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進化の傾向

 竹で編んだ籠を背負ってミネの後をついていくと、面白いように目当ての野草が見つかる。ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、ごぼう、玉ねぎ、大豆。人工的に栽培しているのでは?と、勘ぐってしまうほど順調に目標量に達する。それにしても、向こうの世界では馴染みの野菜でも、この世界で出会うと妙な感覚。


「にしても、こんなに簡単に見つかるとは思わなかったな…」

「凄いでしょ? おふくろの知恵袋を舐めないでよね!」


 住んでいた東京エリアならある程度納得できるが、ここは大阪エリア。どう考えても異常。とは言え、母は普通の人間。単に詳しいだけなのかもしれないが…。


「ねぇ……もう戻れないのかな?」

「ギルティオルを倒すまでは厳しいな」

「そっか…そうだよね」


 ギルティオルの所為にしてしまったが、本当の問題は人間の性質。自分達と違うモノを拒み、嫌い、虐げる。この世界でも変わらず存在する悪質な本性は、どんな施策を講じても根本的には解決しない。火の種の力を振るっても、多分、完全には抑制する事は出来ない。それこそ、俺とミネが完全な人間になるしか方法が無い…かも。




 集落では、恐獣達が畑を作っていた。巨大な爪で大地を掘り起こし、尻尾で水路を作り、池の水を流し乾いた大地を潤す。見た目では畑っぽくなっているが、農家経験の無い俺にはよく分からない。

 泥だらけのガーヴィスが走って来る。採って来た野草を見せると、案の定、あまり嬉しそうではない。苦々しい顔をして、肉に思いを寄せ何度も生唾を飲み込む。


「これか……」

「食べるまで感想は我慢してくれ」

「……」


 言いたい事をグッと飲み干し、ミネの顔を窺いながら笑う。


「ミネ、楽しみにしているぞ」

「任せてね、お父さん」


 ミネのお陰で場は和んだが、万が一美味しくなかったら激しく落胆するだろう。ミネが旨い料理を作れるように、最低限の調味料を集めておきたい。


「ミネ。畑の指導、頼んでも良いかな?」

「良いけど……何処か行くの?」

「塩ぐらいあった方が良いだろ? 海に行って来る」


 海と聞いてガーヴィスが血相を変える。


「海はダメだ!」

「どうしてだ? もしかして、強い恐獣でも居るのか?」

「ある意味……。兎に角、海はダメだ!」


 他にも調味料は色々あるが、自力で作れるのは塩ぐらい。塩を封じられると、生の野草をそのまま食べるスタイルになってしまう。菜食主義者だったら問題ないだろうが、相手はザ・肉食、満足する訳が無い。ミネの表情も曇っている。流石に生の野草だけでは厳しいらしい…。


「ちょっと汲んでくるだけだ。それなら……」

「絶対! 何があっても! ダメだ!」


 人間を頼るしかないのか…? この世界にも調味料の文化は在り、醤油、砂糖、ケチャップもどき、マヨネーズもどき、と、意外にも豊富。俺一人なら、頭を下げて頼めば何とかなるかもしれない。だが、何だか頼りたくない。


「森の便利屋さんに頼んだら?」


 恐獣達の間では有名な存在らしく、恐獣も、恐獣人も、ガーヴィスも賛同し頷く。


「そうだな。原初の石もあるし、その方が断然良い」


 ガーヴィスは、懐から原初の石(黒)を30個差し出す。


「森に行ったら、「ウヴルス、ルー」と叫べ。そうすれば、森の便利屋が現れる。森の便利屋は、原初の石と交換で様々な用事を熟してくれる。30個もあれば、調味料ぐらいは何とかなるだろう」

「森の便利屋って何者だ?」

「狭間の眷属だ。次元を自由に移動できる強みを商売に生かしている」


 狭間の眷属と言えば、『タル』が思い浮かぶ。果たして、森の便利屋は『タル』と同じ見た目なのか、全く別なのか、今から興味が湧く。それに、次元を自由に移動出来るなら、懸案事項を一つ解決出来るかもしれない。


「ガーヴィス。すまないけど、原初の石……前借できないか?」

「……何に使うつもりだ?」

「借りを返したい相手が居るんだ…」


 ガーヴィスは、やや不満そうに恐獣人に目で合図。すると、原初の石(黒)を腕一杯に抱えて持ってきた。


「全部で100個ある。これで何とかしろ……」


 貴重な原初の石を気前良く出してくれて、本当に感謝しかない。これが認めてくれた証なら良かったのだが、多分、違うよな……。




 森の奥へ行き、ツアー客などが居ない事を確認して…。


「ウヴルス、ルー」


 と、言われた通りに叫ぶ。すると、目の前の空間が波打ち、タキシードを纏ったシルクハットの男が現れる。肌は薄茶色で木目のような痣が所々にあり、目は黒目が無く真っ白。1m程の長い耳たぶを首元で蝶々結びしている。


