予想外の異変
盗賊団の住処を囲むように、国境警備隊は山の中腹に三か所の陣を作った。
その中央の陣の中で結衣は伸に問いただした。
「どうやって攻め込むんですか?」
「攻め込んだら、勝てるかもしれないけど、こちらも相当な被害がでるから攻め込まないよ」
「え? 兵糧攻めにするの? 時間が掛かりすぎませんか。」
「盗賊は、捕まったら死罪だから、奴らはどうやって逃げるか考えてるはずなんだ。」
「それじゃこっちの戦力を分散させたら、駄目じゃないの?」
「一か所にすると、多分囮をぶつけてきて、その隙に幹部クラスはとんずらすることを考えてしまうから、包囲してかつ向こうに勝機を臭わせることが必要なんだよ。」
「そこまで考えているんですね。でも、一点突破されちゃったら、逃げられてしまうんじゃないの?」
「大丈夫だよ、ちゃんと準備するから」
その後、百人長を集めた軍議に結衣も参加させて貰った。
今日の夜盗賊団は仕掛けてくると、伸は言い放ち作戦の説明を始めた。
盗賊団は、王国側への近道である右翼の陣を突破してくる。盗賊団が砦から出てきたら、
右翼の陣は、急いで山を下りなるべく谷の近くで盗賊の進軍を止める。
左翼の陣は、盗賊団を背後から追い込む。
中央の陣は、谷の盗賊団に山の上から火矢を放つ。
「初動はこれを守ってくれ、後は各自盗賊団を殲滅する。作戦はこれだけだ。何か質問はあるか?」
と、伸は周囲を見渡した。
すると、百人長達は、頷き「承知いたしました。」言ったあと、自身の陣へと戻った。
「伸さんは、信頼されているんですね。」
左右の陣の百人長達が立ち去ったあと結衣が言うと、中央の陣の百人長が
「シン隊長の作戦は、いつもその通りになりますから、皆信頼しておりますよ」
伸は頭を掻きながら
「それでも敵が予想以上に強い場合は、どうしようもないけどね。」
と、笑った。
森に暗い夜が重い幕のように落ちて来ると、伸が言った通り盗賊団が動き始めた。
盗賊達は、慎重に堀を越え全員が揃うと、大きな一匹の生き物のようにひと塊となり動き始めようとしたとき、予想外の異変が起きた。
「頭が殺られた。」
「頭が女に刺された。」
「頭は息してねーぞ。」
「女は始末した。」
「頭が殺られた。」
「こ、これから、どーすんだ」
「逃げろー」
「頭が殺られた。」
「逃げろー」
「逃げろー」
「逃げろー」
ひと塊となっていた盗賊達は、散り散りになり四方八方に走り始めた。
左右の陣の部隊は、そのまま山を下り盗賊団を挟撃しはじめ、伸のいる中央の陣は、蓋をするように横長となり、逃げ惑う盗賊を一人一人始末していった。
隙を見つけて包囲から逃げ出す影が視界に入った結衣は
「逃がすもんか!」とその背中を追った。
飛び蹴りし、倒れた盗賊の肘を固め力を入れると、「いてーー!」と盗賊が悶絶する。
「何があったの? 腕を折られたくなかったら話しさい!」
「いてててて…話すから力を抜いてくれよ……」
結衣が盗賊の肘を固めている力を抜くと、盗賊は話し始めた。
「村からさらってきた女が頭の剣を抜いて頭の首を斬ったんだ……」
「その女は今どうしてるの!」
「直ぐに、心臓を一突きされて死んだ。」
「……、女の名前は?」
「たしか、マリアとか言ってた。諦めて従順なふりをしてたんだが、復讐の機会を待ってたようだな……」
結衣は捕まえた盗賊を連れて伸へ報告した。
「そうか、作戦通りじゃなかったけど、まったく統率が無くったから楽に盗賊を殲滅出来たよ。その女性に感謝しないといけないな。結衣さんの知り合いですか?」
「はい。知り合いのお嫁さんです……」
「助け出すことが出来なくて申し訳ない。ご遺体は丁重に遺族まで運ぶことをお約束します。」
五百人近い盗賊のほとんどが斬り殺され、その遺体は住処に運ばれ火が放たれた。国境警備隊も二十六人が犠牲となり、兵士とマリアの遺体は持ち帰られた。
国境警備隊の兵舎に戻ると、結衣は伸の小屋に呼ばれた。
「結衣さんは、これからどうするんだ?」
「シーノと一緒にマリアさんの遺体をアルバド国へ持ち帰ってから、しばらくしたら王国へ戻るつもりよ。」
「結衣さんはやっぱり王国に戻るのか、帝国に住むつもりはないのかい?」
「まったくないわ」
「帝国は一応議会政治だ、王国は専制政治。今の国王は良い君主だと思うけど、狂人が君主となり悪政を引く可能性があると思わないのかい?」
「伸さん、帝国は議会政治と言っても選挙で選ばれた訳でもない、ただの欲と欲のぶつかり合いの議会なんて民主的じゃないでしょ」
「それでも、独裁政治よりは歯止めがある。またこの大陸が統一されるとすればどちらが優れた政治システムなのかは明白ですよ。」
「そんなことは私には関係ないわ。王国には生活基盤があって、友人知人と守りたい子供達も待ってるの。」
「そうか……、僕はこれから帝都に戻って、士官学校で教師として働くつもりなんだ。結衣さん結婚して一緒に暮らして貰えないか?」
「突然、けっ結婚ですか……冗談でしょ」
「僕は真剣だよ。出会って数日で愛しているとは言わないけど、この世界で一緒に暮らして行くのは結衣さんしか考えられない」
この異世界で、同じ日本人として価値観を共有できる伸との暮らしは、結衣にとっても魅力的な物だ。
結衣は頬を赤らめて
「……嬉しいけど、王国に戻ります。伸さんが王国に来てくれたら、結婚を考えてもいいです……」
伸も諦め顔で
「専制政治で暮らして行くのはリスクが大きすぎる。僕も帝国には仲間がいるし、お互い立場上難しいね。」
「そうですね。私も少し残念ですよ。」
「まぁこの世界がこれからどうなって行くのか解らないから、僕は結衣さんとの結婚は諦めないよ」
「はい……」
「それじゃ事務連絡。国境警備隊の馬車で、マリアさんの遺体と一緒にアルバド国までお送りします。」
「ありがとうございます。」




