過去編2
(11.02.20~14.04.29)
書き直し:16.05.01
どこまで逃げたのだろう。
わからないぐらい走った。
今自分がどこに居るのかわからない。ここはどこなのだろう…
そう思い、下を向いていた顔を上げると、空にはいくつもの星が輝いていた。
「きれいだ…」
思わず感嘆の声を上げる。
ここまで星が綺麗な空を見たことが無く、しばらく空を見ていた。
そして少年は「よし」と小声で言い歩き始める。
その瞬間、ドォンと爆発音が響いた。
少年は驚き、顔を上げた。
すると目の前が炎に包まれていた。
「逃がす訳が、ないだろう」
唸るような低い声が後ろから聞こえてきた。
彼は再び驚きつつ後ろを振り返ると、先程の男が腹を押さえながら立っていた。
―何故
少年はわからなかった。
「お前のその石と同時に炎をぶつけて相殺させたんだよ。おかげで腹に怪我を負ったがな」
忌々しそうに相手は言う。
「そんな能力が無いのに、それを生み出すなんて、本当にお前は天才と言われただけあるな」
一歩ずつ近づいてくる相手のその姿が恐ろしくて、少年は後ずさりをする。
「来るな…」
「さぁ来い…悪い様にはしないと言っているだろう」
手を伸ばす。しかし相手の形相が恐ろしかった。
「嘘だ…来るな…」
相手は大きな舌打ちをして、ツオバーの炎を再び少年に向けて飛ばした。
彼は避けることも出来ず、そのまま気絶をしてしまった。
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―お久しぶりです。シュトラール様
その自分の言葉で昔のことを一瞬にして思い出す。
ウィアディリー家に居た、幼かったシュトラール。そして他の貴族達。
皇帝に近い貴族達。自分達はいつも裕福に暮らしていた、と屋敷から出て行ってから知ったことだ。
そして両親の表情。
自分の息子を化け物呼ばわりする母親。
それを一緒に慰める父親。
兄弟は自分には居なかった。
だからいつも自分は一人だった。
従者も居たが、自分の能力が明らかになると、両親は口止めの為に、クビにさせた。そして遠くに引っ越しさせた。
辞めていく従者は憐れんだ目で自分を見ていた。
それが耐えられなかった。あの日々が。
ヘルトの表情は暗くなった。
隣に居るクエート見ると、彼は理解出来ないような表情をして、呆然としていた。
それを見て「ごめんな」と謝る。
「なんで…謝るんだよ」
彼は表情を変えずに答える。
「今まで黙っていたことがあるんだ」
「黙っていたこと…?」
話しについて行けないのか、呆然としながらヘルトの言葉を繰り返す。
「俺は、メルシリア家のたった一人の息子だったんだ」
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「シュトラールはどこに行ったんだ?」
イラついた声で青年は従者に話しかける。相手は少し慌てた様子で「死体の片付けに行ったと思います」と弱々しく言った。
「また殺されたのか?」
「貴族が一人」
その答えに頭に手を当てて、ため息をつく。
「それでまだ帰ってきていないのか?」
「はい。いつもならばもう終わっている頃なのですが」
「わかった。私が探してくるよ」
「そんな!私が行って参ります」
「いやいいよ。ソーサリーで探せばすぐだから」
そう笑顔で言って部屋から出て行ってしまった。従者は少し困った表情で動けなかった。
廊下に出てすぐさまソーサリーの探知を使う。
まだ謁見の間に居るのか、と少し驚きながらも、他の人物の気配も感じ取る。
誰だろう?
