過去編3
(11.02.20~14.04.29)
書き直し:16.06.04
男が言った通りに自分の生活は良かった。前の生活よりもよかった。
けれども少年にはずっと心に穴が開いた様な感覚があった。そして同時に何かどす黒い物が心の中で渦巻いていた様な気がした。
そして彼はひたすら研究をさせられた。
毎日が研究ばかり。そして結果を出せなければまた研究は続く。
「かあさん…」
眠るたびに少年は昔の夢を見た。起きるたびに目は涙で濡れていた。あの日々が酷く恋しかった。
「何が出来たと言うのだ?」
いつも報告するのは、彼を捕まえた男性だった。その彼に紋章を書いた。
「?これがなんだと言うのだ?」
「ツオバーを使ってみてください」
そう言うと相手は疑問に思ったままツオバーを使おうとした。
しかしなにも起こらなかった。
「こ、これは!」
何度試してみようとしていたが、なにも起こらない。
「報告せねば!」
相手は少し明るい表情でいい、すぐに走り去った。
その時少年は気が付いた。
能力が無くても、能力を消すことが出来る。
自分は力が無かった。だから母親も殺され、自分もこんな所に連れてこられたのだ。
もしかして、と彼は気が付く。
能力を持つ者を全て殺すことが出来るのではないかと。
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謁見の間は煙で辺りが見えなかった。
だからロイヒテン、ヘルト、クエートは即座にソーサリーで生きている者を探した。
その中で生きていたのを確認出来たのは、シュトラールだけだった。
しかしクエートだけは何か違和感を覚えていたが、ロイヒテンがすぐに謁見の間に入っていたのを見て我に返った。
ヘルトはツオバーで煙を飛ばす様に風を起こした。ようやく見えてきた光景は無残な物で、二人は息を呑む。
「シュトラール!おい!目を開けろ!」
叫び声が聞こえてきて、二人はようやく我に返ると、そこには血まみれのシュトラールがロイヒテンに体を支えられながら起こしているのが見えた。
すぐさま二人は彼に近づく。
傷口を軽く触り、クエートは言う。
「大丈夫だ。ロイヒテン。命に別状はない」
けれど重症だった。ソーサリーをかけるが、いつもより少し時間がかかる。
「けど一体何が…」
ヘルトは周りを見渡す。
生きている人間はここにいるシュトラールしか居ない。
他の死体に近づいて、確認をするが、皆顔がわからないぐらいにぐちゃぐちゃになっていた。思わず顔をしかめる。
何が起こったのか、全く想像もつかない。
そしてふと気が付いたのだ。謁見の間の壇上の椅子に。
まさかと思い、ヘルトはその椅子に目を離せずに近づいて行く。
その椅子も血まみれで、一番人間の原型を留めていなかった。
「まさか」
ここに座る人物は一人しか居ない。
「皇帝…?」
「何が起こったのだ!」
大勢の兵士が謁見の間に入ってきて、ヘルトは我に返った。
そして前に居た数人がこの異様な臭いに顔をしかめた。
そして兵士達の後ろに隠れる様に居たのは、若い青年だった。彼は兵士の中でも違った気配をしていて、ヘルトは目が離せなかった。
そして青年は謁見の間の中を見るや否や「父上!」と叫んで壇上の椅子の所まで近づいた。
「父上!何故!父上!」
「う…」
呆然と彼が泣いている姿を見ていると、声が聞こえてきた。そして二人が「シュトラール」と叫ぶ。
「ここ、は…」
「喋らないで下さい。傷が完全には塞がっていないので」
続けてソーサリーをかけるが、兵士の槍がシュトラールに向けられた。
「い、一体何を?」
ロイヒテンは戸惑いながら兵士に向かって叫ぶと、兵士は冷静に答える。
「今日ここで皇帝が彼等を呼んでいたのはわかっています。
重要参考人だ。連れて行かせてもらうぞ。
もしかしたら犯人かもしれないからな」
「き、貴様!刃を向けている人物が何者かわかってのことか!」
「わかっていますよ。ロイヒテン・ウィアディリー殿」
「ぐっ」
ロイヒテンもわかっている。ここではシュトラールが不利と言うことを。
しかし彼等の刃がシュトラールに向いていることが我慢出来なかったし、口を出してしまったことを少し後悔する。
「連れて行け」
兵士が声をかけると、複数の人物が彼を担いで出て行ってしまった。
「大丈夫です。全部の傷は防ぎましたから」
「ありがとう。クエート。お前は優しいな」
少し苦笑いをしてロイヒテンは静かに言った。
