った朝光の啖呵に、マリアは冷淡な視線を返すばかりだった。
狭い店内では手狭で戦いづらい。しかしそれは相手も同様だ。棚や姿見などの遮蔽物が多いこの場所だと、死角も多く射撃の邪魔になる。身軽な朝光はそれらを利用することにした。
棚の陰に隠れ、その辺にあるものを手当たり次第に投げつける。
「ッチ、うっとおしいわね」
マリアはそれらを全て避けたり撃ち落したりして対応する。その間にも徐々に朝光が距離を詰めてきているのは当然気づいていた。
ショットガンの弾が切れたのか物陰に隠れて素早く装填する。当然その機を見逃す朝光ではない。この時を待ってたとばかりにマリアに飛びかかった。
彼女の武器は基本飛び道具。間合いにはいってさえしまえば朝光にも十分に分がある。じわじわと距離を詰めて隙を伺っていた。
「懐に入ればこっちのものだ!」
「しまった!」
焦った表情のマリア。しかしそれは一瞬ことで、歪んだ唇はすぐに笑みへと変わる。
「……なんてね」
左手の篭手から仕込んでいたナイフを引き抜くと、朝光の顔面目掛けて斬りつける。
「ぐぅ!」
とっさに身を引いたものの予想外のことに間に合わず、ざっくり目の上を切られてしまう。眼球まではいかなかったものの、瞼からドッと血が溢れ出て視界が赤く染まる。
このままでは不利だと思い後ろに飛びのこうとしたものの、それを許すマリアではない。視界が塞がれた左側からハンドガンのグリップで殴りつける。朝光がひるんだ隙を狙って、足払いをかけた。
「……っ!」
起き上がる隙など与えないとばかりに、マリアは朝光の腹部を踏みつけて床に縫い付ける。それでもなお体を捻り起き上がろうとする朝光。比較的軽めのマリア相手なら、朝光が全力で抗えば跳ねのけられないこともない。
「させないわよ!」
朝光の心を読んだマリアはそうはさせまいと、躊躇なく朝光の両足を打ちぬいた。
「ぐあぁ!」
朝光の悲痛な絶叫がこだまする。
「大人しくしておけば痛い目に合わずに楽に逝けたのに、馬鹿ね。下手に抵抗なんてするから足に穴なんてあけちゃうのよ」
傷口からは真っ赤な血がドクドクととどめなく流れ出る。傷口が焼けるように熱い。無理をすれば立てないこともないが、もう先ほどまでの様に走り回ることはできないだろう。
「もう、お遊びは終わりよ」
ゾっとするほどキレイな微笑みをたたえるマリアをぼんやりと見つめる。その姿は童話に出てくる恐ろしい魔女のように思えた。
額に突き付けられた銃口が氷のように冷たい。朝光は死を覚悟した。
走馬灯が朝光の頭を駆け巡る。
転んで泣きじゃくる妹。どんな時も朝光に引っ付いて回って、トイレにまで付いて来ようとする妹。初めて魔法が使えて時に嬉しそうに報告してきた妹。大きくなっても昔と変わらず慕ってくる妹。
何故か思い出すのは妹の姿ばかり。俺がいなくなって今頃アイツ泣いてたりすんのかな。なんて考えながら朝光は目を閉じた。
「ごめんな、若狭……」
相手に届くこともない謝罪を口にした。
「朝光!」
聞こえてきた声は誰のものか思い出す前に、銃声が鳴り響いた。
◆
マリアと別れた一巴は、遅れてその後を追った。急いで表通りに出たものの、出遅れたために既にマリアの姿は見当たらない。
彼女の居場所を知る方法なんて一巴にはない。だからと言ってこのまま待っていることなんてできなかった。マリアが去ってからさほどの時間は経っていない。ならばいずれ追いつくかもしれないと、マリアが向かった方向へと走り出した。
時折聞こえる銃声を頼りに、一巴は半壊した一軒のアパレル店へとたどり着いた。店内には二人の人間がいるように見えるが、外からでは店舗の前にある大きな木が邪魔でよくは見えない。木の陰からそっと店内を覗き見る。
中には探していた人物――朝光とマリアがいた。床に倒れ込む朝光とそれを踏みつけるマリア。なにやら話しているようだが全く聞こえない。
朝光の額にマリアが銃口を押し付けたのを見た瞬間、衝動的に一巴は走り出していた。駆けつけても何もできやしない。そんなことはわかっていたが、それでも駆け出さずにはいられなかった。
絡まりそうになる足を叱咤し、必死に手を伸ばす。それでもきっと間に合わない。誰か、神でも仏でも悪魔でも誰でもいいから朝光を助けてほしい。なんでもする、命を差し出してもいいから。一巴は何かに祈った。今までにないくらいに、男たち三人に囲まれた時以上に一巴は必死に祈った。
「朝光!」
喉が裂けるのではないかというほどに、悲痛な声で目の前の男の名を呼ぶ。
声に重なるように無情なまでの銃声が鳴り響いた。終わったと思った。間に合わなかったのだと。
しかし次の瞬間辺りが眩い光に包まれる。この光に一巴は見覚えがある。朝光が目前に現れた際の光と酷似していた。
光が収まったとき、朝光の姿は消えていた。いや、正確には一巴の視界から消えていたが正しいだろう。
今一巴の視界には床に座り込み、驚愕の表情で固まるマリア。その手前には緑色の壁――もとい植物の壁が出来上がっていた。枝や蔦やら折り重なって壁を形成している。
先ほどまでは確かになかったもの。突然目の前に現れたのだ。
しだいに蕾が花開くように緑の壁はゆっくりと開いていく。その中にから現れたのは倒れたままの朝光。だけではなかった。少女が一人。真っ黒な黒髪と気の強そうな瞳がどこか朝光を彷彿とさせる。