長い間戻ってこなかったのは、話していたからと理解すると、珍しいなと思う。
シュトラールは自分と違って誰とも話そうとしない。それは当主としてどうなんだと、聞いたことがある。
その時彼は「どうと言われても」と戸惑った様に言っていた。つまりは無自覚でしていることなのだ。
そんな彼が長い時間人と話しているとは。
一体誰なんだろう?その期待を膨らませつつ、足を速める。
そして謁見の間のドアを開け様とドアノブに手をかけた瞬間に「一体なんなんだよ!」と叫び声が聞こえてきた。
おっとっと、と思いつつドアノブから手を離すと声が聞こえてくる。
「なんでお前が兵隊に入ってたりしたんだよ!」
シュトラールの声ではない、なら彼と一緒にいる内のどちらかの声だろう。入るべきかどうか迷いつつ、ドアに耳を当てる。
「貴族ってのは自分の屋敷でのうのうと暮らすだけの、俺達の気持ちなんて知らない奴等ばっかりなんだろ!」
「そんなことはないけど…」
その言葉を否定した人物もシュトラールの声ではなかった。
一体全体何が起こっているんだ?
「俺達を騙していたのか!ヘルト!」
その名前に心当たりがあり、我に返った。
そしていつの間にかドアを開けて、その場とは場違いの明るい声で言った。
「ヘルト!ヘルト・メルシリアか?」
部屋の中に居た三人の目線が一気に彼に向けられた。
その中でシュトラールだけが、冷たい目をしており、ヘルトは少し驚いた表情で、もう一人の青年はシュトラールと自分の顔を交互に見ていた。
そして彼は戸惑った様に言った。
「同じ…顔?」
「俺の双子の兄だ」
手を頭に当て、大きなため息をつく。
「双子…?」
クエートが呆然と見ていると「ああ」とまだ明るい声で続けた。
「私はロイヒテン・ウィアディリーと申します。あなたは?」
彼の仕草は無駄がなく、洗練された動きだった。クエートは目を逸らしながら「クエートです」と言っただけだった。
「その姿は兵士だね。それに殺された貴族と言うのは…」
顎に手を置きながら独り言を言うとシュトラールが「想像している通りだよ」と言った。
「やはり。あの人の下だと皆大変だったろ。よく生き残ってくれたな」
「そうだよ…」
ロイヒテンの言い草にクエートはポツリと言う。
「あんたら貴族が俺達に死ねと言う。なら俺達は死ぬしかないんだ。あんたらの命令でな」
クエートは彼に睨みつけるが、ロイヒテンは逆に微笑んでクエートに言う。
「私はそうとは思わないよ。まぁ貴族の中には考えも無しに兵を動かしていたら、そうなるよね」
少し雰囲気が変わり、クエートは背筋に悪寒を感じた。
「けれど君はその考えを持つのは仕方がない。しかしここに居るシュトラールはその考えではないことを言っておくよ」
「あなたは?」
疑う様な表情でクエートが聞くと、ロイヒテンはなお笑顔で言った。
「もちろん。考えの無い者こそ愚かでしかないよ」
「………」
「だから頭ごなしにヘルトを責めるのではなく、彼の話を聞いてみてもいいんじゃないかな?」
そう言ってロイヒテンはヘルトの肩を優しく叩いた。
居心地が悪そうな顔で彼の顔を見ていた。
「ごめん。ヘルト」
クエートは素直に謝る。ヘルトは大きく目を開いて、何も言えなかった。
「私にも聞かせて欲しいな。君がわざわざ貴族から出て行き、兵士になった理由をね」
「理由なんて…単純ですよ」
「単純?」
「ウィアディリー家でも噂になったのではないですか?俺のこの力を」
彼の表情はやけに固かった。それを黙ってロイヒテンは見ている。
「クエートは俺の能力がソーサリーだと言っていたな」
「あ、ああ」
そう言ってヘルトは、一瞬にして手に氷を作り、自分の指に少し傷をつける。そして瞬時にしてその傷を治してみせたのだ。
「俺は両方の能力を使うことが出来る化け物なんだ」
