5羽:魔を祓うウサギさん
ウサギ語の大味説明(会話内容は想像しましょう)
『ぷぅ、ぷぷぅ♪、きゅっ! きゅー♪ ごろごろ』
・・・嬉しい、楽しい、興奮、甘えたい、気持ちいい
『ぐぅ、ぐーっ!、ぶぅ ぶー だむだむっ!(足ダン)』
・・・不満、怒ってる、警戒、拗ねてる、羨ましい
『くー、くぅーん、きーっ! だんだんっ(足ダン)』
・・・怖い、危ない、痛い、悲しい、寂しい
「──っ! ヘイルッ、捕らえろっ!!」
「はっ!」
治療に見せかけた呪いの掛け直しをしていた男を、ヘイルさんが組み敷く。
突然捕らえられた男は怒りを露わにし、唾を飛ばしながら叫んでいる。
「貴様っ、離せ!! 領主様っ、これは一体何事か! 治術ギルドと、教会と事を構えるつもりかっ!」
「おいフザケンな、お前がやってる事はこの目で見えてんだよ」
「なんだこの獣人はっ、家畜の分際で私に意見する気かっ!!」
おーおー、随分な言いようだな。
僕が使った月魔法《月読》は、月の魔力を両眼に宿して見えないものを見通す事が出来る。
例えば相手の状態、魔力の流れ、魔力の繋がり、そして使っている『魔法の名前』だ。
この男が今使っていたのは《カースド・アイスドール》、ミラさんが掛かっている呪いは『氷像の呪』だ。
これを無関係だなんて思う程、僕は平和ボケしていない。どう考えたって呪いの更新をしているに決まっている。
お前のやってる事なんてお見通しなんだよ、ばぁ〜か!
しかし、よくもまぁディアスさんはすぐに行動してくれたよね。
最悪僕が蹴飛ばすつもりだったので、ちょっと驚きだわ。
「領主様、これでは今後の治療について考え直さねばなりませんなっ!!」
憎々しげにディアスさんを睨む男、だけど顔はすぐに青褪める事になる。
「おい、聞いているのかっ──ひぃっ!?」
ディアスさんから空間が揺らめく程の怒気が立ち昇っていた。
あー、これはヤバいな。今すぐにでも殺しに行ってしまいそうだ。
「あ、あの、ディアスさん?」
「俺は、貴様の言葉よりも、イナバの言葉を信じる」
怒っている。無茶苦茶怒っているけど、何とか押し留めている。でも今すぐにでも爆発しそうだ。
超怖ぇえええええっ!
「俺は、今すぐ、お前を殺してやりたいっ! だが、幼い子供達の前だ・・・止めてやる。子供達に感謝しろ。ヘイル、連れて行け」
「はっ、畏まりました!」
ディアスさんは一度大きく息を吐くと、こちらを振り向き不器用に笑う。
「子供達を怖がらせてすまない、それと悪いがミラの様子を見てくれないか?」
「うん、分かった」
僕が答えるよりも先に子供達がミラさんに駆け寄った、僕もそれに続く。
僕は瞳に宿った《月読》でミラさんを診るが、幸い呪いの進行はみられない。
その事に安堵した僕は、以前話を聞いた時に感じた疑問と今の状況を頭の中で照らし合わせる。たぶん僕の予想は間違っていない。
「ミラさんは大丈夫、呪いは進行していません」
「そうかっ、良かった・・・」
僕の言葉に眉をハの字にして喜ぶ。
そして、僕はディアスさんに言葉を続けた。
「ハッキリとは言えないけど、ミラさんの呪いがこれ以上進む事はたぶん無い。でも治りもしない。やっぱり呪いを解く必要がある」
「進まなくなっただけでも、安心が全然違う。ありがとう」
「あと、呪いをかけた犯人が分かりました」
ディアスさんも気付いたらしい。
そう、犯人は──治術ギルドだ。
◆◇◆◇
フザケてる、本当にフザケてる。
こんな事をして治術ギルドにどんな得があるのか、僕には全く分からない。でもミラさんにはまだ幼い二人の子供が居る。
まだまだ甘えたい年頃の筈だ。それを自分達の都合で、それもこんな苦しめる様な方法を取るなんて・・・。
僕だって本物じゃないけど子を持つ母だ、想う気持ちの強さは誰にも負けない。だからミラさんがどれだけレウスとレイアを心配したか、悔しかったか分かる。
「いや、とにかく僕が今すべきことはミラさんを治すことだ。アイツ等をどうするかは、その後考えればいい」
「あぁ宜しく頼む、それに万が一でも犯人じゃない可能性もあるしな。万が一、億が一だが」
ミラさんは変わらず苦しそうだったけど、ウチの子達が傍にいれば少し楽になるようだ。
えっ、君達ここに居てくれるの? 僕離れても大丈夫? そっか、君達も成長してるんだね。嬉しいよ。じゃあちょっと悪いけどミラさんのことお願いね、あとで何羽かこっちに向かわせるから。
「ぷぅ!」
「ぷーっ!」
僕は居てもうるさいだけなので部屋を出る。
すると廊下の向こうから子供達がいっぱい歩いて来るのが見えた、僕が《共有》で呼んだ子達だろう。
「ミラさんのこと、お願いね。必要なら月光華を使っても良いから」
「ぷぅー!」
「ぷっ、ぷっ、ぷー♪」
「ぷぅぅぅー」
あ、君等は着いて来るの? おっけ、着いといで。
僕は2羽だけ傍に残し、他の子供達が部屋に入っていくのを見届けてからディアスさんと一緒に彼の執務室に移動した。
話し合うことはいっぱいあるけど、さてどれから話したものか・・・。
「そもそも、イナバは何故気付けたんだ?」
「さっき僕が連れてきた子、あの子達がミラさんが危ないって教えてくれたんだ。んで、僕がこの目で見たら、あの男がやってることが見えたの」
「そうか、あの子達に感謝しなくてはな。・・・ところでその目、とんでもない事になっているが戻るのか?」
僕の赤目が満月のままになっている、まぁ時間が経てば戻るだろう、たぶん。
いや、初めて使ったからね。知らん、でも戻って貰わんと困る。
それよりも何であんな奴がここに居たのかな?
