10羽:何も知らないウサギさん③
ウサギ語の大味説明(会話内容は想像しましょう)
『ぷぅ、ぷぷぅ♪、きゅっ! きゅー♪ ごろごろ』
・・・嬉しい、楽しい、興奮、甘えたい、気持ちいい
『ぐぅ、ぐーっ!、ぶぅ ぶー だむだむっ!(足ダン)』
・・・不満、怒ってる、警戒、拗ねてる、羨ましい
『くー、くぅーん、きーっ! だんだんっ(足ダン)』
・・・怖い、危ない、痛い、悲しい、寂しい
有無を言わさぬ決定にエセイシは憤慨した。
彼には分かっていた、これが茶番劇である事を。
「貴様らっ、態々私を虚仮にする為に呼び出したのか!? 辞めさせたいなら始めから通達でも何でもしてきたら良いだけだろうがっ、それをこんなっ──馬鹿にしおってっ!! 不愉快だ、帰らせてもらうっ。剥奪でも何でもすれば良い! だが忘れるなよ、貴様らは教会に楯突いたのだからなっ!!」
エセイシは顔を真っ赤にして悪態をつき、ドスドスと扉へ向かった。しかし直前で扉を守る騎士に止められる。
「そう簡単に帰られては困る。言っただろう、『いくつか聞きたいことがある』と。お前たち、エセイシを座らせろ」
「「はっ!」」
「離せっ、無礼者が!」
エセイシは抵抗するも、槍を突きつけられ仕方なく元の席に座った。それを見た後、ディアスはひとりの女性を会議室に招き入れる。
女性は車椅子に乗っており痩せた様子ではあるが、発せられている雰囲気には活力が溢れており目には力が漲っていた。
招き入れられたのは領主夫人のミラである。
彼女は伏せる前となんら変わらない雰囲気で、一抱えの木箱を持って現れた。
「皆様、ご無沙汰しております」
「おぉ、ミラッ。動けるようになったのか!」
「ミラ殿っ、御回復お慶び申し上げるのでゴザル!」
「えぇグスター、貴方のお陰でねー。あとケモロリウスも相変わらず気持ち悪いわねー。でも会えて嬉しいわぁ、ありがとう」
ミラの登場に皆が喜びの声を上げる、ただひとりエセイシを除いては。
「エセイシ様もご無沙汰しております。色々・・・本当に色々とお世話になりましてー」
「い、いや。回復を、喜び申し上げる・・・」
「ふふ、うふふふ」
極寒の視線をエセイシに向けた後、ミラはひとしきり再会を喜び合うと、持っていた木箱をジャスパーに渡し机に運ばせた。
皆、この状況で出された箱の中身に興味津々である。
「これは何でゴザル?」
「これは・・・そうね、是非エセイシ様に見て頂きたくてお持ち致しましたぁ。さぁどうぞ、お開けになってー」
ミラの言葉と共に木箱がエセイシの目の前に運ばれた。
エセイシはミラの意図が読めず、まずは木箱の様子を見る。
木箱に封はされていなかった。密閉されている様子もなければ、中で何かが動く様子もない。
ひとまず危険物ではないだろう、そう考えたエセイシは息を飲みつつ震える手で木箱の蓋を空けた。
「──っ、うわあああああああっっっ!?!?!?」
中を見たエセイシから悲鳴が上がる。そして腰を抜かし、そのままズルズルと壁際まで後退った。
そんなエセイシの様子に驚きつつも、興味を引かれたケモロリウスが木箱を覗き込む。
中にあったのは、砕けたガラスもしくはクリスタルであった。
元は何か像のような物だったのだろう、複雑な形をしていて表面に模様のようなものが浮かんでいる。
名の通った魔法使いであるミラが持ってきたものだ、きっと生半可なものではないだろうとケモロリウスが拳大のそれを一つ持ち上げ観察する。
──その時、ケモロリウスはガラスと目が合った。
ケモロリウスが声も無くそれを落とし後退った。流石にエセイシのような醜態は晒さないが、顔は真っ青だ。
そのあまりの狼狽振りになんだなんだと他の者も覗き込み──それの正体に気が付いた。
それに気が付けば模様が何なのかも分かったのだろう、皆揃って顔を青くし口を押さえる。
箱の中はエセイシの言う通り危険物でも生物でもない。
中にあったのは、元危険物の生物だった。
「私は先日まで体調を崩していたでしょう? それがどうも病気じゃなくて呪いだったみたいなのよー、本当に大変だったんだからぁ」
エセイシはミラの言葉をただブルブルと震えながら聞いている。
何でも無いように語るミラの声からは、言いしれぬ恐怖を感じた。
「せっかくエセイシ様から派遣して戴いた方に診て貰っても完治しなくて、夫も必死に術を探してくれたのー。そしたらね、うふふふ・・・偶然街を訪れてくれた子が呪いを解いてくれたのよー」
嬉しそうに語るミラを見て彼女が何を言っているのか全員が気付く、そして木箱に目を移し更に顔を青褪めさせた。
その中で何故かケモロリウスだけがふふんと胸を張っていた、何故お前が自慢気なんだ?