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ガッシャアンと大きな音が響いた。
その日は両親は屋敷におらず、ヘルトだけが屋敷に居た。もちろん他にも従者が居て、彼が一人っきりではなかったのだが。
「どうしたの?」
大きな音に驚き、幼い時のヘルトは様子を見に来た。
そこには従者と、床に散らばったガラスの破片があった。
従者は慌ててその破片を触ってしまった様で怪我をしていた。
「大丈夫?」
「ヘルト様!申し訳ありません!」
そう叫ぶ従者を無視して、彼女の手を取った。
そして何かを言う前に怪我を治してしまったのだ。
「黙っておくから早く片付けて」
そう言うと従者は笑顔になり、礼を言った。
その夜だった。
父親から呼び出され、部屋に行くと、そこには母親も居た。
こんなことは初めてだった。不審に思っていると、父親が口を開いた。
「今日、メイドが花瓶を割ったそうだね」
わざわざそのためだけに呼び出したのかと、心の中でため息をつきながら「はい」と答える。
「その時ソーサリーを使ったとか」
何故そんな質問をするのかわからず「はい」と先程と同じ様に答えると父親は立ち上がってヘルトに近づく。
「お前はツオバーしか使えなかっただろう?」
「この前自分がソーサリーを使えたことに気が付いたのです。だから彼女が怪我をしていたから治したまでです」
「馬鹿者!」
急に怒鳴られ、ヘルトは体を震わせた。
「お前は力があることを自慢したかったのか!」
「ち、ちが…」
「いいか!二度とそんな能力を使うな!メイド達にもだ!わかったか!」
「は、はい」
「用はそれだけだ!わかったなら出て行きなさい」
そう言われ、彼は黙ったまま部屋から出て行った。自分のしたことは何が悪かったのか理解できずに。
その時だった。母親の鳴き声が聞こえてきたのだ。
そしてドアから声が聞こえてくる。
「まさかあんな力を持つことになんて…」
「隠し通さなければならない。今日のメイドもどこかに飛ばさなければな…」
まさか、とヘルトは思った。
自分がしたことが彼女の仕事を奪ってしまうことだったなんて…
なんてことをしてしまったんだ、とヘルトは思った。
そしてその数日後、傷を治した従者はヘルトの前から居なくなっていた。
その日からだ。両親が自分を見る目が冷たかったのは。
ひそひそと彼等が話していたのは。
そんな毎日が苦痛で、耐えられなかった。
そしてヘルトは決心をした。
―出て行こう。
こんなつまらない屋敷に閉じ込められるなら。
自分の両親が自分を化け物扱いするのだ。
なら自分の居場所はここではない。
出て行ってしまおう。
そうしてヘルトは夜中に屋敷を出た。
見回りをしていた兵士の目を盗んで、必要な分の荷物を持って、出て行った。
これで誰も自分を蔑んだりしない!
なら、どちらかの能力を封印しなければならない。
もう使うものか。
ツオバーの方が使いやすかった。だからツオバーだけを使おうと思っていた。
ソーサリーなど、自分を守れる力さえないのだから、そう思っていた。
しかし傷つく人々を見て、彼はソーサリー者として生きることを心に誓う。
外を見て、彼は自分の甘さに気が付いた。
殆どの国民が貧困に悩んでいた。戦争を恨んでいた。
人々は傷ついていた。
こんなに残酷なものだったのか。外は
絶望した。目を瞑りたくなった。
自分は、自分が逃げては国民達に申し訳ない。
だから彼は兵士なった。
もちろん自分のことを知っている人物の所へ行き、兵士になれる様に頼んだのだ。
もちろん彼は全力で反対をした。何度屋敷に連絡をすると言われたか。
しかし自分はそれを止めた。その姿を見てか知らないが、彼は大きなため息をついた。
「わかりました」
「こんなに我儘を言ったのです。どうか俺を貴族だとは思わないで、一兵士として接して下さい」
小さなため息をついて少し笑う。
