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充実した恐獣生活

 洞穴に戻ると、ミネが嬉しそうに飛びつき頬を摺り寄せる。なんでも、フェニックスがミネの旅立ちを許可したらしい。天の種も帰ったし、フェニックスとしても断る理由が無くなったって事だろう。だがそれでも、大事な娘が手元から居なくなるのは辛い筈。ミネを説得して諦めさせないと…と思っていたが、洞穴の奥で待っていたフェニックスから「ミネを連れて行って欲しい」と逆に懇願されてしまった。結婚する気がないと伝えても、それでも良いと頭を下げる始末。これ以上断っても引き下がらないのは目に見えている。別にミネが嫌いな訳ではないし、仕方なく一緒に連れて行く事を了解した。




 洞穴にあったミネの家財道具をリアカーに乗せて富士山の麓まで運ぶ。フェニックスの話では新しい拠点が用意されているらしいのだが、指定された場所には何もない。リアカーに乗っていたミネに尋ねると、「きっと驚くよ」とニコニコ笑って教えてくれない。仕方なく待っていると、空の彼方から超巨大な恐獣が飛んできた。茶色の翼にゴツゴツした岩のような鱗、鳥のような容姿だが微かに見える顔つきは亀っぽい。上空から俺達の存在を確認して、ゆっくり位置を調節しながら降りてくる。本人は慎重に降りているのだろうが、羽ばたいただけで着陸地点にあったモノを次々吹き飛ばす。リアカーを押さえて近くの木にしがみ付くが、根が持ち上がり危うく飛ばされるところだった。着陸が終了すると、登りやすいように片翼を地面に接地させる。


「登って来い」


 穏やかでゆっくりした口調。勝手な想像だが、案外気の良い性格かもしれない。

 急勾配な翼を登り、やっとの事で背中に到着。


「これ……」

「凄いでしょ?」


 恐獣の背中に在ったのは、立派な白亜の城と町。

 翼の付け根が小高い丘のようになっていて、町の全景が良く見える。城を中心に放射状に広がった町には、色や形の違う民家がたくさん建ち並んでいる。しかし、長い間使われていなかったせいか、殆どが朽ちて住める状態ではない。ただ、城の周囲にある庭園は美しい。遠目で見ても明らかに手入れされているのが分かる。気になるのは、恐獣用にしては民家が小さく、恐獣には庭園の良さは分からないような気がする。これではまるで…人間の町。


「…えっと……説明してくれるか?」

「この子は、タウンバード。生物との共存に特化した進化を選んだ個体だよ。お母さんの話だと、ず~~~~っと昔から生きていて、子どもの頃は手の平に乗るぐらい小さかったんだって」


 またまた勝手な想像だが、背中の光景はフェニックスの為に作られた物のような気がする。いつかフェニックスが住まう為に、フェニックスの好みを寄せ集めて作った。だけど、実際はタウンバードに住まう事は無かった。その悲しみのせいで、町が朽ちているのでは…と。

 甲高い鳴き声と共に、フェニックスが飛来。懐かしむように町の上を回り、俺の前に降り立つ。これは、答え合わせするチャンス到来。


「昔馴染みに会うのは、少々照れ臭いものですね」

「ここに住むつもりだったのか?」

「…幼少期にそんな夢を語った事はあります」


 恥ずかしそうな雰囲気。もしかしたら想像通りか…と思ったが、違うみたいだ。俺を見てクスッと笑う。


「勘違いしているようですが、この町は私とは関係ありません。タウンバードは、住まう者に合わせて背中の景色を変えます。不全な建物は、劣化したのではなく、建築途上です」


 勝手に想像してしまった事が恥ずかしくなる。心が読まれてしまうのだから、余計な詮索をすべきじゃなかった。人間の町と思ったまま意見を変えなければよかった。

 フェニックスが、突然人の姿に変化。赤みを帯びた黒長髪、頬から口元にかけて紋様。スマートだけど、胸元が開いた衣から際どい光景が窺える。実際の年齢が幾つか不明だが、かなり若く見える。


「町に行きましょう。育て方を教えます」


 手招きに応じて町に歩を進める。間近で見ると、民家も、脇に植えられた樹木も、地面に近い部分は綺麗だが、上に行くほど朽ちている。しかし、横を通過すると、ひび割れた壁が綺麗に塞がり、枯れた枝葉が息を吹き返し青々と茂る。ただ、一部は朽ちたまま変化しない。


