9羽:何も知らないウサギさん⓶
ウサギ語の大味説明(会話内容は想像しましょう)
『ぷぅ、ぷぷぅ♪、きゅっ! きゅー♪ ごろごろ』
・・・嬉しい、楽しい、興奮、甘えたい、気持ちいい
『ぐぅ、ぐーっ!、ぶぅ ぶー だむだむっ!(足ダン)』
・・・不満、怒ってる、警戒、拗ねてる、羨ましい
『くー、くぅーん、きーっ! だんだんっ(足ダン)』
・・・怖い、危ない、痛い、悲しい、寂しい
「くそっ、くそっ、くそおおおおっ!! 一体何だと言うのだっ、何がどうしてこうなったっ!?」
そう部屋で怒声を上げているのは、エセイシ・カマセーヌ。治術ギルド長である。
彼は持っていたワイングラスを怒りに任せ壁に投げつけるが、その行動は何一つ解決へと導かない。それを十分に理解している彼は、その事に余計腹を立てた。
全てが狂い始めたのは、つい二週間ほど前の事だ。
彼は届いた報告を聞き、耳を疑った。というより、意味が理解出来なかった。
「患者全員が治療を拒否するとは、一体どういう事だっ! それどころか患者は全て健康だとっ!? これでは、あのウサギ女を呼び寄せられんではないかっ!!」
治療院では元々エセイシの指示により、全ての患者への治療及び退院手続きがされていなかった。故に外から見れば治療院の様子は何も変わっていないように見える。
しかし中身は比べ物にもならない程酷い有様に変わっていた。
そもそもエセイシが治療退院を拒否していたのは、イナバが患者の為に駆けつけてくるだろうという目論見があったからである。
それがあったからこそ、収入を断ち患者を人質にして多少の赤字が出ることも許容していた。
それ程までに、イナバの月魔法には価値があったからだ。手に入りさえすれば赤字はいくらでも補填できる、そういう算段があった為である。
しかし、怪我人が居なくなったことで計画は根本から崩れ去った。
それだけでなく、治療を再開しても今度は患者側がそれを拒否するという。エセイシには、それが一番理解出来なかった。
通常、患者は入院を嫌がる。それはこの世界の生活保障が、日本ほど確保されていない為である。
日本ならば病気に対し保険が降り、仕事だって有給や傷病手当でわりと休息中も最低限の収入が得られることが多い。しかしこの世界では入院=無職である。
それ故、皆1日1秒でも早く完治させて復帰する必要があるのだ。そういった背景がある為エセイシは、退院も治療も拒む患者が現れるなんて状況を想像していなかったのである。
「このままでは入院中の世話代で運営費が底をついてしまう、俺の金が、金が・・・。なんで彼奴等、治療院が断れないなんて知ってるんだっ。誰だっ、あの馬鹿共にいらない知恵を与えた奴はっ!?」
犯人は受付嬢ヘレンである。
本当に彼女は何者なのか、謎は深まるばかりだ。
「それに貴族どもの寄付が無くなったのも痛い。だが可怪しい、行動が早すぎる。誰かが裏で操っているのか? 一体なんの為に・・・ぐぅっ!!」
エセイシの顔が苦痛にゆがむ。
痛みから彼は咄嗟に左手を抑え──ようとして、手を止めた。
その左手は包帯でグルグルに巻かれており非常に痛々しい。しかし何故か血や膿の臭いや汚れは無く真っ白、そして包帯の下からは『ピシリ、ピシリ』と、あまり人間の体からは聞こえない音がしていた。
実はこれもまた、彼を苛立たせている理由の一つである。
エセイシにこの異常が起こったのもまた、例の報告があった日であった。ズキリと左手に痛みが走ったかと思えば、手に罅が入り、指が数本砕け散ったのだ。
突然の事にエセイシは手を抱えて転げ回った。だが反面、混乱し喚くことはしない。何故ならエセイシにはこの現象に見覚えがあったからだ。
この現象は、この魔法は間違いなく自分の知っている呪いであり、自分が領主夫人ミラ・ターハントに掛けた恐ろしいあの魔法。自分を含め、ごく僅かな人間しか知らない秘匿されている呪法だ。
超一流の魔導師数人分もの魔力が必要になる代わりに、距離や条件を一切無視して対象を呪うことが出来き、解呪不可能。まさに大呪法である。
今回、王国の要であるターハント家を裏から操る為に、教会で秘密裏に育成された呪術師を使い呪法を行なった。
かつて魔法使いとしてて名の通っていたミラ・ターハント、その魔法抵抗を突破すべく20人もの呪術師を用意しての計画であったが・・・エセイシも呪法を知る者、自身に起こっている現象が何を意味しているのか分かっていた。
そう、呪いが解かれた。いや返されたのだ。
先程この呪いは解呪不可能だと言ったが、実際は不可能ではない。
ただ超一流の魔道士に匹敵する呪術師20人の魔力を押し返せるほどの魔力量と技術を持ち、そのうえで強力な呪いを打ち消せる程の解呪魔法を持った人間が必要であり、それはこの国で言えば魔道士の頂点『魔導師オリジン』くらいなものであった。
つまり、実質不可能なのである。