「難しいことを仰りますね」
「すみません」
「いいえ謝ることではありません」
それがこの前の戦いで亡くなった隊長だった。彼は苦笑いをして了承してくれたのだ。
兵士の中で自分が貴族と言うことは隊長しか知らなかった。
そして最初の任務でクエートと出会った。
彼は自分とは違った意味で可哀想だと憐れんでいた。
貧しいながらに母親と一緒に暮らしていた。しかし戦争が生み出した盗賊に襲われ、母親と永遠に引裂かれてしまったのだ。
彼は自分の母親について、何も話さなかった。ヘルト自身も聞くことがなかった。
他の兵士は自分の妻や、子供、そして両親の心配をしていた。
だからだろうか。
クエートには何もない。そう彼は思っていたのだろうか。だから彼はいつも自分を犠牲にしていたのか。
それに気がついて彼に言ったことがある。しかしクエートは嫌な表情をするだけで、行動を変えなかった。
彼が自分を守らないのであれば、自分が守ってあげなければ…そう思った。
そしてあの戦いの時、クエートだけ生きているのがわかった。
敵はクエートに近づいて行き、とどめを刺そうとしていた。だめだ。唯一生きていた仲間なんだ。
そう思って必死だった。自分に課した禁など、忘れていた。
助けた時、また一瞬だけ彼を憐れんでしまった。
きっと自分だけが助かったことに罪悪感しか彼の中には残らないだろう、と思ったからだ。
しかしクエートが自分の能力について聞かれた時は焦った。
どう答えていいのかわからなかったし、クエートも両親の様に冷たい目で自分を見てくるのだ、そう思った。
しかしヘルトにクエートは何も聞かなかったのだ。
しかしそれもこれまでだ。
ヘルトは、そう思った。
クエートは貴族も嫌っていた。当たり前だ。
「別にお前達を騙すつもりなんて毛頭なかった。俺は、メルシリアに居られなかった。だから出て行った。それだけのことだ」
しん、と辺りは静寂に包まれた。
部屋も謁見の間ではなく、ロイヒテンの部屋で話していた。シュトラールは特に興味が無かったのか、そっけなく死体を処理して行った。
「クエート君」
突然ロイヒテンが声をかけ、クエートの肩が震えた。
「な、なんですか…」
「今の話を聞いて、それでもヘルトを責めるかい?」
「………」
クエートもヘルトも何も答えなかった。
ここで騙していてごめん、と謝るのも違うし、俺を信じてくれ、と言うのも違った気がしたからだ。
「俺は…今までのヘルトを知っている」
ポツリとクエートは答える。
「俺は…貴族だったからと言って、ヘルトが騙すために兵士になっていたとは思えないし、そもそも貴族が戦いの中に身を投じるなんて考えられない」
ヘルトからずっと目を逸らし、そして一拍置いてこう言った。
「ごめん、ヘルト…」
「なんでお前が謝るんだよ」
苦笑いをしてヘルトは答える。
「いや…謝らないといけない気がして…」
俯く彼の頭を彼は優しく撫でた。
「和んでいる中、悲しい知らせがあってね」
低い声でロイヒテンは言う。
「メルシリア家は六年前に無くなってしまったんだ」
その言葉に二人は絶句するしかなかった。
その六年前とはちょうどヘルトが屋敷から出て行った年数と同じでもあった。
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シュトラールは一人で穴を掘っていた。
皇帝が殺害した貴族は、誰も悲しまなかった。貴族の親族と思われる人物に報告しても「ああ、そうか」と言うだけだった。
思われる、と言うのもこの死体は養子だったのだ。
貧困層から、貴族が養子にしていく。そして教育に耐えられる者だけが、生きていける世界だ。
その中でこの男は厳しい競争を生き抜いた人物だったのだろう。
自分が両親にされたことを、うっぷん晴らしの様に兵士にしていく。
「なんとも無駄な…」
そう言いながらも穴を掘る。
