第1部(2) 第1話【 盟約の余韻と西より来たる影 】(上)
数千年の時を超え、
アシャニアの「光の継承者」と、
ヴァルナの「神霊の守護者」が
結ばれた瞬間だった。
夕陽が聖都シュリ・ヴァルナを
茜色に染め上げていく。
手の中の小さな輝石が、
これから始まる
壮大な反撃の旅路を祝すかのように、
どこまでも温かく、
力強い脈動を打ち続けていた。
聖都
シュリ・ヴァルナを包み込む夜風には、
もはや
数千年の宿怨がもたらす毒気はなかった。
大池を照らすのは、
復元された無数の提灯と、
水面を渡る清らかな風。
かつて「神殺しの邪石」と
忌み嫌われたカイの【原初輝石】は、
いまや異国の神聖なる大池を救った
「奇跡の光」として、
聖都の人々に密やかな敬意をもって
語られ始めていた。
「——本当に、旅立つつもりなのですか」
聖都を見下ろす大寺院の回廊。
最高審問官サティが、
白銀の髪を夜風になびかせながら
静かに問いかけた。
カイは
胸元の手提げランタンをそっと撫でた。
ガラスの向こう側で脈動する鉱石は、
澄み切った黄金の輝きを保っている。
「はい。
ヴァルナの神々を狂わせようとした
『不浄の核』……あれはソーレム帝国の
本隊が打ち込んだ仕掛けの、
ほんの一部に過ぎません。
この国にとどまって牙城を固めるだけでは、
世界の不浄は止まらない」
「……この石が輝くのは、
あなたが『なすべき善』を
見据えているからですね」
サティは薄く微笑み、紫水晶の瞳を細めた。
「ヴァルナ首長会は
正式にアシャニアとの歴史的和解を
採択しました。
我が国の神霊武僧の精鋭を、
あなたの護衛として添えましょう。それと——」
「お兄ちゃん! 準備できたよ!」
回廊の闇を切り裂いて走ってきたのは、
旅装を整えたミーナだった。
粗末な服から、
ヴァルナ特製の軽やかな
防導布の旅着へと仕立て直された
少女の表情には、
王都崩壊の夜にあった怯えはもうない。
「ミーナ……怪我はないか?
明日からの旅は、
山を超えるよりもっと厳しくなる」
「平気! 私、
お兄ちゃんの光のそばにいるもん。
それに……これ!」
ミーナが胸元から取り出したのは、
小さな銀の鈴だった。
サティが授けたというその鈴は、
ヴァルナの神霊の加護が込められており、
かすかな不浄の兆しを音で知らせるという。
数千年の断絶を超え、確かに結ばれた絆。
だが、カイの胸の底にある予感は、
少しも軽くなってはいなかった。
——なぜ、
ソーレム帝国はこれほど手際よく、
ヴァルナの神霊降臨の儀を汚染できたのか?
アシャニアの聖火を消し去り、
ヴァルナの神々を狂わせ、
世界を「唯一絶対の法」で
塗り潰そうとする鋼鉄の軍団。
その侵略のスピードは、
単なる大軍の行進にしては
あまりにも早すぎる。
(誰かが……道を整えている。
ソーレムの内部に、
ただの兵士ではない『何か』がいる……)
その時だった。
チリン……
ミーナの胸元で、小さな銀の鈴が
低く不吉な音を立てて鳴った。
「え……?」
ミーナが首をかしげた瞬間、
ランタンの奥で
穏やかに輝いていた原初輝石が、
激しく一回、脈打った。
黄金色の光が瞬時に濁り、
冷ややかな青紫色の影がガラス面に走る。
「カイ、これは……!」
サティが即座に身を構える。
寺院の庭園、
幾重もの神霊結界が張り巡らされた
聖域の暗がりから、
足音もなく「それ」は現れた。
甲冑の金属音はない。
ソーレムの重装歩兵でもなければ、
ヴァルナの武僧でもない。
纏っているのは、
修道士のような黒い長袍。
だがその顔面は、目も口もない
「滑らかな白銀の仮面」で覆われていた。
©2026 [風風風]. All rights reserved.
「不浄の反応が……ない……!?」
カイは息を呑んだ。
これまで出会った
ソーレムの兵者や怪物たちは、
例外なく肌を刺すような
「冷気と腐敗臭(不浄)」を纏っていた。
本日、18:30 に第1部(2)第1話(下)を投稿します。