「それはさっきも言った通り治療というか、解呪の為だな。知ってると思うが、癒しに関する技術や人材は全て治術ギルドが抑えている。そこには呪いの解呪も含まれているんだ」
ディアスさんは実に忌々しげに語る。
「だからミラを救うにはアイツ等を頼る他無くてな、そのせいで毎回馬鹿みたいな治療費を払わされていた。それだけじゃなく、俺が強く出られないのを良いことに街で好き放題、自分達に都合の良いルールすら作り始めた。それでもミラが助かるなら、そう思っていた・・・なのにアイツ等っっっ!!!!!!」
「ディアスさん、気持ちは分かるけど抑えて。子供達が怖がってる」
「くー・・・」「くぅーん」
「あぁ、悪い・・・」
僕だってかなり頭にきてる。
子供達にぞんざいな扱いをしただけに飽き足らず、街の人を人質に取るようなやり口。そして今回のミラさん。
正直、もう痛い目に会わせる程度で済ませる気が失せた。でも僕の感情だけで動くわけにはいかない。
ディアスさんだって、本当なら今すぐ殴り込みに行きたいんだろう。そんな彼が我慢している、僕だって我慢すべきだ。
僕は昂ぶった感情を子供達を撫でて落ち着かせた。
そこへヘイル隊長さんがやって来る。
「失礼致します、領主様。奴め吐きました、呪いを掛けたのは教会の者だそうです。ただ進行性のある呪いでは無いそうで、呪いを更新し続ける必要があるのだとか。それを奴が担当していたようです」
「嘘は無さそうか?」
「七本目で吐きました、嘘はないかと」
何の本数かは僕知らないよー、何だろうねー分かんなーい。
「イナバ殿には感謝を」
「いえいえ、偶然でしたし。それよりこれからですが・・・」
「まずはミラの解呪、全てはそこからだ。そこからは・・・イナバ、良い案があるそうじゃないか。俺も乗るぞ」
「私も協力しよう、詳細はあの筋肉男から聞いている」
ギルマス、他の人からもそういう認識なのか。
でもまぁそれなら話は早い。僕達はミラさんの呪いが解けなかった場合など含め、様々な方向から作戦について話し合った。
そうして3日後の満月を迎える。
僕は窓から空を見上げる、そこには驚く程大きく丸い月があった。
月魔法は月の光にまつわる魔法、従って昼よりも夜。新月よりも満月の方が効果が高いと思うのは当然だろう。
ここまでしっかりと月が出てくれたのは僥倖だ。
これから使う魔法は、勘だけどたぶん子供達では使えない。だから人数を増やして効果を高めたりは出来ないだろう。
代わりに子供達には領主邸の周り全てに、200羽全力の《月光華》を使って貰う。やっぱり満月の影響か、一回の魔法で屋敷全体が花に包まれ銀光に輝く。
その美しい光景に家人達が、騎士達が息を呑み、そして乙のが主の回帰を願い月に祈った。
あとは僕だけだ。
僕は《月光浴》を使い満月の光を身体に取り込む。まだだ、まだまだ、限界まで取り込み続ける。
取り込んだ影響で体が淡く光り始めた、何か蛍か蛍光灯になった気分だ。
銀色に淡く輝く僕は尚も月光を取り込み続け、徐々に身体が変化を起こし始める。
そんな僕の様子をディアスさん、、レウス、レイア、ジャスパーさん、ヘイル隊長さん、あと何故か居るギルマスが見ていた。
何故か全員、口を空けて驚いている。あのジャスパーさんでさえ絶句と言った表情だから余程の事だろう。
正直めっちゃ気になるけど、僕は集中した。そして月光が僕の全身を満たす。
待ってて、今助けてあげるから。
僕はゆっくりとミラさんへ近付き、手を翳した。
魔法で一番大切なのはイメージだ。
僕の印象だと、月魔法はゲームでいうところの聖属性魔法に近い。ただあっちが体力を回復するのに対し、こちらは魔力を回復させると言った感じだ。
その力は回復能力、支援能力、そして──解呪。
月魔法はそういった系統の魔法質だ、僕がしっかりとイメージさえ出来れば問題が無い。
ただここで問題なのが、僕に浄化やお祓いのようなスピリチュアルな経験が一切無いこと。まぁ普通は無いよね。
だからディアスさんに頼まれた時、呪いを解くってイメージが全く湧かなくて凄く困った。
満月まで待ってもらったのは、一番力が高まる日であると共に、解呪のイメージを固める時間が欲しかったから。
待って貰った結果イメージが湧いたのかと言われると・・・結論から言うと、全く湧かなかった。
ただ、別の方法を思い付いたんだ。
「呪いは即ち異物。異物は全て取り除いてしまえば良い」
ミラさんの体の上に小さな満月が浮かぶ。
その銀光に当てられ、ミラさんの体が淡く光る。光は徐々に小さくなり、心臓の辺りに集まった。
どうやらそこに呪いの元があるらしい。
満月がその光を吸い上げていく。
──ミラさん、子供達が待っている。
──さぁ起きて。貴女が愛する人を抱き締める手は、まだ残っている。
──さぁ立ち上がって。貴女が愛する人の傍に居るための足は、まだ残っている。
──僕が全て取り戻してあげる、だから頑張って。
「呪いを喰らいつくせっ! 月魔法──《月喰》!」
翳した手のひらから黒い兎の影が飛び出す、そして──ゴクンッ!
