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人間と恐獣

 重い気持ちを携えて、拠点へ帰還。待っていたのは、仁王立ちで睨みつける父と母。迎える第一声は、「心配させるな!」、「心配したのよ!」と一喝。あの別れ方を考えると当然の反応、甘んじて受けるのみ。しかし、怒りを露にしたのはこの一言だけ。言いたい事を伝えた二人は、俺の体の心配し、大丈夫だと確認すると…気が早い事を楽し気に質問した。



「いつ結婚式をするのかしら?」

「責任はキッチリ果たさないとな」


 家に帰りついて早々、自己紹介もしない状態でこんな話になるとは思いもしなかった。そもそも、心を決めてから直接話す機会が無かったのに、どうして知っているのか甚だ疑問。隣にいるミネが頬を赤らめているから、今更隠す必要は無いけど…。


「まだ決めたばかりだし…」

「それはいけない! 早々に挨拶に行こう」

「ちょっと待ってくれ! その前に、話しておかないといけない事がある……」


 背中の炎の翼を見せる。愛の感情が進化してから、消える事なく残り続けている。正確な事は言えないが、恐獣としての進化と火の種としての覚醒が、恐獣、もしくは、種としての存在を固着してしまった。簡単に言ってしまえば、完全に人間じゃなくなったって事。


「俺はもう人間には戻れない…」

「そんな事か? どうでもいい話だ」

「お父さんの言う通りよ」


 優しい父と母なら、きっと受け入れてくれる。それは分かっていた事。だけど…俺自身が、申し訳ない気持ちで一杯になる。それこそ、小代真士郎と言う人間を……殺してしまった気分。

 望んでいないとは思うが、頭を下げて謝る。


「それでも…ごめん!」


 父と母、揃って抱きしめてくれた。

 愛が伝わって来る嬉しい抱擁…なのだが、何故か殺された子どもの記憶が再生される。母に向かって「お金持ちになって、楽させてあげるね」と、小さな胸を叩いて元気づけている。母は、「ありがとう。でも、あなたが幸せになってくれた方が良いな~」と子どもの頬を突っ突いている。脳内の記憶と見えている光景がダブり、違和感から猛烈な吐き気と頭痛を催す。

 幻覚から焦点をずらす事で何とか吐き気を緩和、後は気合で頭痛を耐える。


「ミネさん、真士郎を選んでくれてありがとう。心から感謝する」

「これからもよろしくね」

「うん♪」


 取り敢えず嫁姑問題は無さそうで良かった。


「母さん、ミネに巨大骨スープの作り方教えてくれないか?」

「良いわよ。ミネちゃん、こっちこっち」


 二人がキッチンに並んで立つ姿は、人間の親子のようにしか見えない。笑顔で違和感なく言葉を交わし、互いに尊重し合い一緒に居る事を楽しんでいる。


「父さん……ちょっと休んでくる。疲れたみたいだ…」

「そうか。スープが出来たら起こしに来る」


 心配かけないよう普段通りの動きで二階へ。しかし、階段を登り切った瞬間から、幻覚の主張がどんどん強くなる。これまで母に向かって話していた子どもが…俺に視線を合わせ始める。そして、あたかも俺が母親であるように話しかける。


(お母さん……ごめんね。僕、死んじゃった……)


 額から血が流れ、顔が歪んでいく。


(助けて、助け…て……おかあ…さ…ん……)


 全身から血が噴き出し、真っ赤に染まった手を俺に向かって伸ばす。だが、届く前に……絶命。これは幻影、現実じゃない。そう言い聞かせても、子どもの声が、姿が、心を圧し潰す。もう一歩も歩けない。歩きたくても、未だ残っている血塗れの幻影が踏み出す一歩を許さない。

 悲鳴を上げる心が限界を悟り、意識のブレイカーを落とした。




 ベッドで目を覚ますと、ミネが心配そうに覗き込んでいた。息が掛かりそうな距離に、心拍数の上昇を感じる。


「シン…大丈夫?」

「心配かけちゃったな……ごめん」


 体を起こそうとすると、ミネが覆い被さり阻止。

 頬を膨らませて、額を合わせる。


「どうして記憶を消さないの?」

「……消せないんだ。殺してしまうみたいで……どうしても」


 火の種として覚醒した今なら、子どもの記憶を消す事ぐらい簡単だ。でも、消してしまったら、それはそれで自分を責めてしまい心のダメージになる。解決できる術があるとしたら、子どもの母親に会うしかない。