「あなた方も出て行ってもらいましょうか。捜査の邪魔になりますので」
そう言って三人は謁見の間から出て行くことになった。
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何かに違和感を覚えた。
それは何か説明しろと言われれば、言葉に表せられない。しかし違和感があった。
あまりの兵士の迅速な対応?すぐにシュトラールを拘束したのは早計だったのではないのか。
それともあの若い皇帝の息子の悲しみよう?何故一直線に父親だとわかったのか。
それとも、兵士の中に異様な気配がした。クエート程ではないが、自分だってソーサリーの探知能力に自信はあった。
けれどもシュトラールにしたって、今回の謁見のメンバーを知っていれば、そこまでおかしくはない。
それに壇上の椅子に座るのは皇帝だけだ。
あんな音がすれば、皆駆けつけて、皇帝に何かあったことはわかるはずだ。
嫌な予感がする。
もちろん、当主達と、皇帝の死も最悪の事態だ。
ヘルトは少し落ち着きなく、部屋をうろうろしていた。
その様子をクエートは黙って見ていて、そして口を開いた。
「一体何が起こったんだろうな」
あの無残な、血まみれの謁見の間で何が起こったのか。もちろん聞かれてもヘルトにはわからなかった。
「シュトラールの傷は完全に塞いだんだろ?」
ヘルトはなるべく明るい声で話すが、クエートはいつもより低い声で答える。
「だけどいつ意識が戻るかはわかんないよ」
「そうだよな…」
あの時見えたシュトラールの傷は見るからに深かった。
あの状態でよく生きていたものだ、と思えるぐらいだ。
その時の状況を思い出す。
シュトラールの上に何かが乗っていたのだ。血まみれですぐにはわからなかったが、あれは人だったのではないか。
「もしかしたら、ウィアディリーの当主がシュトラールを庇ったのかもしれないな」
「え?」
クエートは一瞬理解が出来なくて、聞き返す。
「あの人の上に何か乗っていた様な気がしたんだ。それをのけてロイヒテンはシュトラールを抱き起した」
「なんで、ウィアディリー家の当主がシュトラールを庇うんだ?」
「ああ、クエートは知らなかったな。
ウィアディリー家とウィーアリー家は二つで一つの家系と言っていいんだ」
「そう言えば、あの二人は双子なのに、二つ名が一緒じゃなかったね」
「そう。ウィアディリー家は長男が引き継ぐんだけど、ウィーアリー家は二男が引き継ぐことになっている。
けれど、ウィーアリー家の当主は早くに亡くなってしまったから、もう彼が当主になるしかなかったのかもな。けどウィアディリー家はまだ当主が健在だ…いやだった、かな。
当主は彼等の父親でもあるんだ」
「だから一緒に居たシュトラールだけでも庇おうと…」
「したんだろうね。でもあの有様じゃはっきりとはわからないだろうけど…」
「そんな…」
クエートは俯いてポツリと言う。
「これからどうなってしまうんだろう」
皇帝も、大勢の当主達も亡くなったのだ。まだ誰もはっきりとは言わないが、そうとしか考えられなかった。
一方ロイヒテンも落ち着きなく部屋をくるくると回っていた。
シュトラールが拘束され、一体どうなってしまうのか、しかもあんな大怪我をして、と心配事が絶えなかった。
そして恐らく父は死んだ。
それはわかっていた。何故なら今日の予定はしっかりとロイヒテンはわかっていたからだ。
『一体皇帝は何をしようとしているのだろうな?』
父は常に皇帝の動きに疑問を持っていた。
本来は誰にも言うべきではないことだったが、ロイヒテンとシュトラールには言っていた。
けれどその後に一つ言う。
『外では決してこんなことを言ってはならないよ』
二人は苦笑いをしながらも、父は自分達に教えようとしていたのだろう。
今のこの国は決して正しい道を進んでいないことを。
その父がこうもあっさりと死んでしまった。
これからは自分がしっかりとしなければ、ウィアディリー家の名誉がかかっているんだ。
そう思うと一気に肩が重くなったような気がした。
「くっ…!」
ロイヒテンは手で頭を押さえた。
いやそんなことよりも、シュトラールの容体だ。
クエートが完全に怪我を治したとしても、あの大怪我だったんだ。すぐには意識は戻らないし、戻らなければ…いやすぐに処刑されてしまうだろう。
そうすればウィーアリーも危機に陥ってしまう。
いや、自分はそんなことを考えているのか?自分の双子の弟の命が危ないのに?
