過去編5
(11.02.20~14.04.29)
書き直し:16.06.18
剣を思いっきり鞘から抜いた。その時ギャンと言う音が鳴り、彼女に剣を向ける。肩で息をしながら、クエートは彼女に剣を向けた。
しかし彼女は動揺すらしていなかった。
「シュトラール様から話はお伺いしました。私は異端者だと」
あの時とは全く違い、落ち着いた澄んだ声だった。
あれ以降彼女は必死に礼儀作法を学んでいた。
「私はここに居ることすら、異端であり罪なのです。あなたがたはそれを無くすために、異端者を皆殺しにしているのでしょう?」
クエートは返事もせずに、ただ荒い息をしているだけだった。
「それで私があなたを救えるのならば…」
「やめてくれ!」
そう言ってクエートは剣を投げ捨てた。カランカランと剣は音をたてていた。
「違う…やめてくれ…俺は…俺は…」
「クエート様…」
チカチカする。何が?目が?頭が?またここで失敗してしまったら、またあの牢獄行き?
「いやだぁああああああああああああああ!」
「落ち着いて下さい!クエート様!」
目の前が暗闇に、耳からはぼぉって音が聞こえてくる。
膝を床について、頭を抱え、俯いたクエートをシュヴァルツは彼の肩をしっかりと掴み、目線を合わせた。
「落ち着いて!」
「たすけて…」
「え?」
「たすけて…もういやだ、あのへやには、たすけて…おれを、たすけて…」
「大丈夫。大丈夫だから」
そう言って彼女は彼を抱き寄せた。
「もう…いやだ…おれを…いやだ…しにたくない…おれを…」
涙を流しながら、目の焦点が合わないまま、朦朧としたまま言葉を発する。
「もう…もう…おれを…ころして…」
「何をしているんだ?」
後ろから声が聞こえてきて、クエートの肩が震えた。そして彼女を突き飛ばし、急いで剣を鞘に納めようとするが、手が震えて剣を床に落としてしまった。
「クエート…?」
後ろを振り向くとそこにはシュトラールが戸惑った表情で立っていた。
呼吸が荒く、顔は大量の汗を流しているクエートを見て、シュトラールは彼に近づく。
「大丈夫か?」
先程遠くから聞こえてきた悲鳴は、恐らくクエートだ。拘束されていたのは知っていた。彼に一体何が起こったのだろう、と少し恐ろしく感じる。
肩を掴み、自分と向き合わせて、正面からクエートの顔が見える。
「クエート!」
その目はどこを見ているのかわからず、泳いでいる。そして息も荒い。
「何があったんだ?」
近くに居たシュヴァルツに聞いてみても、彼女は困った表情で首を横に振るばかりだった。
「おい、クエート。しっかりしろ」
そう言いながら肩を揺らすと彼は小さくこう言う。
「ごめんなさい、ごめんなさい。任務もこなせない奴でごめんなさい。許して。あそこの部屋だけは嫌だ…嫌です…許してください」
「まさか、拘束されて何かあったんじゃないのか?」
「何も、何も、ない、です…ごめんなさい。あそこだけは、行きたくない。次こそ、次こそは」
そしてクエートの目の色が一瞬にして変わったのをシュトラールは見逃さなかった。
肩を掴んでいた手が離れた。そしてクエートは瞬時にシュヴァルツに向けて襲い掛かったのだ。
「クエート!」
まさかと思ったが、シュトラールが考えていた最悪な事態が今目の前で起こった。
クエートがシュヴァルツの首を掴んでいたのだ。
「やめろ!」
そう叫んでシュトラールがクエートに襲い掛かると、シュヴァルツが静かに言った。
「待って下さい。シュトラール様」
彼女の目はしっかりとシュトラールを見ていた。だから彼はそこから動けなかった。
「クエート様。苦しまないで下さい。次は私が必ず、守ってみせますから」
そう言いながらシュヴァルツはクエートの濡れた頬をそっと触った。
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「クエート!」
「こらシュヴァルツ、違うだろ」
クエートが後ろを振り返るとそこにはシュトラールとシュヴァルツがこちらに向かって来ていた。
「クエートはお前より身分が高いから、クエート様って呼ぶんだ」
そう注意をされ、シュヴァルツははっとした表情で「ごめんなさい」と謝って、笑顔で「クエート様」と言った。
それがやけにむず痒くて苦笑いをする。
「別に俺にまで敬語を使わなくても…俺だって…」
