現代編6
(11.02.20~14.04.29)
書き直し:16.04.16
「もう一度聞こうか、ロウディット。
昔救えなかった彼女を、異端者達を救いたいとは思わないか?」
耳元で聞こえてくる声はまるで悪魔の様に聞こえた。
しかし言っていることは正しく、ロウディット異端者の差別は反対していた。しかし、彼の言葉を素直に聞き入れることが出来ない。
自分の父親のはずなのに、そうではない気配。
「ロウディット」
ウェイトの声が聞こえ、ビクリと肩を震わせる。
「何故お前はその答えにイエスと答えられない?」
「そ、それは」
「あいつの話を耳に入れるな」
横からハーリッドが低い声で言う。
「お前はもう気が付いているはずなんだ。後ろに居る人物の正体に」
「し、知らない」
力無く、しかし必死に首を振る。
「テリーナ。ウェイトを黙らせろ」
その言葉にテリーナはウェイトに近づく。
「俺は気が付いていた。でも間違った方法でこいつに手を出してしまった」
「知らないって」
テリーナとウェイトの距離が剣を振ればその刃が届く所まで来ていた。
「目を逸らすな!
もう誰もが覚悟したことなんだ!」
ウェイトが叫び、剣を振り上げていたテリーナの手がぴたりと止まった。
「もう今決めるしかない!ロウディット」
「わからない!」
ロウディットは地面にへたりこんだ。彼の腕をハーリッドが持っていたため、手万歳をしている形になった。
「異端者を救う?英雄と同じ能力を持っている?この俺が?
そんなこと出来る訳がない」
「そんなことはない。お前の能力さえあれば、後は俺に任せればいい」
「能力が使えない人を異端者、異端者って呼ぶけれども、俺はどうなんだ?
ツオバーもソーサリーも使える。俺こそ化け物じゃないか」
「ロウディット。ウェイトの言葉に惑わされてはいけない」
ロウディットは大きく息を吸って、叫んだ。
「俺こそが!異端者だろう!」
瞬時に彼の周りに炎が上がった。
それをハーリッドはぎりぎりの所で避けたが、手だけが炎に巻き込まれた。
「ウェイト!お前なら知っているんだろ!
英雄もこんな化け物だったことを!」
ウェイトは黙ったままロウディットを見ていた。そして近くに居たテリーナを後ろへやった。
「何をやっているんです?」
冷静な声でテリーナに聞く。
「お前の能力じゃ、対応出来ない」
「後ろから襲うかもしれませんよ」
「黙っていろ」
「皆思っているんだろ!俺が化け物だってことを!人間ではないってことを!異端者よりも危険な物だって!お前も思っているんだろ!」
ロウディットと感情と連動する様に、ウェイトに襲い掛かる。
その炎は今までロウディットの能力よりも遥かに超えた力だった。
ロウディットも炎に続き、ウェイトを捕らえようと近づいてくる。
近づいてくる。
炎も。
しかしウェイトは逃げもしなかった。
ただテリーナの前に立っていた。
炎が
ロウディットの憎しみを込めた手が
ウェイトに危害を与えることは無かった。
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フィルはひたすら南門へと向かった。
「どこへ行こうとしているのですか!姉上!」
ツヴェルクが叫ぶ。もしかしたらフィルの行く先がわかったのかもしれない。
ところが一瞬ツヴェルクが立ち止まった。一瞬フィルも立ち止まりかけたが、ヒューウェイの身の方が心配だった。
その瞬間、氷の壁がフィルの目の前に現れたのだ。
それに驚き後ろを振り返ると、手を伸ばして立っているツヴェルクが居た。
なるほど、フィルは心の中で思った。
「あなたを倒さなければ、この先へは行けないと言うことね」
「あなたは父上の意志に背いている」
剣を構えたツヴェルクが低い声で言う。
何を言っているのか瞬時に理解することが出来ず「意志に背いている?」とオウム返しをする。
