第134話 ヨウム、研究室をもらう
「ヨウム君にも研究室を作ってあげようと思うんだけど。欲しい?」
クレーム騒動の翌日にシーモアからもたらされたのは、ヨウムにとって青天の霹靂のような提案だった。
「専攻高等部を教えていないのに、頂けるのですか?」
ヨウムの魔力はCランクと、この学園の魔導学専門の教員の中では非常に低い。
それ故に実技の授業は任されることなく、研究生を取ることもなく、よって研究室も必要ないとされてきた。魔導学を教える教員で研究室を持っていないのは、ヨウムだけだった。
「うん。まあ、これからはね。もしかしたら必要になってくるかもと思って。欲しい?」
「欲しいです。頂けるなら、ぜひ」
「うん。ちょうど都合の良い部屋が一つ余っていてね」
シーモアが軽く手招きする。
そんな都合の良い部屋が、果たしてあっただろうか。
会話を耳にしていたゲーテルとライが、物見遊山についてくる。さらに、どこからともなく、面白そうな気配を察したブレンナも湧いて出てきた。
「何々、どうしたの?」
「ヨウム先生もついに、自分の研究室をもらえるんだそうです」
「ここだよ。ちょうど良いと思わない?」
シーモアが足を止め、指をさす。
それは、教員室の端にある扉の先にあった。
「え……」
「これって」
「可哀想」
皆でその扉の上の表札を見上げる。
――給湯室
「ほら。皆、アカデミックキッチンを使っていて、ここは物置になってるだけでしょう?」
ヨウムは給湯室の扉を開けて中を窺う。
「なるほど」
奥には湯沸かし場があり、古びた食器棚が置いてある。中の食器は、積もった埃の量から察するに、誰が使っていたのか分からないほど長らく手がつけられていない。手前には数人が座れる程度の机と椅子もあるが、その上にも脇にも、何に使うのか忘れ去られた箱が並んでいた。
「狭いね……」
「汚いな」
「可哀想」
「どう? ヨウム君?」
「良いですね。
教員室の真横ですし、便利です。本棚を壁一面に敷き詰めれば、かなりの本が置けますし、お湯も沸かせる。窓もある。直ぐに片付けます」
「いいんだ……」
「本気ですか」
「可哀想」
「本気ですよ。ここに本が置ければ、図書館と教員室を何度も往復しなくてすみますし、好きな時にお茶が飲めて、ご飯も食べられる」
ヨウムは喜びのあまり、瞼を下ろすのも忘れたまま力説した。
ヨウムはミスの成り立ちと消失に関する学問の分野である「生命論理」を研究している。
生命論理の理解のためには古来より使われていた魔術の術式と回路を読み解くための「古語」の学びが必須となる。
どちらも、確立された教本などなく、記された書物は少なく、貴重だ。
そのため、何冊もの古い文献を机に広げ、渉猟しながら学ぶ必要がある。
研究室を持たないヨウムは、調べ物をするたびに図書館へ通っていた。それも、不用意に学生を怖がらせないようにと、学生の少ない時間を見計らって。
食堂は昼食の時間になると学生で溢れるため、あえて、学生がまだ少ない早い時間を狙っていた。
その時間を逃せば、学食には遠慮して入れず、昼食を食いっぱぐれることもあった。
研究室があれば、買い置きしておけばいい。ここで気兼ねなく、ゆっくり食事ができる。
本は、かなり置けるし、温かいお茶だって、入れ放題だ。
「最高じゃないですか」
「うん。じゃ、ここで決まりね」
シーモアは記述の術で、表札の文字を書き換える。
給湯室に二重線が引かれ、表札の空白のスペースに無理やり歪にヨウムと書き加えた。
「……ひどい」
「いや、さすがにこれは」
「可哀想」
「問題ないでしょう。学生が来るわけじゃないし、表札なんて誰も気にしませんよ」
ヨウムは自分の研究室があるという事実にとても満足していた。