「いや、こう言うのは早くしないといけないから」
シュトラールは少し笑った様な気がした。
シュヴァルツと出会ってから彼は変わった様に感じる。表情が前よりも豊かになったのだ。
彼は従者に任せるのではなく、自分で彼女の教育をしていた。
元から教えるのが好きなのだろう。細かい所まで彼女に教えている。
そして彼女も呑み込みが早いのだろう。すぐにそれをこなす。
彼女を連れて帰ると言った時はどうなるのかと思ったが、彼が良い様に変わってくれてクエートは少し嬉しくなった。
「クエート様、こんなのを書いてきました」
そう言って渡されたのは手紙だった。それを見てクエートは更に嬉しそうな表情をする。
「まさか」
「そうです。文字をかける様になってきたの」
「きたんです」
「そうでした」
シュヴァルツは少し照れた表情をシュトラールに向ける。彼は小さなため息をついていたが、その表情は嬉しそうだった。
「まさかクエートがラブレターをもらうなんてな」
後ろから声が聞こえてきて、クエートは驚きながら後ろを振り返るとそこにはニヤニヤと笑いながら立っているヘルトと、そんな彼を呆れた様子で見ていたロイヒテンの姿があった。
「いや、ラブレターって…」
「おいおいヘルトそんな野暮なことを言うなよ」
と呆れつつもロイヒテンの顔も緩んでいる。
ニヤニヤと笑いながらヘルトはクエートの肩に手を回すと「なんて書いているんだよ」と聞く。
「お前に見せると思うか?」
「ラブレターは一人で読みたいものだもんな」
そして素早くクエートが持っていた手紙をヘルトが取り上げる。
「おい!」
「俺が先に読んでやる!」
「やめろって!」
「シュトラール様」
シュヴァルツがきょとんとした表情で彼等を見ながら、問いかける。
「ラブレターとはなんでしょう?」
その一言で二人の動きがぴたりと止まった。
「まさか、知らないの?シュヴァルツ」
ヘルトが恐る恐る聞くと、彼女はきょとんとしたまま止まっている。
「クエート残念なお知らせだ」
「いや、最初からわかっているから」
そう言ってヘルトから手紙を取り返す。
「でも次はヘルト様にも書きますので待っていて下さいね」
シュヴァルツは満面の笑みを浮かべて言うと、ヘルトも同じ笑みを浮かべた。
そんな時。
ガシャンと窓を割って、石が飛んできた。
その割れた個所はシュヴァルツが立っていた位置で、全員が一瞬固まった。
誰もが怪我をしてしまう、と思った。しかし
「大丈夫?シュヴァルツ」
クエートが彼女の前に立って、破片を避けたのだ。
もちろん破片を被った彼は少し怪我をしており、シュヴァルツは慌てる。
「ごめんなさい!私がぼうっとしていたから」
「大丈夫だって。俺はソーサリーだからすぐにこんな怪我治るよ」
クエートが笑顔で言っても、シュヴァルツの泣きそうな表情は収まらなかった。
「大丈夫。ほら、もう治っただろ?」
そう言って怪我をした所を見せると傷はもう塞がっていた。
「もしシュヴァルツが怪我をしたとしても必ず守ってあげるから。な?ヘルト」
振り返るとヘルトの表情はさらにニヤニヤと緩んでいた。
「シュトラール、おちおちしてるとお前のお姫様取られてしまうぞ?」
「言っとけ」
ヘルトはカラカラと笑いながら、石が飛んできた方向を真顔で見ていた。
そこには誰も居なかった。
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「あの時の様に私はもう弱くはありません」
「シュトラール・ウィーアリー」
後ろから呼ばれる声がした。振り返るとそこにはアルヴィナル家の当主が立っていた。
シュトラールは眉間に皺を寄せたまま「何か用か?」と聞く。すると彼はこう答えた。
「皇帝がお呼びだよ」
彼はうっすら笑った様な表情をして立っていた。
「そしてそこに居る彼女も、そしてクエート君もついでに来てくれ」
「…何故?」
シュトラールは低い声で問いかけると、彼は肩を竦めた。
「見かけたら、連れてきてくれとのことだ。皇帝が何をお考えなのかはわからない。ただ」
一拍置いて、彼等に背中を向けた。
「皇帝はお怒りだよ」
そう言って彼は歩き始めた。そして、彼等もついて行くしかなかった。
「来たか。ウィーアリー」
「はっ」