「そうじゃない…そうじゃないよ…」
自分の思考が行き来して、頭を抱えてその場に座り込んでしまった。
その思考の行き来が辛い。思考がまとまらない。
一体どうすればいいんだ。
「私に…何もすることが出来ないのか…」
ただ彼はどうしようもなかった。
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あれから数週間は経った。突然ロイヒテンとヘルトが皇帝に呼び出されたのだ。
何故自分まで?と考えるヘルトはロイヒテンを見ると、一気にその疑問は吹き飛んでしまった。
「お久しぶりですね。ロイヒテン…その…」
ヘルトが困惑しながら口を開くと、彼は苦笑いをして「すまないな」と謝る。
「何で謝るんですか…」
「ちょっと色々忙しくて、こんな顔になっていて、それは心配するだろう。一応自覚しているよ」
「いや…心配は…しますけど…」
恐らくあの事件からろくに寝られていないのだ。
目の下には濃い黒いクマを作り、少しこけっている様にも見える。
「まだましになった方だよ。頬の方は」
そう言ってまた笑う。
「どうして俺が皇帝に呼ばれたのかわかりません。けど、絶対貴族に戻ってあなたを手伝いますから、それまで辛抱してください…!」
それを聞いてロイヒテンはふっと自然な笑顔になった。
「本当にお前達は優しいんだな」
「俺、達?」
「クエートのこともだよ。
あの時は迅速にあいつの怪我を治してくれたし、今だって君が慰めてくれたり」
「約束してくれましたし、約束しましたから」
その言葉にロイヒテンはきょとんとする。
「この国を、あいつ達の様な人々が生きやすい国にするって」
真っ直ぐ彼はロイヒテンの目を見てきた。
ああ、そうか。父上だけではなかったんだ。
この国を良くしようと、必死に動こうとする人物は目の前に居たことを忘れていた。
ロイヒテンの口から声が漏れる。ヘルトが先程の彼と同じ様な顔をしていると、ロイヒテンが笑い始めた。
「そこ、笑う所か?」
呆れた顔でヘルトが聞くと「ごめんごめん」と涙を拭きながら言う。
「私は何も失ってはいなかったんだと思うとね。自分の不甲斐なさに笑いが出てきただけだよ」
はぁっと大きなため息をついて「さぁ行こうか」と言って謁見の間まで一緒に行った。
「よく集まってくれたね。皆」
そこにはアーベント家とデルカンド家の当主が立っていた。
アーベント家の当主は女性で、二人を横目で見てふんと鼻を鳴らす。
デルカンド家の当主は穏やかそうな顔つきで、二人を見ていた。
そして皇帝は、この前一目散に前皇帝の座っていた所に駆けつけ泣いていた、幼い顔の青年だった。そして今彼は数週間前、血まみれだった壇上の椅子に座った。
「君も来てくれてありがとう。メルシリアの長男」
突然そんなことを言われ、ヘルトは戸惑ったまま返事をする。
「君を今日からメルシリアの当主になってもらう」
その発言に皆はざわっとした。一番に発言をしたのはアーベント家の当主だった。
「待って下さい皇帝。こんな馬の骨ともわからない様な輩を突然当主になどなさるおつもりか!」
その物言いに、皇帝は彼女を見た。その瞬間アーベント家の当主は黙ってしまう。
横から見ていた他の貴族も、背筋に悪寒が走る様な、おぞましい目を見て黙った。
一瞬凍りついた空気が漂う中で、ふと皇帝は明るい声で言う。
「確かにアーベント家の言う通りだ。けどウィアディリー家よ、証拠はあるんだろ?」
それを聞いてヘルトはロイヒテンの方を見た。彼はヘルトの方を見ることなく「はい」と答える。
「ヘルト、左手を」
言われるままに差し出すと、手袋を外され、一緒に皇帝の前に立つ。
そして左手の甲を皇帝に見せる。そして皇帝は頷く。
「確かに。これはメルシリア家の家紋だ」
「そんなっ馬鹿な!」
「何か不都合でも?アーベント家よ」
「い、いえそんなことは、ありません」
「これで決定だ。メルシリア家の財産を全て返還する。手続きを従者にまかせる。受け取るがよい」
「は、はい」
ヘルトは膝を折って返事をする。
「二人共下がっていいぞ」
