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鈍色

苦くて切ない想い

明日の今頃にはあなたへの想いは今よりも大きくなっているだろう。

立ち止まった時間が動こうとしている。

その事をまだわたしは知らなかった。

 一緒にいられない時間を埋めるために真由(まゆ)素子(もとこ)から田子(たご)のことを聞いていく。素子も田子(たご)のことが好きなようなので嬉しそうに語っていく。もっとも素子の『好き』というのは『教師として』だった。田子は数学が好きで好きでたまらなく、高校卒業後には理学部数学科に進学して数学の楽しさを伝えるために教師になった。母校に数学教師として赴任してからは大学受験に対応するため小学校から大学受験までの教科書と参考書を読み込んだという猛者だ。授業は持ち前の明るい性格を反映して、数学嫌いだった素子さえも数学の楽しさが分かるようになるほど楽しいものだ。「田子先生の数学の授業は数式が踊りだすんだよ。」「数式が踊り出す?」素子の感想が最初は分からなかったが授業ノートを見てわかった。暗記する必要のある公式は最低限にして公式から公式を導いていく。数式が数式を呼んでダンスパーティーを開いていった。そのパーティーの主役は選び抜かれた数式だ。心地よい軽いテンポで数式は踊っていく。踊りの輪は次第に広がっていき、賑わいを増していく。朝に始まった宴は夕方に終わる。楽しい宴を締めくくるのはテストという難関だ。その関門を抜けないと次の道には進めない。進学校なので厳しい試験が待っている。授業をキチンと聞いて、課題をこなしていれば赤点は免れる。ただし、田子はテストでは満点防止策として必ず一問は自作の難問を出すというサディストな一面も見せている。過去問という先輩から後輩に譲られる貴重な遺産を持ってしても太刀打ちできない。一回でも良いから私も田子の授業を受けてみたい。どんなに難しい問題でも田子の感嘆の表情を見られるならば解いてみせるのに。


 素子の携帯のディスプレイが『A』と表示される。夢想していた私はそのディスプレイの表示の意味にまだ気がついていなかった。素子は急いで私の部屋から出ていった。22時。ウォークマンを取り出し、イヤホンを付ける。『Traveling』。軽快なリズムと高音の女性シンガーの声をBGMに今日の美術史の授業の内容をノートにまとめ上げていく。集中していたら24時を回っていた。イヤホンを取ると素子の笑い声が聞こえた。その笑い声は聞いたことが無い物だった。なぜかイラツイて枕を素子の部屋に接する壁に投げる。笑い声は消え去り、ドアの外から「ごめんね」と素子の声が聞こえた。「こちらこそ、ごめんね」私は反射的に謝った。中々、寝付けなくて寝返りを繰り返す。次第に眠りにつくことを諦める。学校の国語の授業で取り上げられた夏目漱石の『こころ』を読む。ある一小節が心に突き刺さる。『「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」私は二度同じ言葉を繰り返しました』精神的に向上心がないものが馬鹿なら馬鹿なのは素子でも田子でもなく私だ。気がついたら朝日がカーテンから柔らかに差していた。秋から冬へと季節は変わっていく。部屋着に厚手のカーディガンを羽織って居間に向かう。素子は休日にも関わらず制服を着ていた。「おはよう、素子、今日学校なの?」「おはよう、今日は部活だよ」素子は続ける。「部活の先輩と美術館で陶器と(しょ)(はな)を見に行くんだ」素子の携帯にまた『A』が映る。素子が「いってきます」と言い携帯を片手に急いで居間から出ていく。『A』が私達を(むしば)んでいくのを知るのにはまだ早かった。それは『A』にとっては幸運なことだった。(続)


この物語もプロットを半分消化しました。

サブタイトルは「にびいろ」と読みます。

次話では『A』の正体が明かされます。

9月の3連休中に次話をアップできるように頑張ります。


2017年9月12日

BGM:Automatic 宇多田ヒカル

まだ暑さが残る秋の夜


長谷川真美


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