シュトラールは膝を折り、床を見ていた。そして久々に来た謁見の間に驚きを隠せなかった。
人が誰一人として居なかったのだ。
皇帝を守る兵士も、皇帝に仕える従者も、誰も居なかった。居たのはシュトラールとシュヴァルツと、クエートだけ。あとは三人を連れてきたアルヴィナル家の当主。
「何を言おうかずっと考えていた」
皇帝は静かに、低い声で、肘を肘置きにつきながら言った。
「は?」
シュトラールは意味も分からず、床を見ながら返事をする。
「一つ、私の中に渦巻く感情と言えば、そうだな、裏切り。まさかあの事件で死罪になるはずだったお前を救ったのに、それを裏切られるとは思わなかった」
「待って下さい」
そう言ってシュトラールは顔を上げた。その瞬間、背筋が凍る様な、恐ろしい顔が、すぐ目の前に居たのだ。
いつの間に移動したのか、音すらしなかった。同じ部屋に居たのに、何も感じなかった。
「弁解ならばもういらぬ」
自分を落ち着かせるためにもう一度言う。
「待って下さい」
「待たぬ」
「私にはなんのことやら」
それを言った瞬間に皇帝は素早く立ち上がり、シュヴァルツの前に立ち、彼女を蹴とばした。
「何を!」
「黙れ!異端者を我が城の中にまで連れ込んだ裏切り者め!」
そこで理解した。汗がどっと出てきた。
裏切り者、確かにそうだ。
皇帝は異端者の殲滅を命じていた。そしてシュヴァルツはツオバーもソーサリーも使えない。
異端者だ。
「彼女は!」
「黙れと言っている」
そう言って皇帝は剣を抜き、シュトラールの腹に一突きした。
そして向き直り、もう一回腹の違う個所に刺した。
「ぐぅうううぅ!」
一瞬何をされたのか理解出来ず、次に腹の痛みを感じ、唸るしかなかった。
そして皇帝はシュトラールに剣を刺したまま、シュヴァルツに向き直る。
「私も探知する能力が無いため、気が付かなかったよ。お前が忌まわしき異端者だったなんてな」
シュヴァルツは口をぱくぱくさせて、呆然としていた。目の前でシュトラールが斬られたことがショックだった。
しかし彼女の体は動かず、皇帝を見上げたまま動けなかった。
「クエート」
突然皇帝はその名を口にする。彼は肩を大きく震わすだけで、返事は無かった。
「お前をあそこから出す時、私が言った言葉を覚えているか?」
「は…はぃ…」
クエートの声は酷く弱々しかった。しかし音のしない謁見の間ではよく響いた。
「復唱してみろ」
クエートは唾を飲み込み、震える口で、震える声で言った。
「ぃ異端者は、我等に害なす者、異端者は…殺さねばならない。
お前が殺せないと思っているのは、幻想だ。人間だと思うから、殺せない。
違う異端者は人間などではない。ただの………虫だ。
お前は地面に歩いている見えない蟻を殺して、精神を壊すか?異端者も同じだ。
次、命令に沿って行動が出来なければ、ふたっ…再び…この部屋に戻ることになる…」
「よく覚えているものだな。そうだ異端者は虫だ。
ならこの女も虫だろう?害虫は駆除しなければならない」
「はっ…………」
クエートは呼吸がうまく出来ないのか、酷く荒かった。
「さて、いい機会だ。ウィーアリーの目の前でこの女を殺してみろ」
「や、めろ…クエート……」
声がする方向へと自然と目が行く。シュトラールが大量の血を流しながら、起き上がろうとしていた。
その姿を見て、クエートの顔から汗が大量に出てくる。
「あいつのことは気に留めるな。我等を裏切った裏切り者だ。すぐに死罪にしてやる」
忌々しそうに皇帝は彼に目を向けて、クエートの耳で囁く。
「し、ざい…」
「さぁさっさと終わらせろ。その女を見ているだけで吐き気がする」
皇帝はクエートの体を支え、彼女に向き合わせた。
彼女の目は先程と違って、怯えた目ではなかった。
「クエート様」
名を呼ばれ、再び肩が震えた。
「違う…」
「え…」
「違う…俺は、違うよ…」
クエートは俯いたまま、許しを乞いたい様な声で言った。
「ロイヒテン…」
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「結局手紙はなんて書いてあったんだい?」
クエートは顔を上げるとそこにはロイヒテンが立っていた。そしてクエートの隣に座る。
「あ、ああ。今までどんなことをシュトラールに教えてもらったかとか、そんな報告みたいな感じだよ」