「タウンバードは、住まう者の心を設計図代わりに様々なモノを作ります。指示を出す必要が無いのは利点ですが、代表をしっかり決めないと願いが氾濫して歪になるかもしれません」


 俺は民家を見た際「もっと綺麗だったら…」と心の片隅で考えた。多分、それを読み取ってタウンバードは再現しようとした。でも、何かが足りなかった。だから、中途半端な段階で止まってしまった。その何かが気になって尋ねたが、フェニックスは「着いたら教えます」と言って足早に城へ向かう。

 辿り着いたのは、城の奥。何にもない大空間に、朽ちた玉座だけが寂しげに佇んでいる。因みに、ここに至るまでの城内は綺麗だった。


「玉座に座って下さい」


 フェニックスは、赤く光る石を差し出す。


「これは、原初の石。タウンバードが摂取できる唯一の食べ物です。しっかり握って瞼を閉じれば、それが食事の合図になります」


 言われた通りやってみると、握っていた原初の石が熱くなって消えた…と、感じただけで、実際には手の平にしっかり残っている。ただ、赤い発光が消え真っ黒になっている。多分、これが食べ終わった合図らしい。どちらかと言うと吸収したって感じか?


「原初の石には、赤、青、黄、緑、白、黒の全部で6色があり、それぞれを扱える者は限られています。シンに扱えるのは、赤の石だけ。他の色を手に入れても扱う事は出来ません…」


 タウンバードが選り好みしている訳では無さそうだが、かなり面倒なシステム。幾ら原初の石が手に入っても、扱える人?が居なければ町の発展は見込めない。今後町を育てる肝になりそうなのは、扱える人材?の発見ってところか。一筋縄では行かない予感。取り敢えずは、ゆっくり取り掛かるしかなさそう…。


「後は、タウンバードに名前を付けてください。総称のままでは愛着がわかないでしょう?」

「名前か…」


 我ながらネーミングセンスが全く無い。自覚したのは、初めてのオンラインゲーム。求められるままプレイヤーネームを付けたのは良いが、名前を見た人からは笑われたり馬鹿にされたり。自分自身では変とは思っていなかったから、その時はかなりショックだった。仲の良い友人が居ればもっと早くに気付けたかもしれないけど…。それ以降、事前に最近のトレンドを調べて当たり障りの無い名前を選んできた。


「ミネが付けてくれないか?」

「ダメだよ。仲良くなるチャンスなんだから」


 最悪な名前を付けられて怒らない奴は居ない。仲良くなるどころか、嫌われるだけ。しかし、フェニックスも、ミネも、俺が名前を付けないと納得してくれそうもない。ダメで元々…そう思って考えてみる。カッコいい名前? 可愛い名前? 意味あり気な名前? 考えれば考えるほど迷路の深みに足を踏み入れる。数十個の名前が頭を駆け巡る中、一つの名前を気に入る。しかし、ネーミングセンスの無い俺の選名。喜んでくれるとは思えない。


「……………気に入らなかったら遠慮なく言ってくれ……ら、ラッキー…はどうだろうか?」


 反応に迷うフェニックスとミネ。自分では良いと思っているけど、二人には納得できない様子。顔を見合わせて瞬きを繰り返す。


「祈りを込めて…でしょうか?」

「良いと思うけど、他に案は無いの?」


 この町に暮らしていたらきっと良い事がある。その想いを俺なりに籠めた名前。ラッキーを思いついてからは、他の候補が全く頭に残らない。今から他の案は?と聞かれてももう出てこない。これ以上を願うなら、ミネにつけて貰わないと…。

 突然、朽ちた玉座が金色に輝く。


「この子は気に入ったようですね」

「えっ? ほ、本当に?」


 生まれて初めて俺が付けた名前が受け入れられた。予想以上に嬉しい。親しみが湧くどころか、家族の一員に思えてしまう。


「ラッキー、これからよろしくな」


 喜んでいるのか、玉座が明滅する。それに合わせて、部屋に家具が現れる。子どもの頃から使っていたベッド、好物のハンバーグが乗ったテーブル、落書きがそのまま残っている箪笥。箪笥を開くと、母から貰った刺繍入りのセーターまで入っている。俺の心が求めている物をラッキーが再現して創ってくれた。改めて見ると…嬉しい思い出というより、忘れられない思い出。それは、陰に親父の姿が存在しているから…。「新しいベッドは必要ない!」、「勉強出来ない愚か者には丁度良い、絶対消すな!」、「古臭いセーターなんて捨ててしまえ!」と、あの時の言葉が聞こえてくる。懐かしさだけだったら良かったけど、そもそも懐かしさだけで語れる過去が無い。ラッキーなりに精一杯探した結果だろう…。

