8羽:何も知らないウサギさん①
ウサギ語の大味説明(会話内容は想像しましょう)
『ぷぅ、ぷぷぅ♪、きゅっ! きゅー♪ ごろごろ』
・・・嬉しい、楽しい、興奮、甘えたい、気持ちいい
『ぐぅ、ぐーっ!、ぶぅ ぶー だむだむっ!(足ダン)』
・・・不満、怒ってる、警戒、拗ねてる、羨ましい
『くー、くぅーん、きーっ! だんだんっ(足ダン)』
・・・怖い、危ない、痛い、悲しい、寂しい
ここからはイナバの知らないお話である。
治術ギルドのやり方にキレたイナバがあれこれ行動を起こしている裏で、ある者達もまた行動を起こしていた。
これから起こる事は、人懐っこく善良な兎さん達には聞かせられない、教えられないと、集った有志たちによって一切の情報がイナバには伝えられなかった。
故にこれはイナバの知らないお話であり、裏で起こっていたもう一つの報復劇である。
◆◇◆◇
その日、陽が昇ったばかりの時間帯にも関わらず、冒険者ギルドのホールは人で溢れていた。
物々しい雰囲気にも関わらず誰一人として装備を着けず、ただ静かにジッと受付カウンターに注目していた。
「冒険者及び有志の皆様、本日は私の想いに賛同し御集まり下さり、ありがとう御座います」
皆の視線の先に居たのは受付嬢のヘレン。
彼女は静かに口を開き、まずは集まった皆に感謝を述べる。
だが冷静な声とは裏腹に、その瞳には今にも爆発しそうなほどの怒りが燻りをあげていた。
「イナバちゃんの為だろ? んなの当たり前のこった」
「兎ちゃん達にはいっぱいお世話になったしね。たまには恩返ししないと!」
「あの子達の敵は冒険者の敵、あいつらは誰に手を出したのかを知るべき」
冒険者はある意味、命をお金に変える仕事だ。
魔獣という脅威に武器一つ身一つで戦う彼等にとって、お金とは真っ当な意味で命と同義である。
しかし治術ギルドはそんな彼等を下に見て、命を張って稼いだ金を奪っていく。彼等は命で命を稼ぎ命を失っていく、そんな日々。
しかしそこに現れたのがイナバ達『兎』であった。
街に来て日の浅いイナバ達であるが冒険者ギルドを中心に動いていた為に冒険者達との接点が多く、最近では怪我をした冒険者や街の人達を心配し回復魔法に努めていた。
赤の他人である筈の者達を心配する優しい性格。魔獣騒ぎの際にとった行動力と魔法の才能。弱い者に寄り添う姿勢。そして何よりイナバと子兎の愛くるしい見た目とちょこちょこした動きが、冒険者達に癒しと勇気を与えていた。
これがどれだけ冒険者達を救ったことだろう、どれだけ勇気付けたことだろう。
知らぬ間に、イナバ達は冒険者ギルドで守るべき大切な存在となっていたのである。
「それとミラ様の件、ありゃ本当か?」
「はい、事実です」
ヒドい、なんて奴等だ、と集まった者達は口々に治術ギルドを罵った。
「我々冒険者ギルドは同じく国に寄らない組織の者として、この事を許すつもりはありません。よって報復に移ります」
「「「当然だっ!!」」」
その声を聞き、ヘレンは百人力の想いを得た。
「皆さんに聞きます、この街は好きですか?」
「「「応っ!!」」」
「仲間は大切ですか?」
「「「当然だっ!!」」」
「兎さんは大好きですか?」
「「「愛してるっ!!」」」
「治術ギルドをどうしたいすか?」
「「「ぶっ◯すっ!!」」」
冒険者は単純。故に仲間意識が強く、容易に団結出来る。そして今回被害にあったのは自分達の街の領主、そして仲間である兎達だ。
治術ギルドは決して手を出してはいけないものに触れた、それを思い知ることになる。
「これから行うことは違法ではありません、しかし黒に限りなく近い灰色です。故に決してイナバさん達に知られてはいけません、情報があの子達の耳に入らぬ様気を付けて下さい」