「不甲斐ない」


 ミネの後ろで、ガーヴィスが不満そうに睨んでいる。


「記憶に振り回されるなど以ての外。早々に記憶を消去して、我々の依頼を熟すのだ」

「依頼?」

「お前が灯した文明の火は、同胞に心を芽生えさせてしまった。そのせいで、弱肉強食の文化は成り立たず、食う物にも困っている。何とかしろ!」


 言われてみれば、同胞を食べるのは確かに抵抗がある。食べたくて仕方なかった筈の巨大骨スープに対しても、同胞と言うワードが気になって嫌悪感が過るようになってしまった。とは言え、巨大な体を維持する為には相応の食事を摂らないといけない。何かあるだろうか? 肉以外で恐獣を満たせる食事…。


「何とかって……まぁ、考えてみる」

「頼んだぞ。これは、前金代わりだ」


 ガーヴィスが差し出したのは、原初の石。赤、青、緑の三色、それぞれ各10個。


「ミネを委ねるに相応しい存在か、しかと確認させてもらおう」


 雰囲気、表情、どれをとっても認められていないのがよく分かる。この反応は間違いなく、愛の灯のせい。愛が在る故に、我が子の行く末が気になって仕方がない。


「そういう事なら、何が何でも成功させる!」

「………期待せず待っているぞ」


 ガーヴィスは、溜息を残して部屋を後にした。

 結婚の許しを得る為に、仕事を頑張って認めてもらう…まるで人間の社会そのもの。厄介に思う反面、恐獣と人間の垣根を無くす事が出来る良いチャンスにも思える。上手く行けば、ツアー客が興覚めする世界の誕生も夢ではない。




 ミネの肩を借りて一階に降りると、真桜と多恵がテーブルを囲んで料理を待っていた。俺に気付いた真桜は、不服そうに頬を膨らませミネを睨む。多恵は、巨大骨スープの香りに鼻をヒクヒクさせて魅了されている。精神だけで匂いを察知できるのか気になる。


「ちょっと、シンから離れてよ!」


 真桜は、相変わらず恋人に戻る事を諦めていない。強情と言ったらいいのか、執拗と言ったらいいのか、愛が深いと言ったらいいのか…正直迷う。でも、どんなに頑張っても心変わりする事は無い。


「断る!」

「何でシンが言うのよ…」

「ミネ以外にこの場所を任せたくない」


 俺の意志を明確にすれば諦めてくれる…と、思ったが、睨みつける様子は変わらず。急いで厄介な事になるより、時間を掛けて理解してもらう方法を選んだ方が良さそうな気がする。

 ミネに支えてもらった状態で、多恵の横に移動。気付いていないようなので、肩を突っ突いて振り向かせる。


「あっ! 真士郎さん、お久しぶりです」

「多恵のお陰で、父さんも母さんも安心できたと思う。見捨てないでくれて、本当にありがとう」

「私はただ、巨大骨スープが美味しすぎて……」


 食欲がきっかけと知り、真面目そうなイメージがちょっと変わる。ただそれよりも、匂いどころか、味覚まで存在している事に違和感。仮の肉体なのか…かなり怪しい。調べる為に、ミネに「多恵をくすぐってくれ」と心で伝言。直ぐに頷き、満面の笑みで脇をくすぐる。


「急に…きゃはは、な、何するんですか! く、くすぐったい…」


 かなりの感度。脇に手が触れた瞬間から、全身のくねらせて顔を真っ赤にする。これで仮の肉体だったら今までの常識が壊れる。


「どうやって本物の肉体でここに来た?」

「ゲーム風に言えば、裏技…です。倉庫で見つけた古びた日記に、異世界への行き方が載っていて…」

「じゃあ、いつでも自由自在に行き来できるのか?」

「一人限定ですが…」


 向こうの世界に戻って一暴れすれば、この世界の存在が認知されるだろうし、危険性からツアー中止の判断に至ってもおかしくない。流石のゼノスでも批判に晒されてまでツアーの続行は出来ない筈…。