 ミネが手を握ってくれた。心を覗かれるのは良い気分じゃないけど、傷を癒してくれるのは有難い。どうやら、俺一人の努力では過去を振り切る事は出来ないらしい…。


「シン…あなたは、まだ人間に拘るのですか?」

「ああ、守りたい人がいるんだ」

「ここには求めていた愛がある。それでも…ですか?」

「………どうしても、人間を捨てられない」


 俺って優柔不断だったらしい。人間が捨てられないと思いつつ、ミネやラッキーとの生活も居心地が良くて捨てられない。今までそんな選択に至る事が無かったから、自分の本性に気付けなかった。

 そういえば…忘れていたけど、俺の心は覗かれている。


「…ふふ、そうでしたか。安心して帰れます」


 微笑むフェニックス。この反応から察するに、心を読まれてしまったのは間違いない。弁解したいけど、誤解ではないし、気の迷いとも言えない。なにせ、自分の心、自分の本心。偽りの欠片も無い。


「あのな、こ、心変わりだってする。だから……」

「恥ずかしがらなくても良いのに」


 ミネは抱きつき、頬を摺り寄せる。いつもの事だけど…今日はラッキーの視線もあるからちょっと照れ臭い。でも、嬉しいと思っているのも事実。そして、どんどん馴染んでいく恐獣生活に不安が募る。

 フェニックスは、急に険しい表情で語り出す。


「この世界には、領域を守る役目を持った種族が居ます。空を守護する天の種、大地を守護する地の種、蒼海を守護する海の種、森林を守護する森の種、文明を守護する火の種。彼らには欠片(ピース)と呼ばれる顕現具(けんげんぐ)が与えられ、その力を以って役目を果たしています。顕現具とは世界に蓄積された力を引き出す道具で、欠片(ピース)以外にも数多存在しています。私が持つ翼もその一つ。顕現具が発動する力は所有者に依存し、欠片(ピース)だからと言って必ずしも強力と言う訳ではありません。しかし、欠片(ピース)には、領域に属するモノを支配する力があります。例え力で勝っていても、支配領域内では絶対に逆らう事は出来ません。そしてそれは、欠片(ピース)を全て集める事で世界の支配者になれる事実を指しています。ですが、欠片(ピース)を二つ以上保有すると精神に異常を及ぼす為、誰一人として成し遂げた事はありません」


 俺の心を読んで知りたかった事を教えてくれた。役割から察するに、俺が担っていたのは文明。つまり、火の種だった。今は母が深紅の夢を持っているけど…もしかして火の種になったのか? これは、実際会って判断しないと分からない。天の種が言っていた混沌の顕現は、欠片(ピース)を集める事で起こる異変の事だろう。ただ、世界の支配者を危惧したからか、精神に異常を及ぼす事を恐れていたからか、これも本人に聞かないと分からない。

 そして、もう一つ気になったのは獅子面の力。


「…難しい判断ですが、獅子面が使っていたのは黄の玉座(おうのぎょくざ)だと思います。死をきっかけに欠片(ピース)は移動しますが、そもそも地の種が死んだという情報はありません。仮に死んでいたとして、異世界から来た人間を指定するとは思えません」


 フェニックスの言葉で確信が強まった。肉体強化でも、恐獣化でもない、第三の変化。他のツアー客と攻略班には現れておらず、明らかに獅子面だけの力。獅子面の性格から考えて、『権能』という文言を使うには相応の品位を備えている必要がある。数多存在する顕現具では、ここまでの言い方はしない筈。