「「「了解っ!」」」
「では、行動開始っ!」
「「「Yeeaaaaaaaah!!」」」
元々荒くれ者が多い冒険者は騎士とは違いお上品ではない、当然手段など選ばず目的を達成しにかかる。
故に徒党を組まれ行動を起こされると非常に恐ろしく、ましてやここに居るのは冒険者ギルド、魔術ギルド、街の住民入り乱れる連合軍である。
兎に恩を返そうと考える者たちの鼻息は荒い。
ただ一つツッコむことがあるとすれば。
前世含め30年以上生き社会の荒波にも揉まれたイナバは、彼等が思っているほど幼くも純真無垢でも無いということだろう。
場所は変わって、ここは治療院。そこは常ならば、緊急でもない限り基本的に落ち着いた静かな場所である。
しかしその場所は、この日を境に治術師にとっての地獄へと化す。
その日治療院のあちこちで、とても医療施設とは思えない怒号が飛び交っていた。
「いい加減にしろっ!! お前ら怪我なんてしてないだろうっ」
「おいおい、怪我人の『ジコシンコク』を無視すんのか?」
「治療院は怪我人を無視したらダメなんだろ?」
「くっ、コイツ等っ!」
「ところで『ジコシンコク』って何だ?(ボソッ)」
「さぁ? とりあえずそう言っていれば問題無いってヘレンさんが言ってただけだからなぁ・・・(ボソッ)」
ある日、突然治療院がパンクするほどの自称怪我人もとい冒険者達がやって来た。
特に事故などがあった報告を受けていない治術師は、目の前の元気すぎる怪我人に混乱する。
しかも全員が入院を希望しているのだから訳がわからない。
元々病床率が100%近かった治療院は、入院を断るのが当然の判断だ。しかし、とある理由から治療院はそれができない。
しかもその者たち、入院させようにもベットが無いことを伝えても「床で構わない」と勝手に病室や廊下に座り込み始める。
そして何より治術師たちを困らせたのが──これだ。
「だからさっさと治癒してやると言っているのに、それを受けないのはお前たちだろうがっ!!」
「勝手なこと言ってんじゃねぇよ、痛くてジッとしてられねぇだけだろうが」
「そうだっ、お前らの力不足を俺等のせいにすんじゃねぇ!」
「お前等、絶対元気だろうっ。言いたい放題、好き勝手しやがってっ!」
彼等をさっさと追い出すべく止めていた治療を再開させようにも、「痛い!」と暴れて手がつけられないのだ。
治療ができなければお金が手にはいらない治術師達は、この状況に焦った。
苛立った治術師は、自身のことを棚に上げ冒険者達を心の中で罵る。そして今まで甘い汁を吸うだけの立場だった彼等が、そこのような扱いに耐えられるはずも無かった。
治術師は遂に決してしてはいけない、取り返しのつかない行動を取る。
「いい加減にしろっ!!」
「いてっ。うわっ、殴ってきたぞ!」
「いてー、いてーよぉー(棒)」
「だいじょうぶかー? もうだめかー?」
「おい、なに怪我人に怪我負わせてんだっ!!」
「怪我が治すのがお前らの仕事だろうがっ!!」
「なああああぁに、俺の友達に怪我させてんだあ゙ぁ゙っっっ!?」
「お、おいっ、そんな大きな声で叫ぶなっ。外に聞こえ・・・」
「俺の為に怒ってくれてるのかっ、誰か知らないけどありがとうっ!」
「良いってことよ、俺達今からダチだろう?」
「お前ら知り合いじゃなかったのか!?」
・・・うん、何も言うまい。
冒険者達が指示されていることはただ一つ、『治療を拒否して入院し続けろ』である。
何故ここまでされて治療院は冒険者達を断らないのか? 実は治療院は「痛いっ」と主張する人間を放置したり、希望しているのに入院を断ってはいけない決まりがあるのだ。