そう言われ、元居た位置に戻ると「さて」と再び話し始めた。
「今回メルシリア家の復活ともう一つ、貴族を生み出したいと思い、お前達を呼んだ」
「新たな貴族ですか?」
デルカンド家の当主が言うと、皇帝は力強く頷いた。
「それでこれから貴族を生み出すのは止めようと思う。
今までの皇帝は貴族を生み出しすぎた。だからそれもこれっきりで終わりにする」
「理由を聞いても?」
「貴族が多すぎると国民に負担がかかりすぎるのだ。それが理由だ」
そして皇帝は立ち上がった。
「さて、反対する者は?」
先程の目を見て、異議を唱える者は誰も居なかった。
「では新しい貴族を紹介しよう。ブルート!」
皇帝がそう叫ぶと、後ろからカツンと足音を立てながら一人の男がゆっくりと歩いてきた。
そして皆の方を見て、微かに口角を上げた。
「この者には二つ名にアルヴィナルを授ける。国の発展の為に、尽力を尽くすがいい」
そして男は皇帝の前に回り込み、跪いた。
「仰せのままに」
「そしてウィアディリー家、ウィーアリー家、アーベント家、デルカンド家、メルシリア家、アルヴィナル家この貴族達を私の一番近い存在として、六大貴族と名乗る」
その発言にそれぞれが動揺した。
「この混沌の時代に国民の為に、私の手足となり、働くことを誓ってくれるか?」
そして一斉に「はっ」と声を揃えた。それを聞いて皇帝は満足そうに頷いた。
「皆にそれを伝えるために、来て貰った。突然の当主の死に引き継ぐことが多かったと思う。
忙しい所に集まってくれて感謝する」
そう言って皇帝はその場から去ろうとした時、思い出したかの様に「ああ」と手を叩いた。
「言うのを忘れていた」
皇帝は皆に向き返り、さらりと言ったのだ。
「シュトラール・ウィーアリーは今日で釈放される。
彼は無実だったからな」
そして皇帝は去って行った。それを呆然と口を開けて聞いていたのはロイヒテンだけだった。
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「ロイヒテンは知らなかったのか?シュトラールが釈放された話」
「あ、ああ…あれ以来シュトラールにも会っていないし、ウィーアリー家にも帰っていないよ。それは知ってる」
「彼の仕事も請け負っているからか?」
「何故…それを?」
「見てたらわかるよ。追い込む様に仕事をしてたぐらい、一緒の屋敷に居れば」
「そうだったのですか…兄上」
第三者の声が聞こえてきて、二人は驚きつつ、振り返った。
そこには今噂をしていたシュトラールと見知らぬ女性が立っていた。
「シュトラール…帰っていたのか?」
ロイヒテンはどこか複雑そうな表情をして、聞くと彼は「はい」と答えた。
「釈放されたことを今知って…全く出会わなかったから心配していたよ…」
「すみません…」
シュトラールは眉間に皺を寄せて、彼の表情を見ていた。
「まさかお一人で仕事をしていたのですか?俺の…いや私の仕事も」
その言葉で彼は弱く笑う。
「お前がなかなか帰って来ないから」
「すみません…」
「ところで―」
ヘルトが二人の会話を割って聞く。
「そちらの女性は?」
「わ、私は…」
彼女が話し始めようとした時に、シュトラールが前に立った。
「釈放された日に任務があったので、その時に出会ったんだ」
「任務?」
「他国民の殲滅を命じられていたので」
「まさか、一人で?」
「いや途中でクエートに出会ったもので、彼も同行してもらいました。しかし殆どがもう亡くなっていたので、何事も無く終わったのですが」
「まさか彼女は…?」
「いえ、他国の者ではありません。だから連れて帰ってきました」
「そうだったのか…」
少し安心した様な表情をロイヒテンはした。
その様子を見て、シュトラールは俯く。
「申し訳ありませんでした」
その様子を見て、ロイヒテンは苦笑いをする。
「何故謝る?」
「釈放された時、顔でも見せていれば、兄上をそんな大変な目には合わせなかったのですが…」
「大変も何も、ただ、やるべきことをやっているだけだよ」
「本当に…申し訳ありません」