「……ニ、ニンゲン………言語で宜しいですか?」

「あ、ああ…」

「了解いたしました。それでは、改めて……いらっしゃいませ、何かご入用でしょうか?」


 紳士的な態度でお辞儀する森の便利屋。その厳かな雰囲気に、何だか自分まで畏まってしまう。


「えっと…調味料を用意して頂けませんか?」

「料理用でしょうか?」

「はい…」

「畏まりました。お住いの集落に運んでおきます。他に、ご用件は?」


 ご入用からご用件へと言葉を変えた。もしかして、物品調達以外だと気づいた? 心が読めるのか、身振りで察したのか、何となくそう思ったのか……心が量れない。


「もし出来るなら、ある人物を元の世界に帰して貰えませんか……」

「可能です。タウンバードの背に住まう、仲川多恵…でしょうか?」

「は、はい……」


 やっぱり心が読まれている。知を持つ恐獣は、心を読めるのが普通なのか? 聞けばわかる事だが、もしそうだと知ってしまえば、火の種として反応してしまうかもしれない。取り敢えず、胸の奥にしまっておこう…。


「調味料の件と、送還の件、合わせて原初の石60個。料金として頂きます」


 ポケットから取り出し、数え、原初の石(黒)を60個渡す。

 貰っていた原初の石は合計で130個。まだまだ余裕がある。ついでに、と、更に頼んでみる事に…。


「他にも用件が御有りのようですね……成程、その身に宿る幼子の幻影の事ですね?」


 身構えていたのに、伝える前に心を読まれた。火の種として劣等感に苛まれてしまう…。


「まぁ、その通りで…」

「幼子の情報、死の事実の伝達、ここまでは可能です。しかし、母の苦しみの解消、お客様の深層残影の除去は不可能です」

「事実の伝達は、細かい所まで理解してもらえるのか?」

「可能です。確実に、母は幼子の死を認知します。途端、絶望に苛まれる事になりますが…」


 知らずに探し続けるのと、知って絶望するのと、どちらが母を楽に出来るだろうか? もし自分だったら…と、想像しても、同じ人間でない以上、無意味。


「如何いたしますか?」

「…………止めておく」

「畏まりました」


 ただ伝えるだけでは、ダメな気がした。火の種として、人間だった存在として、心が救われる方法を模索するべき。心に住まう子どもの残影が、最後に笑えるようにすべき…。


「……お客様は、自覚がございますか?」

「自覚?」

「お客様は、この世界に来て大きく変化しています。本来は、気弱で、無力で、親の言葉に逆らう事すら出来なくなっていた。しかし、この世界に来て、勇敢で、逞しく、如何なる敵にも立ち向かえるようになった。かつてのお客様には、可能でしたか? 死を伴う戦いは?」


 考えた事も無かったが、言われてみれば……確かに変わった。この世界に来て直ぐは、恐獣に怯え、真面に戦う事も出来なかった。しかし今は、率先して死を伴う戦いに挑んでいる…。


「この世界へ迷い込んだのは、大いなる必然。もう一度考え直してみては如何ですか? 何故、二つの世界に符号点が多いのか? 何故、記憶の順応が行われたのか? 何故、深紅の夢を内包していたのか?」


 忘れていた『何故』。いつの間にか順応に慣れ、考えなくなっていた『違和感』。まるで、『当たり前』として受け入れていたように思える…。


「どうして、そんな事を……」

「つい、サービスしたくなったもので。では、これにて失礼します…」


 森の便利屋は、軽くお辞儀をして姿を消した。




 集落に戻ると、既に畑は完成していた。ガーヴィスはミネを褒め称え、恐獣人達もガーヴィスに倣って褒め称えている。遠くから見ると得体の知れない宗教の様。


「おかえり~」


 俺に気付いたミネが、全速力で走って来る。

 その後ろでは、ガーヴィスが冷ややかな視線を送っている。


「どうだった? 変な感じだったでしょ?」

「まぁ…な」


 近づいてきたガーヴィスは、俺のポケットを勝手に弄り、残っていた原初の石を全部取る。


「……70個! こんなに残ったのか?」

「そうだけど…」

「あり得ん!」


 ガーヴィスに引っ張られ、集落中央の小屋へ。

 そこには、大量の木箱が山積みになっている。調味料、一時凌ぎ用と思われるの干し肉、調理用品、頼んでいたのは調味料だけだったのだが、気を利かせてくれたのだろうか? 