「何故あなたの方が父上のお近くに居たのに、ウェイトとか言う奴の言うことを聞くのですか」
「何を言っている?ツヴェルク」
話が全く見えない。
「父上の意志はナーザイナ・ウィーアリーにつくこと。彼はアルヴィナル家を存続させる力を持っている。と父上が仰っていたのではないか」
「それはあなたが父上から聞いたのか?」
「………それが父上の意志だと」
「誰が」
「それに答える意味はあるのでしょうか?」
その言葉に一人の人物の顔が浮かび上がった。
そして同時にウェイトの言葉も思い浮かんでくる。
『アルヴィナル家の当主はどうやらブルート・アルヴィナルの精神を入れる習慣があるらしい』
自分が知らないことを彼が知っていて、訝しんで聞く。
『何故そのことを知っている?』
『俺はお前達の父親の傍に居た人物にドッペル・デュールをさせられたことがある。その時にわかった。お前だってなんとなく感じたことは無かったか?自分の父親の変化に』
フィルはその時、確かにと心の中で思っていた。
ツヴェルクが生まれてからだ。彼が豹変してしまったのは。母親が毎日泣いていたのは。
その時彼女はこう言った。
『昔はとてもお優しいお父様だったのよ』
それは知っている。
『この国と、あなたの幸せを願って下さった、お優しいお父様だったの』
私は笑顔を知っている。
知らないのは…
「知らないのは、ツヴェルクだけ、か」
フィルの独り言にツヴェルクは首を傾げた。
「なんのことでしょう?」
「誰から聞いたのかは知らない。ただ父上は国を破滅に追い込む方ではなかった。けれどもあなたが生まれる前に、私達の父上は父上ではなくなってしまった」
「なに?」
「ブルート・アルヴィナル。名前に聞き覚えがあるでしょう?ドッペル・デュールを発明した、我々の初代当主」
「それがどうしたと言うのでしょう?」
「彼が私達を陥れた。今までの当主を苦しめてきた」
「な、何を言っているのですか?そんなはずはないじゃないですか。だって我々の初代当主なんですよ?そもそも」
「ドッペル・デュールはそれを可能とする」
ツヴェルクが言おうとしたことに先回りをして、答える。
そして目を伏せてフィルは悲しそうに言う。
「ごめんなさい。あなたをずっと一人ぼっちにさせてきたからこんなことになってしまった」
「な、何故…謝るのですか」
「それがアルヴィナルから逃げた私の罪だから」
そして真っ直ぐツヴェルクを見つめる。
「逃げなければ、あの時絶望しなければ、判断を間違わなければ、あなたとこういう形で再会しなかったのに」
ツヴェルクは彼女の言葉に一歩下がる。
「けれども後悔するのは簡単だ。ナーザイナ様につくのなら私と戦う。私は全力であなたを止めてみせる。
私はずっとロウディット様に従うと決めているのだから」
「う、うおおおおおおおおお」
ツヴェルクは叫んで剣を構えた。そしてフィルへと向かって走る。
彼が剣を振り上げ、振り降ろす。彼女もそれを受け止めようとした。その時、空に人影が二つ飛んだのだ。
そしてその二つはツヴェルクの首に剣を交差させる様、地面に突き刺した。彼もそのまま地面に打ち付けられる様に動きを封じ込められる。
その時「がっ」と小さな悲鳴をあげた。
「の、ノルワール様とヴィルカーン様!」
二つの影の正体の名前を言う。
「ご無事でしたか、フィル様」
ノルワールが立ち上がり、ヴィルカーンがツヴェルクの体を拘束したまま動かなかった。
「ヒューウェイ様はこの先です。今この氷を溶かしますので」
そう言ってフィルはツヴェルクから背を向けた。その時彼がポツリと何か言った。
それが聞き取れなかったが、無視し炎を出そうとした。
「嘘だ」
またツヴェルクが言った。
「あなたは嘘を言っている」
