10羽:人の優しさに触れたウサギさん
ウサギ語の大味説明(会話内容は想像しましょう)
『ぷぅ、ぷぷぅ♪、きゅっ! きゅー♪ ごろごろ』
・・・嬉しい、楽しい、興奮、甘えたい、気持ちいい
『ぐぅ、ぐーっ!、ぶぅ ぶー だむだむっ!(足ダン)』
・・・不満、怒ってる、警戒、拗ねてる、羨ましい
『くー、くぅーん、きーっ! だんだんっ(足ダン)』
・・・怖い、危ない、痛い、悲しい、寂しい
色々大変だった様な、いや別にそうでも無かった様な魔獣騒ぎから数日後、僕達はヘイル隊長さんに呼ばれて兵舎を訪れていた。
あれから色々な事があった。
まずあの後、魔獣の掃討がわりと早く終わったこともあり、住民はその日中に帰宅指示が出た。
それでも数時間は避難所に居たわけで、不安な時を過ごしていた住民達をその間ウチの子達が持ち前の純粋さと可愛さで癒していく。
その効果あってか、皆帰れるとなった時には暗い顔など一切無く「いやぁ、良かった良かった!」みたいな感じで僕達に手を振って帰っていき、当然周辺の調査や被害状況を確認出来るまでは不要な外出禁止という流れになる。だがそれに困ったのが僕だ。
僕は今日、日割りで今日分の報酬を貰うつもりで居た。僕達にはお金が無いからだ。
家はあるけどお金が無い、だから着るものも無い、つまり今日食べるお金も無いんだ。
僕達ウサギは非常に低燃費な生き物で、僅かな食料で産み、増え、育ち、生きていける。ちなみに獣人になった為か地球の兎と違い雑食だ。
そのお陰もあって、魔境から今日まで持ってきた食料が保っていたんだけど、それが昨日とうとう底をついた。
報酬を日割りにして貰ったのもそれが理由だ、それで今日ご飯を食べるつもりだったから。
でも魔獣騒ぎで仕事の報告も何もかもが一時ストップ、報告すべきヘイル隊長さんも忙しそうで全然会えそうになかった。
今日は魔獣騒ぎのせいで朝御飯も食べていなかった僕等、いくら低燃費と言っても限界がある。
頭を下げたら誰かにご飯が貰えるだろうか? でも僕達は人数が多いし、知り合いだって殆ど居ない。
僕は別に良いんだ、我慢すれば良いから。でも子供達は、子供達だけにはご飯を食べさせてあげたい。
森にならきっと食べ物があるはず、お金がないならせめて何か採れれば・・・でもまだ入場税を払っていない僕達が勝手に外へ出ると、たぶん犯罪になる。もう入って来られないかも、いや捕まっちゃうか。
どうしたら良いのか分からない、そんな僕の耳に沢山の人の声が届く。
僕が向いたその方向は娼館街。こんな時にも関わらず明るく賑わっていた。
きっとたくさんのお金も食べ物もある筈だ。
「一日くらいなら、我慢すれば・・・僕は少しは可愛いし、きっとお金もいっぱい・・・」
子供達の為なら我慢できる。
そう覚悟を決めた時、僕達の近くを幼い女の子が通った。
「あっ、ウサギさん! また会えたね、こんな所でどうしたの?」
どうやら女の子は僕達が助けた人達の一人らしい。
彼女はウチの子達に会えたのが嬉しかったのか笑顔で近付いてくる、その時。
ぐぎゅるるるるるぅ・・・
子供達の誰かがお腹を鳴らして、僕はそれに涙が出た。
「おなか空いてるの? じゃあうちにおいでよ、私からおかーさんに話してあげる!」
君は天使か!?