「彼女は私が見ているだけでも、とても頭が良い人だってことがわかるよ。
そして君のことが大好きなのもね」
「は?」
クエートは一瞬何を言われているのか理解できずに、口をポカンと開けながらロイヒテンの顔を見た。彼はヘルトみたいにからかう様子ではなかったが、ニコニコと微笑んでいた。
「え?は?」
何を言っていいのかわからず、手紙とロイヒテンを交互に見ている。そして次はロイヒテンが少し疑問に思った表情に変わっていく。
「あれ?気が付いていなかった?」
「え?気が付くと言うか、なんで俺が?」
「え?手紙を渡すところとか、だいぶん嬉しそうにしていたじゃないか。あれは恋する乙女の表情だよ」
そう言いながらロイヒテンはうんうんと頷く。
「いや、でもなんで、普通シュトラールだろ?」
「いや~違うよ。シュトラールはまず、惚れられる男ではない」
「酷いな」
「あんな無表情の男。誰が好きになると思う?」
「いやいや酷いな」
「双子の兄である私でも思うぐらいだよ。酷い無表情だなって。でも最近は変わった」
その話している表情がどこか嬉しそうだった。それをみて、クエートも頷く。
「うん。シュヴァルツが来てから表情豊かになった」
「あれは娘の成長を喜ぶ父親のようだ」
「え?」
「でも…」
一瞬ロイヒテンは俯いて、暗い表情になった。そしてそのままクエートの目を真っ直ぐ見て小さな声で、しかしクエートには確実に聞こえるような声で言った。
「彼女は異端者だね」
その言葉でクエートの肩がピクンと震えた。
「いや…」
「残念ながら私にはわかったよ。けれど私よりも能力に長けている君が気づかないはずがない。
もうとっくに知っていたね?クエート」
「……………」
「皇帝は異端者が近くに居ると我々の能力が減退する、と仰っていた」
「それは、違う!」
思わず言ったことをすぐに後悔した。ロイヒテンは小さなため息をつく。
「やはりな。シュトラールに口止めでもされていたんだろ」
「すまない…」
「いやクエートは悪くない…身分上逆らえないとでも言っておけ」
「ロイヒテンは…このことを…?」
クエートが質問をすると、ロイヒテンは空を見たままゆっくりと背もたれにもたれかかろうとした。
しかしその椅子には背もたれなどなく、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。
彼の癖だ。考えごとをすると、すぐになにかにもたれたがる。
「ろ、ロイヒテン?」
「きっと報告すれば、シュトラールは殺される」
「でも本当は報告することが正しいこと、なんだけども…でも…」
「それは違うクエート」
ロイヒテンは素早く起き上がり、立ち上がった。
「この世の中に正しいなんて、一つもない。
私達は子供の時から、一足す一は二と同じ正解を求められてきたから勘違いしているだけで、この世界に一つの正解なんて…無いんだ」
「ロイヒテン…」
「兵士達は貴族に、隊長に従うことが正解だった。けれどもそれは違う。本来は違う。
その通りに進んでいれば、必ずそれは終わる時が来てしまう。上が倒れてしまったら下は全員倒れるしかないからだ。
我々は常に自分の足で立っていなくてはならない。
それならどうするか?自分の頭で自分が正解だと思う方向へ行かないといけない。
それが例え皆と違う方向に向かっていようとも…どうしても自分が向かいたい方向とは違っていたら…結局はそうしなければならない…」
胸に拳を作って握っている彼をクエートは何も言えずに黙っていた。
「君はどうして黙っていたんだい?」
「ロイヒテンの言葉を借りるとそれが正しいことだと思ったから。
けれど皇帝は、皆はそれには反対するってそのことも…わかっていた」
「私もね。きっと君と同じ考えだ。そしてこうも思う。
この国は、死に向かっているって」
「それって…」
「さて、私も死罪になる様なことを言ってしまった。
ならここで話したことは全て私達の心の中にしまっておかないといけないね」
その言い方にクエートは苦笑いをする。
「わざとだろ」
ロイヒテンは微笑むだけだった。
「クエート。君は本当に優しいな」
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「俺は…優しくない…」