ボッと彼の足に炎が付いた。しかしヴィルカーンはそのことに気が付いていない。
「なら!何故俺はずっと苦しめられてきたんだ!」
その炎が一気に大きくなる。ヴィルカーンも拘束することが出来ず、素早く彼から離れた。
首の近くで刺さっていた剣二本がどろりと溶ける。
彼はゆっくりと立ち上がった。炎に包まれた状態で。
「そんな…」
ノルワールが狼狽えていると、フィルが一歩前に出る。
「申し訳ありませんが、ヴィルカーン様。ここは私めにお任せください」
「わかった。この氷は俺が対処しよう」
「ありがとうございます」
そして彼女はツヴェルクの前に立つ。
「私はあなたに対して嘘をついていない」
「それも嘘だ」
フィルはため息をついた。
「なら、私はあなたを捕まえなければならない」
そう言って剣を構える。黙って彼も剣を構えた。
そして二人が動き出す。
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炎はソーサリーで相殺し、ロウディットの拳は手で受け止めていた。
「確かに百六十年前、お前の子孫にはお前同様の力を持っていた奴が居た。
そして俺はそいつを知っている。百六十年前から。
だからあいつは戦争の道具として使われた。
しかしあいつは自分を必要としてくれている者だと言うことに満足をしていた。
何故なら、あの時代に必要な人なんて居なかったんだからな。
だから皆必死になって人を殺す技術を磨いてきた」
ウェイトはロウディットの手を離し、自分の手を見た。
「あの時代に英雄なんて居なかった。
あの時代の化け物は…」
真っ直ぐにロウディットの目を見る。
彼の目の色は自分の友と同じ、エメラルドグリーンだった。全く同じ目をしている。あの時と、全く同じ目だった。
「俺達だ」
エメラルドグリーンの瞳が揺れる。
「そして同時に俺達は、人間だ」
彼の目が揺れる。
「俺達は化け物であり、人間だった。
あいつだって…ただの人間だ。そしてお前も人間で、異端者も人間だ。
お前はお前のまま生きればいい。俺はお前の味方だ」
ロウディットの目に涙が浮かぶ。
ずっと悩んできた。皆は片方の能力しか使えないのに、自分はどちらも使えてしまう。
一度、ロウディットはソーサリーを使ったことがある。まだ学校へ行っていた時だ。しかしまだこの時はシュヴェアとは出会う前だ。
相手が骨折してしまう程の怪我をしてしまったのだ。
痛がる姿を見ていられなかった。周りにソーサリーも居なかった。居るのは自分とその相手だけ。たぶんそうだったと思う。
そうでなければソーサリーを使わなかったはずだった。
あんな愚かな行為をするはずがないのだ。
ソーサリーを使った時だった。その時相手の表情が恐怖の顔になっていた。
やってはいけないことだったのだ。
噂が一気に広がると思った。しかし相手が学校を辞めただけだった。
最初は意味が分からなかった。
しかし今はわかる。
噂を広げようとしたのだろう。最初に教師に言ったのだろう。
だから学校を辞めさせられた。
メルシリア家の悪い噂を広げられることを恐れて、自分は名前に守られた。
そこからこの力が恐ろしくなった。
この力を使ってしまっては駄目なのだ。
化け物なのだ。
自分は、化け物なのだ。
人間に化けた化け物だ。
「お前は決して化け物じゃない。むしろ化け物は俺だ」
「ウェイト…」
その時ロウディットは気が付いた。テリーナがウェイトに襲い掛かろうとしていた。剣をウェイトに向けていた。
「待て!テリーナ!」
しかしその剣はウェイトに当たることなく、ハーリッドの刃を止めていた。キィンと言う音が辺りに響く。
しばらく二人は動かなかった。
そしてハーリッドは大きくため息をつく。
「わかってたよ」
自分の父親は自分の部下に低い、そして静かな声で言った。
「わかっていたよ。お前がこんな選択をすることはわかっていた」