「見ろ、この量を! どう考えても、70個で買える量ではない! 一体何を代償に払った!」

「と、言われても……特には」

「代償無しに、だと? あの森の便利屋に…気に入られた? それこそ、あり得ん!」


 ガーヴィスの心の隙間から垣間見えるのは、森の便利屋から受けた痛い思い出。頼んだ物が届かなかったり、違う物が届いたり、原初の石を大量に要求されたり、と、嫌われているとしか思えない処遇を何度も受けている。そう考えると、ガーヴィスに悔しい思いをさせる為に、手厚い対応をしてくれたのかもしれない。しかし、最後の忠告。あれには、そんな意図が感じられない。




 その日の夜、調達した調味料を使ってミネ特製野菜炒めが振舞われた。青々しい見た目に肉食獣達は嫌悪感を示していたが、「旨い」と大量に頬張るガーヴィスの様子に、意を決し一口。あまりの美味しさに驚き、取り合うように野菜炒めを平らげる。だが、野菜炒めが如何に旨くても、空腹を満たせる程の量は用意できておらず、結局は干し肉に頼る事になってしまった。森から採れる野草には限りがある。どんなにかき集めても恐獣達の腹を満たすのは難しい。かと言って、直ぐに畑から収穫できる訳も無く、草食化に移行するのは茨の道。



 集落での俺の部屋は、藁が敷き詰められた小さな小屋。独特の香しさ、仄かな温かさは意外にも心地良く、数分瞼を閉じるだけで眠る事が出来てしまう。しかし、どんなに穏やかな気持ちでも、子どもの幻影は現れる。「お母さん」と聞こえる度に頭痛や吐き気が襲い、藁に埋もれながら気合で堪える。せめてもの救いは、ミネが別の部屋だった事。心配を掛けるのは出来るだけ避けたい…。


「辛そうですね…」


 女性の声がする。だが、何処にも姿は無い。


「だ、誰だ……?」


 言葉を発するのもギリギリの状態、こんな時に来訪しないで欲しい…。

 気持ちを察してなのか、女性は自ら姿を現す。


「リーゼルス、森の種の代理です」

「森の…種が……どうして? ウっ!」


 限界を迎える吐き気…だったが、何故か急に治まる。まるで認識していた感覚そのものが消えたかのように…。


(こう)が効いてきたようですね」


 木調の肌をし、伸ばした手は枝のように細く尖っている。顔の肌質は人間に近く、微笑む様は素直に綺麗。下半身は藁と一体化しており、歩く際には水面のように藁が波打つ。


「もしかして……藁の香りの事か?」

「はい。もっと匂いを嗅いでください、そうすれば楽になる筈です」


 言われた通り藁の香りを吸い込む。気分の安らぎと共に、子どもの幻影が薄らぐ。


「ありがとう。まさか、森の種が手助けしてくれるとは思わなかった」

「あなたが齎した進化の傾向ですよ。愛を知る事がなかったら、我々は決して手を貸す事は無かった」


 言葉遣い、立ち振る舞い、愛の灯だけでここまで変化するだろうか? もっと以前から、心優しい存在だったような気がする。個人的な感覚の話だが…。

 リーゼルスは藁を幾つか拾い、器用に人形を編み上げる。何処となく、俺に似ている様な気がする。


「祭壇を作ってこの人形を飾って下さい。きっと森の種の加護があると思いますよ」


 差し出された人形を取ると、リーゼルスの姿が消える。




 翌日。リーゼルスに言われた通り、小さな祭壇を作り藁人形を飾った。その日は特に変化は無かったが、一週間後、植えたばかりの苗が急速成長。化け物サイズの大きな野草が畑を埋め尽くす。巨大な野草たちに味を心配したが、調理してみると全く同じ…いや、寧ろ旨い。しかも、害虫による被害も、枯れたりする事も無く、丈夫さは品種改良済みレベル。もはや、野草とは言えない。

 この成果に満足したガーヴィスは、草食化へ舵を切る事を了承。地の眷属へ農地開拓の指示を出し、各地で大規模な畑が次々作られていく。祭壇と藁人形もセットで置かれ、そのお陰か、どの畑も大豊作。窮地に陥っていた食糧事情は解消へ向かっていった。しかし、農地開拓によって地の眷属とツアー客との衝突が散発。ツアー客対策が恐獣達の間で話し合われる事態に至った。




