第1部(1) 第4話【 新緑の罠と神霊の矢 】(下)
父の遺した教えが、やがて
ユダヤ教やイスラム教など、
この世の幾つかの宗教の礎になる
ことなど、
カイ自身も想像だに出来ないことだった。
まだカイ自身も知らずにいた。
カイの心が困惑に揺らいだ瞬間、
手の中の輝石が
チカチカと不吉に脈動し、
青白い光量を落とした。
「見ろ、不浄に怯えて光が陰った!
やはり邪教の術か!」
「引導を渡せ! 首を撥ねて神々に捧げよ!」
武僧たちが一斉に踏み込んでくる。
鋭い曲刀の刃が、
夕日を受けてギラリと閃いた。
「くっ……! ミーナ、俺から離れるなっ!」
カイは必死に
短剣で曲刀の一撃を受け止めた。
だが、
神霊の加護を受けた武僧の力は凄まじく、
カイの華奢な体は容易く弾き飛ばされ、
湿った泥の上に転がった。
「お兄ちゃん!」
「来ないで、ミーナ!」
泥にまみれながら
カイは必死に立ち上がろうとするが、
首元に冷たい刃の先が突きつけられた。
「終わりだ、アシャニアの残党。
その歪んだ石とともに、
我が神国の土の下で永遠に眠るがいい」
武僧が曲刀を高く振り上げる。
(ここまでなのか……?
父上の遺言も……この石の光も……
こんなところで途絶えてしまうのか……!?)
死の刃が振り下ろされようとした、
その刹那。
「——そこまでにしなさい、武僧たち」
樹海全体を揺らすような、
鈴の音のように清らかで、
けれど圧倒的な威厳に満ちた女性の声が
響き渡った。
振り下ろされかけた曲刀が、
ぴたりと空気中で静止する。
武僧たちが一斉にその場にひざまずき、
黄金の仮面を地面へと伏せた。
「……審問官様」
樹木の梢から、
ハラハラと舞い散る光の花弁。
その光の輪の中から
ゆっくりと降り立ってきたのは、
白銀の髪をなびかせ、
幾重もの壮麗な数珠と霊布を纏った
一人の女性だった。
その双眸は、
すべてを見透かすように
深い紫水晶の色に輝いている。
ヴァルナ神国・最高審問官——サティ。
サティは
ひざまずく武僧たちには目もくれず、
泥にまみれて倒れるカイと、
その胸の中で
必死に光を灯し続けようとするランタンへ、
静かに歩み寄った。
「異国の少年よ。私を見なさい」
サティの瞳と、カイの瞳が交差する。
サティは
カイの足元にそっとしゃがみ込むと、
華奢な指先で、
カイの手の中にある
ランタンのガラスにそっと触れた。
「審問官様、危険です!
その石は邪法を宿す——」
「静かにしなさい」
サティの声一つで、
武僧たちは言葉を呑んだ。
サティは
ランタンの奥で脈動する【原初輝石】を
じっと見つめ、
やがて驚愕にその紫色の目を細めた。
「……不思議なことです。
この石からは、憎悪も、呪いも、
神々を脅かす悪意も……一切感じられない」
「え……?」 カイが息を呑む。
「それどころか……ここにあるのは、
恐れの中で必死に誰かを守ろうとする、
あまりにも健気で清らかな
『純粋な意志』だけ」
サティは優しく微笑むと、
カイの頬についた泥を、
自らの袖でそっと拭った。
「少年。あなたの名は?」
「……カイ。アシャニアの……カイです」
「そう。カイ。……
あなたの携える石が何であるか、
私にはまだ分かりません。
けれど、あなた自身の魂が
『悪』でないことだけは、
神々に誓って判解できます」
サティは立ち上がると、
武僧たちに向かって
威厳に満ちた声をかけた。
「この者たちを拘束し、
聖都の地下神殿へ連行しなさい。……
罪人としてではなく、
解明すべき『客人』として」
「審問官様! しかし首長会が——」
「全責任は私が持ちます。……
来なさい、カイ。
我が神国の聖都【シュリ・ヴァルナ】へ」
サティが振り返り、優しく手を差し伸べる。
武僧たちの殺気は収まっていない。
依然として自分たちは「敵国の異端者」だ。
だが、カイはその手の中に、
かすかな希望の光を感じていた。
「……はい」
カイはミーナの手を握り締め、
サティの手を取った。
原生林の霧が晴れ、
その向こうに金と朱で彩られた
巨大な聖都の全貌が姿を現す。
宿敵の渦中へ。
一粒の輝石を抱いたカイの本当の戦いが、
今まさに始まろうとしていた。
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ヴァルナ神国の聖都シュリ・ヴァルナ。
大河を跨またぐ石造りの巨橋を渡り、
幾重もの壮麗な鳥居門を潜り抜けた先は、
色彩と香気の世界だった。
明朝、6:30 に、第5話(上)を投稿します。