ハーリッドが素早く彼の腹に拳を入れた。
「テリーナァ!」
ロウディットが叫び、ハーリッドに襲い掛かる。
そのまま彼の拳がハーリッドの頬に当たる。
相手はそのまま吹き飛ばされる。
「大丈夫か?テリーナ!」
しかしロウディットの叫びはテリーナに届かなかった。
「あ、が…ぐっ…!」
彼は非常に苦しんでいた。
見た所、殴られただけだったのだが、苦しんでいた。
「おい!しっかりしろ!」
ロウディットがソーサリーをかけるが、状況は良くならない。
ウェイトが近寄り、テリーナを仰向けにする。そして殴られた箇所の服を破くと、そこには紋章が刻まれていた。
「なん、だこれは…」
ロウディットはその紋章を見て、絶句しか出来なかった。
「これは…」
ウェイトは心当たりがあるのか、小さな声で言った。
「ベルジゲル…か?」
でも、とウェイトは続ける。
「でも違う。これはなんだ?」
テリーナから異質な気配を感じていたのはこのことだったのか。
「とりあえずこれを止めないと」
ウェイトはテリーナの腹に手を当てた。
ベルジゲルは触れたものの能力を無効かするものだ。
しかし今触ってもソーサリーを使える。
しかしテリーナはソーサリーを使えていない。
ベルジゲルは紋章を崩せば無効化できるはずだ。
「ごめん、テリーナ」
ウェイトは剣を力強く握りしめ、テリーナの腹を、ベルジゲルの紋章に傷つけた。テリーナの悲鳴が更に大きくなる。
「何してるんだ!ウェイト!」
血が出る前にソーサリーをかける。ベルジゲルの紋章に大きく傷を残す形で。
テリーナは体を仰け反って、気絶をした。
辺りは静かになって、ウェイトは静かに言った。
「ベルジゲルは…紋章に一つでも異物が存在していれば、発動は止められる、はずだ」
「はず…?」
「このベルジゲルは何か違う。また違うものを作ったな。ブルート…!」
ウェイトが振り向くとハーリッドは笑って見ていた。
「新しいものを作ったなら、実験してみたいものだろう?」
「何を…親父…」
その反応に、クックックと笑い始める。
「まだ気が付いていないのか?それか気が付いていたが、気が付かないフリをしているのか?」
その言葉にウェイトは頬に汗を流しながら、口角を不自然に吊り上げて言う。
「お前も気が付いていないだろう?
お前に勝ち目があると思うのか?」
「俺はお前達と違って、能力を封印することが出来るんだぞ?
能力を使えなければただの異端者と一緒なくせにな」
「相変わらず変わらないんだな。ブルート」
「そうだな。クエートお互いにな」
そう言ってハーリッドはウェイト達に背を向けずに後ずさりをした。
「永遠に俺達は分かり合えることなんて、ない」
一定の距離を取ってから、彼は走り去って行った。
「そんな…親父…」
「ロウディット…」
ロウディットが床に膝をつき、大きな粒の涙を流した。ウェイトは黙ってそれを見下ろしていた。
その時だ
「ぐっ」
一瞬誰の声か、ロウディットには判断できなかった。
隣で膝をつく音が隣で聞こえてきた。
「ウェイト…?」
「ぐ、あ…」
胸を強く抑えてうずくまっていた。
「どうしたんだ?」
しかし彼は答えない。
「おい!ウェイト?」
ウェイトはうずくまったまま、唸ったままだった。
「しっかりしろ!ウェイト!おい!」
「ふぃ…」
「ふぃ?」
「ふぃる…」
そう言って彼は一瞬にして消えてしまった。
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「姉上…」
ツヴェルクとフィルは背を向けて立っていた。
剣を交え合い、ツヴェルクが優勢と思われていた。
フィルの体には傷が増え、血を流していた。
しかし血を吐いたのはツヴェルクだった。
そして彼は倒れる。
足を引きずりながら、彼に近づいて行く。
