山脈越え
アビラ砦に到着すると、遠目では剣を構えていた門番が、近づくと直立不動の最敬礼に変わった。
砦に入ると、暖かい食事とエールが振る舞われ、この日は結衣達もゆっくりと休んだ。
陽が昇ると結衣達は、国王軍に行き先を告げることなくアビラ砦をあとにした。
ホベルトが山脈を見上げながら
「ここからは、道はありません。森の中を歩き山脈を越えて行きます。」
「大丈夫、小さい頃に自分で乗り越えた山だから!」
と、ヨナが少し嫌味な言い方で返す。
深い森の中では、太陽が見えず方向感覚がなくなるが、結衣達は、梟に導かれ森の中を進んだ。
夕方に山頂に辿り着き、王国側を見下ろすと、大平原が夕日の照らされ、草木や作物が燃えているように揺れている。
帝国側は、見渡す限り平野が見えない。森と山々が延々と続いていた。
王国の大部分が平地であるが、帝国の殆どが山に囲まれており、人々は、谷や盆地に集落を作り生活しているのである。
「ホベルトさん、あとどれくらいなんですか?」
「ユイさま、あと山を三つほど超えた所になります。」
「はぁ~ また下って登るですか……」
「今日は、この先の谷で夜営しましょう。」
結衣達が天幕の中で寝ている時、イタカレは焚き火番をしていた。結衣には、三時間くらいしたらヨナと変わるように言われたが、下っ端の自分は、皆に休んで貰う為に、朝まで焚き火番をするつもりであった。
火を絶やさぬように、焚き火に薪を入れている時、森が騒めいたように草木が擦れるように声を上げているようだ。
イタカレは森を注視すると、先程まで森の中で光らせていた鹿たちの目が消えていた。
「何か来るのか?」
イタカレは呟き、森に目をやると、赤い目が二つ光っている。
「赤目狼か……一匹ならユイ達を起こすこともないな……」
と、イタカレは剣を握り、身構えた。
一歩一歩静かに間合いを詰めて来た赤目狼が、地面を蹴り宙を舞いイタカレに襲い掛かる。
グサッ!
赤目狼は、イタカレの頭上で串刺しにされ、ギャン…と小さく吠えて絶命していた。
「ちょろいもんだな。俺様に襲い掛かるなんて十年早いわ!」
イタカレが剣を鞘に納めようとしたとき、森に無数の赤い点が浮かびあがった。
「えっ?!」
イタカレは襲い掛かる赤目狼を、剣で威嚇しながらじりじりと後退しながら、なんとかしのいでいたが、赤目狼は、結衣達が寝ている天幕へと襲い掛かっていた。
「あっ! やべー」
天幕から結衣達の悲鳴が聞こえる
「きゃー」
「なにー」
「お、お、おおーかみだ」
「ん? なに」
結衣達が薙刀を振り回し、反撃に出ると瞬く間に赤目狼の群れは森の中へ消えていった。
すると、リナがイタカレの首根っこを捕まえて、みんなの前に乱暴に投げ出す。
「イタカレどういう事なの? 殺す気?」
「いや……最初は一匹だったので、みんなを起こす必要がないかと……」
「はぁ? なにかあったら起こしてって言ったじゃないのー」
怒り心頭のリナを結衣はなだめながら
「イタカレ、言ったことは守りなさい。以前、軍に入りたいって言ってたけど、これが軍だったら処分されるわよ!」
「……」
イタカレは何も言えない。ヨナが嫌味な笑顔を浮かべながら
「これ敵襲だったら、全滅よー。イタカレは最近毎日死んでるねー」
「……ごめんなさい。本当にごめんなさい。」
「イタカレ、もういいわ。陽が昇るまで天幕で寝てなさい。赤目狼の始末は私達がしておくから」
「いや、自分の不始末は自分でやります。皆さんが寝て下さい。」
「イタカレ、休む事も戦士の仕事よ。言ったことに従いなさい。」
「は、はい……」
この件で、すっかり大人しくなったイタカレであったが、結衣達に遅れることもなく三日かけて山脈を越えアルバド国へと入った。
「あ~やっと平地になった~、もう足がぱんぱんだよ~ユイ姉もイタカレも大丈夫?」