それもこれはただ解呪されたのではなく、呪いを押し流し返してきた。俗に言う『呪い返し』、津波を手で押し返すような無茶苦茶な力業である。
まさかそんな人間がこうもタイミング良くドスに居るなんて、誰が予想出来ただろうか。
「恐らく関わった呪術師達は既に生きていまい。奴らに呪いの殆どが流れた為に、私は片手で済んだと見るべきか・・・くそっ」
エセイシは怒りを物にぶつけ──る既で、再び思い留まった。
その顔は忌々しげだがこれも仕方ないこと、何故なら衝撃で腕が砕け散ってしまう可能性があるのだから。
そしてエセイシには腕の他に強い懸念があった、それは教会本部のことだ。
先程も言ったように、この計画に派遣された呪術師達は教会から派遣された秘密の部隊であり、言わば教会の虎の子である。
教会以外に呪いを解く手段はほぼ無く、呪いを掛けられた者達は死の恐怖に耐え切れず全てを手放す。そうして教会は忠実な駒を作ってきた。
教会と治術ギルドは今まで何度もこれを繰り返し大きくなってきた。ここまで聞けば、教会にとって呪術師がどれ程大切な存在か想像もつくだろう。
しかし、今回その呪術師達は恐らく全員死亡してしまった。
それどころかターハント家を支配する計画はおじゃんになり、更に現状治療院の売り上げを教会に送ることすらできないでいた。
これは不味い、何故なら教会はエセイシをも超える金の亡者の巣窟であり、祀られているのは神ではなく金。つまり金にならない者は即刻切り捨てられるからだ。
切り捨てられる程度ならまだ良い、しかしエセイシは教会の暗い所も知り得る立場にあった人間。ここから導き出される未来は──。
「ぶ、部隊が動くっ。粛清されてしまうっ!!」
エセイシは日の光に当たり慣れていない白い肌を更に白くし、ブルブル震えだす。
その日からエセイシは腕を庇いつつ、資金集めに奔走するのであった。
それから事が動いたのは、更に一ヶ月ほど経った頃である。
その頃治療院は、エセイシの努力も虚しく経営難の一途を辿り既に半数が閉鎖、そして残り半数もただ運営費を浪費し赤字を吐き出すだけの場所と化していた。
彼の大好きな金も自由に使えなくなり、かつては一杯で家が買えるほどの高級ワインが注がれていたグラスの中にも、水のような薄いワインがが入っているだけだ。
治術師もかなりの数が逃げ出した。
元々治術師達の多くは、治術が使えるというだけの理由で強引にギルドに引き入れられ、行動に制限をかけられていた者が多く、なんでもない治療で金を毟り取る治術ギルドのやり方に反感を持つ者が多かった。
これは訪れるべくして訪れた未来なのだろう。
エセイシはというと、罅が肩にまで進行しており、手は失われていた。そこに治療院の現状が加わり、見た目が二十も老けたようになっている。
「ひと月だ・・・たったの、ひと月で私の治療院が・・・」
その表情からは魂が抜けている。
腕を失い、バランスが取れずふらつく体。
この呪いの恐ろしさを誰よりも知るエセイシは、体を失う恐ろしさを初めて知る。だがその心に反省や後悔はない、あるのは『何故自分がこんな目に』という逆恨みに近い感情だけだった。
そしてそんな反省の無い姿を予想していたかのように、彼に最後の時が訪れた──。
「エセイシ治術ギルド長、体調が優れぬ中よく来てくれた」
「いや、ギルド長会議であるうえ、領主の使者直々の迎えとあらば来んわけにもいかんからな」
見栄かプライドか、エセイシは呪いというディアスへの切り札を失っていると知りつつも、伯爵位の貴族であるディアスに対し不遜な態度を崩さなかった。
彼の中ではまだ何とかなるという根拠の無い自信が残っているのだろう、その様子を迎えに行ったジャスパーは冷たい視線で見ていた。
「それで今日は何の用事だ、私は忙しいんだ。大した報告もないだろう、さっさと終わらせてくれ」
「忙しいねぇ・・・確かに今のお前さんに比べりゃ、俺達は忙しくて仕方ないわな」
「貴様っ!」
グスターの皮肉にエセイシが顔を歪ませる。
ギルド長会議とは月に一度領主を交えて開催される報告会のようなものである。
各ギルドの収支や状況、今後の見通しなどを報告し合う場であり特段何もなくそのまま閉会される──基本的には。
しかしこの会は、もう一つ重要な決定がなされる場でもある。
「さて皆、急な招集にも関わらずよく集まってくれた。今日は収支報告の前にいくつか聞きたいことがある・・・エセイシ治術ギルド長、貴殿のギルドは最近経営不振のようだが何がどうなっている? 治療院がいくつか閉鎖しているようじゃないか」
エセイシは今回の会議内容をある程度掴んでいたのか、ディアスの質問に舌打ちしつつも笑顔を貼り付け話し始めた。
「あぁ、それは閉鎖では無く縮小だ。この小さな街に六つの治療院は多すぎる気がしてな、最近迷惑な怪我人が多かったので治術師を集中させて対応することになったのだ」