「ごめんなさい。ツヴェルク。少しの間だけ、もう少しだけ辛い思いをさせてしまう」
その声に気がついたのか、顔を動かして、横目でフィルを見る。
「勝者が、正義です」
その弱々しい声を聞いて、フィルは苦笑した。
「フィル様」
ノルワールの声で我に返る。どうやら氷が溶けた様だった。
「行きましょう」
「お…じ…さ」
ヒューウェイは倒れこむのを踏ん張った。
新たにできた、背中に傷を負いながら。
「お前はずっと自分が邪魔者だと思っていたな」
昔だ、そう言ったのは覚えている。
「お前は確かに邪魔だ」
その言葉に肩を震わす。
「何故ならお前の力は強大過ぎるからだ」
「な…に?」
「兄よりも、そして今の俺よりも。お前のツオバーは優秀なんだよ。
だからお前は俺が直接排除しよう」
ナーザイナの姿がかすんできて、耳もぐわんぐわんと鳴る。頭が冷えてくる。
相手が近づいてきているのか、全くわからなかった。
逃げることも出来ない。
足も動かない。持っている剣がやけに重く感じる。
力が抜けていく。
カランと音が鳴った。手が軽くなった。
ああ、だめだ。
本能もそう思った。
死ぬのか。
死ぬんだ。
おじさんも目の前に居るのに、止められない。
俺は
俺は
もう目の前に、手を伸ばせば自分の叔父が立っていた。
ナーザイナは剣を振り上げた。
「さようならだ。ヒューウェイ」
ヒューウェイの全身に力が無くなる。
地面に倒れた。それはわかった。
けれど
地面に倒れた時目を閉じていたことに気が付いた。だから目を開けた。
「だれ…だ?」
俺の体の上に乗っているのは一体、誰なんだ?
やけに暖かかった。
やけにぬめぬめした。
「フィルさん!」
誰かが叫ぶ声が聞こえた。
それが姉の声と判断するまで少し時間がかかった。
体が軽くなる。
地面に倒れていたのは
「フィル…?」
「しっかりしてください!今ソーサリーをかけますので!」
彼女はうつ伏せに地面に寝ていた。背中に大きな、深い傷を負っていた。
ヴィルカーンはナーザイナと剣を交わしていた。
彼女の傷は塞がることはなかった。塞がろうとしなかった。
「ど、どうして!」
ノルワールは動揺した。こんなことは初めてだったからだ。
手が震え始めた。
ありえないことだったからだ。
自分のソーサリーが反応しないなんて。
目の前の人間を救うことが出来ないことが。
震えている場合ではない。
ソーサリーで傷を治さなければ。
しかし勝手に手が震える。
そんな時、自分の手を握る手があった。
「意識が…!」
それはフィルの手だった。
「むり、だそうです」
「え?」
声が擦れる。
「わたしの、からだはもう…限界だったのです…」
「喋らないで!」
「ウェイト…ごめんね…」
「フィル!」
第三者の声が聞こえてきた。聞こえてきた方向へと目を向けても誰も居なかった。
もう彼はフィルの隣に居たのだから。そして彼はフィルの傷口に手を当てていた。
「フィル!」
「ロウディ、ットさま…」
名前を呼ぶのと一緒に大量の血が吐き出された。
そしてその様子を見て、自分の手を見る。指の隙間からみるみる血が出てくる。
「なんで治らない!」
「もう…わたしは…お守りする…ことが…」
「なにを言っているんだ!死ぬな!」
「できないようです…」
「何も喋るな!」
「これから…大変でしょう…なのに、一緒に居られないのが…」
「喋るなって言っているだろ!」「けれども、ウェイト…なら…」
「お願いだ!喋らないでくれ!」
「ウェイ…と………お願い…ね………」
「フィル…さん…」
手を握っていたノルワールにはわかった。命が亡くなる感触が。
傷を触っていたロウディットにはわかった。もう彼女は目を覚まさないと。
「くそっ!待て!」
ヴィルカーンの声が聞こえてきて、ノルワールは我に返りヒューウェイの傷を治す。
彼は咳き込みながら、地面に倒れた。