 理の神殿で開かれる事になった、第一回戦略会議。世界の危機と捉えるガーヴィスは他の種にも参加を要請したが、天の種と海の種は参加拒否。結局は、俺とガーヴィス、そして、森の種だけの会議となった。

 壁画に囲まれる最奥にテーブルを置き、ガーヴィスと一緒に森の種が来るのを待つ。待っている間、ミネに用意してもらっていた料理をガーヴィスは嬉しそうに頬張る。


「やっぱり最高だ。お前もそう思うだろ?」

「まぁな…」


 頭の中は森の種の事で一杯。機嫌を損ねないように、協力関係を築けるように、そんな事ばかり考えてかなり気が重い。天の種の時も、ガーヴィスの時も、こんなに緊張する事は無かったのだが……どうしてだろうか?


「なぁ、ガーヴィス。森の種ってどんな奴だ?」

「不思議な奴だ。昔から人間の姿をし、言葉を常用していた。一時は、人間贔屓かと思っていたぐらいだ」


 ガーヴィスが人間の姿をとるのは、ミネが人間の姿をしているから。愛の灯の影響でミネを愛し、出来るだけ近しい存在で居たいと思ったから選んだ。森の種にも、同じような必然性があったのだろうか? 愛する誰かが居たのか? 人間に憧れでも抱いていたのか? それとも、もっと深い理由が…?


「来たぞ」


 ペタペタと素足の足音が近づいてくる。こんな事は初めてだが……極度の緊張で、顔を向ける事が出来ない。心臓の鼓動が大きくなり、呼吸まで荒くなる。


「お待たせしました」


 声の後、足音が直ぐ傍に近づく。


「どうして、顔を背けているのですか?」

「ちょっと緊張しているだけだ……話を進めてくれ」


 足音が少し遠ざかり、緊張感が僅かに落ち着いたのを確認。呼吸を整えて、視線を動かす。すると、遠ざかった筈の森の種が目の前に……。


「緊張は解れたかしら?」


 その顔には見覚えがある。あり過ぎて……頭が混乱する。


「母さん……?」

「あら? 似ていたのかしら? 残念ですが、人間の子どもを産んだ覚えはありませんよ」

「………そうだよな」


 母ではない…だけど、母に会っているような感覚。雰囲気も、一つ一つの身の熟しも、どうしても母を連想させる。これが母だったら、混乱する事は無かったのだが…。


「では、早速本題に移りましょうか?」

「良い作戦を考えて来たんだ!」


 ガーヴィスの作戦を要約すると、ツアー客の拠点を徹底的に叩き潰し、この世界に対する意欲を圧し折る力任せの案。やや乱暴な方法だが、実行する為のプロセスは明確で、流石は地の種と感嘆できる良案だと思う。しかし、森の種は否定的。作戦の効果を認めつつも、被害を少なく留められる作戦にすべきだと妥協しない。結局、双方の主張は折り合う事なく平行線のまま…。


「火の種よ。あなたには、何か考えはありますか?」

「………あっ、俺か? そうだな………森の便利屋に協力してもらう、ってのはどうだ?」


 ガーヴィスは怪訝な表情をしているが、森の種は興味を示す。


「詳しく教えて頂けますか?」

「狩りに興じる余裕が無くなるような状況を作る。例えば、精神を操って向こうの世界で異常行動を起こさせるとか…」


 森の種は、少し考え込んで……笑みを見せる。


「効果的で、被害も少ない。良い策です」


 褒められた嬉しさで、無邪気にはしゃぎ回りたい。こんな感覚になるのも初めて。だけど何故か、直ぐに悲しい気持ちになる。火の種である筈なのに、終始心をかき乱されっぱなし…。


「ですが……進化の傾向が落ち着くまで、待った方が良さそうですね」

「進化の傾向?」

「火の種たる貴方は、心の在り方こそが進化へ直結します。故に、愛を抱いた進化と、怒りに染まった進化は、全く別の物になります。世界が破壊に犯されるのを望んでいないのなら、愛が確固たる状態へ至るまで刺激になる行為は避けた方がよろしいかと…」


 心が進化に影響を与える。そして、今の言い方だと、進化が世界に影響を与える? 今の俺は愛を抱いているから、世界は愛に満たされている。もし、怒りに染まれば……世界は暴力に支配される? 森の種が危惧したのは、怒りや憎しみに心が穢されないか。