「確かめる為、これから地の種に会いに行きます。分かり次第報告に来ます」


 フェニックスは、ミネに「頑張って」と伝えて去って行った。

 地の種が生きていれば良いけど、その場合、黄の玉座は紛い物って事になるのだろうか? だとしたら、フェニックスが勘違いする程…なんだか嫌な予感がする。




 フェニックスが用意してくれた原初の石のお陰で、町は望む形へ変化した。民家の補修、インフラ関係の充実、防衛装置の設置…と、かなり禍々しいモノも含まれるけど、これも重要。ミネの願いは、人間との共存。それには、俺の母も含まれる。深紅の夢狙いでいつ攻め入られるか分からず、防衛装置はその日の為に必要となる。それ以外にも、驚きの装置が実装された。高性能レーダー地図と転送装置。高性能レーダーで敵を捕捉し、ツアー客は黄色、攻略班は赤色で地図上にマーキング。転送装置に移動地点を指定すれば、一瞬にして移動できる。勿論、帰還も自由自在。限度があると思っていたが、どうやら違ったらしい。理論理屈を飛び越えて、オーバーテクノロジーでも実現してしまう。この勢いで、大砲とか、ミサイルとか、徹底的にツアー客を撃退するシステムを設けたかったけど…原初の石が全然足りない。正確には、赤色が無いだけで、赤色以外の原初の石は沢山ある。青色が約3000個、緑色が約1000個、黄色が約1500個、白色が約5000個。後、黒色らしきモノも2000個程あるけど…黒色の原初の石なのか、使用後の原初の石なのか不明。とにかく、これだけの数があったら相当の設備が充実できる。今後楽に立ち回る為には、何とか赤色以外を扱える者を探さないといけない。まぁ、原初の石を手に入れる事が出来れば万事解決だが、ミネの話では、かなり希少で現実的ではないらしい…。




 俺とミネは、一軒の民家を改装して一緒に住む事にした。改装と言っても、一階と二階で寝室を分けただけ。流石に同じ部屋で寝るのは抵抗があった。嫌いな訳でも、襲う恐れがある訳でもない。ただ、向こうの世界の常識観点が警鐘を鳴らす。一緒に暮らす最大のメリットは、人間らしさを忘れずにいる為。決まった時間に起きて、城からのアラームが来たら仕事(ツアー客撃退)に出掛け、仕事が終わったら(ツアー客を一応撃退したら)家に帰る。扉を開けると、明るい笑顔と声が出迎え。美味しい料理を食べながら、ミネと楽しい会話を一時間ほど楽しむ。人間らしさを体裁にしているが、実際は…欲しかった家族の愛を満喫している。


「ねぇ、今日の晩ご飯何が良い?」


 こんな幸せな言葉、この歳になるまで一度も聞いた事が無い。人間の為とか、世界の為とか、一瞬どうでもよくなってしまう。


「そうだな……巨大骨(きょだいぼね)スープって作れるか?」

「巨大骨? ちょっと記憶見せてね…………シンのだけじゃ作れないね」


 改めて考えてみると、巨大骨スープは完成品しか知らない。母は、恐獣の骨を煮詰めただけと言っていたけど、煮詰めただけとは思えないコクがありながら、油はあまり感じずコッテリしていない。特別な方法で処理して、特別な味付けをしている…と思う。本人に聞ければ一番だが、群馬エリアは24時間体制でツアー客に監視されている。


「無理言ってごめん。巨大骨スープは止めて、得意な…」

「諦めるのは早いよ。手掛かりはある……短い料理経験を駆使すれば、きっと作れる!」


 俺の為に料理を作ってくれる。嬉しい、本当に嬉しい……だけど、このままで良いのか? やっぱり責任を取って……いやいや、しっかり結婚できない事を伝えているし、本人も了承している。だったらこのままでも、問題ない…筈。ミネの気持ちを考えると、酷い事をしている気がする。今の内から考えておいた方が良いかもしれない、どの道を選択するか…。




 その日の夜、巨大骨スープが完成しているか気になりつつ帰宅。扉の先から漂ってくる匂いは…とんこつラーメンの匂い。これはこれで美味しそうだが、母の味ではなさそう。


「ただいま…」


 いつもは出迎えてくれるが、今日は現れない。

 声を潜めて、キッチンにゆっくり向かう。


「何が足りないのかな…?」


 何度もスープの味を確かめて「違う」と落胆している。キッチンを見渡すと、苦労の跡がそこら中に残っている。散らばった恐獣の骨、失敗作を味毎に分類した鍋、油まみれのノート。


「ミネ、ミネ!」

「あっ…シン、おかえり。ごめん、気付かなかった…」

「気にしなくても良い。それより、あんまり無茶するなよ」

「うん、分かった」


 と、言いつつも、巨大骨スープに未練満々。目を盗んで試行錯誤を繰り返す姿が予想できてしまう。こうなったら、なるべく早く群馬エリアを解放するしかない。まさか、ミネの為に急ぐ事になるとは思いもしなかった。

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