「ナーザイナ…」
低い声が聞こえてくる。そしてノルワールは彼を見て、
悪寒が走った。
彼はゆっくりと立ち上がり、自分の叔父の所へと瞬時に飛んだ、気がした。
ナーザイナは躱しきることが出来ず、彼の剣が、腹に刺さる。
「ぐっ!」
致命傷を何とか避け、彼は強風を起こした。
そのまま彼は何も言わずに、その場から逃げてしまった。男女の二人と共に。
「おい、大丈夫か?」
ヴィルカーンはロウディットの肩に手を置いて、話しかける。
振り向いたロウディットの顔は涙で濡れていた。
「帰ろう。彼女と一緒に」
二人が振り向いてフィルの方向を見てみると、そこには真っ黒い箱と、彼女が着ていた服しか残っていなかった。
彼女の死体は砂となって、風に飛ばされたのだった。
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あれから一か月が経った。
そこから何も起こらなかったのだ。恐らく最後にロウディットが与えた傷が深かったのだろう。
そしてこちらも大きな傷を負わされた。
「ヒューウェイ、部屋の空気を入れ替えるね」
ノルワールは彼が寝ている部屋のドアを開けて、声をかける。
彼はあれから目を覚まさなかった。そしてテリーナも。
それほど異端者に痛めつけられ、叔父につけられた傷が深かったのだろう。
「ヒューウェイ?」
その時彼女は異変に気が付いた。
ベットの布団の膨らみが明らかにいつもと違う。
慌ててベットに近づくと、そこは誰も居なかった。
「まだ…暖かい?」
ノルワールは急いでその部屋から出て行った。
ロウディットは彼女の墓の前で立っていた。
彼の手には色鮮やかな花を持っている。そしてその墓にはこう書かれていた
フィルチェイナ・アルヴィナル
彼女の本名だ。
彼女はヒューウェイを庇って死んだ。
その彼もまだ目を覚まさない。
「ヒューウェイも辛いだろうな…」
ロウディットは小声で言う。
表情を殆ど変えない彼だが、身内に殺されかけたのだ。
ノルワールもヴィルカーンだって。
「本当に、辛いだろうね」
後ろから声をかけられた。振り向くとそこにはサーレテスが立っていた。
「まるで、他人事の様ですね」
苦笑しながら言うと、サーレテスも苦笑した。
「いいや、私はただ情けないと思っているだけさ」
「情けない?」
「実は私は、いや私達は百六十年間、記憶を持ち続けてきた」
「持ち続ける?」
「戦争時代の時のウィアディリー家とウィーアリー家の記憶を持っている、ってことだよ」
「そんなことが…」
「何故か出来ている。
けども今はウィアディリー家の記憶しかないんだ」
「ウィーアリー家の記憶は…?」
「ナーザイナが持っている。
だから彼はそれに振り回されているだけなんだ。
けれどもそれは君達には全く関係ないことだ」
「関係ない…」
「関係なかった、と言うべきだろう。
関係なかったのに、ナーザイナが行動を起こしてしまった。
ヒューウェイだってあんな辛い思いをしなくてよかったのに」
「あんな怪我をして…まだ目を覚ましていないんですよね?」
「それも…ある。
けれどあの子はナーザイナに懐いていたんだ」
「そうなのですか?」
その問いかけにサーレテスは困った様に微笑んだ。
「そうなんだ。私よりも一緒に居たと思うよ。
だからあの子を手にかけるなんて、思ってもいなかった。あいつだってヒューウェイと気に入っていたと思っていたんだけどな」
「そんな…」
何が彼を動かしているんだろう、と疑問に思う。
「それ程、酷い時代だった。
そして君達は無関係ではなくなった。この話をしなければと思って誘いに来たんだ」
「え?」
「百六十年前の私達の罪を、聞いてくれるかい?」
「罪…?」
「長くなってしまうけれど」
目を伏せて静かに言った。
