現代編5
(11.02.20~14.04.29)
書き直し:16.04.10
「何が起こっている?」
皇帝は街の異変に気が付いて、座っている椅子から立ち上がった。
サーレテスも立ち上がり、見ていると、人混みの中で演説している男を見つけた。
「我々異端者は百六十年前からずっと迫害され続けてきた!
人間と認められず、ずっと隠れて過ごしてこなければならなかった!
それが今日!終わりを告げるのだ!もう我々はこんなことをされずに終わるのだ!」
そう言って男は自分が羽織っていたマントを脱ぎ捨てる。
男の上半身にはびっしりと紋章が書かれていた。
刺青の様だった。皇帝はそう見えた。それが何を意味するかは理解できず、眉に皺を寄せていたが、隣に居るサーレテスは、あれを見た瞬間、動揺した。
「何故、ベルジゲルが…!」
男の演説は続く。
「こうして我々は能力がある者達の道具とされ、不必要になれば、我々を物の様に捨てる。
けれど我々も人間だ!能力が使えないだけの人間なのだ!
能力が無いだけで、同じ姿なのにここまでされるのだ!」
市民がおおお!と大声を上げる。隣に居るサーレテスに皇帝は話しかける。
「一体ベルジゲルとはなんなんだ?」
その声に我に返り、説明しようとすると、後ろから声が聞こえてきた。
「今の皇帝はベルジゲルすら知らないのですね」
二人同時に振り返ると、そこにはナーザイナが立っていた。十五年前、出て行った姿と全く同じ姿で。
「そう言えばドッペル・デュールも、ベルジゲルも、ウィアディリーが消してしまったんですよね。禁忌として。それも開発した、アルヴィナルが、異端者だったからですか?」
それを聞いて皇帝は動揺する。
「それにしても異端者とは面白いですよね。
異端者が親だったとしても、子が必ずしも異端者ではないのだから。だから誰も知れなかったんでしょう?アルヴィナルの初代当主、ブルート・アルヴィナルが異端者だった、ってことを」
「何故、それをお前が知っている」
サーレテスは低い声で問いかけると、ナーザイナは鼻で笑う。
「そんなの百六十年前から知っていたからに決まっていますよ」
「百六十年前から?」
彼の言っていることはあまりにも矛盾している。人間の寿命は長くて六十年だ。
「ああ、この皇帝はまだ知らないのですか?この呪われたウィアディリーの秘密を」
「これは我々の問題だ。それを皇帝まで巻き込むなど、」
「いいや皇帝にも関係ないわけがないでしょう?
仮にも異端者虐殺を行った、子孫なのですから」
その言葉にサーレテスは目を細める。
「それに俺の愛する人物を、目の前で引裂いたのだから」
そしてサーレテスは憐れんだ表情で言う。
「お前はそこのことを未だに引きずっているのか。
それはもう百六十年前のことで、私達にはもう関係ないことなのに」
「関係ない?」
ナーザイナが眉間に皺を寄せて怒りを露わにする。
「もうあの時の体ではないから?
あの時と時代が違うから?
皇帝が心変わりしてくれたから?
違う!違うだろう!お前は未だって異端者が差別されているのをわかっているはずだ!なのにお前達は目を瞑って平和な世界だとほざきやがる!
何が平和だ!何が平等だ!結局はこの世界は差別で溢れかえっているじゃないか!」
「異端者の差別を無くすために、お前が動く、と?
