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過去編4

(11.02.20~14.04.29)

書き直し:16.06.11

「クエートが拘束されたって?」

ロイヒテンは驚いた様に振り向くとヘルトは暗い表情で頷いた。

「またなんで?」

「この前の命令を無視したからだそうだ」

「命令って…」

確かにクエートは異端者殲滅作戦を皇帝が発表してからずっと作戦に参加してきていた、とロイヒテンは思っていた。

しかし何度も作戦に参加していく内に彼の表情が暗くなっていったのが見るからにわかっていた。

会うたびに「大丈夫か?休まないか?」と聞いていた。もちろんヘルトもそう言っていた。

しかし彼は全くそれを聞かなかった。

『皇帝の命令は聞かないとメルシリアの名前に傷がいくだろう?』

そう彼は言っていた。

ヘルトはそんなの気にしなくて良いと言ったのに、と歯ぎしりをする。その時頭が一瞬痛んだ。

「何度命令をしてもクエートは動かなかったそうだ。だから拘束だって」

「そんな…馬鹿な…」

ロイヒテンは身をひるがえし、早足で廊下を歩いた。

慌ててヘルトは彼を追いかける。

「何をするつもりなんだ?」

「皇帝に直訴する」

「待て!ロイヒテン!そんなことをしたら君が危ない!」

それはヘルトも考えた。

「だからと言って、それだけで拘束するのか?おかしいだろ」

それも考えた。

ヘルトはロイヒテンの肩を強く掴んだ。

「おかしいのは俺だってわかっている。けれど今の皇帝になってからこんなことは茶飯事だ。今ここで自分達が捕まる様なことがあったら、それこそ何も出来なくなる」

新たな皇帝になって数年が経った。しかしこの国は豊かにはなっていない。

むしろ戦争をしていた時の方がまだましだったと感じるぐらいだった。まだ自分が兵士だった時の方がよかったと、そう錯覚してしまうぐらい。

皇帝はひたすら異端者がこの国の病原だと言い続けている。それを撤回するつもりもないらしい。

それを反対する者が居れば、その者を殺害していった。皇帝自らの手で。

反対を述べれば首が飛ぶ。そしてその首は見せしめとしてさらされるのだ。

だから今皇帝に直訴してもただ、自分達は殺されてしまうだけだ。

「…彼が拘束されてから何日経つんだ?」

「もう…十日経つ」

「すまない…私が居ながら…」

俯いたロイヒテンを見て、ヘルトは肩から手をゆっくりと離した。

思えば彼も相当疲れていた。

異端者を排除する皇帝の命令から、一般業務から、そして何よりも異端者と言われた従者を辞めさせていった。その為、雑務も自らやる様になり、彼の負担は一気に増えた。

おそらく今まで尽くしてきてくれた彼らを殺してしまうのは到底出来なかったのだろう。それを隠すのでも彼の負担に違いない。

殆ど寝ていないのか、目の下にうっすらとクマも出来ていた。

「ロイヒテン」

静かに問いかけると、彼は顔を上げて少し微笑むと「ん?」と聞き返す。

その表情は前と一緒で、彼は変わっていないのだなと少しほっとする。

「最近また寝れていないんじゃないのか?」

真っ直ぐ彼の目を見つめて言うと、彼はすっと視線を外した。そして作り笑いをする。

「最近少し忙しくてね。何年経っても父上を越えられないな」

直感でそれは嘘だとわかった。


ここ数年誰しもが疲れていた。

一般市民も、貴族も、そして六大貴族と言われる彼等も。

毎日隣の人を疑う様な目で見て生活をしなければならない。逆に言うと、その目を自分も向けられているのだ。もしおかしな行動を取ってしまえば自分が殺されてしまう側だ。

それだけは避けたい。

信じられるのは自分と、その家族だけ。

この国はもうだめだ。そう思って出て行く者も少なくはないと言う。

ただ彼等がその後どうなったのかは、誰にも知らないことだが。

誰しもが思った。

平和に暮らしたい。命を危険に晒したくない。自分の子供を安全な暮らしをさせたい、と。

隣の国は平和で豊からしい。その噂も広がった時もあった。

