20、伊三と織部
伊三がベフライエンにはいってから一週間がたった。それと同様に甚内が亡くなってからも一週間がたった。
遺体はベフライエンのメンバーがベフライエンの本拠地から少し離れた場所に穴を掘って埋めてくれた。そこは戦闘や病気などで亡くなったベフライエンのメンバーを埋葬している墓場だ。とはいっても墓石など立派なものはなく、古びた木の板に名前を書いて立てているだけの簡単なものだ。
少しわびしい気もするが、無宗教である伊三にとっては十分ありがたかった。
兄弟同然として育ってきた甚内が死んだときに、盛大に泣いて憤ったところを晒してしまったせいか、ベフライエンのメンバーは皆伊三に好意的に接してくれていた。
甚内を亡くした心の傷は癒えないが、徐々に笑顔も見せるようになってきた。
「おい、伊三」
「あ、織部!」
伊三が部屋の掃除をしていると、織部が顔を覗かせた。
女物の服を着るだなんて服装こそ変わっている織部だが、それ以外はいたってまともだ。戦闘面でもその力はずば抜けておりベフライエンの中でも、リーダーである全登の次に強いと言われている。
「稽古をつけてやる」
「マジで! やったー!」
ベフライエンは普段何をしているかというと、東京内の巡回&警備だ。今の東京には秩序など存在しない。
ここに来るのは普通に生きれなかった外れものばかり。その中には当然犯罪者もいる。盗みや暴行なんてものは日常茶飯事だ。時には殺人ですら起こる。
そんな場所で彼らが何から警備しているのかというと、全ての男たちの恐怖と畏怖の対象である魔女だ。
東京内に魔女出現の知らせが入るといの一番に駆け付け対処する。男たちが異能力持ちである魔女を相手取るには厳しいかと思われるが存外そんなことはない。
日々肉体を鍛えた男たちが、数に物を言わせれば追い払うことなど造作もなかった。
とはいえ、十種香のような手練れは別格だ。石母田竜子のような、凶悪な異能力持ちの前では男たちは無能でしかなかった。
あの時あの場にいた見張りの人間は誰も太刀打ちできなかった。全登や織部ならまた違った結果もあったかもしれないが。
そんな中、たった一人で竜子に打ち勝った朝光をベフライエンに迎い入れたいという声が多数上がるのは当然のことだろう。しかし全登が頑なとしてそれをよしとしないために、その声も日々小さくなってきている。
とはいえ巡回も警備も、大人たちの仕事。まだ子どもである伊三はまだどちらにも連れて行ってもらえない。もっぱら掃除洗濯、調理。日によっては食料調達などが、今の伊三の主な仕事だ。要は雑用係だ。
それにプラスし、自主的に合間を縫って日々鍛錬に励んでいる。『打倒魔女』という大望を掲げて。
最初の頃は無我夢中で木の棒を振り回すなどし、鍛錬していたのだけどそれを見かねた織部が声をかけてきて時折指導してくれるようになった。
それからというものめっきり伊三は織部に懐いた。織部もまたそれが嫌ではなく、なにかと伊三の面倒を率先して焼いているほどだ。今では二人はベフライエンのメンバーたちに微笑ましく見守られている。
「っくっそー!」
織部に投げられ地面に転がされた伊三は、大の字になりながら本日三回目となる悪態をつく。
「あーもー、なんで一発も当たらないんだよ……。やっぱ俺才能ないのかな?」
鍛錬のため織部と手合わせしていた伊三だが、未だに一撃も綾部に入れられたためしはない。それだけ実力差があるという事実に打ちのめされそうだ。
「いいや、そんなことはない。最初こそどうしようもない下手糞だったが、少しずつ確実に良くなっていっている。お前はまだ若い。これから身長も伸びるし、力も強くなる。それからでも遅くはないさ」
「……俺は早く甚内の仇を討ちたい」
拗ねるような口調で吐き出されたその言葉は酷く子供っぽかった。
伊三よりも大きな、だがまだ成長途中の薄い手が伊三の頭を掴むとわしわしと乱暴に撫でる。
「っわ、なに!?」