「ちょっときつかったわね。それより早くお風呂に入りたいだけどあるの?」
「ユイ姉も失礼ね。こんな田舎だけど、お屋敷にはちゃんとお風呂ありますよーだ」
ヨナの言葉に何かはっとした顔をしたリナが
「ホベルトさん、お屋敷は使えるの?」
「リナ様、ご安心ください。お屋敷はそのまま残っておりますので、自由にお使い下さい。」
「ふ~よかった。」
「そもそも、リナ様達のお屋敷ですから、そのまま住んで貰ってもいいのですが……」
「それはお断りします。アルマサン城塞都市での私達の暮らしぶりは、見たでしょ!」
「そうですね。アルマサン城塞都市と比べられては、こんな田舎は……申し訳ございません。」
お屋敷へ向かう途中にあった集落に入るとホベルトが叫んだ。
「みんな~リナ様とヨナ様が戻って来てくれたぞ~」
しかし、十軒ほどの集落からは、誰も家から出て来ることなく集落は静まり返っている。
「ヨナ達は、あまり歓迎されてないみたいね。話が違うんじゃないのホベルトさん」
「明日、集落の長を集めて説明します……」
「説明ね……この分じゃ自分達で戦うつもりなんてないんじゃないの?」
「ヨナ様、私を信じて下さい。」
「まぁ疲れたから、とりあえずお屋敷へ行くわ」
ヨナは思った事を口に出し、ホベルトへ悪態を付いたが、結衣もリナも口には出さなかったが集落の様子に不安を感じていた。
暫く歩くと、小高い丘の上にお屋敷は見えた。
「あーお屋敷だー懐かしいな~」
と、ヨナがはしゃいだ声を上げる。
お屋敷の周りには、ホベルトが長として収めている集落があり、アルバド国最大の集落であるが、その数は五十軒ほどである。
ホベルトが大声で
「戻ったぞ~、リナ様、ヨナ様も一緒だぞ~」
と叫ぶと、遠くから集落の人々が手を振っているのが解る。
「この集落は、少しは歓迎してくれてるようね。」
ヨナが嫌味な言い方でホベルトへ向かって言うと
「ヨナ様、当たり前じゃないですか。皆、リナ様ヨナ様を待ち望んでおりましたよ。」
集落に入ると、一人の老人がリナの元に駆け寄り、地面に額を付けながら
「リナ様、申し訳ございませんでした。姫様達を奴隷商人に売り捌くのを、我々は何もせず……」
リナが老人の手を取り
「お顔を上げて下さい」
と、抱き上げ
「ホベルトさん達が、私達を奴隷商人から解放してくれたじゃありませんか」
リナと老人の周りには集落の人々が集まっているが、人々の顔には不安の念が滲み出ており
「これだけかよ……」
「女子供だけじゃないか……」
「こんなんじゃ、盗賊と戦えないぞ……」
と、小声でひそひそ話は、結衣の耳にも入って来た。
結衣の表情に何かを察したホベルトが
「山脈越えで疲れてるでしょうから、今日は、お屋敷でゆっくり休んで下さい。」
と、ホベルトは、結衣達を連れてお屋敷へと向かった。
その途中歩きながら結衣はホベルトを問いただす。
「ホベルトさん、大丈夫ですか? 集落の人に戦う意思はまったく感じませんでしたが?」
「……皆、サナ姫が精鋭を数人連れて、戻って来ることを期待してたと思います。」
「それが、サナは来ないわ、女子供のたった四人だったってことね?」
「はい。勝手な期待を裏切られたと言う感じでしょう……あのユイ様、国王軍の白い悪魔と言うことを皆に教えては駄目なんですか?」
「駄目ですよ。私達に頼らず、自分達で戦うと言ってたじゃないですか」
「もちろん、自分達で戦いますが、旗印になってくれる人がいないと……」
弱気のホベルトに対しリナが
「やる気がないなら、私達は帰りますよ!」
「リナ様、そんな……」
「指揮する人がいないって言うから来たんですよ」
「は、はい……申し訳ございません。今夜集落の皆に説明します……ユイ様達は、お屋敷でゆっくり休んでいて下さい。」
そんなやりとりを、イタカレは冷めた目で見ていた。




