帰還
国境警備隊が用意してくれた馬車で、結衣とシーノはマリアの遺体と共にアルバド国へと出発した。
賑やかだったビファ国からひと山超えると、アルバド国の集落が小さく見えた。しばらくして集落に脚を踏み入れると、時間の歩みが少しばかりおそくなった気がするほと、のんびりとした空気が流れている。
集落の人達が「おかえりなさい。」「ご無事でなによりです。」と結衣に声を掛けて来た。
結衣は、集会場へ赴くと、既に集まっていた各集落の長達に、盗賊団が壊滅したことと、マリアさんが最後に盗賊団の頭と刺し違えたことを報告した。
それを聞いたホベルトは
「助けられなかったのは残念だったけど、マリアは、自身の尊厳を守り戦って死んだ……そんな女なんです。きっと、最後は笑って死んでいったはずです。いや、そうだったと思うことにします。」
ホベルトは、結衣に頭を下げマリアの遺体を抱いて集会場を出て行った。
お屋敷の広い居間で、結衣、リナ、ヨナとイタカレが今後のことを話し始めた。
「結衣姉は、これからどうするの?」
「私は二、三日したら城塞都市へ戻るつもりだけど、貴方達は、残りたいんじゃないの?」
「こんな田舎で暮らせないわ~、たまに来るからいいのよ。」
と、ヨナが笑いながら言う
「まぁ少し心配ですが、自分達でやって行って貰うしかないでしょう」
と、リナは真面目な顔で話す。
「私達より、残りたいのはイタカレくんじゃないのー」
ヨナがからかうのように言うと
「な、な、なんでだよ」
「シーノちゃんと離れたくないんじゃないのー」
「そ、そ、そんなことねーよ……」
イタカレはうつむきながら呟いた。
イタカレのしおらしい態度に、ヨナもそれ以上からかうのを止めた。
どうしようと言う表情のままイタカレは自分の部屋に独りで戻った。
「俺みたいな中途半端な奴が、一緒に付いて来いなんて言えないし、独りでここの残っても何もできねーし……はぁ……はぁ……どうしたらいいんだ」
ホベルトは土葬したばかりのマリアの墓の前で、木陰の葉叢の匂いにまじって漂って来る香煙の匂いをかぎながら、感に堪えたようにこう言った。
「俺もお前のように強く正しく生きて行く、例えそれで命を落としても、正しいと思ったことを誇りに思えるように……」
傍らにいた結衣達が、二、三日で王国へ戻ることを伝えると、当然、残って欲しいと嘆願されるが、きっぱりと断ると、ホベルトはすがすがしい顔で
「残念ですが皆で力を合わせて、この国を守って行きます。」
ヨナが結衣の後ろから顔を出し
「これからは、ホベルトさんがアルバド国を治めればいいんじゃない。マリアさんも喜ぶと思うわ」
「ヨナ様、わたしのような百姓が国を治めるなんて出来ませんよ」
結衣は選挙のように国民に選んでもらうのが良いと考えたが、識字率の低いアルバト国では無理だと考え
「今のまま、集落の長たちで国を治めればいいのよ。でも、代表が必要だと思うので、毎年、集落の長たちで話し合って代表を決めるのが良いと思うわ」
結衣の話を聞いたホベルトは、
「平和になると集落の間でも、もめ事はあるんですよね。今のように一枚岩と言う訳ではないんで難しいですよ。」
「だから、期限を決めて、代表を選ぶようにするんですよ。」
と、結衣が言うと
「代表を決めて皆で話し合い。いざという時は皆で戦う! それでいいじゃない!」
と、ヨナは無邪気に言い放った。
「ヨナ様……そうですね。他の集落の長たちに話してみます。」
シーノとイタカレは、畑の真中ほどに桐の樹が二本繁っている。葉が落ちかけて居るけれど、陽の光を丁度良い具合に遮ってるとこに、二人並んでちょこんと座っていた。
「あ、あのさ……」
「なぁーに?」と、シーノがイタカレの顔を覗き込むように言うと
イタカレは、少し頬を赤らめて
「もうすぐ王国に帰るんだ……」
「知ってるよーユイさんから聞いてた。」
「そ、そうか……」
「盗賊退治してくれてありがとうね。」
「う、うん……そ、それだけ?」
と、イタカレは悲しげな声で言うと
すると、シーノは小悪魔的な笑みを浮かべ
「じゃーね。ご褒美」
と、言って、イタカレの頬に唇を付けた。
ホオズキのように顔を真っ赤になったイタカレを置いてけぼりにして、「元気でねー」と手を振りながらシーノは家の方へ駆けて行った。
「二度と会えないかもしれないのに……こんなもんか……」
イタカレは、火照った顔を冷やすように両手で顔を覆いうなだれた。
――出発の日
結衣達が荷造りをして、お屋敷を出ると、大勢の人が見送る為に集まっていた。
藤沢伸が帰りは国境街道を使って戻ればいいと言ってくれたので、結衣達は、隣のビファ国へ向かい歩き出すと
「わたしも一緒にいくよー」
と、シーノが駆け寄って結衣に抱き着いた。
「ご両親のお許しはでたの?」
と、結衣が聞くとシーノは大きく頷いた。
結衣達とシーノは一列に並び、集まった人たちに深く頭を下げると
「リナ様、ヨナ様、行かないで下さい。」
「ユイ様、ここにずっと居て下さい。」
「イタカレ様、もっと色々教えて下さい。」
大人達は思っていても口に出さないが、子供達は素直に口に出してしまう。
結衣達が歩き出すタイミングを無くしてしまい困っていると
「シーノ! 頑張って幸せになりなさい。世の中が変わって自由に往来できるようになったら、子供を連れて来るんだよ。」
と、シーノの両親が励ましの言葉を言うと、周りから自然に拍手が沸き上がり、結衣達は拍手に促されるように歩み始めた。
そんな中、イタカレは複雑な心境を隠すことができない表情でぶつぶつと呟いていた。
「なんだよ……付いてくるなら教えてくれよ……何が元気でねーだよ……」
「誰も驚いてねーし、俺だけ聞かされてなかったのか……」
「子供って、俺との子供か?……」
「何ぶつぶつ言ってんだよ」
ヨナがからかうように、イタカレを軽く蹴り上げた。
「痛てーな」
「シーノちゃんが一緒で嬉しいんだろ?」
「そ、そ、そ、そんなことねーよ」
「イタカレごめんね。あの時、結衣さんに一緒に行きたいとお願いしてたけど、またお父さんから、行っていいよ。って言って貰ってなかったからイタカレに言えなかったの」
「お、おう……気にすんな」
その様子をみてるヨナはニヤついた目でイタカレを注視している。
「な、なんだよその目は」
「シーノちゃんから聞いたよ。ちゅーしたんだって」
「ち、ち、ち、ちゅうって……」
イタカレは、またホオズキのように顔を真っ赤にして、先に走り出した。
国境警備隊の駐屯地に着くと結衣は兵士に
「伸隊長は、いらっしゃいませんか?」
「あっユイさんですね。シン隊長は、盗賊を連れて王都に向かいました。」
「そうなんですね。国境を越えたいんですけど……」
「シン隊長から聞いております。どうぞお通り下さい。」
「ありがとうございます。」と結衣が頭を下げると
「シン隊長は、帝都に戻り士官学校で講師をするそうです。」
国境警備隊であれば何かあれば会えると思っていたが、帝都に戻ってしまうならもう会えないだろうと思うと、寂しさを感じた。
結衣から断ったとは言え、求婚されたこの世界で唯一の日本人男性なのだから……
第二章 運命 完




