第1部(1) 第6話【 不浄の蛇と真理の脈動 】(上)
天を貫く純白の光柱が、暗雲に覆われた聖都の空を切り裂いた。
ランタンから放たれた光は、熱を持たぬまま溢れ出し、濁り切った中央大池の表面を激しい波紋となって駆け抜けていく。
「グオオオオオアアアアッ!?」
黒い不浄を撒き散らしていた巨大な水蛇が、耳を劈く叫びを上げた。
カイの照らし出した光が触れた瞬間、巨蛇の頭部に深々と刻み込まれていたソーレム帝国の「律法呪印」が、じじじと不快な音を立てて白煙を上げ始めたのだ。
「な……なに……!?」
血を吐いて倒れていた武僧長が、信じられないものを見る目で目を見開く。
カイの放つ光の波(波動)が届く範囲内において、武僧たちの体を苛んでいた激しい麻痺と倦怠感が、まるで嘘のように引いていく。不浄の冷気が蒸発し、温かな陽だまりのような息吹が彼らの体内に戻ってきたのだ。
「不浄が……消えていく……? 呼吸が、戻る……!?」
「神霊様を苦しめていた『黒い煙』だけが……焼き尽くされている……!」
神官たちが感涙にむせびながら声を上げた。
ヴァルナの人々が畏れていたような「神々を消し去る邪法」などではない。カイの持つ【原初輝石】の光は、神霊の神聖な命そのものには一切傷をつけず、そこに外付けされた「ソーレムの不浄な汚染」だけを物理的に分解し、削ぎ落としていた。
「グアッ……グラアアッ!」
呪印を焼かれた巨蛇が狂乱し、太い尾を激しく振るってカイへと叩きつけようとする。破城槌のような質量を持った黒い不浄の質量攻撃だ。
「カイ! 危険です!」サティが叫ぶ。
「逃げない……! 俺は絶対に退かない!」
カイは泥に両足を深く踏み込み、歯を食いしばってランタンを頭上へと掲げ続けた。
(恐れるな。この神様は、好きで暴れているんじゃない! 苦しくて、悲しくて叫んでいるんだ……!)
助けたい。
自分たちの国を滅ぼしたソーレムの卑劣な術から、この異国の尊き命を救い出したい。
敵だとか味方だとか、数千年の教義の違いなんて関係ない。今、この手の中にある光は、誰かを傷つけるための刃ではない——万物を救うための「真理」なのだから!
(善きを思え……善きを、なせっ!!)
ズオオオオオオオンッ!!
カイの胸中の覚悟に呼応し、輝石の輝きがさらに一段上の階層へと昇華した。
黄金と純白の光が交じり合い、一頭の巨大な光の霊鳥のような輪郭を象りながら、暴走する巨蛇を包み込んだ。
巨蛇の全身を覆っていた漆黒の泥が、ボロボロと剥がれ落ちていく。頭部の呪印が完全に砕け散り、黒い煙が霧散した。
「……ア……オ……」
不浄を浄化された水蛇の瞳から、おぞましい赤光が消え、澄み切った翡翠色の穏やかな光が戻った。
巨蛇はカイを見下ろすと、感謝を示すように優しく頭を低く下げ——やがて一筋の清らかな水の奔流となって大池へと還っていった。
濁り切っていた中央大池の水は、底まで透き通る清廉な澄み水へと戻っていた。
聖都に、静寂が訪れる。
静まり返る大池のほとりで、カイは膝から崩れ落ち、激しい息を吐き出した。
ランタンの中の輝石は、役目を終えたかのように、優しく控えめな琥珀色の光へと戻り、カイの手の中で静かに脈動している。
「ハァ……ハァ……っ」
静まり返る人々の間から、ゆっくりと歩み寄る足音が聞こえた。
最高審問官サティだった。サティはカイの前にひざまずくと、その細い手でカイの煤けた手と、ランタンを包み込むように握り締めた。その紫水晶の瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいる。
「……見事でした、カイ」
サティの声が、静まり返る広場全体に響き渡った。
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本日、18:30 に、第6話(下)を投稿します。