実際には自分達の国がほぼ滅ぼさせてしまったのだが。

しかし出て行かない彼等は多少なりともこう思っていた。


自分の生まれた国だから、やはりこの強い国が好きだから、ここに居るんだ、と。


-------------------------------------


シュネーは廊下を早足で歩いていた。

自分の雑務をこなすためだった。もう彼女の周りには従者すら居ない。

その状況を他のアーベント家は冷たい目で見ていた。

『一体何を考えているんだ』

『従者を全て居なくさせるなど』

『どれだけ自分の力に自信がおありか』

『自意識過剰にも程があるぞ』

しかし彼女はその言葉に耳を貸さなかった。どうせ力の持っていない者達の戯言だと、彼女は一掃した。

自分達が力を持っていないから、同情をする。自分達の傷を舐め合っているだけでは何も発展はしない。

異端者など、居るだけで害だ。我等の能力さえも使えなくしてしまうなど、万死に値する。

何故それがわからないのだ。あのウィアディリー家も落ちたものだな。何度も皇帝に直訴してよく首が飛ばない。

それも皇帝のご慈悲か…

そう考えていると前からメルシリアの当主が歩いてきたのが見えた。

そして思い出す。異端者殲滅を一緒にした時のことを。

あの後から何度かクエートとは一緒に殲滅作戦に出たことがあった。

その時は酷く不愉快だったが、これも仕事だと思い、我慢した。

そのクエートが拘束されたのだ。

「メルシリア家、ご機嫌麗しゅう」

シュネーが話しかけるとヘルトは一瞥し、彼女と同じ様に会釈をした。

そしてそのままその場から去ろうとして、シュネーが呼び止めた。

「あなたの従者、クエートと言いましたか」

「はぁ」

ヘルトはあからさまに不愉快と言った表情でシュネーを見る。

「作戦無視をしたそうで」

「私にはそうとは思えませんが」

「しかし拘束されたのでしょう」

そう作戦無視をした相手は、ヘルトの目の前に居るシュネーだったのだ。なおそれが相手からの皮肉だとヘルトは思った。

「そう言えばあなたの命令を無視したと言うことでした。部下が無礼なことをした」

再びヘルトは頭を下げる。

「しかしソーサリー者は力も無ければ、精神力も鍛えていないと見えた。

この国の為に尽くすのが我々の為なのに、それが出来ないだなんてなんとも嘆かわしい」

その言い様にヘルトは歯を噛み締めた。ギリィと音が鳴る。

「メルシリアがようやく復活したと言うのに、彼はその協力すらしないとは」

彼女から醸し出される雰囲気、声質、表情。全てが彼を馬鹿に、貶めるためだけに出されたものだった。

ヘルトは彼女の表情は見ていないものの、雰囲気と、声質だけでそれをひしひしと感じることが出来た。

「ツオバーだけがこの国を強くしてくれる。異端者など死んでも当然、ソーサリーなど生きているのは無意味。そうは思わないか?メルシリアよ」

だから彼女の声が、気持ち悪かった。言葉は耳に入らなかった。ただ彼女の声を聞くだけで吐き気がした。

「しかしあなたはツオバーもソーサリーも持ち合わせている優秀な存在。

あなたのご活躍、これからも応援しております」

耐えられなかった。

彼女の声が。

感情が

抑えられなかった。

ドォンと大きな音がした。一瞬そこの建物が揺れた。兵士達の動揺した声が聞こえてくる。

そして目の前に居る彼女は何も言うことが出来なかった。

目の前が突然爆発したのだ。そして目の前はメラメラと燃え上がるヘルトの姿が。

彼は真っ直ぐ彼女を睨んでいた。

その睨んでいた彼の口角が酷く、醜く、歪んだ。

「お話はそれだけか」

彼女はその質問に返事も出来ず、呆然と目の前の彼を見ていた。

「あなたもアーベント家から追い出されない様、心した方がいい」

そう言って彼は炎も消さないまま、その場から去って行った。

そしてシュネーは恐怖のあまり、その場に座り込んでしまった。


感情が抑えられない。

どうすれば冷静になれるのかわからない。

何故ここまで自分は怒っている?