兎は満月を飲み込み僕の手の中に帰ってきた。
ミラさんを照らしていた光収まる、そして──。
「・・・レ、ウス、レイア、あなた」
「「ママッ!」」「ミラッ!」
目を覚ました彼女の身体からは罅が失せ、取り戻したその手で愛する者を抱きしめるのだった。
◆◇◆◇
誰だろう、今日はいつもより賑やかだわ。
それに少し体も楽。
私は僅かに目を開ける。
情けないことに、今の私は瞳を開けることすらままならない。少しでも動けば、身体が砕けてしまうから。
体中に皴が入り砕けていく恐ろしい病、すでに手足は失ってしまった。
聞けばこれは呪いなのだという、一体誰がこの様な・・・。
自分が死に近付いていることを見せつける悍ましい呪い。これを癒せるとしたら教会か治術ギルドだけでしょう、と言うことは私はもう助からない。
あの者達はとても信じるに値する人間ではありません。でもそれをディアスに伝えられるだけの力が無い、どうか馬鹿なことをしないよう祈るしかありませんでした。
忍び寄る死の恐怖に抗い続ける日々。
そんなある日、部屋を訪れたのは可愛い子兎達。
勿論ただの兎ではなく兎獣人の子供、それにしてもなんて可愛いのでしょう。
年の頃はレウス、レイアと同じかしら。罅は既に私の目にも達していて、最近は殆ど家族の顔が見れていない。皆は元気かしら?
私は子兎達を通して愛しい子供達を見ていました。
・・・そう言えば、どうしてこの子達は見えるのかしら? 不思議な事もあるものだわ。
それにこの子達が近くに居ると、とても身体が楽・・・もしかしたらこの子兎達は私を迎えに来た天使なのかもしれない。
私はそんな取り留めのない事を考えながら、久々に安らかな数日を得ました。
数日後、その日は何かがいつもと違いました。
身体が浮いているような、痛みも恐怖も何も感じない不思議な感覚。でも、とても気持ちが良い・・・。
まるで花畑にでも居るような心地良さ、思わず眠ってしまいそう。そんな微睡みの中にいる私に優しい声で誰かが語り掛けてきてくれました。
──もう大丈夫。
──だから起きて。
──貴女の大切な人が待っている。
貴女は誰? どうしてそんなに優しいの?
僅かに開いた目の先に見えたのは、美しい女性。
先日見た子兎のお姉さん? いいえ違うわ、あの子よりももう少し年上の女性。女神様かしら。
どうして此処に? 何故私を助けてくれるの?
私の声は届かない、でもその包み込むような笑顔を見た瞬間分かった。
あぁ、もう大丈夫なんだ。助かるんだ。私は涙が止まらなかった。
──僕が全て取り戻してあげる、だから頑張って。
頑張らないと。
もう一度立つの、立って愛する家族の傍に居るの!
手を伸ばして、愛しい子供達を抱き締めるの!
生きて、あの子達の成長を見届けるの!
そう自分を奮い立たせた時に気付いた。
私に巣食っていた呪いは、何かに食われて無くなった。
──私は、助かった。
「・・・レ、ウス、レイア、あなた」
「「ママッ!」」「ミラッ!」
ある、手が、足がある。
これからもこの子達を抱き締められる。
この人の傍に立っていられる。
私は今日という日を一生忘れない。
女神様に出会い、そして命を助けて貰った。この御恩を決して忘れないわ。
ただ、一つだけ気になった事があるのよね。
「女神様って、兎の耳が生えているのね」
なんだか可愛らしくてクスリと笑ってしまった。
たぶん普通は生えてないよー
・雑学
月読尊は神様の目から生まれた神様、だからイナバは《月読》を目に関連する魔法として想像したらしい。