彼女の無念を晴らしてやろう、と?」
「そうだ!俺はあの時何もできなかった!そして今までも何もできなかった!それを今ここで変えてやるんだ!」
「間違った方向で?」
「俺達は間違ってなど居ない!」
「いいや、暴力で解決など、結局不幸な人が生まれるだけだ」
「それが今までのうのうと暮らしてきた皇帝ならば、結構なことだろう」
皇帝は口を開く。
「けれどその後は?」
「は?」
その顔は酷く歪んでいる。
「その後誰が、この国を守るんだ?」
「お前じゃない誰かだ」
「少なくとも、私はお前に皇帝の座を渡すつもりもない。そしてサーレテスにも」
「自分がこの地位に居たいだけだろう!」
「いいやサーレテスはウィアディリー家で精一杯だ。あなたはウィアディリーに居なかったからわからないかもしれないが、私にはわかる。だから私しか居ないのだ」
ナーザイナは低い声で笑う。そして
「それは、上から見る者の戯言だ!」
と言って、宙に円を描き、早口で言の葉を唱えた。
本来ツオバーを使い時、言の葉など唱えない。現代の人はそんな使い方を知らない。
言の葉を唱えた方がツオバーの威力が高まるなど、誰も知らなかい。
皇帝も知識として持っていたのだが、現に使った人物を初めて見る。
みるみるとそこから炎が浮かび上がり、大きな炎の渦ができあがった。
「懺悔ぐらい聞いてやろう」
サーレテスは黙って皇帝の前へと出た。その様子を見て皇帝はまさかと思う。
「あれを受け止める気か?」
無理だ。あの炎は受け止めることなどできない。
「お前の計画など、全て無駄だったんだ」
そして彼は笑う。
「百六十年前からずっと立ててきた計画が全くの無駄になってしまったなぁ!ロイヒテン・ウィアディリー!」
炎の渦が、皇帝とサーレテスに襲い掛かる。
皇帝は恐怖のあまり目を瞑っていたが、サーレテスは手を真っ直ぐ伸ばした。
そして言の葉を唱えると、それは一気に掻き消された。
それを見透かしていたのか、ナーザイナは話を続ける。
「俺さえ生まれて来なければ、百六十年前と同じ状況にならなかったのに。本当に残念だ」
一拍間を置いて、サーレテスは問う。
「一体お前は誰と話しているんだ?」
「お前の記憶の主、ロイヒテン・ウィアディリーに」
「それは百六十年前の当主だと、何度言えばわか…」
突然サーレテスは咳き込んだ。
そしてあまりの咳に床に跪いてしまう。
「あの時と真逆の立場ですよね。兄上。
あの時体が弱かったのは俺だったのに」
一瞬彼が悲しそうな顔をした。そう皇帝には見えた。
そして彼は再び炎を出す。先程よりも大きく感じる。
「さようならだ。我が兄、ロイヒテン」
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「彼女を救いたくはないか?」
耳元で囁かれたその声は、まるで悪魔の様な感じがした。
父親と全く同じ顔で同じ声で話しているのに、どうしても後ろで自分の腕を掴んでいる人間が、自分の父親だと思えなかった。
「貴様何を考えている!」
叫び声が聞こえてきて、我に返った。叫んでいたのはウェイトだった。
「やはりお前は…!」
その様子をハーリッドは冷ややかに見ていた。
そして掴まれていた手を振り解き、ハーリッドへ剣を抜こうとした。抜こうとしたのだが、それを阻止されてしまったのだ。
テリーナによって。
ウェイトも、フィルも、絶句をした。
しかしロウディットだけは冷静に彼を見ていた。
「離せ!」
「いいえそれはできません」
「お前の主は戦争を引き起こそうとしているんだぞ?止めるべきだ!」
テリーナは一瞬黙り、そして小さく言った。
「知ってました。そんなこと」
ウェイトは舌打ちをし、ソーサリーを使おうとした。しかしできなかった。
「それでも私はあなたを止めます」
するとテリーナが剣を素早く引き抜き、首筋に刃を向けた。
「くそ!離せ!」
ウェイトはもがくが、テリーナの方が力が強かった。解けられなかったのだ。
その時、フィルもウェイトと同時に捕まれている手を解こうとして、動いたが、相手の手と自分の手が氷漬けにされてしまった。
「このままで見て頂きますよ」
一拍置いて男は言う。
「姉上」
フィルは相手が言っている意味が分からず「姉上?」とオウム返しをする。
一瞬弟のツヴェルクの顔が思い浮かんだが、すぐに否定した。何故なら彼は行方不明なのだ。そして再び会うことは叶わないと思っていた。
そしてこの捕まえている人物は、この前ナーザイナと一緒に居た男だった。
「あなたは十五年前、父上にドッペル・デュールをかけられて全くお姿が変わられていなかった。だから俺はあなたをすぐに見つけられたのです」
黙ったまま疑いを持った目で相手を睨んでいると、相手は少し微笑んだ。
「まだ信じられませんか?