「きっとその話は俺にとって関係あることでしょう?」
静かに頷く。
「俺はまだ迷っているんです。
ナーザイナさんが言っていることも正しい。けれど間違っている。
そして俺はどうやってこの能力と付き合っていけばいいのか、まだわからないのです」
今決めろと叫んでいたウェイトの姿を思い出す。
「そうだね」
「俺は、俺と同じ能力を持っていた、メルシリアの英雄の話を聞きたい」
「それが残酷な話であっても?」
「はい」
彼の表情を見て、サーレテスは笑った。そして口を開こうとした瞬間にサーレテスを呼ぶ声が聞こえてきた。
「どうしたんだい?ノルワール」
「ヒューウェイの姿が無いのです」
「何?」
「あんな体でどこに…?」
「ノルワール、ソーサリーで探してくれないか?」
サーレテスは空を見上げた。
それにつられて彼等も顔を上げると、優しい風がふいた。
ヒューウェイは足を引きずって歩いていた。
一体あれから何日経ったのかわからなかったが、そんなことは気にならなかった。
今の自分にしなければならないことがある。
まだ傷が痛むがそんなことも構っていられない。
息を切らし、自分の目的地まで辿り着いた。
そこにあったのは、黒い箱。
ソーサリーが使えなくてもわかる。この異質な気配。
「ウェイト…」
大きく息を吐きながら、言った。誰にも聞こえない様な声。しかしそれは返事をした。
『なんだ?』
ヒューウェイはほっとする。
「ウェイト。よかった居て」
『俺はここから動くことが出来ない』
「体が無ければ…」
『そうだ。体が無ければ俺はただの箱だ』
「体が必要だろう?」
『何が言いたい?』
「俺の体を使えばいい」
『お前は自分が何を言っているのかわかっているのか?
この術はお前を苦しめる術なんだぞ?』
「わかっている」
『フィルがどれだけこの術に苦しめられてきたのか、俺は、知っている』
「俺はフィルとは違って事情を知っている。
そして俺は、叔父さんを止めたい」
『あれは殺さないで止められるとでも思うのか?』
「その可能性がないわけではない。だろう」
『その可能性は希望が無い程低い』
「何故そのことが?」
『わかるさ。百六十年前のことを知っていれば』
「お願いだ、ウェイト」
黒い箱が置かれている机に手をついた。
「俺には力が必要だ…力が無ければ、俺は誰にも勝てない。誰も守れやしない」
『お前は…』
「俺の力が無かったばかりに、フィルを殺された。俺がベルジゲルに力を抑えられていたばかりに」
『ベルジゲルを持っていれば俺だって無力だ』
「それでも!俺は、力を手に入れなければならない!」
『……』
「お願いだウェイト。守る力が、欲しいんだ」
ウェイトは黙ったままだった。
沈黙が流れた。二人共口を開かなかった。
しかしその間もじっとヒューウェイは机に手をついたまま、頭を下げたまま、動かなかった。
そしてため息、らしい声が聞こえてきた。
『わかった』
「本当か」
その言葉でヒューウェイは顔を上げた。
『でも、本当にドッペル・デュールは苦しいものだ。
胸を圧迫されたような感触。息ができなくなる感触、それでも、するのか?』
「失敗する可能性は?」
『半々』
「なら、その半分になってやる」
『即答、か…』
ウェイトは呆れた様に言った。
『実は成功率は半分じゃない』
その言葉に眉に皺を寄せた。そんな嘘をついた意味がわからなかった。
「何故そんなことを?」
『お前を試した。精神を入れること自体、必ず成功する。
しかしこの術は精神を箱に入れる成功があまりにも、低い』
「何故?」
『さぁ。わからない。さて俺を入れる訳だが、しばらくはお前の体は俺が支配することになる。
それでもいいか?』
「ああ」
『わかった』
ノルワールが、ドアを開けるとそこにはヒューウェイが黙って立っていた。
「ヒュー…」
名を呼ぼうとしたが、違和感があった。