「早くしろ!クエート!」
皇帝は我慢が出来なくなり、叫んだ。言われるがままにクエートは剣を抜いた。
「やめて…くれ!クエート!」
シュトラールが口から血を吐きながら言う、が彼は聞こえていないのか、抜いた剣をそのまま振り上げる。
シュヴァルツはただクエートの顔を見ていた。彼の顔は無表情で、まるで人形の様だと思えた。
「やめてくれ!」
そう言ってシュトラールの手から小さな炎が出た。それがクエートに直接当たり、彼はよろめいた。
「クエート様!」
しかし彼はまだ無表情のまま、体勢を持ち直した。
「邪魔をするな!」
皇帝はシュトラールを蹴とばすと彼は「ぐっ」と唸って、脱力した。気絶したのだ。
「クエート!」
皇帝が振り返ると、彼は黒こげになっていた。しかし気にした様子も無く、一歩ずつ踏み出していた。
カラカラと剣の先が床に引きずられる音がした。そしてシュヴァルツの前に立った。
しばらく彼は動かなかった。
誰も動かなかった。
そしてポロリと彼の目から大きな涙の粒がこぼれる。
「皇帝…申し訳ございません」
擦れる声でクエートは言う。
「彼女だけ…彼女だけ、許してもらえませんか?」
その言葉に皇帝の表情が険しくなる。
「お前までこの私をないがしろにするのか」
「違う…違います……俺の命と引き換えでもいい…彼女を救ってくれませんか?」
「貴様ぁああああ!」
そう言って皇帝はクエートから剣を奪った。彼はされるがままに、剣を取られ、斬られると、そう思った。
何が起こったのかわからなかった。斬られたと思った。しかし痛みも、無かった。あったのはただ自分の上にのしかかる、その重み。それを彼は知っている。
「しゅ…ヴァルツ…?」
「クエー…ト様…よか…」
彼女の背中を触るとぬめりとした感触と、そして嫌な暖かさがあった。
それを見ると、べっとりと彼女の血が付いていた。
「シュヴァルツ!」
「この裏切り者が!」
そう言って皇帝はもう一度彼女を刺した。それは深く、クエートの腹にまで突き刺さった。
せめて、せめて彼女の命だけでも救わないと。そう思いソーサリーをかけた。
そして
意識が暗闇に包まれて行った。
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ロイヒテンは落ち着かない様子で辺りをうろうろしていた。
従者によるとどうやらシュトラールとシュヴァルツが皇帝と謁見をしているらしい。
従者は彼のことを思ってそれを報告してきてくれた。
「しかし何故クエートまで…」
「クエート、がどうかしたのか?」
その低い声は一瞬誰だかわからなかった。後ろを振り返ると、そこには頭を手で押さえたヘルトが立っていた。
「いや…その…」
彼がどもっているとヘルトは早足で彼に近づいて「なんなんだ」と聞いてきた。
その迫力に負けて渋々ロイヒテンは口を開いた。
「シュトラールとシュヴァルツと、そしてクエートが皇帝に謁見をしているらしい…」
シュヴァルツのことはヘルトには話していなかった。だからこれが何を指すのか、彼にはわからないはずだ。そう思った。
「何故…!」
彼の目の色が変わった。
「私の従者が見かけただけで、理由は私にもわからない…」
「皇帝は…殺す気なのか…何もかも!」
彼はそう叫んだ。驚きのあまり、ロイヒテンの肩が震える。
「落ち着け、まだ何もわからないんだ」
「いいやあいつは悪魔なんだ!自分の兵や従者までも殺してしまう、悪魔だ!」
「へ、ヘルト!落ち着け!」
ロイヒテンは慌てて叫ぶが彼は止まらなかった。
「俺達はずっと騙されてきた!皇帝は神だと言われてきてずっと騙されていたんだ!
皇帝は神などではない!
今すぐ抹殺するべきだ!」
「ヘルト!」
叫んで、彼の肩を掴もうとした。
した、だけで実際は出来なかった。
彼はいつ間にかロイヒテンの後ろに立っており、振り返った瞬間に居なくなっていた。
一瞬何が起こったのか理解出来なかった。しかしソーサリーの力だと、自分の力を増幅する力だと後から理解するが異様な力だった。
止めなければ。
直感でそう思った。
止めなければ、後戻りが出来ない、そう思った。
そう思ったのだ。
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忌々しい!
忌々しい!