「…そうだな。言う通りにしよう」


 森の種は微笑みながら、何故か恐る恐る俺の頭を撫でる。不器用で、ぎこちない動き。初めて撫でるから? いや、緊張して強張っているように感じる。


「おい、それでは無策で会議が終わるぞ!」


 ガーヴィスの抗議はもっとも、今以てツアー客対策は全く思考されていない。しかし、これ以上捻り出せる案は無く、後は森の種に案があるかどうか…。


「彼らツアー客の願望は、この世界を楽しむ事にあります。彼らの拠点から遠く離れた場所に移住すれば、戦闘を避けられ、楽しみを失った彼らは去って行くでしょう」

「負けを認めろと言うのか? そんな事出来るか!」

「負けではありません、利口な立ち回りです」


 森の種の説得力は、ガーヴィスの迫力を霞ませる。

 これ以上の口論に意味はないと察したガーヴィスは、一人不服そうに去って行く。この状況は、今の俺にとって好都合。会議が終わり、聞きたい事を聞ける時間になる。


「森の種……名前、教えてもらえないか?」

「……どうしてですか?」

「知りたいんだ。どうしても…」

「教えられません……どうしても」


 森の種は、慌てた様子で去って行く。遠ざかっていく後ろ姿を見ていると、胸の奥が締め付けられる。何故、こんなに寂しい? 何故、こんなに離れたくない? 自分でも分からない……何だ、この苦しさは?


「母さん!」


 森の種は立ち止まり、ゆっくり振り返る。


「違うわ……赤の他人よ」


 涙でビショビショに濡れた顔で、「赤の他人」と言われたところで納得できる訳が無い。母ではないにしても、俺の事を良く知る存在なのは間違いない。せめて、その涙の理由を知りたい。


「……そうか。すまない、変な事言って…」


 と、思いながらも、事情を察すべきと謙虚になってしまった。



 森の種が立ち去ると、不思議と胸のモヤモヤが綺麗さっぱり消えた。何故あんなに切なかったのか、今では理解できない。




 小屋に戻ると、ミネが藁を被って眠っていた。畑仕事の後なのか、手は土塗れで、疲れた様子で揺さぶっても起きない。ふと、寝顔を覗き込むと、その可愛らしさに……罪悪感が過る。やっぱり、実年齢より見た目年齢がダメージが大きい。何とか俺と同じくらいの年齢に見えるようにならないだろうか? そうすれば、罪悪感に苛まれる事も無いのだが…。


「どうされましたか?」


 いつの間にかリーゼルスが背後に立っていた。気配も、心も、全く感じなかった。


「いや、ちょっと贅沢な悩みを……それより、今日は何の用だ?」

「森の種から伝言が二つあります。一つは、「香水の影響で幻覚を見せてしまい、申し訳ありません」。もう一つは、「人間の大部分が寝返り、各地で作られた農園を破壊しようと試みている」です」


 一つ目の伝言で、会議の際に感じた異変の正体が判明。問題は二つ目。


「どういう事だ? この世界の人間が…裏切った?」

「少々語弊がありますね。裏切ったと言うより、生きる為に従った…でしょうか。攻略班により食糧庫を封じられ、飢えに喘いだ挙句、仕方なく差し出された提案に乗るしかなかった。暴虐に晒されていた彼らにとって、如何に苦渋の選択だったのか…察して余りあります」


 攻略班の姿を想像すると、激しい怒りが溢れる。だが、少し冷静になって考えてみる。誰かを想う為に生じる怒りを、俺は、愛の傾向だと思っている。しかし、本当にそれで良いのだろうか? 俺が勝手に言い訳しているだけで、怒りは怒り…なのかもしれない。もしそうなら、怒りを極力抑え、冷静に対応しなければ…。


「ガーヴィスに頼んで、地の眷属を動かそう。今なら被害を抑えられるかもしれない…」

「賢明とは言えませんね。ガーヴィスに頼めば、守護を通り越して虐殺を行うでしょう」


 会議の様子を考えると、間違えなくそうするだろう。しかし、流石に俺一人では農園の被害を抑える事はできない。ガーヴィス並みの戦力を有する協力者が居れば、話は別だが…。


「ご安心ください。此度は、我々が力を貸しましょう」

「…良いのか?」

「ええ」


 森の種との共同戦線。胸高鳴る響き、そして、動機著しい響き。やはり、森の種が絡むと精神に異常が起きる。これは明らかに香水の所為じゃない。森の種と俺には、何らかの因縁が存在する。今回の共闘で少しでも探れれば良いが…。

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