孤児達の覚悟
結衣のお屋敷にこもった熱気を追い出すためにサナが窓を開けた。外の涼しい風と、人が発する密度の濃い熱気が部屋の中でぶつかりあって、頭上でくるくる混ざっているような感じがした。
「皆に集まって貰ったのは、解っていると思うけど、戦の件です。」
全員が足を組んで床に座りながら、結衣の言葉に耳を立てていた。
「私は、国を守る為、今の生活を守る為、皆を守る為に帝国との戦に参加します。この中で一緒に戦っても良いと思う人は、立ち上がって下さい。」
すると、全員が躊躇なく立ち上がった。
「無理に参加することはないのよ。戦に行かないことは恥ずかしいことじゃない。むしろ誰も傷つけない一番優しい人の判断よ。皆が立ち上がったから、つい立ってしまった人は座って下さい。」
そこで結衣はしばらく沈黙した。それは今までに語ったものごとが皆の頭に落ち着くのを待っていたのである。
しかし、空気が泥のように重たくなっている状態に耐えられないイタカレが口を開いた。
「ユイ姉にお願いされたら、皆喜んでついていくさー」
「貴方は、黙ってなさい!」
結衣が珍しく声を荒げて怒鳴った。
「戦に行くと言う事は、死ぬかもしれない。殺されても文句が言えないってことなの、敵が目の前に来たら戦うけど、自分から戦いに行きたくないと考える人も座って下さい。」
それでも誰一人座る事無く、黙って結衣を見つめていた。
ダニエラが
「ユイ姉、話してもいい?」
「うん。お願い」
「皆ユイ姉の力になりたいの、あとユイ姉も言ったように今の幸せな生活を守りたいの
それに私達は、補給部隊のお手伝いだから、前線で戦ってくれる兵隊さんの為にご飯作ったり、兵隊さんの武器を手入れしたり、怪我した兵隊さんの看病したり
誰かを殺しに行くんじゃなく、誰かを助ける為に行くんだから……」
ダニエラが言い終わるまえに結衣は
「補給部隊を敵は襲ってくるかもしれないのよ。私も補給部隊に火を付けて皆殺しにしたことがあるのよ。戦に前線も後方も関係ないの、戦には変わりがないの」
「そんな時は、自分の身は自分で守るよ。その為に毎日ユイ姉達と訓練して来たんだから」
長い沈黙の後、結衣が深く深く頭を下げて
「みんなよろしくお願いします。補給部隊は大事な仕事なの、頑張ってね」
すると孤児達は、結衣の所へ駆け寄って皆が結衣に抱き着いた。
――三日後
英気を養った兵達は、アルマサン城塞都市を出発した。
何処で帝国の斥候が見ているのか解らないので、帝国本陣へ向かう部隊もアビラ砦へ向かう部隊も一緒にイルン平原を東へと行軍し、陽が暮れてから北と東に分かれた。
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ぱちぱちと快活な音を立てて小枝が鳴る焚き火の前で、考え事をしている伸のところへ、副官がゆっくりと近寄って来た。
「どうした? 王国軍が動いたか?」
「シン隊長、いやシン副将軍!」
「今まで通り隊長でいいよ。」
「はっ! 斥候からの報告でアルマサン城塞都市から五万以上の部隊がアビラ砦に向かっております。」
「五万か……守備兵以外は全てこちらに向けてきたのか……これではジークベルト将軍の思い通りではないか」
「シン隊長、どういうことですか? ジークベルト将軍は、我々を見殺しにでもするおつもりなのですか?」
「あの糞狸も馬鹿じゃないから、我々が全滅して補給路を絶たれることは望んではいない。
我々が王国軍相手に死闘を繰り広げながら、瀕死の状態のところへ援軍で入り王国軍を数の力で蹴散らして、美味しいところを持って行く算段だよ。」
「……我々に死んで時間稼ぎをしろと……」
「そうだ、まぁ簡単にやられる気はないが厳しい戦いになる。」
「シン隊長が自信のある時は、わしらも何も不安がないんですが……そんな厳しい顔をされると……」
「心配するな、簡単には死なんさ。ただ、上手く行けばアビラ砦を落とせると思ってただけだ」
「それならいいんですけど」
「無駄話はここまでだ」
伸は立ち上がり、ハッキリとした口調で指揮官らしい指示を出す。
「ジークベルト将軍に早馬を出して、五万の兵がこちらに向かって動き出したと伝えてくれ。」
「承知いたしました。」
独りとなった伸は、焚き火を見つめながら考え込む。
「五万か……二、三万であれば、弓兵を使って奇襲しようと思ったが、五万では奇襲も意味が無い。ゲリラ戦術で時間稼ぎするしか手はないか……結衣もこっちに向かっているのかな……」
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ダニエラとシーノは、素早く器用に体を動かしながら、即席の炊事場で戦っていた。
鍋の味見をしたかと思うと、芋を均等に刻み、肉の塊から入れる分の肉だけ切り取って、グツグツと煮だっている鍋にぶち込む。
すると、既に食べ終わった皿が目の前に山積みになっており、ため息をつきながら洗い始めた。
二人の息はぴったりとあっており、ひとつひとつの動作が俊敏で無駄がなく、効率的な動きであるのだが……
「ダニエラちゃん。これいつ終わるの?」
「シーノまだ、半分も出してないわ……この芋の山がなくなったら終わりみたい。」
「げげげ……戦争始まる前に死んじゃいそう」
補給部隊の隊長であるサナが様子を見に来た。
「ダニエラ、シーノ大丈夫? ちょっと遅いんだけど」
「サナ姉……死にそうなくらい頑張ってます……」
「その割には、周りの人達よりだいぶ遅いんですけど、兵隊さんはお腹を空かせて待ってるのよ!」
「年季が違うんですよ。私たちまだ子供だし……」
「やり方が悪いのよ! 次々と鍋を持って行くからって一個一個作ってちゃ効率が悪いでしょ、周りの人達は、十個分位の材料を刻んでから鍋に入れてるのよ。周りを見て真似しなさい!」
「……ごめんなさい。」
「普段より厳しいですね……」
「当たり前でしょ、最初にユイが言ったようにここは軍隊なの! 家じゃないのよ! 貴方達が遅れた分、もし敵襲があったら食べれない兵隊さんが増えるってことなのよ」
「…………」
「…………」
役職はないが、万人長待遇の結衣は、従者待遇のリナ、ヨナ、イタカレ、チャナと天幕の中で食事を取っていた。
いつも通りの何気ない会話が絶えない食事のなか、結衣は、藤沢伸の顔が目に浮かぶ
この世界で自分以外で唯一の日本人で、求婚までされた男である。
最後に得た情報では、帝都の士官学校で教師として働いているはずだが、軍を完全に抜けた自分が、今最前線にいることを考えれば、藤沢伸もこの戦に参加している可能性は高い。
……ジークベルトと一緒に帝国本陣にいる可能性が高い。
……殺し合いたくない。
……私じゃなくても、誰かにやられる
……私と同じで身体能力が高いから大丈夫?
……捕虜にしてしまえば……
ふと我に帰ると、じーっとヨナが顔を覗き込んでいた。
「なっなっなによ」
「なによって、深刻な顔しているから……何か心配あるの?」
「うううん。何もないよ……」
「ユイは戦場でもそんな顔しないから、心配しちゃう」
「大丈夫だって、ちょっと考え事してただけ」