この作業は決して自分の従者達には決してさせていなかった。自分の叔父はさせていた様だが、シュトラールはそれを良しとはしなかった。
貴族らしくない。そう兄に言われることがある。
自分だって貴族らしい振る舞いはしていないのに、何を言うかと心の中で思うのだが。
こんなもんだろ、と掘った穴を見る。
そしてもう既に虫が集っている布に包んだ死体をその穴に入れた。
「せめて、安らかに眠れ」
本当の親も居ない、誰にも悲しんではくれない死体に向けて、土をかぶせた。
ちょうど土を全てかぶせ終わった時だった。彼の後ろに人が立っていた。
「何か用で?」
その人物は皇帝に仕える者とわかっていた。彼は「はい」と笑顔で答える。
しかしその笑顔を見て目が笑っていないな、と思った。
「謁見の間にお越しください」
「?」
皇帝が自分に何か用なのか疑問に思った。
「どの様な用件で?」
疑問に思いながら問いかけると、相手は表情を全く変えずに答える。
「皇帝が新たな兵器をお作りになったので、それを見て頂きたいとか。
そしてそれを戦争にて使って欲しいとのことです」
「はぁ」
曖昧な返事をしながらその男の後をついて行く。持っていた道具はその場所に置いていった。
「皇帝は、兵器を作っていたと?」
「はい。その様です」
男は振り向かずに返事をする。
不思議だった。皇帝自身がそんなことをしているなんて聞いたことが無い。
二人はそれっきり何も話さないで廊下を歩いていた。
「では、どうぞ」
ドアを開け、中に入ると、そこにはアーベント家の当主、デルカンド家の当主、そして自分達の父親であるウィアディリー家の当主が立って待っていた。
「ようやく来たか」
皇帝が椅子から立ち上がると、二人を迎えた。
そしてシュトラールを連れてきた男を連れて行く。
「さてここまで集めたんだ。これでしょうもなかったら笑い草だな」
その皇帝の言葉に男は肩を竦めた。
シュトラールは先程から話が見えなかった。
しかし、と彼はウィアディリー家の当主の隣に並びながら思う。
皇帝も人が変わったなと思った。
昔はまだここまで戦争ばかりしていなかったと思う。
しかし今は毎日の様に戦いは繰り広げられ、日に日に領土は広がって行った。
しかしもう領土を広げる所は無い。
この戦いすら無駄なのだ。
しかし皇帝は元から住んでいた民族を根こそぎ殺害して行った。
あえて紛争を起こし、たまに自分の手で民族を殺害していく。
それはまるで楽しそうな、子供の様に。
何が彼を変えてしまったのだろう。
ふと考えていると、先程の男がシュトラールを見て、笑った様な、気がした。口角が微かに上がった様な気がしたのだ。
そう言えば、と思う。
彼は何度か見かけたことがある。皇帝の側近の為、皇帝が自分達を呼び出す時に、今の様に皇帝の前まで連れてくる。
シュトラールが幼い時には彼は居なかった。そうウィーアリーの当主になった数年前から彼を見かける様に、なったのだ。
その時気が付いた。
そこからだ。
戦争が広がっていったのは。
何故だ。それを考えると鼓動が早くなった。
しかしその考えは切り捨てる。
いやなんの繋がりなど無いはずだ。それはただの自分の妄想だ。
「ここに集まってもらったのは、新しい兵器をここであなた方に見せたいからだ。
まかせだぞ。ブルート」
「はい。皇帝陛下」
そう言って一瞬眩い光が放って、謁見の間に居た彼等は目を瞑った。
そしてその瞬間、悲鳴の様な音が響いた気がした。
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メルシリアの長男が屋敷から出て行ったらしい。
一気にその噂は広がった。
当主は苛立ちながらも廊下を早足で歩く。
一体どこに消えたと言うのだ。
「くそっこれだから」
面倒なことは起こして欲しくは無かった。自分の名誉に関わるからだ。