突然のことに驚き驚き、織部を見上げた。そこにあったのは酷く不器用な笑顔だった。
「焦っても仕損じるだけだ。ほら、もう一回やるぞ」
伊三の目の前に手のひらが差し出される。その手に重ねるように手を掴むと勢いよく引っ張り起こされた。
織部は無口な性分なので冷徹だの、不愛想だと言われて勘違いされることが多いが、案外世話焼きで仲間にはとことん甘い。伊三に対しても、手合わせの間は容赦なく打ちのめすがそれ以外は優しい。ただ少し、感情を表に出すのは苦手ではあるのだけど。
やるぞと、もう一度かけられた声に伊三は嬉しそうに笑う。
「汚らしくて、男くさくて、むさ苦しい。最悪な場所だわ」
突然聞こえてきた女性の声に二人は、同時に視線を向ける。二人から五メートルほど離れた場所に、銀髪の少女が一人佇んでいる。真野マリアだ。彼女のキレイな顔は今、不機嫌そうに歪められていた。
「誰だ!」
とっさに懐に手を伸ばし武器に手をかける織部。誰だとは言いつつも彼女が何者かなんてことは見れば一目瞭然だった。
テーラードカラーのブレザーに膝上のプリーツスカート。上下ともに真っ白な制服に身を包み、胸元にはその存在を主張するブローチが輝いている。彼女も竜子と同じ十種香の一人だ。
「あなた方のような下賤な男どもに名乗る名など持ち合わせてはいません」
目の前の二人に蔑んだ目を向けると吐き捨てた。
「私は人を探しているのです。速やかに私の質問だけに答えなさい」
それは否とは言わせない口調だった。
「はいそうですか、言うとでも思ったのか!」
数本のナイフを引き抜くと、織部は勢いづけてマリアに向かって投げつけた。しかし、それらはすべてあっさりと躱されてしまう。まるで織部の動きでも読んでいたのかのように。
「順応ではない豚にはお仕置きが必要ですね」
憮然とした態度を隠さぬまま、マリアは背中に掲げていたショットガンを手にし、躊躇することなく二人へと発砲した。
綾部は素早い動きで、隣に佇んでいた伊三を力いっぱいつき突き放すと自身も後方へと飛び退いた。
「あら、避けれるの。思ったよりやるわね」
目の前で見ていたマリアが感心の声を上げる。しかしそれは断じて称賛の声などではなく、どことなく馬鹿にした口調だった。
「渡会朝光。ここにいるかしら? いるなら今すぐここへ引っ張ってきて」
「ここにはいない!」
突然魔女の口から出た、知っている名前に伊三はドキリとするもきっぱりと啖呵を切るようにいないと告げた。
例え朝光がいたとしてもいないと嘘をついただろう。魔女に仲間や友達を売るなんてことは絶対にしたくはなかった。
「あら、ここで暮らしているわけでないのね。石母田さんがここで遭遇したっていうから、ここに来れば会えると思ったのだけど……どっちでもいいわ。渡会朝光の居場所、知らないかしら?」
言葉こそ尋ねるような形式になっているが、口調は間違いなく有無も言わせないような圧力があった。
「……知らないな」
「知らない! 知ってても魔女に教えるかよ!」
二人して、知らないと断言した。それを受けて、マリアは不敵に嗤った。
「あぁ、あなた知っているのね。私に嘘など無意味よ」
猛禽類のような強い視線を伊三に投げつける。その眼差しに、びくりと伊三の体が跳ねる。
マリアの言う通り伊三は朝光の居場所を知っていた。おそらく自分たちが根城にしていた場所にまだいるのだろうという憶測にすぎないのだが。
それでもマリアは、本当に知らない織部には見向きもしないで伊三だけに狙いを定めてジリジリと迫ってくる。何故バレたのだろう。グルグルと伊三の心中に疑問が渦巻く。
「これ以上近づくな!」
狙いを定めて、織部がナイフを投げつける。今度は篭手に守られた左腕でガードされて、またも刃はマリアに届くことはなかった。
織部の投げる苦無は、決して遅くはない。朝光や竜子のような動体視力と反応速度が著しく早いものなら、難なく避けたり防ぐことも可能だろう。しかし、そんな超越したものがゴロゴロといていいものなのだろうか。