「ところで。話が途中で変わってしまったけれど、彼女の名前を聞いていいかな?」
ヘルトが相手を安心させる為に笑顔で聞くと、彼女は少し目線を外して、顔を少し赤らめながら言った。
「私はシュヴァルツと申します」
「うん。かわいらしい名前だね。俺はヘルト」
「私はロイヒテン・ウィアディリーと申します」
自己紹介しながら、三人は少し微笑みながら話していた。
その中でシュトラールだけが、厳しい顔をしていた。
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「さて、メルシリアの件だけど」
ロイヒテンはあれから数週間後にヘルトとクエートを呼び出し、話し始める。
「こんな形になってしまって申し訳ないけど」
ロイヒテンの物言いにヘルトは苦笑いをして「そんなことはないですよ」と言う。
むしろ皇帝から言われるよりもよかった。彼は堅苦しいのも嫌いだったからだ。貴族のまま育っていればそんな考えもなかったのだろうが。
「形式だけでも、ちゃんとしようよ」
苦笑いをしながらロイヒテンが言うと、つられた様にヘルトも同じ表情をした。そしてロイヒテンの前に跪く。
「汝、ヘルトはメルシリアの名を返す。
汝、皇帝の為、そして国の繁栄の為にこの剣をもって、尽くすことを誓うか」
「はい」
そしてロイヒテンは持っていた剣を鞘から抜き、ヘルトの頭の上にそれをそっと当てた。
剣を鞘に戻すと、両手でそれを突き出す。
「汝は、我等の貴族である。この剣を受け取れ」
そしてヘルトは頭を下げたまま立ち上がり、剣を両手で受け取った。
「で、いいのかな?」
「雰囲気壊すなよ!」
クエートが思わず言ってしまう。注意をされ、ヘルトは舌を少し出した。
「おめでとう、ヘルト。そして君を歓迎するよ」
「ウィアディリー家から歓迎されるなんて、メルシリアは安泰だな」
「何を言っているんだ。冗談も程々にしてくれ」
苦笑いをしながら言うと、ロイヒテンはクエートに向き返った。
「君のことだけど」
「え?俺?」
「兵士に戻ってもいいかと思ったけど、君が居た部隊は全滅してしまったから、一応ヘルトの従者として報告しておいた。
変更したかったら、また私に言ってくれ」
「俺が、ヘルトの従者?」
「そちらの方が動きやすいと思ってね」
互いの顔を見合わせてポカンとしている。
「まっさかぁ。俺がヘルトに仕えるだなんて」
「いやいやお前、今見てただろ?俺はもう貴族なの。従者を雇える身分なの」
「でも俺が?」
その反応を見て、ヘルトは少し不満げな表情で
「嫌なら辞めてもいいんだぜ?」
「いや…よろしくお願いしますヘルト様」
「やめろ」
二人は笑いながら言った。
「君はヘルトの命令でも動けるけど、貴族の従者になるってことは、皇帝からの命令もあることを頭に入れておいてくれ」
「わかった」
「ところで異端者のことについて、情報はあったのか?」
ヘルトはロイヒテンに聞いた。その瞬間、クエートの表情が固まったのを誰も気が付かなかった。
「あんなに大体的に発表したんだ。私はまだそちらまで手が付いていないのだが、市民が暴れているらしい」
それは突然だった。
「この国の中にツオバーもソーサリーも使えない者達が居る」
六大貴族と言われている当主達が、皇帝の後ろでその演説を聞いていた。
「我々はそれを異端者と呼ぶことにした。
その者達は、我々の為に戦わず、我々の後ろに隠れて、戦争が終わるのを待っていた。
そこまでは良かった。まだよかったのだ。
彼等は我々の能力までも同じ様にしてしまうことがある。
それはどういうことか?
我々も異端者と同じ様にツオバーもソーサリーも使えなくなってしまうと言うことだ!」
その発言に演説を聞いていた国民が大きくざわついた。
後ろの貴族達は眉一つも動かさなかった。この話はこの演説の前に突然聞かされたからだ。
驚くことは無かったが、ロイヒテンは信じられなかった。
「だから我等は、我等の力の為に、彼等と戦うことにした!
この国の繁栄の為に!
この由緒ある力を守る為に!