僕は藁にも縋る思いで、供達の手を引き女の子の後を追う。
幾らか進んだ先にあったのは大きな建物、中では沢山の人の声がする。
どうやら女の子の家は食堂兼宿屋を営んでいるようだ。
「おかーさん、ただいま! あのね、途中でウサギさん達に会ったの!」
「あらあらまぁまぁ、それはそれは重ね重ねお世話になりまして」
食堂にはかなりの人数が食事をしていた。
彼等は僕達が助けた人達なのか、ジョッキ片手に此方へお礼の言葉を言ってくる。
「おかーさん、ウサギさん達おなかが空いてるんだって! ずっとグゥグゥ言ってるの、ご飯食べさせてあげて!」
「あらそうなの?」
「その・・・恥ずかしながら、お金がまだ無くて・・・ぐすっ」
恥ずかしい。子供達に満足にご飯を食べさせてあげられない自分が情けない。
でもそんな僕の耳に届いたのは沢山の優しい声だった。。
「分かったわ、少しなら食べさせてあげられると思う。でも人数が多いから、ちょっとづつしか・・・」
「おいおい、俺にも奢らせてくれよ。その子達は命の恩人だぜ!」
「俺もだ! 嬢ちゃん達、うちの母ちゃんを避難所まで背負ってくれたんだって? 本当にありがとうな!」
「私達にも奢らせて、貴女達のお陰で戦いに専念できたの」
「ほっほっほ、子供はしっかり食べんとな」
次から次へと料理を僕達に渡してきてくれる。
「ぷぅ、ぷぅっ♪」
「ぷーう?」
「はははっ! 何言ってるか分かんねぇが、しっかり食えよ!」
子供達が、目を輝かせてご飯に齧り付いた。あまりの美味しさに踊っている子、お姉さんの膝に乗って食べさせて貰っている子も居る。それを見て、ご飯をくれた皆が酒を片手に笑って喜んでいた。
なんて優しいんだろう、僕達みたいな見ず知らずのウサギに・・・。
僕はその光景を目にして、嬉しいやら情けないやらで涙が出た。
ここに居る子供達は、誰一人として僕が産んだ子じゃない。
でもその殆どの子を、その親達を産まれる際に僕が取り上げた。
だから誰が誰から生まれて、どんな鳴き声をあげて、どうやって育ってきたのかを僕は知っているし、大きくなっていくのをずっと見てきた。
今まで共に過ごしたほぼ全ての子を、僕が生まれて最初に抱き締めたんだ。
生まれた時は本当にちっちゃかった、みんな手のひらサイズで、真っ赤でさ。でも一丁前にぷぅぷぅ鳴くの。それがもぅ可愛くてさ。
そしてその子達が二ヶ月後には親と同じくらいになって、親になってるの。
僕がお世話してるのなんて本当に短い期間なんだけど、でも大きくなったなぁって感動して・・・。
んで、男の子達は奥さんやお腹の赤ちゃんの為にご飯を集めに外へ出るの。
そして──みんな帰ってこなかった。
僕が初めて抱き締めた子は何年も前に居なくなって、僕が去年抱き締めた子は数か月後には居なくなった。そして僕が今日抱きしめた子は明日には居なくなるかもしれない。僕達が居たのはそんな環境だ。
勿論僕だって頑張った、外にいる時は警戒を怠らなかった。
危ない時は身を呈して守ったし、危険な奴が迫ってきたら蹴飛ばしてやった。
・・・でも守り切れなかった。
僕は群れのリーダーだ。子供達の母親だ。
群れの誰よりも強くて、群れの誰よりも頼りになって、群れの誰よりも優しい存在じゃなきゃいけない。
でも、あそこに居る子のお父さんは僕の足が遅かったせいで食べられた。
あそこで笑っている子のお母さんは、あの子を守って死んだ。
そこにいる子の両親は、他の赤ちゃんを逃がすために囮になった。
今僕の膝にいる子のお父さんも、お母さんも、兄弟も、僕が弱かったばかりに守れなかった。
だから皆親がいない、全部全部僕が不甲斐なかったせいだ。
