19、伊三と甚内
感染症で膨大な死亡者を出して以来、この国では性病がひどく危険視された。それ以降、子どもを授かる際には性交ではなく人工受精と法律で決められている。
厳しい条件をクリアした男性から事前に採取した精子を女性が好みのものを選んで受精する。女性には選んだ精子の持ち主である男性の情報は全て知らされているが、選ばれた男性側には何の連絡も行かない。子どもが生まれたとしても、そのことは一切知らされないのだ。
また妊娠、出産も母体への配慮から年々人工保育器での育成が推奨されている。経過に応じて保育器のサイズを変えて、約十か月経ったら一度母親に戻される。女児ならばそのまま共に暮らすことになるが、男児は三歳になると華胥から出され、児童養護施設で養育される。
この際にごねて引き留めようとする母親もいるが、その場合は強制的に引き離されてしまう。
よって引き離されるのならばと、子どもが男児だと判明したら十か月経っても引き取らない母親もいる。その場合は、三歳になるまでは華胥にある国が運営する保育施設で育てられることとなっている。
そのことに対し初めの頃こそ、非難するものもいたが今では国を挙げて保育施設に預けることを推奨している。
引き渡しの際の揉め事や、男児に対してのネグレクトなどの男児が生まれた際のリスクを考えた女性たちが妊娠出産を避けしまっては元も子もないと考えられた少子化対策の一つだ。
とはいえ、父親がいないからと言って母親一人で育児するわけでは当然ない。国からの援助で格安でベビーシッターを雇えたり、保育園は無料化されている。それ以外にも医療費や学費など子どもを育てる母親が楽になれるような制度が盛りだくさんだ。
女しかいない社会、社会全体で子育てしていこうとしているのだ。
さて、話は変わるが、男である公文伊三も例に漏れることなく物心ついた時には児童養護施設にいた。母親の記憶は全くないが、保育施設らしきところにいた記憶はぼんやりとあった。だからと言って母親に対しての感情は何もない。施設にいた仲間たちは大体が同じ境遇だったのだから。
児童養護施設は当然の事、男しかない。子どもは勿論、職員の大人たちも全員男だ。伊三はそれが嫌だとも、変だとも思ったことはなかった。どこもそんなものだし、周りは皆それが普通なのだと思っていたからだ。
伊三が育った児童養護施設は比較的小規模で、十八歳までの男児が百人強生活していた。些細な揉め事や喧嘩などはよくあったが職員も含め皆仲が良かった。
伊三と特に仲が良かったのは、一つ年上の波川甚内だ。甚内とはまるで兄弟のように仲が良かった。何をするにも二人一緒だった。遊ぶのも宿題も、いたずらするもの、そしてそのことで怒られるのも。
今から一年ほど前のこと、伊三と甚内は買い物のため町まで来ていた。伊三が明日学校で使う絵具を買いに来た。
華胥の外にも当然学校はある。華胥に比べて生活レベルは少々落ちるが、男ばかりの世界にも変わらぬ社会があった。ただ男と女の生活空間が完全に分けられているというだけだ。
二人が暮らす児童養護施設は町から少し離れていて、二人ともこの辺りまで来るのは久々だった。そのせいで、つい長居してしまい施設に帰り着くころには門限ギリギリになってしまった。
職員は門限に厳しく一分でも遅れると、うるさく注意された上に反省文まで書かされることになる。だから二人は何としてでも門限までに帰りつけるように、全力で施設まで走った。
無我夢中で走ったおかげか、施設のすぐ近くに付いた時は門限の十分前だった。間に合ったことに安堵した二人だったが、施設に近づくにつれなにやら騒がしい。それだけではない、焦げ臭いにおいと何台もの消防車が二人の前を通り過ぎる。いやな予感が二人によぎる。
門前にまで辿り着くとようやく何があったのか見えてきた。警察と野次馬の人だかりの先、児童養護施設の建物は火の海に包まれていた。
数時間前まで何事もなく佇んでいた建物が、今は目の前で盛大に燃え盛っている。意味もわからず呆然と立ち尽くしていると、不意に二人は声を掛けられた。
「君たちここの施設の子どもかい?」
声がした方に顔を向けると、三十歳前後の警察官がそこに立っていた。
警察官の話によれば、施設の人間で無傷なのは伊三と甚内の二人だけらしい。何人か炎の中から助け出されたものも数人いたが、皆重症で話も聞けないとのことだ。
その日家を失った二人は、警察署で保護されることとなった。伊三にその日の記憶はほとんどない。
後日重症だった施設の職員が目を覚ました。彼の話によると、夕食の為に食堂に皆集まっていたところに突然火の手が上がったらしい。火の勢いは凄まじく逃げる前に何人もの子どもたちが火に飲まれたらしい。
その職員は無事な子どもたちを優先させ避難するため誘導したらしい。しかし火の勢いを増すばかりで、誰もが熱風と炎の餌食となった。
職員は自身も酷い火傷を負いながらも、傍にいた子どもを抱きかかえて命からがら窓を蹴破って脱出したとのことだった。助け出された子どもたちは今もまだ危険な状態だ。
普通の火事にしてはやけに火のまわりが早いことから放火ではないかと言われていた。それを裏付けるかのように事件の後、伊三たちは近所の人たちからとある話を聞いた。
事件当日の夜、児童養護施設の辺りで魔女を見たのだと。
伊三たちがいた施設は華胥からだいぶん離れており、女性を見かけることはほとんどない。だというのに、あの日に限って女性の目撃証言が出た。しかも複数だ。
一人だけの証言であれば、見間違えや虚言の説もあるが何人もの人間が見たというのであれば事実なのだろう。
しかし警察は犯人が女性だとは断言しなかった。いや、できなかったのだと伊三たちは考えた。裏で圧力がかかっているのだと。
住処を失った伊三たちは東京へと向かった。二年前の事件から封鎖され、無法地帯と化している場所へ。とくに目的も強い意志もなかった。二人だけ生き残ってしまったことに罪悪感があったのかもしれない。全てを失った場所には居たくなかっただけなのかもしれない。
いずれにせよ、二人は東京で暮らし始めた。初めてのことばかりで失敗もたくさん重ねた。それでも二人一緒ならばどんな困難でも乗り越えられると思っていた。
東京に来てもうすぐ一年といった時に、新たな仲間も加わった。すべて順調だと思っていた。
だというのに、今度は甚内までも殺された。犯人は誰も目撃していない。でも、伊三には判っていた。直前に現れたあの赤毛の魔女――石母田竜子が犯人なのだと。
また魔女だ。魔女が伊三の大事なものを次から次へと奪っていく。
「魔女を絶対に殺してやる……!」
深く暗い闇の中、まだ見ぬ全ての魔女に殺意を向けながら、伊三は低く唸るように呟いた。