アーベント家のあの言い方はいつもじゃないか。

頭が痛い。

張り裂けそうだ。

いや押し潰されそうだ。

頭がいたい。

どうすればいいのだろう。

「ヘルト!」

突然自分を呼ぶ声が聞こえてきて、肩を掴まれた。

そしてその手が無理矢理ヘルトの体を後ろへ向かせた。そこに居たのはロイヒテンだった。

しかし彼の表情は痛みをこらえている様子で何故だろうと考えた瞬間、原因がわかった。

自分の周りに炎が燃えていたからだ。それに構わず彼は自分の肩を掴んでいたのだ。

後ろにはいつもと変わりない表情で、シュトラールがロイヒテンの肩を掴んでいたのだ。

「す、すまない」

そう言ってヘルトは自分の周りにあった炎を消した。

「兄上、無茶しないで下さい」

呆れた声でシュトラールが言うと、彼は少し苦笑いをして「いやだって」と言う。

「何度呼んでも気づいてくれなかったから」

「え…」

ロイヒテンは自分にソーサリーをかけつつ、続ける。

「そんな思いつめないで」

「クエートのことは俺達が何とかしてみるから」

「その為に私達が居るのだから」

「すまない…」

そう俯いた時、激しい頭痛が起こる。

「シュトラールももっと日常業務に戻ってくれたらね、私にも余裕が出来るのだけども」

「兄上」

ロイヒテンが冗談を言っているのを遮って、深刻な面持ちでシュトラールが声をかける。

「ヘルト?大丈夫か?」

そう言って駆け寄るが、ヘルトはそれに対して何も言うことが出来ず、唸るだけだった。

「頭が痛いのか?医務室まで歩けるか?」

その問いかけにも答えることが出来ずにうずくまる。

「とりあえず俺が運びます」

「安心しろ。すぐに運んでやるからな」

その声も、医務室まで運んでもらっている間も、ロイヒテンが何か言っていたが、彼の耳に入ることはなかった。


------------------------------------


「ここ、は?」

「医務室ですよ」

声が下方向へ目を向けてみると、そこには一人の男が椅子に座って本を読んでいた。

「あなたは…」

確か、アルヴィナル家の…

「ブルート・アルヴィナル、ですよ。お久しぶりですねヘルト様」

ヘルトが疑問に思いながら起き上がると、頭痛がまた起こる。

「あなたのその頭痛は、どうやら両方の能力が使えるせいだと思います」

「どうして?」

それだけのことが何故ここまで頭痛を起こしているのか?