一体何が気に食わなかったのかわからなかった。あいつの能力に気が付いた従者は全て消した。
殺した、と言う訳ではない。そこまで非情にはなっていない。
あいつの地位が脅かされるものは全て排除して行った。これはあいつの為、メルシリアの為…
「くそっ」
つい声が漏れてしまう。
近くで聞いていた従者の肩が微かに震える。
「当主!」
違う従者が叫びながら近づいてくると膝を床につけた。
「何事だ?」
冷静にと努めたが、結局は冷静ではない低い小さな声になってしまっていた。しかしそのことに彼は気づいてはいない。
「奥様が…!」
「彼女がどうかしたというのか?」
従者がそこまで慌てている意味がわからなかった。
「お倒れに…!」
「何?」
当主の眉間に更に深い皺が刻まれる。
「何故?」
「今お医者様を呼んでおりますので…」
「ちっ」
思わず舌打ちをしてしまった。
前々から気が弱いとは思っていた。ヘルトの能力がわかった途端に顔を青白くしていた。
そこから姿が見えないと思っていたが
「面倒なことを起こしよって」
貴族の中でメルシリアの名前は地位が高かった。
誰しもがこの名前を知っていたぐらいだった。
その中で結婚相手は親が慎重に決めていた。
そして決まったのが彼女だった。
彼は特に彼女に対して好意を持っていたのか、それさえも忘れてしまった。
彼女の方は頬を染めて自分の隣に居たイメージだった。
そのか弱さが時に愛おしく、そして憎らしかった。
憎らしいと感じたのはいつからだろう。
いいや最初からだった。
彼女はあまりにもプレッシャーに弱かった。弱かったため、自分がため息をついたのか覚えていない。
今回にしてもそうだ。
自分の息子が一般人と違う能力を持っていただけで、顔は青白くなり、そして発狂した。
発狂した、と言う表現はやや言い過ぎかもしれないが、発狂していた様にしか見えなかった。
うろたえ、何度も自分の裾を引っ張り「どうしよう、どうしよう」と言うばかり。
どうしようと言って解決する問題ではない。能力を知ってしまった従者を辞めさせればいい。
そう提案しても彼女は青白くし「それはかわいそうなのでは」と哀れ始めた。
矛盾するにも程がある。
ならどうやってヘルトを守るのだ。メルシリアを守るのだ。
お前にその答えがあるのなら聞こう。
「答えも持っていないくせに俺に口答えするな」
その自分の声に我に返った。
自分の妻が寝ている寝室で、一人椅子に医者が来るのを待っていた。
周りを見ると誰も居ない。聞かれずに済んでよかったと、少し安堵する。
疲れているのか、と自分で思う。
ヘルトが居なくなる前からずっと働き詰めだった。皇帝が戦争を始め、自分もたまにだが戦場に赴くこともあった。
でも自分が行く戦地はそこまで危険な場所ではなく、圧勝出来る所だったのだが。
しかし自分の兵も戦場に出すとなると、指示を出さなくてはならなくなる。
その為、寝る暇も無く働き詰めなのだ。
ろくに寝ていない。目がしょぼしょぼしてしまう。
そんな時部屋のドアが叩かれる音がした。返事をすると、ドアが開かれる。
いつも来ている医者だ。彼は部屋に入るなり、少し笑った様な、気がした。
気がしたのは、彼の笑いは微かに口角を上げるのだ。
だから本当に笑っているのか、いないのか判断が少し難しい。
「奥様が倒れられたとか」
「ああ、面倒をかけて申し訳ない」
「いいえ、失礼します」
そう言うと医者は部屋に入ってきて、診察を始めた。
彼の手が止まった所で「どうですか?」と聞いてみると、男はうーんと唸る。
「特に体の異常などは見受けられません。何か強いストレスでもあったのでは?」
男の質問に当主は黙るしかなかった。
その当主の様子を見て「まぁいいでしょう」と言って立ち上がった。
「しばらく安静にしていればいいでしょう」
そう言うと男はまじまじと当主の顔を覗き込む。