今この子達に甘えたい存在が居ないのは僕のせいだ、だから僕が皆の親になろうって決めたんだ。絶対に居なくならない親に。
僕は絶対に死なない、絶対に居なくならない、皆を守り、甘えたい時に甘えられる存在に、みんなの『お母さん』になるって決めたんだ。
「うっ、うっ、ぐすっ・・・」
「子どもが多いとお母さんは大変ね」
「来たばっかりで・・・お金なくて。でも子供達がお腹空かせてて・・・それで、さっきは夜のお仕事、行こうかと・・・ぐすっ」
「それはダメよ、貴女は若いんだから。・・・若いのよね? いくつ?」
「ぐすっ、7歳です」
「絶対ダメよ!? えっ、7歳なのっ? ホントにっ!? あの仕事が悪いとは言わないけど、貴女はまだダメ。早すぎるわ。まぁとにかく食べなさい。食べて元気になってお母さんが笑っていないと、子供達は幸せにならなんだから!」
女将さんは言ってくれた、母親をやっているとこんな場面には何回だってやってくると。
それは危険な事だったり、苦しい事だったり、辛い事だったり、本当に色々だ。でもそれが起こった時、真っ先に何をする? 僕は今回真っ先に何をした? 僕は今回最初に子供達のお腹を満たす方法を考えた、何よりも先に子供達が笑顔になれる方法を考えた。それで良いらしい。
危ないって思った時、自分よりも先に子供を守る。
苦しいって思った時、最初に子供に笑顔を見せる。
辛いって思った時、立ち上がって子供に手を差し出す。
それが母親って生き物なんだって。
「間違える事なんて何回もあるわよ、人間だもの。でも失敗じゃ無ければ、いえ、失敗したって立ち上がれば良いの」
良いことをすればそれは巡る、受ければそれを他に返す。そうすれば皆が幸せになる。
僕達母親がすることは、守り、教える事。そうすれば子供は正しく育ってくれる。
「貴女は何も失敗してないわ、ただ今初めて知っただけ。貴女は立派な『母親』よ」
「あ、ありがとう御座いますっ。ぅええええん」
「あらあら、泣いちゃダメよぉ」
その夜食べたスープは凄くしょっぱくて、今まで食べたどんなものよりも美味しかった。
それから女将さんは明日も来るよう言ってくれ、お客さん達も知り合いに声をかけると言ってくれた。
更に翌日には僕達の状況を聞きつけた龍の翼や、クレアさん、クレマチスさんを初めとした沢山の女性騎士が来て色々なものをくれた。
本当に、なんて温かい人達なんだろう。
魔境で生きるか死ぬかの生活を続けていた僕達にその優しさは、返しても返しきれないほどの宝物になった。
そんな事があっての今日、さっき『ヘイル隊長さんに呼ばれて』と言ったけど実際には女性騎士さんに僕達の状況を伝えられ、無茶苦茶責められたらしい。
届いた手紙にも『本当にすまない! 決して忘れていたわけじゃなく、処理に追われていて連絡が遅れていたんだ。まさかそんな事になっていたとは知らなかったんだ。謝罪をしたいから、早めに報酬を取りに来てほしい』という感じの超長い謝罪文が書かれていた。
余程非難轟々だったらしい、何か逆に申し訳ない
そしてやってきたのが二度目の兵舎。
今日は200羽全員で来ている。というのも、ここ数日自分の情けなさに気落ちしていた僕を心配して、子供達が離れなかったのだ。
女将さんは僕に「ちゃんとお母さん出来てる」って言ってくれたけど、それでも子供達に一瞬でもひもじい思いをさせてしまった事実は消えない。
ちょっと凹んでいたのだ、そこからのこの状況。本当みんな優しいね、お母さんすごく嬉しい。だからちょっとギュッってさせて。
「ぷぅ〜♪」
「ぐぅ! ぐぅ!」
「ぐーっ!」
「あぁ、ごめん。そうだよね、一人だけはズルいよね。ほら、ギュー♪」
「きゅぅぅ〜ん♪」「ごろごろ~」
よし、気力回復!
