第1部(2) 第4話:鉄鎖の死闘と解放の輝き(上)
その身に纏う黒い甲冑には、竜脊山脈の時とは比べものにならないほど不気味な「律法呪印」が刻まれ、周囲の空間を歪めるほどの圧倒的な不浄の圧力を放っている。
「ヴァルツ……!」
「久しいな、小僧。……そしてレノ、貴様は帝国の『法』を裏切り、異端の片棒を担ぐか」
ヴァルツの狭い兜の隙間から、冷酷な瞳がカイたちを射抜く。
「法だと? 笑わせるなヴァルツ!」
レノが右腕の義手を構え、不敵に吐き捨てた。
「俺は商人だ。命を燃料に変えるイカれたシステムより、この少年の光の方に将来性を賭けただけさ!」
「哀れな愚者どもめ。お前たちがここで何を足掻こうと、西の『法の都』ではすでに至高の儀式が始まっている」
ヴァルツが大型の黒鋼の長剣を抜いた。その刃には、精霊たちから吸い上げた不浄のエーテルがどろりと絡みついている。
「この補給廠ごと、お前たちのその歪んだ光を磨り潰してくれる!」
精霊たちの哀叫が響く搾取の檻で、カイたちの西への道における最大の死闘の火蓋が切って落とされた。
ガアアアンッ!!
精霊抽出ろ過区の金属床に、激しい火花が飛び散った。
ヴァルツの振るう黒鋼の長剣が、カイの短剣と激突する。
剣身から溢れ出す不浄の黒煙がカイの腕を苛もうとするが、胸元に抱えたランタンの光がそれを間一髪で押し返し、パチパチと弾け飛ぶ。
「ぐ……っ!」
「どうした、アシャニアの生き残り! 竜脊山脈で見せたあの勢いはどこへ行った!」
ヴァルツの重圧な連撃が押し寄せる。一撃ごとに鉄の床が凹み、衝撃波がカイの体躯を揺さぶる。純粋な剣技と体格の差は歴然だった。カイは防戦一方となり、じりじりと制御台から遠ざけられていく。
「カイ! 相手の剣を受け止めるな、受け流せ!」
レノが右腕の鋼鉄義手から仕込みワイヤーを射出し、ヴァルツの足首に巻きつけた。
「チッ、老いぼれ技師が!」
「老いぼれで悪かったな! だが自分の作った砦の構造くらいは頭に入ってんだよ!」
レノがワイヤーを力任せに引いてヴァルツの体勢を崩した一瞬の隙を突き、カイは弾かれるように後方へ飛んだ。
「ミーナ! レノさん! 制御台へ!」
「分かってる! ミーナちゃん、俺の背中に隠れてろ!」
レノとミーナが制御台へ駆け寄る。
ヴァルツは足首のワイヤーを剣で叩き切ると、兜の奥の冷酷な瞳をレノへと向けた。
「無駄だ、レノ。精霊の抽出ラインはすでに全自動で固定されている。帝国の『法』のコードを解除できる者など、この砦には存在しない」
「くそっ、メインシステムのアクセス権限が書き換えられてやがる……!」
制御台のレバーを操作していたレノの顔が青ざめた。
ガラス管の中で捕らえられた精霊たちの命が、刻一刻と黒いチューブへと吸い出されていく。チューブの先にある大釜が不気味な黒光を放ち、帝国の魔導兵器群へと『不浄の燃料』を送り出し続けていた。
「キュイ……キュイ……!」
カイの肩にいた小精霊が、ガラス管の中の仲間たちの衰弱していく姿を見て、悲痛な叫びを上げる。
(駄目だ……このままじゃ、精霊さんたちがみんな死んじゃう……!)
カイの心に焦りが広がる。
焦れば焦るほど、ランタンの原初輝石の光量が落ち、周囲から押し寄せる不浄の冷気がカイの皮膚を濡らし始めた。
「ハハハ! 見ろ、お前の光は絶望に弱い!」
ヴァルツが長剣を高く掲げた。刃に吸い上げられた不浄の圧力が膨れ上がる。
「お前が迷うたび、誰かが死ぬ! それがお前たちの抱く『脆き善』の正体だ! 絶対の『法』に従えば、誰も迷わずに済むものを!」
(迷うな……! 怯えるな……!)
カイは歯が折れるほど強く噛み締め、両足を床に突いた。
ヴァルツの言う通りかもしれない。自分は未熟で、何度も迷い、何度も恐怖に足がすくんだ。
けれど——迷うからこそ、誰かの痛みに気づくことができる。立ち止まるからこそ、助けを求める手に気づくことができるのだ。
『善き考え、善き言葉、善き行い』
それは、恐怖を感じない無敵の強さのことではない。
絶望の暗闇の中にいても、なお「誰かのために光でありたい」と願う、泥泥まみれの覚悟のことだ!
「俺は……迷うことをやめない! だけど、諦めることも絶対にしない!!」