「何か?」
「いいえ、あなた様もだいぶんお疲れの様だ」
そう言われぐっと黙り込むしかなかった。
「最近は戦争が勃発していますから、仕方のないことかもしれませんね」
話しながらドアノブに手をかけて「私も寝不足で」と言って出て行ってしまった。
彼が居なくなった部屋はやけに静かに感じた。
そしてまたドアが叩かれる、当主は返事をすると次は従者が入ってきた。
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「メルシリアの当主が亡くなっているのがわかったのは、その数日後だ。
医者が診断した、その日から数日経っていた」
「そこまで当主が出て来なかったら従者達が不審に思うんじゃないですか?」
クエートが不審に思いながらも問うとロイヒテンは眉間に皺を寄せたまま続ける。
「メイド達も、殺されていたんだ」
その言葉で二人は言葉を失った。
「当主、そして奥様、あと五人の従者、皆が殺されて数日後に発見された。
……それでメルシリアは亡くなってしまった」
「そんな、どうして…」
「気が付いたのは私の父、ウィアディリー家の当主だ。
その時私も同行していたからこの目で見てきた」
「何故あなたもそこへ?」
ヘルトが質問をするとロイヒテンは少し微笑む。
「君が居なくなったと言う報告を受けたからね。だから真意を聞くためにメルシリアに行ったんだ」
「そうか…」
ヘルトは目を伏せる。
「彼等は燃やされていたんだ。あの焦げた臭い、そしてあの姿が頭から離れないよ」
「皆、燃やされていたのですか?」
「うん。奥様以外は皆燃やされていた」
「ちょっと待って下さい」
ヘルトが声をかけると二人は同時に彼の方へと目線を向けた。
「先程従者が何人と?」
「?
五人だったよ」
「その中に背の低い俺ぐらいの歳の男は?」
顎に手を当てながら考える。
「いや…居なかったはずだよ。もしかして…?」
「顔は覚えていないけど、六人だった。それは覚えている」
何故なら自分の能力を知られて辞めさせられた従者を数えていたからだ。
ロイヒテンは「わかった、探してみるよ」と言って強く頷いた。
そして一拍置いて聞く。
「貴族に戻って来る気はないかな?」
「え…」
「能力が私達と違っていようとも君は昔のままだ。それに君のその左手にはメルシリアの紋章が刻まれているのだろう?」
彼は自分の左手を見た。
そしてクエートは心の中でそうだったのか、と思う。
ヘルトはずっと左手に手袋をしていた。
一回何故ずっとしているのかと聞いたことがある。
その時彼は「火傷をして見せられないんだ」と悲しそうに言っていたのを覚えている。
そして手袋をゆっくりと取った。
そこにはくっきりと紋章が刻まれていた。それを見てロイヒテンは満足そうに頷く。
「それがあれば君がメルシリアの一員だってことが証明されるよ。これを見たら皇帝だって認めざるを得ないよ」
「……」
ヘルトの目線が一瞬クエートに移る。
「なれよ」
ポツリとクエートは答えた。「え?」と聞き返すと彼は苦笑いをしながら言う。
「何で驚くんだよ。なったらいいじゃないか」
「な、なにやけになっているんだよ…」
「なってないよ。ただ…」
「ただ?」
「ヘルトとロイヒテンさんみたいな人が貴族だと、多分俺達は助かるんだよ」
「言ってる意味がわからないんだけど」
「俺にわざわざ許可を取らなくてもいいだろ!」
強く叩かれ、ヘルトは苦笑いをした。
「ありがとう。クエート」
「ところで」
ロイヒテンが口を開く。
「私のことはロイヒテンでいいよ」
その言葉にクエートはぎょっとしてどもる。
「え、いや…でも…」
「人が居たら少しまずいかもしれないけど、私もそっちの方が気が楽だし」
笑顔で言う彼にクエートは少し戸惑っていた。
その時
大きな爆発音がして、三人は一瞬動けなかった。