「悪いけど、その裏技を教えてくれないか?」

「それが出来れば良かったのですが……残念ながら、片道切符だったみたいで………」

「も、もしかして……帰れなくなったって事か?」

「……はい」


 起死回生の一手はそう簡単に訪れない…と、誰かに言われているような気がした。それがただの気のせいなのか、本当に誰かが囁いたのか、今の俺には判別できない。その原因は、再び目の前に現れた子どもの幻影。意図は無いかもしれないが、「お母さん」と声を掛けられる度、思考が混雑し、吐き気が込み上げ、現実と幻影の区別が分からなくなる。


「な、何とか…探さないといけないな…帰れる方法…………」


 辛うじて応じているが、このままここに居たら幻影との会話を始めてしまう。心配させないように、適当な理由を付けて部屋に戻る事にした。



 翌朝。

 騒がしい声に起こされ、窓を開ける。すると、外には群馬エリアの人達が家の周りに集まっている。声々に聞こえてくるのは、恐獣と暮らす事への不満。当然と言えば当然だが、今まで敵として戦って相手といきなり仲良くできる訳は無い。それは十分理解している。でも、助けられたのだからもう少し我慢しても良いと思うのだが……これは、自分善がりなのだろうか?

 時折、聞き馴染みの声が聞こえる。


「ミネと別れろ!」


 声の主は、真桜。恐らくだが、真桜が群馬エリアの人達を扇動しているのだろう。

 窓から顔を出し、声に応じる。ミネの言葉は無視して…。


「今の俺達にとって最大の敵は、別世界からくるツアー客達だ。恐獣と一緒に立ち向うのが得策だろ?」


 納得する者、半分。納得しないまでも頷く者、30%。全く納得しない者、20%。多数決の理論では勝利なのだが、それで分かってくれるとは思えない…。何より、真桜が激しく怒りを露にしているのが厄介。


「恐獣だって敵よ! 一体何人殺されてきたと思うの?」


 確かに沢山殺されてきた。でも、それは恐獣側も一緒。人間に食料として数えきれないほど殺されている。冷静に考えれば分かる話だが、頭に血が上っている状態では無理そう。納得しない20%が怒り始める。治める手段があるとするなら、恐獣のいない場所を提供するぐらい…。


「そこまで言うなら、皆を地上に戻す」

「まさか、あいつらに引き渡す気じゃ…」

「安心しろ。上空からツアー客が手を出せない場所を探す。それまでは今の状態で我慢してくれ…」

「信用できない! 恐獣がここから出て行けばいいのよ!」


 ラッキーも恐獣だと言うのに、都合良く拠点として欲しいらしい。安全な上空に居たいと思うのも分かるが、あまりにも理不尽。例えるなら、他人の家に住み着いて本来の住人を追い出すようなもの…。


「……分かった」


 これ以上何を言っても無駄。真桜が扇動している限り、絶対に諦める事は無い。



 部屋へ行くと、ミネは、あの時助けた恐獣の子どもを抱えて待っていた。悲しそうな顔をして、体を震わせ外の怒号に怯えている。


「聞こえていたよ……仕方ないよね、皆嫌がっているし…」


 ミネは一人で出て行くつもりだった。だが、俺がそんな事を許す訳が無い。最低限の荷物を纏め、ミネの手を引っ張る。


「今は、な。いつか分かってもらえる日まで我慢しよう…」

「……シンまで出て行ったら、お父さんもお母さんも悲しむよ」

「あの二人なら分かってくれる…」


 心配をかけるのは辛いが、町の平和を損ねる事態になるよりはマシ。それに、俺がここに居たらギルティオルの魔の手に晒される。今回は撃退する事が出来たが、より進化した悪意に何処まで太刀打ちできるか不安。そう考えると、ここから離れるのは当然取るべき策だったと納得できる。

 



 ミネと恐獣の子どもを連れ、ラッキーの背中から降りた。ジョインに事情を話し後の事は頼んだが、「やっぱり残るべきだ」と小一時間説教された。ラッキーの力があれば、戦局を有利に進められるし、ガーヴィスとの約束も遂行しやすい。普通に考えるなら、些事に耳を傾けず……が最適だろうが、ミネの平穏を保つ事の方が今の俺には重要。それに、どの道ずっと一緒に暮らすつもりはなかった。俺の存在自体が厄介事を招き入れてしまう…。