まぁそうでしょうね。十五年間も姿を見ていませんでしたからね。
一つ、思い出話をしましょうか?」
「思い出話?」
「父上が厳しく剣術を教えて居た時必ずと言っていいほど、助けて下さった母上。父上とは違い、とても優しい方でした。
しかしあれは母上が無くなった時でしたね。俺はずっと泣いてそして母上の最期を見た。
砂になって中心に置かれていた真っ黒い箱を残して、彼女は亡くなりましたね。その時さすがに姉上も動揺を隠せず「これはなんだ?」と言葉を発していましたね。
ね、フィルチェイナ姉上覚えていらっしゃいませんか?」
「な、ぜ。なぜ…」
「あの時俺は父上に連れられて、未知の土地でずっと父上を待っていた。けれども迎えに来てはもらえなかった。
そんな俺の前に現れたのは、ナーザイナ・ウィーアリーだったのですよ。
行き場もない俺は彼についていくことにした」
「なら、あなたはナーザイナ様の意向に賛同していない、と?」
「どちらでも。世界がナーザイナ様を望むのならそれでもよし、望まないのならば…」
「あなたの意志はどっちにあるの?」
「俺はナーザイナ様の意志に従うよ。俺には何もないからね」
フィルは絶句してしまった。何も言えなかったのだ。
「しかしあなたがまだ生きているなんて計算外でした」
黙ったまま彼の話を聞く。
「ドッペル・デュールを強制的にはがされる人間は死亡してしまうはずなんです。この術は謎が多い…」
その言葉で、そうか、と心の中で思った。もう昔の弟は失ってしまったのだ。
十五年と言う長い年月の中で、自分の弟は死んでしまったのだ。
「テリーナ何のつもりだ」
「何のつもりもありません」
「お前はずっとナーザイナの味方だったと言う訳か。ロウディットの誘拐のことすら知っていた、と?」
「いいえそのことについては私も知りませんでした。しかし知っていたとしたら作戦に支障をきたしてしまう。そう思って私にはお伝えにならなかったのでしょう」
「お前はロウディットが不幸になってもいいと?」
「その質問の意図が見えないのですが」
「戦争時代の時だ。英雄と呼ばれたメルシリア家の貴族が居た。ヘルト・メルシリアだ。あいつの先祖でもある。
あいつはロウディットと同じ様に能力を使うことができた。しかしその高すぎる能力は人を不幸にし、そして最終的には自分までも不幸にして、死んで行ってしまったんだ。
お前は同じことをロウディットに課そうとしているんだぞ」
「それは戦争時代のことでしょう。我々がその様にロウディット様の能力を使おうとしても、私はロウディット様をその様にはさせない」
その時、周りが歓声を上げた。
ロウディットの顔は戸惑いを隠せていなかった。
ウェイトはそれを見ているテリーナを見ていた。
「けどお前に俺を止めることができると思っているのか?」
残念ながらテリーナの能力は低い。それも異常なまでに。
それでよく異端者と言われなかったものだと、思うぐらいに。
それはテリーナ自身が一番よくわかっていた。
能力が低いために、何度も蔑まれてきた。
デルカンド家は五大貴族の中で唯一他の貴族に仕える使用人の一族である。仕えるのはウィアディリー家だけ。他の貴族には基本仕えない。
しかしテリーナだけメルシリアに行かされたのは「お前はデルカンドには不必要な」と暗に意味していた。
しかも五大貴族は、その者の能力が重視されていた。それぞれの親、子供は能力が長けていなければ、いけなかった。だから彼等は努力するし、一般市民よりも能力が高い。しかし努力だけでは報われなかったのだ。
そしてテリーナには優秀な兄が居た。
だから周りからその兄と比較されていたのだ。
「兄に全て能力を奪われてしまったのだ」
「兄はあんなにも優秀なソーサリーであるのに、弟は…」
「でもまぁまだ次男でよかった」
いつも言われてきた言葉だった。特に能力が衰え始めたのは、十五年前のことだ。
そして兄からも「俺がお前の兄でよかったな」と見下された。
テリーナは兄に勝つため、周りに認められるため、努力をしてきた。毎日毎日ソーサリーを使い続けた。
けれども能力は劣って行ってしまうばかり。
力が逃げて行ってしまう様な感覚だった。慌てたが、もうどうすることもできなかった。
剣術だけなら、兄も父でさえも勝てるのに。勝てるのにどうしてもソーサリーの力は衰えてしまう。
そして父に認められてもらう日は永遠に来なかった。
突然彼が亡くなったのだ。
その時しばらく何もする気が起きなかった。
幼いテリーナにとって、父親は大きな存在でありそして憎むべき相手だったからだ。
父親にさえ認められたらどれだけ自分は救われるのだろう。そう思っていたのに、彼は突然亡くなってしまった。病気だった。
その辺りからだった。ナーザイナがテリーナを誘ってきたのは。
彼は一言目に問いかけた。
「君はこの世界があまりにも歪には見えないかい?」
何が言いたかったのか理解できた。だから黙って頷いた。
「この歪な存在は百六十年前から始まった。そこからだ。ずっと世界は歪んだままだった。
私はその記憶を引き継ぐ者。同士を探して、俺はこの国を変え様と思っている。
君もこの国を変えたいとは思わないかい?」
ナーザイナが手を伸ばす。そしてテリーナは黙ってその手を掴んだ。
「私は…僕は…元から異質な存在だった」
それはウェイトにも感じていた。テリーナはソーサリーであって、何かが彼の能力を止めてしまっている、とそう感じていた。
「だから小さい頃から目障りに思われ、ついには一族からも追い出されることとなった」
デルカンド家は皇帝に仕えているウィアディリー家に従うことこそが、存在意義だと教えられてきた。
だからメルシリアに従うことは彼にとって屈辱なものでしかなかったのだ。
「見ている限り」
ウェイトが口を開く。
「お前達は兄弟の様だった。ロウディットは一人息子で兄弟なんて居なかった。
フィルとはどうも折りが合わない様で、あいつの方が距離を置いていた気がした。
だから俺も、あいつはそう言う奴だ。あいつは人と置く人間なんだと勝手に思っていた。
けどもお前とは年齢も近いのか、懐いていた。お前だって楽しそうだった。ああ、心を許せる奴ができたんだなって思った!お前は違うと思っていたのか!」
「…………」
「お前はあいつの力を、英雄の力を利用しようとしているだけだったのか?
