それぞれの思惑
真っ暗闇の草原の中に、宿営地から漏れる僅かな灯りが辺りをうっすらと照らしている。
夜目の効く者が見張りとして周囲を警戒していた。
広大な平原を風が限りもなく駆け抜け、柔らかな緑の草がそれに合わせて微かな音を立て揺れた。
「んっ……!」
茂みの揺れに違和感を感じ凝視すると、ゆっくりと近寄ってくる無数の人影であった。
「なんだ? とりあえず報告だ」
「隊長! シン隊長!」
見張りの兵は、伸隊長の天幕の前で叫んだ。
「どうかしたか?」
横になっていた伸は、突然の呼び出しにも不満げな表情も出さず天幕から出て来た。
「無数の人影こちらに向かって来ております」
「うむ。全員叩き起こして応戦しろ! 但し深追いはするな!」
これで三日連続の夜襲である。
大事な補給路となる街道を守る為に、伸は一万の部隊を率いてアビラ砦を包囲しているが、逆にアビラ砦からの襲撃を受けているのである。
「流石、名将と言われるテイス将軍だ。こちらの嫌がるところを突いて来る。」
隣にいる副官が渋い顔をして伸へ愚痴るように話し出す。
「落とせないとしても、こちらから仕掛けた方が楽じゃありませんか? ここ数日兵は、ろくに寝ておりません。」
「それがテイス将軍の狙いだ、今は我慢比べするしかない。我々の目的は補給路の確保だってことを忘れてはならん。」
「しかし……シン隊長、こう守りに入っていると、兵達の士気が上がりません。ジークベルト将軍の部隊は数に物を言わせ連戦連勝で次々と民を解放してると言うのに……」
「功を焦るな、難攻不落と言われるアビラ砦を落とせば評判は一気に逆転だ。」
「はぁ……ジークベルト将軍は二十万の部隊を率いているのに、我々は二万もおりません。もう少し兵を頂ければ……」
「心配するな、策は考えているよ。実際、夜襲にあっているが兵の被害は向こうが多い。」
「シン隊長、我々も兵の補充は出来ますが王国軍もそろそろ補充や交代があるんじゃないですか?」
「それならいいんだが」
「何かあるんですか?」
「アルマサン城塞都市に出している斥候から、王国軍に動きがありそうだと報告が来ている。」
「王国軍の反抗開始ですかね。」
「うむ。その場合、真っ先に狙われるのは我々だ」
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王都からボルディ万人長とガイア万人長が兵を率いて、帝国侵攻軍撃破の為に出て来た。帝国が侵攻してきてると言うのに、王都周辺では、エドアルト公爵とニクラウス公爵の軍が小競り合いを続けている。
両軍が睨みあうそのど真ん中を、ボルディ万人長とガイア万人長の一万五千の兵が整然と行軍していく姿を、大勢の王都の民が城壁の外に出て来て大きく手を振って見送っていた。
「ボルディ、あいつらは何考えててんだ? 帝国が攻めて来てもお互いにやりあって帝国討伐しようなんて気がまったくねーのか?」
「ガイヤ、裏で帝国と繋がっているよりはましだ。」
「まぁ帝国と繋がっていたら、もう戦いは終わっているからな。どっちが良かったんだか……」
「そんなに自分の孫を国王にしたいもんかね?」
「今しかそのチャンスがないからな、帝国に取られた領土は、国王になってから取り返せばいいと思っているんだろ」
「帝国に占領される民の身にもなってみろって」
「ガイヤ、噂では帝国は略奪はほとんどしてないようだぞ」
「ほう……民に気を使って支持を集めようとしてんだな。本気で帝国に組み込む気でいるのか?」
「まぁ余裕があるうちだけだろ、戦費も掛かっているだろうから、後で回収するのは間違いないな」
「テイス将軍がアビラ砦を死守するだろうから、帝国の補給もそう続かんだろうし、俺達の反抗が始まれば時期に撤退を始めるだろう」
「ガイヤ、楽観は出来ないぞ、向こうは二十万以上の兵を動員している。王国軍は、俺達の一万五千、アビラ砦の一万五千、アルマサン城塞都市の五万の合計八万だから数では厳しい戦いになる」
「まぁ二十万っていっても帝国軍は方々に散らばってるから各個撃破して行けばいいんだろ」
ボルディ万人長とガイア万人長の部隊は補給の為、アルマサン城塞都市へと向かった。
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やや薄暗くなった夕暮れ時に、石を蹴る馬蹄の音が静けさを消し去った。
「ジークベルト将軍、シン副将軍より、早馬での文が届きました。」
「お前が読んで、要点だけを伝えろ、あいつの回りくどい要請は読む気にならん。」
はっ! と副官の男は、目を皿のようにして伸からの手紙を読んだ後
「アルマサン城塞都市に王国軍が集結しており、王国の反抗が開始されると思われ、アビラ砦を封鎖している我が軍が真っ先に攻撃対象となる為、五万の兵を一時的にお借りしたい。との事です。」
ジークベルトは深々と腰掛けていたソファーから立ち上がり
「五万だと? 我が解放軍は、部隊を別け四方向へ同時進行しているんだ。儂の直轄部隊も五万に満たないだぞ。馬鹿な事をいいやがる」
「しかし、シン副将軍の部隊が壊滅した場合、帝国からの補給路は途絶えてしまいます。」
ジークベルトは少し考えたあと
「シンの有能さは儂が一番解っておる。あいつなら、倍の兵力差でも上手くいなす事ができるであろう。出番がない弓兵を五千送ってやれ」
「弓兵の精鋭部隊が出番はないと愚痴っておりましたので、シン副将軍へ援軍として出しますがよろしいでしょうか?」
「ああ、それでいい。大サービスレベルだ。」
「ひとつお聞きしてよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「シン副将軍へ五万の兵を預かれば、アビラ砦を落とせるのではないですか?」
ジークベルトは不敵な笑みを浮かべながら
「アビラ砦は、難攻不落だ。シンでも五分五分と言うところだな、儂からすると、アビラ砦を落としてあいつがもてはやされても、失敗して五万の兵を失っても困るのだ。」
「はっ、現状の封鎖が一番都合が良いと言うことですね。ジークベルト将軍の深いお考えは承知いたしました。」
「いざとなれば、この本陣全軍であいつを救援に向かうから、見捨てている訳ではないのだぞ。ふっふっふ」
ジークベルトにとって、壊滅寸前の伸の部隊を助けに行く事が一番の楽しみなのである。




