20羽:猪の正体を知るウサギさん
ウサギ語の大味説明(会話内容は想像しましょう)
『ぷぅ、ぷぷぅ♪、きゅっ! きゅー♪ ごろごろ』
・・・嬉しい、楽しい、興奮、甘えたい、気持ちいい
『ぐぅ、ぐーっ!、ぶぅ ぶー だむだむっ!(足ダン)』
・・・不満、怒ってる、警戒、拗ねてる、羨ましい
『くー、くぅーん、きーっ! だんだんっ(足ダン)』
・・・怖い、危ない、痛い、悲しい、寂しい
ベヒモスの変化した姿は、当然見掛け倒しではない。
毛に絡まった岩は今迄通用していた武器を弾き返し、木や岩のグローブを装着した四腕の攻撃は苛烈を極める。
暴れまわるその様子は、まるで吹き荒れる暴風のようだった。
あの場に立ち続けられる者はそう居ない。
防御に秀でて連携が得意な騎士さん達、そして大盾の扱いを得意としているバーニィさんぐらいなものだ。
騎士さんの多く、そしてバーニィさんに守られている龍の翼は健在。あと避けるのが得意な冒険者さん達数名が残っているのみで、他は全員怪我人として子供達に運ばれていった。
まだ対抗は出来ている、でもそれは耐えれているだけで攻撃が通っているわけじゃない。足止め出来ているに過ぎないんだ。
倒すのは無理に近い、ならせめて追い返す方向で考えないと。
この世界には銃らしき武器があった、時間さえあれば強力な武器を取り寄せられるかもしれない。とにかく必要なのは時間だ、時間さえ稼げれば良い。
「なにか安易な事を考えてないかしらぁ?」
後ろからミラさんが声を掛けてきた。
「あの化け物を街から引き離す、その為の餌になろう・・・だなんて考えてないわよねぇ?」
「アハハ、ナンノコトカ」
「あれの視線がずっとイナバちゃんに向いてる事に、私が気づかない筈ないでしょー」
ばれてーら。
「でも僕の足なら問題なく逃げられるよ?」
「その後はどうするのかしらぁ? あれがイナバちゃんを狙ってる、それを知って貴女は街に戻ってこられるのー? 子供達はぁ? 私の知っている貴女なら、戻ってきそうにないのよねぇ」
ミラさんの言う通りだ。ベヒモスを引き剥がせたとしても、アレが僕を狙っている限り僕は街に戻るわけには行かない。
最終手段としてアレを魔境まで誘導することだけど、それには子供達を置いていかないといけない。
ミラさんの傍にいる子供達は、ジッと僕を見ている。僕の考えていることは全部《共有》で伝わってしまっているから、絶対に着いてくるだろう。
つまり、初めから僕が囮になるという選択肢は無かった。
「分かれば良いのよー、さぁアレの倒し方を考えましょう? どうせ此処で倒さないと、アレは何度だってやってくるんだから。今日倒したほうが、お得じゃない!」
「お得って・・・」
バーゲンセールじゃないんだから・・・。
しかしミラさんの言うことも御尤も、僕はベヒモスを倒せる隙を探すのであった。
◆◇◆◇
遂に真の姿とも言うべき形態を見せたベヒモスであったが、その姿はベヒモスの本気であると同時に諸刃の剣でもあった。
魔物とは常に魔力を消費し続ける存在である。人間より遥かに強い身体能力を持つ魔獣、それを超える存在である魔物が強化魔法を使っていると言えば想像しやすいだろう。
つまり魔物はただ息を吸うだけで魔力を消費し続けるのだ。故に常に魔力を補充し続けなければ死んでしまう存在である。
そんな魔物が、あえて名付けるなら《要塞化》の魔法を発動した。現在ベヒモスは洪水の流れが如き勢いで魔力を消費している、魔力の補充は急務である。
チクチク鬱陶しい冒険者と騎士を無視しイナバを捕らえようとしていたベヒモスだったが、ある瞬間を区切りに痛みを感じる程の抵抗を見せ始めた。
皆は街を守ろうと抵抗するが、ベヒモスからしてみれば理由もなく食事の邪魔をされているだけ。それは腹も立てよう。
傷は問題無い。受けた先から瞬く間に治る為、無傷同然だ。だが鬱陶しい。
腹を空かせたベヒモスは周囲を蹴散らし、イナバへと突進していった。
◆◇◆◇
「来たっ!!」
こんな巨大な生物、見たことが無い。
あまりにも比較対象が無さすぎて、ダンプカーが突っ込んで来ているようにしか見えない。それも外国の採石場で使われる様な、モンスタートレーラーだ。
──速いっ
ミラさんの事もあり、それなりに離れていたベヒモスとの距離が、瞬時にゼロになった。
猪が如く頭から突進してくる。しかし此処にはミラさん、背後には怪我人や治療師、ディアスさんも街もある。避けるわけにはいかない。
僕は魔力を注ぎ込み、瞬時に限界まで圧縮した土壁を作り出す。
一瞬でもスピードが落ちれば良い、一瞬の隙があれば子供達が来る。そしたらすぐ後ろに二枚でも三枚でも壁を作ってやる、止まるまで作り続けてやろう。
足を泥だらけにしてガッチガチに固めて、これでもかと言うくらい嫌がらせをしてやろう。
そうして、半ば祈りに近い気持ちでベヒモスを迎え撃つ。
土壁の向こう側で響く、建物が倒壊するような轟音。そしてベヒモスと土壁が衝突する──。
──ゴッ!!