ヘレンが何でも無いように皆に伝えたこの話だが、実は治術ギルド設立時に国と交わしたカビが生えそうなほど古い法律で、知る人ぞ知るマニアックなものなのである。
まず普通に暮らしていて気にすることすら無いものであり、故に誰も知らない。なのに何故ただの受付嬢である彼女がそれを知っているのか、それもまた誰も知らない。
とにかくそれを知らされた冒険者達は、普段の恨みもありそれはもう騒ぎ立てる。育ちの悪さが上手い具合に働いていた。
彼等の名誉の為に伝えるが、彼等は普段この様な事は絶対しない。行儀の悪さは孤立に繋がる、頻繁に魔物魔獣に襲われるドスの街において孤立は死に繋がるからだ。
今回は領主夫人の事、イナバの事、街の人の事、治術ギルドへの普段からの恨み辛み、その全てが繋がった結果だった。
つまりは治療院側の身から出た錆なのだ。
そして治療院にとっての不幸はこれに終わらない。
「おいおい、治療院は患者を差別すんのかぁー?」
「育ちの悪ぃ俺等は見たくねぇってよー」
「お高くとまりやがって、クソがっ」
噂を聞きつけた後ろ暗い者達も集まってきてしまったのだ。
タダ飯に清潔なベッド、それを彼等が見逃すわけもなく、更に治療院は自称怪我人で溢れる。
そしてそこへ更に現れたのが、ドスに住む領地を持たない貴族達である。
普段から治療院に寄付を行っていた彼等だが、治療院の現状を見て機能していないと判断。支援を打ち切ると突然に一歩的に告げて消えていった。
まさに泣きっ面に蜂、ちなみにこれらはヘレンではなくジャスパーの手配である。
まるで彼等の背後に、ジャスパーの暗黒笑みが浮かんで見えるようだ。
当然、治療院も手をこまねいていた訳では無い。
ドスには全部で6つの治療院があり、受け入れられない自称怪我人達を分散させようとしたしていた。しかしそれも無駄に終わる。
何故ならここで起きているのを事が、6つ全ての治療院で起こっていた為である。
治療院はどこも満員120%オーバー。
なんかガラの悪そうな奴等が集まってきて、仮病でタダ飯を食っていく。
貴族からの寄付も打ち切られ、信頼も運営資金も急降下。
患者が暴れて治療はさせてもらえず収入ゼロ。
それらを追い出そうにも、冒険者ギルドから協力が得られない為実行不可能。
そして何故か普通の患者は治って逃げていく。
これを地獄と言わずして何と言おう。
終いには耐え切れず逃亡する治術師すら現れ始めている。
そして治療院の外では・・・。
「おい、聞いたかよ。ここの治療院、怪我人に暴力を振るうらしいぜ」
「マジかよ、それって捕まらないのか?」
「教会が後ろにいるからなぁ、金で何とかしちまうんだろうよ」
「くそ、やりたい放題かよ・・・」
治療院から漏れ出た声に事情を察した住民達は、普段から思うところがあったのだろう。口々に不満を漏らす。
「俺、これから治療受けに行こうと思ってたんだけどよ・・・どうすりゃ良いんだ?」
「んじゃあ一緒に冒険者ギルド行こうぜ、今そこで治療してくれる奴が居るんだとよ」
「冒険者ギルドなのにか?」
「あぁ、何でもすげぇ可愛い子が親身になって世話してくれるし、怪我も病気もすぐに治る。帰る前には旨い飯も出してくれるらしい」
「絶対そっちの方が良いじゃねぇか、行こうぜ!」
こうして治療院に新しい傷病人は来ず、暴れん坊だけが残っていくこととなる。
そしてこの日から僅か一ヶ月後、トップの不祥事と運営資金不足により全ての治療院が閉鎖してしまうのであった。
そして物語はまだ終わりを迎えていない。
治術ギルドの本当の地獄はこれからだった。
営業妨害罪とかは、この世界にありません