 二人で向かったのは、向こうの世界でいう大阪辺り。やたらゴツゴツした岩肌が見える荒涼とした大地が広がっている。砂漠のように乾燥しているが、寒暖差は激しくない。常に一定の気温で、見た目に反して意外と涼しく過ごしやすい。人間の居住地が存在しない筈だが、何故か岩場の近くに木造の家が集まり集落を形成している。近くには、人工的な小さな池もある。


「ここにガーヴィスが居るのか?」

「うん」


 岩場の集落に近づくと、人に似た種族が住んでいた。姿形は人間にしか思えないが、頭部に生えている形様々な角、首筋の硬い鱗には恐獣らしさがある。大方、恐獣人ってところだろうか。気になるのは、元々こういう姿だったのか、愛の灯に応じて変化したのか。

 ミネが彼らに近づくと、頭を垂れ、跪く。


「ミネ様、よくぞおいで下さいました」


 ミネは、地の種の娘。仰々しい態度も納得できる。だが、それは人間の観点での話。恐獣の文化で、上位の存在に対し礼を重んじるとは思いもしなかった。俺が火の種として影響を及ぼした所為ではない……と、思う。 


「お父さんは?」

「フェニックス様を連れ、理の神殿へ向かわれました」

「理の神殿?」

「………」


 ミネの問いにはすんなり答えたのに、俺の問いとなると怖い表情で睨みつけるばかり。


「私達の始祖が作ったって言われている神殿だよ。昔の文明では崇拝の対象になっていたらしいけど、今ではただの廃墟。そんなところに、どうして行ったんだろう?」


 首を傾げるミネの表情が、ちょっと暗い。


 


 理の神殿があるのは、地中覗く深い亀裂の壁面。奥へと続く階段は、恐獣でも通れる大きさ。当時の様子を模った壁画が所狭しと刻まれ、見る限り生贄を亀裂の底に投げ込んでいるように見える。鎮める対象は、大きな翼が生えた変な顔の化け物。右側から見れば人の様で、左側から見れば恐獣の様、真正面から見れば無機質な機械の様。生贄を投じているのは、人間、恐獣……そして、不可思議な影。

 壁画を気にしつつ階段を下りていると、下の方から声が聞こえてくる。


「フェニックスよ、何故拒む?」

「贄を投じても、崇拝の日は帰ってこない…」


 ガーヴィスとフェニックスの声。雰囲気から察するに、ガーヴィスがフェニックスを生贄にしようとしている。しかし、声の感じからは切羽詰まった様子が無い。まるで、駄々をこねるガーヴィスをフェニックスが宥めている様な雰囲気。

 ミネを抱きかかえて、一気に最下まで飛び降りる。人間状態の二人の雰囲気は、分かれた夫婦を思わせる。


「何をしているんだ?」


 ガーヴィスは俺の存在に驚いているが、フェニックスは知っていたのか落ち着いた様子で俺を招く。


「待っていました」

「物騒な話が聞こえたんだが……?」

「あなた達が結ばれないように、古の神に願おうとしたのです。自分を贄にしてまで……本当に愚か」


 自分を贄にしてまで、俺達が一緒に居る事を拒んだ。愛を灯したお陰なのだが、まさかここまで人間っぽくなるとは思っていなかった。恥ずかしそうに頬を染めるガーヴィスを見ていると、妙に和んでしまう。


「人間みたいだな」

「何だと!」

「誰かの為に命を投じるなんて、人間以外に居ないからな」


 人間を嫌っているのか、人間みたいと言われて不機嫌そう。

 獣姿になり、一人去って行く。


「来てくれて助かりました。何度説得しても駄々を捏ねて…」


 理由に可愛げがあってよかった。それにしても、どうしてフェニックスはガーヴィスの元に残り続けたのだろうか? 最初は、直ぐに戻って来る筈だったのに…? 贄の話は最近の事だろうし、他に何かあったのか?