そしてミラの話は続く。
「その時ね、あの子が言ったのよー。呪いは解いたんじゃなくて押し返したんですってぇ、『呪い返し』って言うらしんだけどご存知? この件に関わった人に私の呪い返しが返って、こうなるらしいのよー。これね、私の治療をしてくれていた人なのー」
そこまで言って、ミラは笑顔を貼り付けた顔をエセイシに向ける。
「ビックリよねぇ、まさか治術ギルドの人が犯人だったなんてぇ。ここまで砕けても死なないみたいなのよー、本当に本当にビックリだわぁ・・・なぁ、エセイシ?」
途端にミラの雰囲気が変わった。
彼女から放たれるプレッシャーに、椅子が、テーブルが、建物が軋み始めて窓ガラスがガタガタと震え始める。
これが少し前まで半死半生だった人間が放っていい圧力なのか、エセイシはあまりの恐怖にガタガタと歯の根が噛み合わなくなる。
そして気が付いた、今日自分がここへ呼ばれたのは地位剥奪を告げるためでも侮辱するためでもない。『公開処刑』するつもりなのだと。
「なぁエセイシ、お前これについて何か知らないか? 私は犯人はたぶん一人じゃないと思ってるんだ。犯人は体のどこかがコレと同じになってる筈なんだ、だからもし自分が無関係だってんなら・・・その大事そうに抱えてる左腕、よく見せてくれよ?」
実はこの会議室に居る者全員が気にはなっていた、どうして治術ギルド長であるエセイシは左腕を治療していないのか。
丁寧に肩まで包帯で巻かれ、アームスリング(三角巾)で吊られた左腕はどう見ても重傷。しかし治術ギルド長であれば最優先で最高の治療ができた筈、だがそれをしない。
きっと何か理由があるのだろう、皆がそう思っていた。まさか殺人の証拠だったとは思いもしなかった様だが。
「いいいや、これは・・・そう階段でっ、階段で転んでっ!」
「言い逃れできると思ってるのか? 四の五の言わず見せろ」
「ぐっ、ぐうううううううっ!」
「お前に分かるか? ある日突然手足が砕けた恐怖が、少しづつ砕けていく身体を見て死が近づいているのが理解できる絶望が、大切な家族を残していくかもしれない不安が、そんな私を見て不安を見せないよう健気に振る舞う子供達の様子を見る悲しみが、お前に分かるかっ!!」
ミラが声を荒げた次の瞬間、怒りに震えるディアスの掴んでいた机の端が砕けて罅が机を真っ二つに割る。
落下し散乱する元人間であったガラスの破片、その一つが腰を抜かすエセイシの足元に転がった。
そこに意識はあるのか、そもそも果たしてこれはまだ人間なのか・・・その真実は定かではないが、ただガラスの目玉がギョロリとエセイシを見ている。
震えるエセイシの身体からはピシリピシリと割れる音がした。
「選べ、見せるのを拒否して夫に殴られるか、全てを吐いて投獄されるか。どちらが良い?」
ディアスの剛腕に殴られれば今の体はきっと粉々に砕け散る、それは今目の前にあるものと同じく生物として死ぬことになるだろう。
しかし全てを吐けば教会からの粛清は免れない。吐かなければ拷問されるだろう、そして悪くて死に良くても一生牢の中だ。
どちらを選んでも死、しかし砕けて一生生き続ける恐怖に耐え切れず、エセイシは捕まることを選ばざるを得なかった。
こうして街の乗っ取りを企てた大事件は、いったん幕を閉じたのであった。
◇◆◇◆
「え、なんで治術ギルドが無くなっちゃったの?」
「お前が冒険者ギルドで治療をし続けてくれただろ? その間にこっちでも色々捜査を続けていたら治術ギルド長が汚職で捕まったんだ。それで次の候補をと思ったら、幹部含めて全員真っ黒でな・・・誰もやりたがらなかったんだ」
「Oh・・・」
ミラさんを解呪してからの二ヶ月間、僕は毎日冒険者ギルドで花を咲かせては子供達を街中に派遣して治療しまくっていた。
んで、このくらいやれば治療院も痛い目みたかなって思った頃に領主のディアスさんにさっきの話を聞かされた感じである。
「流石にギルドを潰す気なんて無かったんだけどなぁ・・・」