何故こいつらは必死に異端者を庇うのだ!
この気持ち悪い生き物を!
何故!
そう思い、クエートに背中を向けた。彼は虚ろな目で皇帝の後姿を見ていた。
いくら殺せと命じても誰も私の言うことを聞かない!
何故なのだ!
私は神に一番近い存在。そう父親から教えられてきた。だからこそ我々は国の繁栄を願わなくてはならない。
だからこそ異端者を抹殺しなければならない。
異端者などいらない。
力を持っていない者はいらない。
そして周りを見ると、ブルートが座ったまま、肘を膝についていた。
「ブルート!」
「はい」
彼は姿勢も正さず、そのままの格好で返事をする。それがなお苛立たせる。
「いつまでぼさっとしているのだ!さっさと片付けろ!」
「他は俺の好きにしていいと?」
そこまで言っていない。しかし結局は捨ててしまうものだ。
「どうでもしろ!」
怒鳴ったのだが、彼は立ち上がらなかった。じっとドアの方を見ていたからだ。
何だと思い、皇帝もつられる様に同じ方向を見た。
その時、
バアンとドアが開かれた。
「メルシリア…?」
そこにはヘルトが俯いたまま立っていた。呼んでもいない。
「お前が何故ここに居る」
しかし彼はそこから動かず、ドアに手をかけたまま、俯いていた。
「おい、答えろ」
「あ…」
「あ?」
そして彼は顔をあげた。眉間に皺を寄せ、口を歪ませ、憎しみを込めたその目線。それを見た瞬間皇帝は背筋が凍る思いだった。
「あくまめ…」
低い、小さい声が皇帝の耳に入る。
無礼な、と怒鳴りたかったが、声すら出なかった。
恐れているのだ。自分が、この目の前の男に。
自分が?
神に近い自分が?
恐れを?
何故?
ヘルトはドアから手を離して、自分の腰にかけている剣を一気に引き抜いた。
相手の首が一瞬にして飛んだ。
そして体を痙攣させ、大量の血が噴き出される。次にはその体はそのまま倒れた。
ゴトンと床で音が鳴った。ゆっくりとその方向へと目を向けると、そこには今体とくっついていた首が、目と口が大きく開いた状態で、そこにあった。
「ははっ…」
それを見ていたブルートが、嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
何がそんなに面白いのかと、疑問に思ったが、ヘルトは無視する。
そして皇帝の首を持って、謁見の間から出て行く。
終わらそう。
彼はそう思った。
これで、全てを終わらそう。
「素晴らしいよ!メルシリア!」
謁見の間からその叫ぶ声が聞こえてきた。
「ヘルト…」
声がする方向へと目を向けると、そこには息を荒くして立っているロイヒテンが立っていた。
しかしヘルトは目を向けたままで、そのまま歩き始めた。それを見てロイヒテンは慌てる。
「待て!それは一体なんだ!」
彼の肩を掴もうとした。
しかしそれは彼の剣によって止められた。だがロイヒテンは負けじと問いただす。
「何をする気なんだ!それをどこに持っていく気なんだ!」
「お前には関係ない」
「関係ある!僕は…いや、私は…!」
「ウィアディリー家は決して関係ない」
「でも君の友でもある!」
「メルシリアは!」
ヘルトが突然叫んで彼は少し肩を震わせた。
「今日から全国民から恨まれる存在になる」
「いやぁ素晴らしい!思い通りの行動に移ってくれるなんて、思いもよらなかった」
謁見の間で一人で大きな声で話していた。クエートは朦朧としながら、それを聞いていた。
はやく…シュヴァルツを治さないと。
そう思い手を動かすと、そこに人が居る感触があった。
「しかしあまりにも思い通りに行き過ぎた。
何故彼はあの行動を取ったのだろう?
もしかして脳の委縮で、感情機能しか動かなくなったとか?
一般市民でもそれはありえるのか?