「ツオバー、ソーサリーが使える者はどちらかの脳が小さくなっています。ほんの僅かだけど。

けれどあなたはここずっと両方の能力を使い続けてきた。だから他人よりも多くの能力を使うことが出来る。

それがその頭痛の原因かと。それに」

「それに?」


「その能力を使い続けていれば、近々あなたは死ぬことになる」


「しぬ…」

「メルシリア家の前当主はその能力を嫌っていましたね」

「何故、それを?」

「まだ思い出せませんか?」

そう言って男は本を机の上に置き、ヘルトの正面に立った。ヘルトの頭の中で何かが引っ掛かったが、頭痛のせいでなにも思い出せない。

「まぁあの頃は私も幼かったし仕方がないでしょう。昔メルシリアに仕えていました、ブルートと申します」

そう言って彼は会釈をした。それで思い出した。彼は居なくなった従者の一人だった。

「何故、アルヴィナルに…」

そう彼は貴族になっていたのだ。ヘルトがメルシリアに戻ってきたのと同時に。

「当主達が亡くなられた原因はお分かりですか?」

「いいや、俺も貴族に戻ってから聞かされて理由ははっきりとわかっていない」

「あれは、あの医者のせいだったのです」

「両親を診た医者が?」

「彼が、そうさせたのです」

「え?」

「そして、それを命じたのは、前皇帝」

「何故…」

「今の皇帝を見ていたらお分かりでしょう。皇帝はこの国を、全てを潰そうとしているのです」

「何故?」

「それが、皇帝と言う者の使命だからです。

そしてあなたの従者、居ましたよね?」

「クエートか?」

深く頷く。

「彼も酷い目に合っています。暗闇の部屋に閉じ込められ、何度も発狂して、そして罵られ、彼の精神はもう限界だ」

「なんだって…」

そこでようやくヘルトの目に光がさす。その光は酷い憎しみを持っていた。

「皇帝は悪魔です。神などではない。我々を殺す為だけの悪魔だ。

あなたもそしてクエートも酷い仕打ちを受けて、結局殺されてしまう。

皇帝の周りにはもう、誰も居なくなりました。皇帝一人だけです」

ブルートはヘルトに近づいて囁く。

「そう悪魔はもう一人。殺すことなど容易い」

アルヴィナル家の当主は、少し笑った様な気がした。


-------------------------------------


「何?それは本当なのか?」

皇帝は思わず驚いた声を出した。その声は少し擦れていて、小さく咳払いをする。

「はい。どうやら本当の様です」

唯一残った従者が顔を上げられずにずっと下を向いたまま、少し怯えてる様な声で言う。

「まさか、あいつがこの私を裏切るだなんて」

皇帝は強くした唇を噛むと、少し血が流れた。

今この国は安定していない。

それは異端者のせいだ。異端者が早く居なくならないからこんな混乱が長く続くのだ。

その中でこの貴族の中に異端者が紛れ込んだらしい。

しかも紛れ込ませたのは自分が良く知っている人物。

それがなお許せなかった。

自分に忠誠を誓ったのではなかったのか。

私はあいつにないがしろにされたと言うのか。

「私は神に近い存在だ」

そんなことが許されてたまるか。

今度こそ

「死刑だ」

その独り言を従者は頭を上げずにじっと床を見たまま動かなかった。

外から叫び声が聞こえてくる。

いつも、いつもだ。

市民達が騒いでいるのだ。この状況がもう我慢出来ないと叫んでいる。

それこそ初めはそう言った市民達を殺してきた。見せしめとして。

しかし兵士達がそれを拒否してきた。

そしてその兵士達も殺してきた。

見せしめとして。

だからもう皇帝の周りには兵士が居ない。殺された者はもちろん逃げ出す兵士も少なくなかった。

この謁見の間は酷く寂しいものになった。

先代から仕えてきた。様々なことをしてきた。

力ある者を連れて来たり、頭がキレる者を連れて来たり。一番の功績は、今は貴族となったあいつを連れてきたことだ。

おかげであれは貴族まで上り詰めた。

しかし自分は、と彼は思う。

医者から皇帝の側近として、栄転したと思っていた。


それがこの結果だ。


本当に自分が生きてきた道は正しかったのか、それとも間違いだらけだったのか。

そして自分の腹を見た。必死に逃げるあいつに焼かれた腹は未だに黒く残っている。

それは決して薄くなることなく、ずっと自分の腹に残ったままだった。

もしかしたら、と彼は思う。

これはあいつの呪いなのかもしれない。

お前がやったことを忘れるな。俺は決して忘れない。

「ご苦労だった。下がってよいぞ」

「はい」

そう言ってようやく立ち上がって、そのまま謁見の間から姿を消した。

歩きながら思い出していた。自分の今までの人生を。家族を。そして攫ってきた子供達の顔を。

これで終わりだ。

彼はそう思った。


-------------------------------------


目の前がはっきりとしない。本当に俺はあそこから出て来られたのだろうか?

誰かが自分を見張っているのではないのか。ふとそんな不安がよぎり、後ろを振り返るが、誰も居なかった。

少しほっとして歩き始めようと足を一歩出したが、また不安がよぎる。

見られているのではないか?