勇気ある者は私の所に来るがいい!守りたいと思う者は私の所に来るがいい!」
そう言って皇帝は、身をひるがえして屋敷に入って行った。後に続いて、貴族達も屋敷に入って行った。
「兵士になりたい者は増えているらしい」
「そうなのか…」
「けれど結局人が足りていない」
「え?どうして」
「…共に殺しているんだ」
「だ、誰を?」
「ツオバーとソーサリーの力が弱ければ、それを察知出来る能力が低ければ、殺していく。間違って殺していくんだ」
「な、何をしたいんだ…皇帝は…」
「さぁ」
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ロイヒテンの部屋から戻る時、一人の女性に呼び止められた。
「あなたは…」
ヘルトは思い出そうとして、口が止まった。
「アーベント家の当主…」
隣に居るクエートが言うと、ヘルトはそうだったと心の中で思う。
当主の中で紅一点。彼女は美しく、凛としていた。
「シュネー・アーベントだ」
彼女の声は少し低く、言葉遣いも男の人を真似した様な感じだった。
そして気が付いた。彼女の格好は明らかに戦場に行く姿と言うことに。
「あの、どちらへ?」
「皇帝に異端者の殲滅を任されているのでな。それに行ってくる所だ」
「他の兵士は…?」
「私が殺した」
「は?」
さらりと恐ろしいことを言う彼女にヘルトは絶句した。
「当たり前だろう。殆どが、異端者だったのだから」
「は?」
また彼女の言っている意味が分からなかった。
「我が一族は恥ずかしながら、殆どの兵士がそこらから拾ってきた者だ。
そしたら殆どが力を持っていない者だった。なら殺して当然だろう」
「あ、あなたは今まで仕えてきてくれた人物をあっさりと殺したのですか?」
クエートが耐えきれずに口を出すと、彼女は彼を横目で一瞥して、鼻で笑う。
「私の父に、だがな。しかし今は私が当主だ。力を持たぬ者に意味は無い。
ただ私としては」
そこで一拍置いて、クエートを睨みつけた。
「ソーサリーですら、私には必要無いと思うのだがな」
彼女から溢れる殺気をクエートは見逃さなかった。
「何故、そこまで恨むのですか?
異端者と、ソーサリーに」
「力無い者は、生きる価値など無いだけだ」
そして彼女は去ろうとしていた。その時
「待って下さい」
ヘルトが彼女を止めた。シュネーは振り向かずに、ピタリと止まっただけだった。
「私も連れていってはくれないでしょうか?」
「何故?」
「私はツオバーそしてソーサリーの力両方を持ちます。お役に立てると思いますが?」
「ヘルト?」
クエートは驚いた声を出す。何を言っているんだ、と言いたげだったのをヘルトは抑えた。
そしてシュネーは興味を示した様で「ほぉ」と振り向く。
「そんな奴は今まで見たことが無かったな」
「是非とも私の力を見て頂ければ」
シュネーに準備を命じられ、二人は同じ方向に歩いていた。
「何を考えているんだ?ヘルト」
クエートは信じられないと言いたげに聞くと、前を歩いていた彼は後ろを振り返った。突然のことにクエートは彼にぶつかりそうになる。
「あの人を異端者の殲滅に行かせては危険だ」
「だから…お前もついて行くって?」
「俺がどこまで止められるか、逃がせるかはわからない」
「でも逃がしたら…それこそ命令違反なんじゃ…」
「でも彼女はきっとそれ以上のこともする」
「でもさすがにそれは…」
「可能性があるなら、俺は行く。お前はどうする?」
真っ直ぐ見つめてくるヘルトの目から離せなかった。
「俺は、お前の従者だ。もちろん行く」
その答えを聞いて「どうだよそれ」と苦笑いをする。
「そしてそれ以前に俺はお前の友達だし…」
「じゃあ急いで行こう」
一緒に行くと、力を見せると言った時はヘルトが知らない人物に見えたが、変わらないままだった。
そのことにクエートは安心して、後ろをついて行った。
明らかな状況だった。もう誰が見ても、子供が見ても、手を下す必要なんて無かった。
しかしシュネー・アーベントは容赦なく殺害していく。
「ヘルト!違う!」
その中で二人はどうにか殺害する人数を減らすために力の弱いツオバーやソーサリー者を逃がしていく。
しかし人数は多かった。ヘルトはみるからに体力を消耗していたのだ。
