一時の平和
アビラ砦陥落から一か月が過ぎ、主力部隊が壊滅した帝国軍も前線を南北に流れる大河リカシイの東側まで下げ、東西を繋ぐ橋を全て破壊しその占領地域を明確にした。
現状は、占領地域があいまいな南の山間部で帝国軍と王国軍の小競り合い戦闘が行われる程度となっていた。
名も無き丘の戦で肋骨を折られた結衣は傷が癒えた頃、カールハインツ公爵のお屋敷に呼び出されていた。
お屋敷の執務室に結衣が入ると、装飾の施された豪華なソファに座っているカールハインツ公爵とテイス将軍が、結衣と目を合すことなく結衣の膝あたりに目線を置いていた。
ピリピリしている訳でも無く、殺気立っている訳でもないのだが部屋の中を満たす何ともいえない空気に居心地の悪さを感じた。
「んーーーー、何かお話があるんですよね?」
結衣が強い口調で話すと、びくッとしたカールハインツ公爵が小声で話し始めた。
「実は……、お前のことでテイス将軍に相談した時に、逆にテイス将軍からもお前のことで相談されてな。
これは一緒にお前に話した方がいいと思って、お前を呼び出したんだが……」
カールハインツ公爵がテイス将軍に目配せすると、テイス将軍は立ち上がり窓辺で後ろに手を組んで
「公爵から先にお話して下さい。」
と、一人窓から外の景色を眺めた。
カールハインツ公爵は結衣の目をしっかり見ながら話し始めた。
「儂に子供がいないのは知っておると思うが、後継ぎはあの二人の王子で王になれなかった者にするつもりだったのだ。」
「だった?」と結衣は首をかしげる。
「今の状況でそんなことをしたら、国が二分されてしまう。」
「確かにそうですね……、それが私に何か関係するのですか?」
「……ユイよ、儂の養子になってくれないか? お前は臣民に人気があり臣民のことを良く分かっておる。
私利私欲に目がくらむことも無く、臣民を第一に考えてくれるだろう、今の難しい状況で儂に何かあった時に任せられるのはお前しかいないのじゃ」
「急にそんなこと言われても困りますし……私にここを治めることなんて出来ませんよ………………」
「ユイ、それじゃ他に誰がおるのじゃ、教えてくれ」
「…………」
「儂が言うのもなんだが、王や貴族が国や街を治めると言うのは、ある意味危ないことなんじゃ。
その血筋だけでうつけ者や欲に目が眩んだ者が治めることになったら、臣民はその者が死ぬまで苦しむことになり、それが我慢できなければ蜂起するしかないのじゃ」
「…………」結衣は黙って頷いた。
「明日からここを治めよと言っている訳じゃないのだ、儂に何かあった時の為なのだ。
これから状況が変われば、もっと良い方法もあるだろう。そんな時お前じゃたら喜んでその地位から降りてくれるだろう。
ユイ、今はお前しかいないのじゃ、少し時間を置いて考えてくれ」
「……はい……分かりました。」
結衣の返事を聞いたカールハインツ公爵は、ふぅーっと肩の荷が下りたように大きな吐息を漏らすと、テイス将軍が次は自分だと言う表情で、公爵の隣に腰をおろした。
「こんな重い話の後に……将軍も養子の件で何かあるんですか?」
結衣が渋い表情で言うと、テイス将軍は
「養子の件とはまったく違う話しじゃ、むしろ養子の話が出ることは儂にとっても迷惑な話じゃからの」
「別の話なんですか……」
「そうじゃ、儂は引退させて貰う」
「えっ……………………軍から身を引くってことですか?」
「そうじゃ、アビラ砦を落とされて自身の無能さに気が付いた」
「責任を取って辞めるってことなんですか?」
「それは違う、帝国のシンと言う指揮官にハメられた、あのような優秀な指揮官にこの老いぼれじゃ太刀打ちできないじゃよ」
「……シンさんか……」
「ユイ、お前知っておるのか?」
「……少しだけですが……」
「そうか、あいつは綿密な計画を立て周到な準備をして、儂を追い詰めた。」