「いや、実際潰したのは俺だからな。イナバは気にしなくて良いぞ」
「不祥事があったってのはさっき聞いたけど、相手は協会がバックについてる面倒なギルドだったんでしょ。どうやったの?」
「おっと、それはイナバでも教えられんなぁ。まぁ気にするな」
気にするなと言われれば余計気になる、また今度ヘレンさんにでも聞いてみよう。なんかあの人知ってそうな気がするし。
ディアスさんから治術ギルドの後日談的なものを聞き終えた僕は、子供達30羽を連れてミラさんの寝室へ移動する。
無事に呪いから復活した彼女だが、呪いに苛まれ続けた三か月という時間は想像以上に彼女から筋力と体力を奪っていた。
ただ元病人とは思えないほど生命力に溢れているので、恐らくすぐに本調子を取り戻すだろう。
僕がしているのは彼女の経過観察と病人食作りである。
「あらぁイナバちゃん、いらっしゃい。おチビちゃん達もいらっしゃい」
「お邪魔しまーす!」
「ぷぷぅ♪」
「ぷっぷー、ぷぅぷぅ」
「ぷー!」
入室すると、ミラさんは窓際のロッキングチェアに腰掛けていた。顔色は良さそう、しっかり食事も取ってるみたいだね!
部屋にはミラさんといつものお世話のメイドさん二人に加えて、今日はレウスとレイアの兄妹もいた。
どうやらお話・・・いやお茶会か? なんかそんな事をやってたっぽい。
「あっ、姉様っ!」
「ぉ、お姉様。こんにちは」
この二人はあれからも何度も会っていて、子供達と凄く仲が良い。そしていつの間にか僕の事を『姉』と呼ぶようになっていた。
まぁ僕としては既に兎の母なわけで、新たに姉と呼ばれても全く問題ないし身長も僕のほうが大きいから良いんだけど、なんかすぐにレウスに抜かれそうな予感。
この世界の人、みんな背が高過ぎんだよねぇ。だってほら、何となく負けたくないじゃん?
「ミラさん、今日は体調如何です?」
「うふふ、そんなに心配しなくても大丈夫よー。貴女のお陰で今日も元気だわぁ」
「そりゃ良かった!」
うんうん問題無いようで何より! やっぱり子供の為にお母さんはいつでも健康で居なきゃね。
それからレウスはウチの子達と庭へ出て行き、レイアは何故か僕の隣に座ってピッタリくっついてきた。
やっぱりこの年頃の子は体力が有り余ってんだろうね、僕が今連れてる幼年組の子も普段は僕から離れないのにこの屋敷でレウスと遊ぶ時だけは何羽か離れる。
ちなみにレイアはというと、何故か僕にピッタリとくっついて座る。全然性格の違う双子だ。
「ねぇレイアちゃん、お母さんはあっちだよ?」
「イヤ・・・ですか?」
うるうると目を潤ませて、レイアが僕を下から見詰める。うっ、可愛いっ・・・。
別に嫌ってわけじゃないぞ。可愛いし僕としては全然構わないんだけど、お母さんが目の前にいるのにピッタリくっつかれていると悪い気がしてくると言うかなんというか・・・。
せっかくお母さんが健康になったんだから甘えてきなよと伝えると、腕を抱えるように抱き着かれた。状況悪化。
「まぁまぁ。私とは毎晩一緒に寝ていますしぃ、あまり会えないイナバちゃんに甘えたいのよー。お姉ちゃんができたと思っているのねぇ」
「お、お母さまっ言っちゃダメですっ!?」
「あはは、まぁ慕われて悪い気はしませんね」
しかしそんな懐かれるような事しただろうか?
『お母さん救いました、だから懐かれましたー』は、なんか違和感があるんだけど・・・まぁ悪い子達じゃ無さそうだし、何でも良いか!
それから世間話を交えつつ、ディアスさんが全然教えてくれない騒動の顛末を聞いてみたんだけど、ミラさんも全然教えてくれない。
教えてくれないというか「知らなくて良いのよー」的なことを言われた、何故に?
更にその後でヘレンさんや周りの冒険者さん達に聞いても何も教えて貰えず仕舞い。
当事者なのに顛末も秘密にされている理由も分からず、ウサ耳を傾げるしかない僕なのであった。
ヘレン「貴女は何も知らなくて良いのですよ(ニッコリ)」