いいや彼はツオバーとソーサリー両方を使うことが出来た。だったら人の倍は委縮していると考えた方がいいだろう。
理性を司る箇所が機能しなくなったんだ。
そうすると人間は感情のまま、言語を話すだけの動物と化するのか…
なるほど、両方の能力を使えるのはもろ刃の剣と言う訳か…」
彼は目線を変えると、クエート達の姿が見えた。
変化に気が付き、近づくと、彼は意識を失っていた。そしてシュヴァルツの怪我が治っていたのだ。
「へぇ…そこまでして治したいのかな?」
感心した様子で言うと、次は思いついた声で「あ」と言った。
「こいつで実験をするか」
そう
笑った。
--------------------------------------------
「もういやだ!」
「俺達は異端者じゃない!」
「お前まさか異端者か?」
「違う!俺は違う!」
「もう異端者は居ないんだ!」
「皇帝!異端者は全て殺した!」
「しかし殺しは続いている!」
「能力を持った子供まで殺された!」
「どうか神よ!答えてください」
「皇帝!」
「皇帝!」
「皇帝!」
国民が全員叫んでいた。
それを見て、ああ終わりだなと思った。そう直感で思ったのだ。
そう思うと笑いが出てくる。
笑いながら重たい大きなドアを開いた。
その後ろ姿をロイヒテンは見えた。
早く止めなければ、そう思って手を伸ばす。しかしその手は届かず、彼は前へ進んだ。
そして皇帝の首を持ち上げて言った。
「力無き者はこの国から出て行け」
ロイヒテンは手を伸ばしたまま、青ざめた。彼が何を言っているのか理解出来なかった。
その首を見て、国民はざわめいた。そしてヘルトの言葉に動揺した。
「俺がこの男を殺した!これからは力ある者しか生きられない国にする!」
笑ったまま彼は続ける。
「能力がある者だろうが、異端者だろうが、関係ない!力こそが正義だ!」
「ふ、ふざけるな!」
一人がはっきりと叫んだ。それにつられて国民は月々に声を張り上げる。
「何を言っているんだ!」
「これ以上殺しが正当化されるのか!」
「子供達も安心して暮らせない!」
「やめてくれ!」
「そんなのは関係ない!」
ヘルトはそう叫ぶ。国民の声は更に大きくなっていく。
「無理だ!」
「街に死体が転がる様になった!」
「安心して暮らせない!」
「やめてくれ!」
「やめてくれ!」
「やめてくれ!」
「やめろ!」
「やめろ!」
「やめて!」
「お願い!」
「やめろ!」
「力無き者はさっさとこの国から出て行くか、死ね」
「うわああああああああああ」
一人の男が発狂しながらヘルトに包丁を持って走り出した。
ダメだ。
ロイヒテンは我に返った。
ダメだ、殺されてしまう!
ヘルトは兵士だった。
そんな真正面から突撃してもヘルトは感嘆に避けてしまい、そして彼は男を殺してしまう。
そう思って、彼は自分の腰にある鞘に手をかけた。そして剣を引き抜き、ヘルトの前に立とうとした。
それがやけにゆっくりと感じた。
届かない、と思った。
その剣は確かに届かなかった。
男が持っていた刃はヘルトの腹に深く、深く刺さったのだ。
そのまま男に押され、ヘルトは地面に倒れた。
そして深く刺さった包丁が、抜かれ、そして違う個所に再び深く刺した。
それが何度も繰り返され、ロイヒテンがようやく男を止めた。
そして必死にその場から、室内に入り、重たいドアを閉じた。
ヘルトの傷口にソーサリーをかけようと、手を添えた。
「何であんなことを…!」
彼の目はうっすら開いていた。
「死ぬな…死なないでくれ」
「………」
彼は天井をぼうっと見ていた。
ロイヒテンは祈りながらソーサリーをかける。しかし傷が深いためか、治りが遅い。
「お願いだ…死なないでくれ」
「ごめん…ロイ、ひてん…」
ヒューっと言いながら、ヘルトは声を出した。
「喋っては傷口が開いてしまう!」
「無理だ…俺は、しななくちゃ、いけない」
「喋るな!」
「ずっとあたまが、いたいんだ…能力を制御、できないんだ…」
「それでもいい!生きていてくれ!」
「ごめんな…」
「謝らなくていいから!生きていてくれ!」
「やくそく、まもれそうにない…」
「ヘルト!」
「ごめん…クエート」
彼は瞼が重たそうにしながら、目を閉じた。
しばらくロイヒテンはヘルトにソーサリーをかけていた。しかし途中で彼は何かに気が付いた様に、ヘルトの傷口から手を離した。
呆然として、ヘルトを見て、そして周りを見た。
その時、そこにあった鏡が自分を映し出していた。
そこに映っていたのは真っ赤に染まった自分。
ふいに思った。
彼はそれを無意識に口に出していた。
「これが、この私達が行ってきたことか…」