また振り返る。それを何度か繰り返した。一人で、繰り返した。

その時ふと声が聞こえてくる。

『お前は本当に役立たずだな』

そう怒鳴られる。

『お前は価値の無い人間だ』

怒鳴られて、怒鳴られて、謝ってもそれは終わらなかった。

どうすればこれが終わるのだろうか、やめてくれ、と言っても相手はやめなかった。

『だからお前は生きている価値もないのだ』

耳を塞いでもそれは聞こえてくる。それと同時にまた違う声が聞こえてきた。

『お前は私にとって必要な人間だ。だから私の夢を手伝ってはくれないか?』

それは皇帝だった。

手を伸ばされ、無意識にそれを掴んでいた。

そうだ。

皇帝は俺を認めてくれる。

「俺が…」

低い、小さな声で言う。

「俺が異端者を殺さないと…」

その表情が歪んでいたのを彼は気が付いていなかった。

「お久しぶりです。クエート様」

その声に肩を大きく震わせた。

顔を上げて、相手を認識してしまうのが、恐ろしかった。だから俯いたまま何も言うことが出来ない。

「………」

しかし彼女はそれに気が付いているのかいないのか、少し気まずそうに彼女は話し始める。

「シュトラール様がお気を使っていただいて、御屋敷を歩いて良いと仰っていたので…」

そう言えば、と彼は思う。

そう言えば、俺は彼女を殺さなければいけないんだ。

出会った時のことを思い出しながら、そう思っていた。


------------------------------------


「シュトラール様!」

クエートは驚いた声を出していた。目の前に拘束されていたはずの彼が前から歩いてきていたからだ。

「よ、よかった…!」

少し涙を浮かべながらクエートは言うと彼は少し疑う様な目つきでクエートを見る。

「まさか俺の心配を?」

「まさかも何も、ロイヒテンがあんだけ心配していたんだ。よかったよ。これでロイヒテンも安心します」

少し居心地悪そうな顔をしながら、シュトラールは彼を睨んでいた。

「人が良すぎる」

「え?」

何を言われたのかわからず、キョトンとしている横目でシュトラールは続ける。

「お前は人が良すぎる。と言うかすぐに信じすぎる」

指摘され、少し照れながら頬をかく。

「よく言われます」

「…これからは注意するんだな。お前みたいな奴が一番に死んでいくんだ」

「それもよく言われた」

苦笑いをしながら言うクエートを見て、ため息をついた。

「でもシュトラール様はお優しいんだな」

「は?」

まさかの発言にすっとんきょんな声を出してしまう。

「そんなはっきりと言ってくれるなんて、普通はしないでしょう?」

それを聞いて再び大きなため息をつく。

「一つ言っておく」

「なんでしょう?」

「様をつけるのと、その中途半端な敬語はやめて欲しい」

それを聞いて更に笑顔になった彼を見て、理解できない様な表情で彼を見る。

「ロイヒテンと一緒だ」

「兄上と?」

「彼にも同じことを言われたよ。ヘルトと言い、おかしな貴族ばっかりだな」

「勝手にしろ」

そう言ってその場から早足で去ろうとした時にクエートに呼び止められる。

「屋敷には戻らないのか?」

「皇帝から任務を言われている。

いくら無罪で出てきたからと言って、すぐには戻れないさ」

「どんな任務だ?」

「他国の人がこっちに入ってきているらしい。だからそれの殲滅」

「そうだったのか…俺も行くよ」

「は?」

「秘密裏に行うんだろ?だったら兵士は連れていけないし、けど俺以外に腕に信頼を置ける人が居るなら俺はいらないだろうけど」

「いや…」

そこまでは考えていなかった。敵の数は一人で十分だと思っていたからだ。元から一人で行こうと思っていた。

「ソーサリーも居た方がいいと思うけど?」

「それも…そうだな。今日中に済ませろとの命令だ。今から出発だが、いいんだな?」

「もちろん」

そう笑顔で言ったのだが、現地に着いた時、彼等は絶句するしかなかった。

「本当に…ここで人が暮らしているのか?」

思わずそう言ってしまうぐらいそこは荒れていた。

「確かに人間の気配はある…」

「そうか」

何も言わずシュトラールが進んでいくと、クエートは止める。

「けど…死にそうだ…」

「死にそう?」

疑問に思い、振り返るとクエートは顔を真っ青にして頷く。

「放置していても、いずれは…いや近い内には…」

「そこまでわかるのか?」

彼の質問にクエートは少し戸惑いながらも肯定する。

「ここには何人居るんだ?」

「一…いや二人…一人はこっちに向かってきている。まだその人が一番元気な人だよ

そして全員があそこに集まって…寝ている」

クエートは指を向けるとそこはやけに古い建物だった。今にでも崩れてしまいそうな。

「……」

酷く空気が悪い。

頭がくらりとしてくる。

「とりあえず、あの屋敷の中を確認しよう。状況を見て…判断する」

重い足取りで屋敷に近づき、ドアを開けた。

『!』

二人は再び絶句するしかなかった。

そこには二人どころか、大勢の人間が床に倒れていた。暗闇ではっきりとした人数はわからなかった。しかし外からの光で、多くの人間が倒れているのはわかった。

「おい…二人だったんじゃないのか?」

動揺しながら、クエートに聞くと、彼は力無く首を横に振る。

「違う…」

「何が」

少し苛立った様子で聞き返すと、彼はこう言った。