マリアからは、朝光たちとはまた違った何かを感じた。
「……あなた邪魔よ」
冷徹に呟くと、織部に狙いを定めて撃ってきた。しかし、織部はそれを紙一重で避ける。朝光ほどではないにしても彼も動体視力はいい方だ。これだけ離れてなおかつ、撃ってくるとわかっていれば、ギリギリ躱せる。
「っぐぁ!」
だというのに、織部の腹部にマリアが撃った弾が命中した。別に軌道を捻じ曲げたとか、弾が分裂したとかそういった超常現象ではない。ただ二発連続で撃ってきただけだ。
一発目の弾はうまく避けたが二発目は運悪く当たった。ように見えたが、撃たれた織部自身はわかっていた。マリアが、織部が避けることを想定し、そのうえでどこに避けるかもわかったうえで明確に脇腹を狙ってきたのだと。そうではないと、ここまで的確に脇腹を狙うことはできないだろう。
「織部!」
「逃げろ! 伊三!」
織部は考える前に口が動いた。目の前の女は危険なのだと、頭の中で警鐘が鳴り響く。自分は助からないかもしれないが、せめて伊三だけは逃がさなければならないと。
とっさに織部に駆け寄ろうとした伊三は、彼の言葉にピタリと動きを止めた。一瞬どうすべきか迷う。その時にはもう既に遅かった。
「逃がすわけないでしょ」
耳のすぐそばで声が聞こえたと思った次の瞬間、ッパンという銃声が鳴り響いた。銃声に驚いた鳥たちが鳴きながら飛び立っていく。
いつの間にか伊三の真横にいたマリアは、ショットガンからハンドガンに持ち替えていた。その銃口からは一筋の硝煙が立ち上る。
「ぅあっ……」
「伊三!」
小さく叫び声をあげて、伊三がその場に蹲った。その肩は血に濡れ真っ赤に染まっている。無残にも伊三はマリアに撃たれた。
「元気なままだと私が制御しずらくなるから、とりあえず一発撃たせてもらったわ」
まるで先に夕飯頂いたわ、なんて言う口調で眉ひとつ動かすことなく淡々と口にする。
「近づかないで、この子には渡会朝光まで案内してほしいだけだから。命はとらないまでも、爪とか歯とかなら抜いてもいいのよ」
痛む脇腹を押さえて、伊三に駆け寄ろうとする織部にマリアは脅しをかける。
「とはいっても、その傷じゃ碌に動けないでしょうけど」
痛みに顔を歪める織部にマリアはつかつかと近寄る。
「ック」
「あら、危ない」
ナイフを握りマリアへと振りかぶるが、痛みで力が入らず簡単に躱されてしまった。そればかりか、足元を払われて地面へと転がされる。そしてとどめとばかりに、血がダラダラと噴き出す傷口を無遠慮に踏みつける。尖ったヒールが傷口を拡げ暴く。
「ぐわぁ!」
「やめろー!」
あまりの痛みに、織部の額に脂汗が噴き出す。視界がチカチカと白い。ただただ悲痛な伊三の声だけが、織部の耳に届いていた。
「さあ、公文伊三。君のお仲間に死んでほしくなかったら私を渡会朝光の元まで案内しなさい」
それは脅迫で強制。断ることなど決して許されない。残酷な声色。
「聞くな、伊三……」
消えそうなほど弱弱しい声が、耳を掠める。魔女の言葉になど耳を傾けてはいけない。それでも……。
施設の仲間、甚内。そして今度は織部まで。また大切な人を亡くしてしまう恐怖が伊三を蝕む。血に染まった織部が、甚内の遺体と重なる。
「わかった、案内するから織部を放せ魔女」
「……い、さ」
「いい子ね、なら早く行きましょう。今の騒ぎでそろそろ他の奴らも駆けつけるでしょう」
それだけを言うと、マリアは織部から離れさっそうと歩きだす。置いて行かれないように、伊三も撃ち抜かれた肩口を押さえて後を追った。
しかし少し行ってから、思い出したかのように伊三は振り返る。
「……織部、行ってきます」
泣きそうな笑顔で伊三は織部にそう言った。でも、今の織部にはその表情は見ることが出来なかった。
「伊三―!」
叫ぶ声を背に、こぼれそうな涙を必死にこらえて伊三は走り出した。




