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21、― 零陵 ―真野マリア

 伊三がマリアに脅され連行された後、三分ほどしてべフライエンの仲間が駆けつけた。そのころには織部の視界は元通り見えるようになっていた。見えるようになった世界には、伊三だけが消えていた。


「あいつを、助けに行かないと!」

「織部! ダメだって動いちゃ。今の君は重症なんだよ!」


 治療のために駆け付けた頼成が織部を諫めるも、彼はそれどころではないとばかりに無理やり起き上がろうとする。


「そこ二人、押さえつけて!」

「は、はい!」

「放せ!」


 頼成に命じられた体格のいい二人が、織部を押さえつけるもののそれで大人しくなる織部ではなかった。傷口が拡がるのを気にすることもなく渾身の力で暴れる。わからず屋の織部に頼成は盛大なため息を吐きだす。


「暴れるなって! ほら、腹から血が出てるよ! 下手したら死ぬんだからね。君がここで死んだら伊三君に顔向けできないだろ!」


 頼成の言葉に織部の動きがピタリと止まった。そこまで言われてしまったら、大人しくするしかない。

 ようやく動きを止めた織部に、頼成はホッと息を吐き出した。


「大丈夫、全登が捜索隊を向かわせるから。織部、伊三君がどこに連れていかれたか知らないかい?」

「……渡会朝光のこと探していたので、多分そこです」

「朝光君か……。ちなみにどこかわかる?」


 場所を聞かれた織部は首を横に振った。


「なるほど。だから居場所を知っていた伊三だけ連れていったってことか。わかった、捜索隊の人員を増やして人海戦術で探そう」


 そうと決まると、頼成は全登にそのことを伝えるためにその場を後にした。

 残された織部は一人考える。何故魔女は伊三だけが朝光の居場所を知っていると見抜いたのか。最後に魔女は伊三のフルネームを知っていたのか。

 そのどちらも口にしてなかったというのに。





 撃たれた肩がズキズキと痛む。血は派手に肩を濡らしているが、致命傷でもなければ意識を失うほどでもない。それでも痛みで、徐々に歩みは遅れる。


「歩きなさい。私は竜子ほど怪力ではないし、汚らしい男など担ぎたくはないの」


 三歩後ろから、冷たい声が掛かる。その手にはハンドガンが握られている。きっと一度でも足を止めれば、即座に撃ち抜かれることだろう。伊三は止まりそうになる足を必死にただただ動かす。

 頭の中で、なんでこんなことになったのだと繰り返す。伊三の人生はどうしたって魔女に邪魔される。魔女どもを全て殺すという誓いの元、ベフライエンに入ったというのにまた魔女だ。

 ベフライエンの拠点を出て三十分ほど経った。きっと今なら逃げ出しても誰も人質に取られることもないのではないかという考えがよぎる。このまま、魔女の言う通りに従うと次は朝光と一巴が犠牲になるだろう。ならばこのまま全く別の場所に連れていくか、逃げるかすれば。

 そこまで考えた時、ゴリっと背中に固いものが押し当てられた。振り向かずともそれが何なのかわかる。銃口だ。


「変なこと考えてないでさっさと道案内しなさい。あんたが少しでも違う道を案内したり、逃げるそぶりを見せたらあんたを殺したうえでさっきの場所まで戻ってあの建物にいた男ども皆殺しにするから」

 表情も変えずに恐ろしいことを口にするマリア。その発言は伊三を震え上がらせるには十分だった。逃げるなどという考えは消え失せた。

しかし今の発言でわかった。彼女の異能力はおそらく……。


「あれ? 伊三?」

「伊三! 怪我してる!」


 予期せぬ声に驚き振り向くと、そこには朝光と一巴が立っていた。二人の腕には山菜や果物、自ら狩猟したウサギが抱えられている。おそらく食料調達に出ていたのだろう。運がいいのか悪いのか。


「……兄ちゃん、一巴、逃げろ!」


 伊三が逃げるよう叫ぶがもう遅い。真後ろにいるマリアが朝光に気が付いていないはずもないのだから。


「あなたが渡会朝光ね。私は十種香、『零陵』真野マリア。あなたに会いに来たわ」


 熱烈なセリフだが右手には銃が握られており、その銃口は朝光に狙いを定めていた。


「!」

「十種香!」


 一週間前に十種香を捕まえると決めた朝光だったが、それから十種香どころか魔女は姿を現さなかった。諦めることはないにしても、すっかり今のサバイバル生活が板に付いたころにようやく彼の前に十種香を名乗る人物が現れた。これは待ちに待ったチャンスだ。