僕達は女性騎士さん達から温かい視線で見守られながら、訓練場という名の庭に向かった。
「すまない、待たせたな」
「いえ、子供達と遊んでいましたし、女性騎士さんも居てくれたので」
「そう言ってくれて助かる」
久々に見たヘイル隊長さんは、何だか少しお疲れ気味だった。
大丈夫かい、ちゃんと寝れてる? 何だったら子供達とお昼寝する? すごく癒されるよー。
「それはまたの機会にな。さて遅くなったが、此度のイナバ殿の尽力に心より感謝する。イナバ殿が居なければ、人々にどれだけの被害が出ていたことか・・・」
ヘイル隊長さんが窓から見える街並みに目を向ける。
「彼らが今日も笑っていられるのはイナバ殿のお陰様だ、本当にありがとう」
「僕達も街を守れて良かったって、ここ数日で心の底から思いました。そして改めて、皆のために力を役立てて行きたいと思います」
「はっはっはっ。もう十二分に役に立ってくれているがね!」
そう言って、ヘイル隊長さんは丈夫そうな革袋を手渡してくれた。
「まずこれは報酬の大金貨100枚だ。そのままでは困るだろうと思い、10枚分は両替してある。後で確認してくれ」
「ありがとう御座います!」
「そしてこっちが私からの礼だ、本当に住民達を助けてくれてありがとう。東門付近には私の顔馴染みも多くてな、友も君達に救われた。心より感謝を」
そう言ってヘイル隊長さんは三周りほど小さな布袋を渡してくる。
最初は断ろうかと思ったんだけど、そこまで言われると受け取らざるを得なかった。
まぁお金はこれからも必要だし、ありがたく頂戴しよう。
そしてこれで終わりかと思ったら、「そして最後に・・・」と言いながら、物凄い豪華な袋を取り出した。
それはワインレッドの布に全体が金の刺繍、布口も金の紐で縛られ、正面には盾と狼の紋章が入っていた。
あ、これ絶対貰ったらヤバイやつだ。
「此方はこの街の領主、ディアス・ターハント・ドス伯爵様からの感謝である。領主様はイナバ殿の此度の働きにいたく感動されていてな、近々招待状が届くと思うので是非会って貰いたい」
「あ、うっす・・・」
既に断る事が出来なくなっていた。
兎に逃走を許さないなんて、なんてやり手な領主だ。
「それとな、これは謝罪と言うわけでは無いのだが、イナバ殿は身分証を持っていなかったであろう?」
「はい、持ってないですね」
「そこで冒険者ギルドに話を通しておくので、子供達200人分のギルド証を作っておくと良い、身分証代わりになるぞ。この証文を渡せば取り計らってくれるだろう」
「凄く助かりますっ、ありがとう御座います!」
こうして僕達はこの街で生きていくための身分証を手に入れる手筈が出来た。
ヘイル隊長さんは喜ぶ僕と子供達を見てニコニコしているが、何かを思い出したのか「あぁ、そう言えば・・・」と言う。
「あー、イナバ殿。住民を救って貰ったうえ、せっかく城壁を作って貰って言うのも申し訳無いのだが・・・」
「どうしました?」
ヘイル隊長さんは、眉をハの字にして言い辛そうに言葉を続ける。
「あの城壁、普通に戻してもらえるか?」
「・・・へぃ」
悲しい事に城壁からウサ耳と・ω・を消す事になった。
何でだよ、可愛いのに・・・。
尚、領主様からのお礼は白金貨5枚。
金貨で500枚、日本円にして500万円のお金が入っていた。
ここの領主、公共事業並みの金額をぽんっと渡してくんじゃん・・・。
優しい世界と残酷な世界
作品を気に入って頂けましたら、ぜひ★★★★★をよろしくお願い致しますm(__)m