 フェニックスの背に乗り集落に戻ると、人の姿に戻ったガーヴィスが威厳たっぷりに待っていた。

 恐獣人達は、ガーヴィスの周りを囲み、一心に崇めている。感情を得ると言う事は、人間に近づくと言う事かもしれない。姿も相まって、一人一人の所作が人間にしか思えない。ただ、やや狂信的に見えるのが怖い。


「ところで、例の件は解決できそうなのか?」


 贄の話から逸らしたいのか、食糧問題に話題をシフト。表情から容易に察する事が出来る。


「その事なんだが、野菜を育てるのはどうだろうか?」

「野菜…? 何だ、それは?」

「食べられる美味しい草…かな?」

「草食獣になれと言うのか? ふざけている! 我々は断じて肉を喰う!」

「同胞を食べられるのか?」

「……」


 肉しか食ってこなかった種族に野菜を進めても納得しないのは分かっていた。しかし、今は肉食のままでは生きて行けない。一応、ラッキーに頼んで肉を用意する術はあるが、原初の石は有限、人間の居住地と化している。


「野菜も工夫次第では美味しい。なぁ、試してみないか?」

「お父さん、私が料理するから…ね?」


 ミネに言われれば、ガーヴィスの態度は軟化。怖いほど豹変し、にやけた表情で頷く。会った時の威厳は何処へ行ったのやら…。


「ミネがそこまで言うなら……しかし、我らには草の知識が無い。どれが食えるのか、どれが美味しいのか、どれがこの地で育てられるのか、皆目見当もつかない…」

「大丈夫だよ。もう一人のお母さんに家庭菜園に向いている薬草を教えてもらったから」

「そ、そうか……」


 ガーヴィスは、俺が持っている荷物を凝視している。


「ところで、その荷物……まさか、住処を追われたのか?」

「まぁ……」

「何故、お前達が追われた? 逆だろ? 主が追われるなど聞いた事ないぞ! 今直ぐ戻って全員追い出せ!」

「まぁまぁ落ち着けって。追い出されたお陰でミネと一緒に暮らせるぞ」


 ミネの笑顔を見て、ガーヴィスの顔は綻ぶ。


「そ、それもそうだな」


 愛のお陰で、随分御し易くなった。これなら、案外上手く付き合っていけるかもしれない。ただ、ミネへの感情が強くなり過ぎれば、それが弊害となって立ちはだかる可能性もある。出来るだけ気に入られるように、慎重に行動しないと…。

 その時、突如視界が真っ赤に染まり、激しい頭痛と吐き気が込み上げる。そして、殺された子どもの声が耳元で木霊する。


(お母さん……僕は、ここだよ……)


 視線の先に母親の姿、今回は子どもの視点らしい…。

 異変を悟られないように、気合で堪える。だが、そう考えれば考える程、子どもの存在が強くなっていく。意識が薄れ、次第に視界がぼやけて行く。


「シン……大丈夫?」


 真っ先に気付いたのは、ミネ。

 小声で気付かれないように注意してくれている。


「あの子どもが……」


 理解したミネは、適当な理由を付けてガーヴィス達から俺を遠ざけてくれた。そのお陰で、なんとか悟られずに済んだ。だが、変な様子で去って行った俺達に恐獣人達は冷ややかな視線を送って来る。

 しかしながら、子どもの記憶……どうやったら上手く納得させる事が出来るだろうか? 会いたがっていた母親に合わせれば良いのか? もしそうだとするなら、誰かに頼んでこの世界に母親を連れてきてもらわないといけない。せめて名前が分かれば、フロンティアのギルドで依頼を出せば可能かもしれないが…。



 子どもの幻影が消えたのは、その日の夜、眠りに就く頃。消える瞬間の寂しげな「お母さん」は、心をかき乱す。どうも、俺が眠った事がきっかけではなく、ミネが子守唄を歌った事がきっかけらしい。記憶のみの存在に変化する感情は存在しない。つまり、幻影が見えるのも、消えるのも、俺自身の感情が要因になっているっぽい。火の種になって強くなったつもりだったが、俺の心は未だ弱く脆い。ミネの子守唄に癒されないと保てない程に。人らしい…と、喜んで良いのか、火の種のくせに…と、落胆すべきか、正直迷ってしまう。

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