「そりゃあ大変だったな。そんな奴を見かけたら注意するよう、俺から冒険者達にも言っておこう」
「──ちっ」
グスターはどこ吹く風といった様子、この男は筋トレ以外に腹芸も出来たようだ。
「エセイシ様・・・報告会はディアス様の下平等とされていますが、お言葉使いにはお気を付けください」
「分かっておるわっ!」
「しかし経営縮小か・・・そうだな、確かにこの街は王国で三番目の規模しかない小さな小さな街だものな、縮小されても仕方ないか。くっくっく」
「確かに三番目じゃ仕方ねえか、三番目じゃなぁー。がっはっはっは!」
「ぐううううううっ」
一家人であるジャスパーに注意を受けただけでなく、会場のあちこちであがる笑いをかみ殺す声を聞きエセイシの顔を真っ赤に染まる
それを見て少し満足したディアスは、話を進めようと会議室に覇気を飛ばし場の空気を締めた。
まるで空気が凍り付いたような空気にエセイシは顔を青くし黙る、彼はそれが殺気であることに気付いていない。
「治療院の経営不振で閉鎖している事は俺の耳にも届いている。それがただの噂だというのなら、治術ギルドは今期の税を払う事は出来るのだろうな? 収支の報告書を見せて見ろ、此方に届いている報告書と照らし合わせてみよう」
「そ、それは・・・」
「それに届いている報告よりも随分と沢山の寄付が集まっているそうじゃないか、その理由を寄付した貴族にこの場で報告させても問題は無かろうな? 治療費も取り決めよりも随分高いな。払われている税との計算が合わないうえ、その後の用途も不明だ」
「ぐっ、ぐうううう・・・」
エセイシは答えられない、それも当然。治療院の収入は何割か少なく報告されていて、その金は教会へ送られているからだ。
教会への送金は免税されない、本来ならばエセイシの懐から捻出されるべき金である。それを嫌がったエセイシが収支を誤魔化し、更に自分が好きに使う金も計算に入れず報告していた。つまり『脱税』と『横領』である。
それが見て見ぬふりされていたのは偏にミラが人質になっていたからであり、それを失ったエセイシに最早抵抗できる術は残っていない。
「経営不振に横領、そして随分と領民からの苦情も届いている。これ等の事から俺はエセイシ殿がギルド長の席に座る資格無しとみなし、ドス防衛都市伯の名の下『治術ギルド長の地位剥奪』とする」
「なっ⁉」
「この決定に賛同する者は挙手をお願い致します」
ギルド長に求められるものは様々であり、例えば今まで『実績』、他者からの『推挙』、席に座ってからの『手腕』、そして──『繋がり』である。
ギルド長会議では報告のほか今回のように重要な決定の成される場であるが、それは何も領主一個人の決定で決まるものではない。領主の意見は重く受け止められるが、それでも尚反対意見が多かった場合、領主は意見を取り下げざる負えないのだ。
治術ギルドは何度も言ったように、全ての薬術・治術の知識・技術・人材は教会の名の下掌握されている。
それは他で替えの利くものでは無く、特に現在進行形で恩恵に与っている者はこのような場合、エセイシの味方にならざるを得ない。
それは怪我が付きまとう『冒険者ギルド』だったり、魔術の探究者たる『魔術ギルド』であり、影響力の大きい治術ギルドはギルド長会議で領主をも超える発言権を持っていた。しかし──。
「俺は賛成だ、昔っからウチの冒険者達からの評判が悪かったからな」
「拙者も魔術ギルドを代表して、賛成の意を表すのでゴザル」
「商業ギルドも賛成します。治療院の評判が悪いと人足にも影響が出ますので、商売あがったりですから」
「ウチ等従魔ギルドも賛成っす、昔から治療拒否とかされてましたしね」
「錬金術ギルドも関係ありませんし、賛成しときます。まぁお金へのがめつさだけは称賛を送りましょう」
「なっ、なななっ⁉」
6大ギルドの5つが賛成、その後も弱小ギルドが次々と声を上げていった。
そして何よりもエセイシを驚かせたのが、『薬師ギルド』が賛成した事である。
「私達、薬師ギルドも賛成するねっ」
「貴様っ、教会を裏切るのか⁉ 今までどれだけ恩恵に与ったと思っているっ!」
「恩恵? 今までお前達治術ギルドが儂等に何をしてくれたんだねっ!! 確かに即効性のある治術や魔法薬の方が役立つことが多いだろう、しかしだからと言って薬品が治術に劣るわけじゃないさねっ。儂等はカビの生えたような弱小ギルドだが、治術ギルドの下部組織になった覚えは無いねっ!」
味方だと、手駒だと思っていた者の裏切り。これはエセイシと他の弱小ギルドに衝撃を与えた。
その後も薬師ギルドに続けと言わんばかりに沢山の手が挙がっていく。
結果、賛成八割となり、エセイシ治術ギルド長の地位剥奪が決定するのだった。
エセイシさん、人気無さ過ぎ。
そして会議はまだ続きます。




