第1部(1) 第5話【 紫水晶の審問と神聖の断層 】(上)
巨大な聖都の全貌が姿を現す。
宿敵の渦中へ。
一粒の輝石を抱いたカイの本当の戦いが、
今まさに始まろうとしていた。
ヴァルナ神国の聖都シュリ・ヴァルナ。
大河を跨ぐ石造りの巨橋を渡り、
幾重もの壮麗な鳥居門を潜り抜けた先は、
色彩と香気の世界だった。
色鮮やかなシルクの旗が風にたなびき、
街の至る所にある水路からは
清涼なせせらぎの音が響く。
しかし、
市街地を進むカイとミーナに向けられる
市民や神官たちの視線は、
刺すように冷たかった。
「見ろ……アシャニアの残党だ」
「悪魔の石を携えて、
神聖な聖都を汚しに来たのか」
ヒソヒソと交わされる
密やかな侮蔑の言葉。
ミーナは身を縮こまらせ、
カイの服の裾を強く握りしめた。
カイは唇を噛み締めながら、
前を行く最高審問官サティの背中を追った。
通されたのは、
聖都の最奥に聳える巨大な
石造寺院の地下——「紫結晶の間」
と呼ばれる審問室だった。
壁一面に埋め込まれた紫水晶が
不気味に淡い光を放ち、
部屋の中央には
重厚な石の机が置かれている。
カイとミーナは木製の椅子に座らされ、
カイの手から取り上げられたランタンが、
机の中央にぽつんと置かれていた。
「……怖がらなくても大丈夫ですよ、
ミーナちゃん。
ここには温かいお茶と果物が
ありますからね」
サティは優しく微笑み、
給仕に命じてミーナの前に
甘い果実の水差しとパンを運ばせた。
ミーナがおずおずと
パンを口にするのを確認すると、
サティは紫色の瞳をカイへと向け、
表情を静かな審問官のものへと戻した。
「さて、カイ。改めて尋ねます。
そのランタンの中に収められた鉱石……
あなた方の言う『原初輝石』とは、
一体何なのですか?」
「これは……世界の始まりに、
至高の光主が創り出した
『真理の光』の欠片です」
カイはサティの瞳を真っ直ぐ見返した。
「熱は出さず、油も要りません。
人が『善き考え、善き言葉、善き行い』を
なす時、
その心に応えて
周囲の不浄な闇を払う光を放ちます。
アシャニアでは数千年間、
絶やさずに守られてきました」
「『不浄な闇』……」
サティは呟き、
繊細な指先でランタンのガラスを撫でた。
「しかし、カイ。
我が国の古い聖典にはこう記されています。
『西方の異端者は、
世界に満ちる尊き神々(デヴァ)を
悪魔と偽り、
自らの歪んだ石の力で
神霊を封印・消滅させようとした』と」
サティの声に、静かな迫力が宿る。
「我が神国において、
木々に宿る精霊も、大河を司る神々も、
すべては世界を構成する大切な命です。
ですが、
あなた方の輝石が放つ『浄化の光』は、
我が国の神霊たちの力を押さえつけ、
活性を奪ってしまう。……
ヴァルナの人々から見れば、
その石こそが
神々を殺す『悪魔の呪具』なのです」
「違います!」
カイは身を乗り出し、机を叩いた。
「この石は
神々を殺すためのものじゃありません!
闇……不浄から
世界を守るためのものなんです!
悪意や嘘、不浄な力に侵されたものを
『元に戻す』だけで、
純粋な命を害したりはしません!」
「言葉だけでは証明になりません」
部屋の壁際に控えていた
【神霊武僧】の長が、
冷ややかに言い放った。
「審問官様、惑わされてはなりません。
首長会でも議論は紛糾しております。
アシャニアが
ソーレム帝国に滅ぼされたのは、
自らの不敬が神罰となって下った証拠。
直ちにその石を打ち砕き、
少年らを追放すべきです」
審問室に重苦しい沈黙が落ちた。
サティは静かに目を閉じ、思索に耽る。
数千年間積み重なった歴史の断層。
アシャニア側から見れば
「不浄を払う聖なる光」であり、
ヴァルナ側から見れば
「神々の威光を奪う異端の毒」。
教理と信条の相違は、あまりにも深く、
生半可な言葉では埋まりそうになかった。
その時だった。
ゴオン————……ッ!!
聖都の地上から、
お腹に響くような凄まじい地鳴りが
轟いた。
「な……なんだ!?」
武僧長が素早く刀に手をかける。
続いて聞こえてきたのは、
市街地からの人々の悲鳴と、
獣の咆哮のような
おぞましい叫び声だった。
紫水晶の間全体が激しく揺れ、
天井から砂礫がパラパラと落ちてくる。
「審問官様! 大変です!」
部屋の扉が勢いよく開かれ、
血相を変えた神官が飛び込んできた。
©2026 [風風風]. All rights reserved.
「聖都の中央大池で執り行われていた
『神霊降臨の儀』が……!
降臨された大河の神霊様が
突如としてお苦しみになり、
おぞましい『黒き蛇』へと姿を変えて
暴走をはじめました!
市街地が破却されています!」
「なに……!? 神霊様が暴走だと!?」
本日、18:30 に、第5話(下)を投稿します。