 しかし肩から血を流し怯え切った表情の伊三を目にした朝光の頭は、それどころではなかった。ふつふつと怒りが沸き上がる。銃を手にしたマリアを臆することなく睨み付けた。


「伊三をどうするつもりだ。怪我もお前のせいか?」


 今、優先すべきことは十種香の捕縛ではない。第一には負傷した伊三の救出と治療が先だ。


「こいつはただの道案内兼、人質よ。あなたが素直に質問に答えてくれたらすぐに解放してあげるわ」

「質問?」


 わざわざ十種香が、こんな場所にまで朝光を探して会いに来るだなんて、質問の内容は一つしかないだろう。


「ええ。渡会朝光、あなたは異能力を使えるのかしら?」


 予想通りの質問。ここで正直に本当のことを答えてみすみす逃してしまっては元も子もない。多少ははぐらかすべきかなどと考えていると、伊三の声が割って入った。


「兄ちゃん! そいつの異能力は読心術だ!」

「!」

「当たりよ。でもそれが分かったからと言ってあなたたち無能に何ができるというの?」


 伊三に異能力を暴露されたというのに、依然としてその表情を崩すことすらない。余裕の笑顔のまま、マリアは何かに納得したようにそういう事ねと呟いた。


「なるほど、異能力ではなくて魔法……。しかもこことは別の世界線から来たと。胡散臭いけど、少なくともあなたが本気でそう思っているのは確かね」

「なんで、それを……」


 魔女を嫌っている伊三が喋ったとは考えにくい。ならば本当に彼女は心を読むことが出来るのだろうか。マリアの表情は依然、不敵な笑顔で微笑んでおり、何を考えているのかなど全くわからない。


「でも、自由自在に使える訳じゃないなら恐れることもないし、大したことないわね。異能力を持っているわけじゃないなら殺してしまってもいいわよね」


 朝光の弱点を言い当てたことよりも、簡単に殺すと口にしたことに息をのむ。虫を殺すかのような気軽さで、人間にたいして『殺す』と口にしたのだ。

 朝光からしてみたら、自分とそう歳の変わらぬ女性がそんな言葉を使うなどと信じられなかった。ここでは男性の命は著しく軽く扱われるのだと改めて実感した。

 マリアはそれと、と前置きして付け加えるように口を開く。


「あなたたちが私を捕まえようとしているのなんて既にお見通しなのよ。まあ、無能の考える浅知恵って感じよね。元の世界線に帰る方法が万が一あったとしても、私が男なんかに協力するわけはないわ」

「!」


 十種香を捕まえる算段は、まだ一巴以外にはまだ誰にも言っていない。一巴が彼女に話したという可能性もないだろう。と、なればやはり彼女の異能力は読唇術で間違いないだろう。正直ひどくやりにくい相手だ。


「答えたわけじゃないけど、これはもういらないから返すわね。下賤な男なんかに、人質(こんなもの)なくても負ける気しないの」

「あっ!」

「伊三!」


 ドンと突き飛ばされた伊三が、バランスを崩してよろけてそのまま、地面へと倒れてしまった。朝光はとっさに伊三を助け起こそうと駆け出す。無防備な状態の朝光を狙い、マリアは引き金を引いた。

 パンっと乾いた音が辺りに響き渡る。


「っく」

「朝光!」

「兄ちゃん!」


 弾は朝光の頬を掠った。たらりと一筋、血が頬を伝う。


「忌々しい、反射神経は動物並みね」


マリアは完全に頭を打ちぬくつもりだったのだが、紙一重で躱されてしまった。だが今のはあくまで様子見だ。


「伊三、立てるか?」

「兄ちゃん……」


 朝光が肩を支えながら伊三を立たせるが、足がおぼつかず支えがなければ今にも倒れてしまいそうだ。肩の傷が熱を持っているのか、吐息が荒くて苦しそうだ。これでは歩くことはできても、走ることは流石に無理だろう。


「辛いだろうけど、ちょっと我慢してくれ」


 やっと意識を保っている状態の伊三を、朝光は抱え上げる。傷口だけでなく、体全体が熱が出たようにひどく熱い。

 伊三を抱え上げたまま、朝光はちらりとマリアに視線を投げる。マリアは先ほどの場所から一歩も動いていない。構えていたハンドガンも今はおろしている。


「逃げたかったら逃げてもいいわよ。すぐに追いつくもの。男は全て皆殺しするわ」


 朝光は一目散に駆けだした。一秒でも早くこの魔女から離れないと全員殺されてしまう。そう悟った。


「一巴!」

「わかってる!」


 朝光が駆けだしたのと同時に一巴も既に駆け出していた。朝光とは別の方向へと。

 マリアは何も言わずにただその様子を見つめていた。


「本命は渡会朝光だけど、まあそっちの思惑に乗ってあげないこともないわ。子ども二人の死体を前にどんな顔をするのか興味もあるしね」


 ひどく楽しそうに嗤うその目は恐ろしく、冷えた色をしていた。

マリアは一巴が走り去った方向へとゆっくりと歩きだした。今、最悪の追いかけっこが始まった。


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