ヘルトが剣を向けていたのは、微力ながら能力がある人だった。だからクエートは叫んでしまったのだ。
しかし
その叫び声も空しくその人は剣を刺され、血を吹き出し死んでしまった。
「何が、違うと言うのだ?」
シュネーの剣によって。
一歩、シュネーが近づく。今刺した人物の血を付けたまま。
「答えろ。ソーサリー者」
「彼は、能力を持っていました。微かながらに」
「だからどうだと言うのだ」
「俺達は異端者だけを殲滅するのであって、能力がある人物は殺す必要は無い!」
「甘い!」
そう言ってシュネーはクエートに剣を勢いよく突き刺した。刃は彼の頬の横を通り過ぎ、後ろの壁に刺さった。
「自惚れるなよ、ソーサリー」
それだけ言って彼女は再び殺戮を繰り返した。
その戦いが始まってから大勢が亡くなった。
異端者殲滅作戦。その作戦は今までの戦争よりも長く続いた。
敵がはっきりとしていなかったからだ。
他国との戦争は、敵がはっきりとわかっていた。だから兵士達は躊躇なく動けたし、自分達が正義だと信じて疑わなかった。
しかし今、敵も味方もはっきりとわからない。
昨日仲間だと思っていたら実は異端者で、殺さないといけない状態になった。
仕方がないと思って殺害される者など居ない。
殆どは殺される人物を恨んで死んでいくのだ。
『信じていたのに』
そう言って彼等は死んでいく。
そして残された側は、その言葉が頭から離れなくなる。
そして病んでしまう。
あの言葉が、声が、表情が、あの目が忘れられない。
それは昨日まで市民だった者も同じ表情をする。
『助けてください』
彼等はそう言う。
自分の子供を抱えて、守る様にして『この子だけは』と願う。
しかし親が異端者であれば、子も異端者。そう信じられてきた。だから彼等の願いは叶わずに、殺されて行く。
恐怖に怯え、憎しみがこもった目をし、そして最後は殺されて行くのだ。
それで病む人は少なくはなかった。
自分はこの国の為に生きるのではなかったのか、そう疑う者が出てきた。
しかし任務を拒否してしまうと逆に自分の命が危なかった。
だから誰も逆らえない。
人々は病んでいくしかなかった。
それしか、なかった。
殺すか、殺されるか。
それが数年続いた。
この国が終わるまで続いた。
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目の前が殆ど見えなかった。視界がやけに狭い。
自分は今何をしていたのだろうか、罪の無い人を、この手で…
「あ…」
自分の手が血に染まっていた。
「ああ…」
そして悲鳴が聞こえてくる。
『許して…』
『私達は何もしていない!』
『この子だけは!この子だけは助けて下さい!』
『どうして殺されなければならないんだ!』
『子供、女だけはどうか見逃して!』
『皇帝!あなたは私達を救って下さるのではなかったのか!』
『この人だけは!この人だけは!』
「……ぐっ!」
クエートは口を手で押さえて、床に突っ伏した。
胃がやけに熱かった。そして食道が熱くなり、口いっぱいに酸の臭いと味がした。
今までこんなことは無かった。
ヘルトと同じ兵隊に居た時は、こんなことはなかった。
相手はまだ自分達に殺意はあったし、市民を巻き込む様な戦いをしたことが無かったからだ。
相手は何も武器を持っていない市民。
そして自分は良いから、愛する者だけは助けて欲しいと請うあの表情。
自分が戸惑って動けずにいると、市民は助けてくれると思い、少し表情が明るくなる。
その瞬間に
彼等は殺されるのだ。
その顔が離れない。膝を床につけ、今生きていた目の前の人に手を伸ばすと、一瞬力強く手を握られる。
驚きのあまり、肩を震わせると、彼は憎しみのこもった目で自分を見てくるのだ。
そして貴族側の兵士は戦いが終わると笑顔で酒を飲みあうのだ。
それが気持ち悪かった。そのギャップも耐えられなかった。
目の前が揺れる。
「あーあ。きたな」
軽蔑する様な声で近づいてくる人物が居た。
顔を上げると相手は嫌な表情でクエートを見ていた。
「あなたは…」
「クエート。お前を拘束する。来い」
そう言ってクエートは腕を引っ張られ、されるがままに連れて行かれた。
一瞬腕を掴んでいた人物はクエートが居た個所を見ると、眉間に皺を寄せ、軽蔑する様な表情になった。