「皆…死んでいる…」

「な、に…」

確かに異臭がした。先程四人生きているとクエートが言っていたが、この中に住んでいると言う。

「だれ…だ?」

突然中から声が聞こえ、二人は肩を震わした。

その声はやけに擦れていて、息を荒くしながら喋っていたのもあり、聞き辛かったが、確かに自分達の正体を問う質問だった。

「シュヴァルツ…じゃないだろ?」

シュヴァルツ?誰のことだ?と互いの顔を見合わせて、黙っているとその声は続ける。

「もしかして…国の人か?」

その質問にようやくシュトラールが口を開いた。

「そうだ」

「おれた…ちをたすけに?」

「………それは」

その質問に二人は口を閉ざしてしまった。

まさかこんな弱っている人間を全員殺しに来た、なんて言えなかった。

その空気を読み取ったのか、男はこう言った。

「ころしに、きたのか…」

二人はその答えに口を強く閉じる。

「こうてい…はおれた、ちが、じゃまみたいだな…」

「それは…あなた方が他国の人だから…」

クエートが小さく言うと、男の呼吸が一瞬止まった。

その異様な空気に敏感になり、二人は構える。すると突然男は声を出して笑い始めた。

その笑い声は続いた。そして途中で咳き込んで、何かを吐き出した様な音がした。

「そうか…おれたち、はもう…このくにの、にんげんではないのか…」

「?どういうことだ?」

シュトラールが身を乗り出す様に聞くと男は答える。

「おれたちは、じっけんたいだ…」

「実験体?」

「なんかい、もなんかいも、からだを、きられ、てそして…ここに、すてられた…」

「クエート。話をよく聞くぞ。ソーサリーを…」

シュトラールは彼の顔を見たが、彼の焦点が合っていなかった。「クエート!」と叫ぶと彼は肩を震わし、シュトラールは炎のツオバーを使い、部屋を灯した。

床に倒れている人間を踏まない様に男が居る所まで進む。

「今は喋るな。ソーサリーで怪我を治すから…」

クエートは震え手で男を触り、ソーサリーをかける。

ぬめっとしている感触しかなかった。

「な、なんで…」

「どうした?」

「ソーサリーが…使えない…」

「は?」

「やはり…」

男が再び口を開いた。

「何か知っているのか?」

「言っただろ…じっけんたい、だと…」

男の目線がふとシュトラールの剣に映ると、彼の目が大きく開かれた。

「おまえ…ウィーアリー…の…」

「そうだ…俺はシュトラール・ウィーアリー」

「そう…か…」

男は目を細めた。

「ひとつ…ねがいがある…」

「お前達を殺しに来た俺に言うのか?」

その言葉に男は力無く笑った。

「ころさなかった、じゃないか…

シュヴァルツだけ…みのがしてくれ…」

「さっき言っていた名の人か?」

「そう…だ。でき、れば…あなたの…ところ、でかくまって…ほしい…」

「かくまう?」

「かのじょ…は、おれたち、とは…いや…いまの、おれだったら…いっしょだな…

おまえ…たちとは…ちがう…ちかいうちに……かのじょは…いのちの、きけんが、くる…」

「何故?」

「かん…だよ…だから、かのじょ…を…」

「誰!」

後ろから叫び声が聞こえてきて、二人は振り返ると、そこに人が立っていた。

逆光で顔までは見えないが、声からして女性の様だった。

「おじさんから離れて!」

そう言って勢いよく部屋の中に入ろうとして、彼女はこけた。

「お、落ち着いてくれ…」

クエートが少し困った様に彼女に言うと、彼女はすぐに起き上がり、自分達の所まで駆けつけた。

「どいて!」

二人は彼女の手によって、押しのけられる。そして彼女は気が付いた。

「おじさん!」

もう彼が死んでしまうことを。

「シュヴァルツ…」

そして彼は最期に微笑んでこう言った。

「おかえり」


「お墓…ありがとう…」

彼女はようやく落ち着いたのか、目を腫らしながら彼等の所に来た。

クエートとシュトラールは屋敷に居た人間の墓を何時間もかけて掘った。

そしてようやく最後の一人の墓が出来た。

「作ろうとは、思ってたけど…皆が一気に死んでしまって…」

「………」

彼女には色々と聞きたかったのだが、突然多くの質問をしても酷だろう。二人は口を開けずにいた。

「おじさんが最後の一人だった…私は…わたしは…これからどうすれば…」

彼女の目から再び涙が流れてくる。

「彼が最期に言っていた。俺の所に来ないか?」

「え?」

「俺はシュトラール・ウィーアリー。貴族だ。貴族の中に入るのは、今までやって来なかった礼儀作法を厳しく教えることになる、がそれでもお前が良ければ」

「そんな…」

「答えはイエスかノーだ」

「は、はい…!」

その時クエートは後ろで思っていた。

本当にこれが正しいのか、そして国はここで何をしていたのか、何故皇帝はシュトラールに異国の者として殲滅を命じたのか。

そして彼は気が付いていた。

最期の彼の言葉に。

『彼女はお前達とは違う。

近い内に彼女は命の危険が来る』

彼女はツオバーもそしてソーサリーすら使えない。

皇帝が後に異端者殲滅を命じた時、シュトラールに伝えた。彼はもちろん少し驚いた様子だったが「わかった」と一言だけ言った。


そのことを今、思い出していた。


シュヴァルツは異端者だ。

殺さなければ。


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