「……私も何度か追い詰められてます……」
「しかし、お前はその状況を把握し、冷静に打破する方法を考え、大胆な作戦を実行し奴に勝利して来たじゃろ」
「たまたまです……」
「ここまで言えば、儂が何を言いたいか分かるじゃろ?」
「……わ、わかりません」
「じゃはっきり言うぞ、お前が将軍として兵を導くのじゃ」
「そ、そんな……私は退役した身ですし、軍には適切な人がいっぱいいます」
「ジェイも討たれてしまった……それに従来の戦い方しか知らん奴に帝国の優秀な指揮官には太刀打ちできない」
「……、……」うつむく結衣にテイス将軍は続ける
「養子の話のように、何かあったらじゃない。儂は引退しすぐにお前に軍を任せたいのじゃ
しかし、今返事をしろとは言わない、二、三日考えてくれ」
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伸はジークベルト将軍の国葬の為、帝都へと戻っていた。
帝都へと向かう途中に立ち寄った全ての街で、アビラ砦を少ない犠牲で陥落させた天才軍師として大歓迎を受けていた。
帝都に入ると、流石に国葬が営まれると言う事で、自粛ムードが漂っている為、歓声こそ上がってないが、人々は目を輝かせ笑顔で馬上の伸を見上げていた。
伸は明日の国葬に参加するまでの間、宮殿に用意された客間に通されベッドで休んでいると、扉がノックされた。
ベットに横になりながら、どうぞっと言うと開いた扉から部屋に入ってきた人物に驚き飛び起きた。
「へっへ陛下!」
伸は下着姿のまま跪き
「ご無礼をお許しください」と、頭を下げた。
「気にするでない、儀礼的な振る舞いは不要じゃ」
伸は急いでズボンを履きながら
「へっへ陛下、お一人でいらしたのですか? 使いの者を寄こして頂けば私から陛下の元へ参りますものですが……」
「宮殿のなか位は、朕とて自由に歩き回るもんじゃ、またお前の話を聞きながら酒でも飲もうと思ってな」
と、皇帝陛下がテーブルにぶどう酒の壺を置いた。
左手が無くなった伸を気遣って皇帝陛下が自分と伸のコップにぶどう酒を注いだ。
「陛下にそのようなことを……」
「気にするなと言っておるじゃろ、で、戦局はどうなんじゃ?」
伸は皇帝陛下に注がれたぶどう酒を恐縮しながら飲み
「戦線を縮小し大河リカシイと言う明確な境界線を作ったことで、現状は拮抗状態を保っております。」
「その報告は朕も聞いておる、これから先はどうなると考えておるのじゃ?」
「現在は、王国内のごたごたによってカールハインツ公爵軍と国王直轄軍のみとの戦いになっております。
しかし、エドアルト公爵軍とニクラウス公爵軍が我が軍に向かってきた場合は、非常に難しい戦いになります。」
「うむ、しかし議会では、今のうちに攻めろ攻めろと言っておるぞ」
はぁーっとため息を付きながら伸は
「はい、その為に補給路の確保と補給地点の構築する準備はしておりますが……正直気が進みません。」
「特にアシロ国の威勢が良いのだが、あいつらは占領地に快楽茸を売りたいだけじゃからのー」
伸はぶどう酒をぐぃっと飲み干してから
「アシロ国から多くの兵を出して貰い、戦費も快楽茸の売上で賄っており、略奪が不要なのは良い事なのですが、
帝国で売買を禁止している快楽茸を占領地で売り捌くことが、民の解放なんでしょうか?」
皇帝陛下は渋い顔で首を捻ったあと
「話が暗くなってしまったから、アビラ砦攻略の計画から実行を教えてくれ!」
伸もニヤリと笑顔を見せながら
「アビラ砦のような強力な砦を落とすには、内部からの工作が必要と考えたのです。それで今回は数カ月かけて、王国軍の装備品を…………………………」
二人は少年のような眼差しで、アビラ砦攻略戦を夜遅くまで語り合った。
ジークベルト将軍の国葬の翌日、伸は議会に召集され戦果を報告したあと、解放軍将軍に任命されたのである。