いつもの気配と違う。そして後ろに居たサーレテスは震えた声で言った。
「まさか、ウェイト?」
「え?」
言っている意味が分からず、後ろを振り返った。
サーレテスは震える足でヒューウェイに近づき両手で両頬に触れる。
「どうして…」
眉間に皺を寄せ、悲しんでいる表情のサーレテスとは反対に、ウェイトは無表情で言う。
「こいつが望んだ」
「何故…待ってくれなかったんだ…」
「お前じゃ無理だ。精神がもたない」
「そんなことは…」
「いいや、言い方が悪かったな。お前の体ももたない」
「そう…だな…」
「お前は不適任だ。しかしこいつは適任だった。それかヴィルカーンも当てはまるな」
サーレテスは頬を優しく撫でた。
「すまない…お前達を、巻き込んで。
すまない…ヒューウェイ…」
「ああ、すまない」
二人のやり取りを、ノルワールとロウディットは黙って見ていた。
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「さて、これで私は殆ど話さなくて良くなったわけだ」
ロウディット、ノルワール、ヴィルカーンそしてウェイトが同じ部屋に、テリーナが寝ている部屋に集まっていた。
「テリーナはまだ目を覚まさないな」
ロウディットが言うとウェイトは「そうだな」と低い声で言った。
「時期に目を覚ますだろう」
その表情は少し曇っていた。しかしそんな彼を無視するように明るい声でサーレテスは言う。
「さて頼んだよウェイト」
「なんで俺が…」
ウェイトは大きなため息をついて、そして黙った。
どこから話そうか迷っている、そんな感じだった。サーレテスもそんなウェイトに意見を言わず、じっと床を見て、黙ったままだった。
「何がいけなかったのだろう」
ウェイトは突然口を開いた。
彼等は少し首を傾げる。
「俺はそればかり考えていた。ずっと答えを探し続けていた」
自分はいつの間に間違ったのだろうか。何故間違えてしまったのだろうか?
「考えても、考えても、その答えはわからなかった。
何年考えたのか、思い出せない程、考えた。
でもある時、俺をドッペル・デュールした奴があっさりと教えてくれたんだ」
今でもその状況を鮮明に思い出すことが出来る。
あの笑顔、明るい声、それを聞いてどれだけ馬鹿なことを考えていたんだろうと思ったぐらいだった。
『お前は正しかった。けど話を聞く限り、周りが間違ってしまっていた。お前はそれさえも自分のせいにしてしまっている。
自分には自分の責任が。他人には他人の責任がある。
自分の責任でさえ精一杯なのに、他人の間で背負う必要なんて無い。
そしてお前は俺にとって必要な人なんだ。死にたいなんて言ってくれるなよ』
頭の中で、その言葉を思い出す。
「あの時の俺は兵器としてしか生きる価値が無かった。そう言う時代だった。
一兵士としての俺ではあらがうことなんてできなかった。それは仕方のないこと。
けど俺は今現代でも仕方のないこと、で済ます気は無い。
あんな経験はお前達がする必要なんて無いんだ。これは百六十年前に終わったこと。
お前達には同じ経験をして欲しくない。前に進むべきだ。
だから俺達が失敗してしまった同じことを経験する必要は無い。
俺達が失敗したことを頭に入れ、俺達が失敗しなかったことを経験してくれ。
そしてその失敗したことを次の世代に伝えてくれ。
それが、今の俺達に出来ることだから」
多くの人々が無残にも殺害されていった時代。
確かに他国との戦争は絶えなかった。
けれどもその時代は差別の時代とも言われていた。
人々が時代を憎み、そして絶望していた時代。
「けれども決してそこには希望や笑顔が無かったわけじゃない。
でも繰り返してはいけない。
それでは前には進めないから」
今から始まる話は、百六十年前に起こった出来事。