「・・・・・・あれ?」
「ゴンッ!!」とすら鳴らない。
あまりにも短く鈍い音が聞こえた。寧ろその後、ベヒモスが倒れた音の方が余程大きく響いたほどだ。
何が起こったのか、言うまでもなく『ベヒモスが土壁に負けた』。ただそれだけなんだけど・・・えぇ・・・。
あまりの予想外の出来事に、隣でミラさんも目をパチクリとさせていた。
「イナバちゃん・・・これって、何?」
「土壁です。文字通り、土で出来た壁です」
「オリハルコンじゃなくて?」
「土ですね」
果たして土とは?
僕が土について考えを改めるべきかと考えていた頃、壁の向こうには多種多様な魔法が雨霰と振り注いでいた。そうだ、戦いの最中だった!
気を引き締め直し、僕はミラさんを連れて一度城門まで下がる。そこから城郭に登ると、状況を確認する為か同じく城郭に登っていたディアスさんが「信じられない」と言った目を僕に向けてきた。
「イナバ、さっきのは何だ?」
「土壁です」
「オリハルコンじゃなくてか?」
「その流れ、さっきやりました」
僕だって予想外だったんだ、そんな顔されても知らん。
そんな事よりもベヒモスだ、あれはどうなった?
城郭から見下ろすと、土壁の向こう側がよく見えた。
ベヒモスの鎧?は物理だけでなく、魔法にも強い耐性があるようで平気で耐えていた。まったく馬鹿げたタフネスだ。
炎の矢を腕の一振りでかき消し、雷を弾き返し、水の矢を避け、風と土の刃をそよ風のように受け切っていた。何なんだコイツほんとに。
驚異的な体力と防御力、そして圧倒的な攻撃力、でもその割には土壁に負ける貧弱さ。訳が分からない。
魔境で出会ったアレの幼体の方が余程強かった。あの時のベヒモスの突進も今回と同じく受け止めきったのだが、二度目は耐えられず砕け散ってしまったのだ。
アレに比べると、このベヒモスは何というか・・・見掛け倒し何だよなぁ。一日中突進されても土壁は耐えられるだろう、この差は何なのか?
理由がわからず首を捻っていると、僕の声の言葉が聞こえたのかディアスさんがギョッとした表情をこちらに向けてきた。
「イナバッ、アレの小さいのに会ったことがあるのかっ!?」
「えっ、あぁうん。魔境でね、大きさはたぶん3メートルくらい。たぶん生まれたばっかりなのかも」
「「「「いやいやいやいやっ!!」」」」
ディアスさんだけじゃない、近くに居た全員が僕の言葉を聞いて首を左右に振った。
「お前知らないのかっ!? ベヒモスは成長するほど強く、そして小さくなるんだぞっ」
What?
「3メートルだなんて聞いたこともないっ、魔の森にはそんな化け物も居たのか!?」
「イナバ殿、よくぞ今迄ご無事で・・・」
「魔の森コワイ」
年を取ると縮むみたいなものかな? つくづく魔物っていうのは、意味が分からない。
「いや、たぶんお前の考えてることは違うからな。・・・待て、お前少し前に『魔境の猪に耐えた』って言ってたな? もしかして、アレかっ!?」
また皆がお化けでも見たような目を僕に向けた。いい加減失礼じゃないかな?
でもこれで一つ分かった事がある、例えベヒモスに張り付かれようと街は無事だということだ。
僕が守りに徹している限り負けはない、後は倒す手段だな。
いくら張り付かれても大丈夫だと言っても、本当に張り付かれると困る。流石に何処かで倒す必要があるのだ。
僕は再びベヒモスに視線を向けた。ベヒモスは相変わらず、雨のように降り注ぐ攻撃を払ったり避けたりと馬鹿みたいな頑丈さを見せ付けている。
まさか弱点が無いんだろうか? 生物において弱点となり得る雷の魔法ですら弾くあの体、あの防御力を突破したら良いのか見当も付かない。
ディアスさんとミラさんも攻撃に加わると言って、下に降りていく。
いやいや、この二人は何を言ってるのかな? 街の代表とその奥さんだよ、しかも病み上がり。ねぇ、皆止めないの?
ヘイル隊長さんはすごく遠い目で、「まぁ、いつもの事だからな」と言った。そっか・・・。
「しかしミラ様は、何かあってもすぐに避けられるお身体ではありませんからな。何かあったらと気が気でない」
「本当にそれだよね」
元気すぎるんだよ。まぁ今は子供達をつけてるから、最悪のケースは起きないだろうけど。
・・・・・・。
・・・ん?
ふと何かが脳裏に引っ掛かった。
可怪しい、どうしてベヒモスはこれだけの頑丈さを持っているのに・・・──っ!
漸く見付けたぞ、それがお前の弱点か!
次話ベヒモス戦終了、是非弱点を想像して下さい。