あの力はどれだけ恐ろしいものか知らないだろう!
あの力はあいつをも殺してしまう力だ!お前は…」
ウェイトはそこで気が付いた。彼の表情に。
真っ直ぐ自分を見ていた彼の表情に、気が付いてしまったのだ。
そこでドゥっと爆発音が鳴り、炎が上がった。そしてウェイトとテリーナの間に、人が飛んできたのだ。思わず掴んでいた手を手放してしまう。
「フィル!」
彼女は丸焦げになりながら、地面に倒れていた。飛んできた方向を見ると、一人の男がゆっくりと歩いてきていた。
「お前は…」
幼い頃しか見たことがなかった。彼は見たことしかなかったのだ。彼の母親の目を使ってしか。
けれどもはっきりと名前も、あの顔も、そして面影があった。
だから今ここで一人の人間として出会えていることが夢の様だった。信じられなかった。
「ツヴェルク…」
相手はウェイトに気が付いた様で、少し首を傾げた。
「何故俺の名前を…?」
一瞬戸惑っていたが「ああ」と納得が言った様な声を出して言った。
「父上が母上にドッペル・デュールをしていた、精神体ですね」
その言葉にフィルはピクリと反応した。
「どういう…」
「ドッペル・デュールを成功に導くための研究だった、と聞いていますが」
「父上は…母上まで…」
彼女の中で何かが崩れる様な気がした。
二人は愛し合っていたと思っていた。何故なら彼女が小さい時は二人共笑顔で生活していた。それをはっきりと覚えているからだ。それを慰めとして生きてきたからだ。
ウェイトを見上げると、彼は憐れんだ様な目をしていた。そしてしゃがみ込んで瞬時に彼女の怪我を治癒した。
「知っていたのか?ウェイト」
「ああ」
「そうか…」
そう言って、フィルは立ち上がり、周りに強風を巻き起こした。
一般市民は殆ど逃げていたため、そこに居た異端者だけが、吹き飛ばされる形となったが、それぞれを安全に着地させる。
「おお、なんとも」
ハーリッドは余裕に満ちた声で感嘆の声をあげる。
フィルは睨む様に彼を見ていた。
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この最期は焼かれて死ぬのかと思っていた。
そう思っていたのに、なかなか炎は襲ってこない目を瞑り皇帝を守る体勢で待っていても炎は襲ってこなかった。
そう自分の娘のソーサリーによってナーザイナの炎は止められていたのだ。
相手も驚いた様に目を見開いていた。
「ノルワール…」
炎が尽きると、彼女は床に膝をつく。
「これでよくわかりました」
大きく息を吸い込んで、彼女はナーザイナを睨みつける。
「あなたは昔私達を可愛がってくれた叔父ではない。皇帝の敵、つまりは我々の敵」
素早く剣を引き抜き、喉仏に目がけて襲いかける。
そしてナーザイナの後ろからも何かが襲い掛かってきた。
それを予測していた様で、氷のツオバーを使って両方の攻撃をギリギリの所で受け止めた。
「ヴィルカーンか」
ノルワールとヒューウェイの兄、ヴィルカーンが眉間に皺を寄せて言う。
「我々の叔父として恥ずかしい限りですよ」
その時炎の鳥が室内に入ってきた。
「ところでこんなところで俺ばかり気にしていていいのかな?」
その炎は瞬時に儚く消えてしまう。
「まさか…」
サーレテスは何かに気が付いた様子で、目を見開いた。その表情を見て、ナーザイナはほくそ笑む。
「そう言うことだ。俺はただ皇帝を見ておきたかっただけだからな。この時しか姿を見せない皇帝の姿をな…」
そう言って周囲を小さく爆発させた。その煙で何も見えず、四人の視界は塞がれてしまった。
煙が晴れてきて周囲が見渡せる頃には、目の前には誰も居なかった。
煙が晴れサーレテスはすぐに走り出そうとするが、再び咳き込んでしまう。すぐさま二人の子供が父親に駆けつける。
「父上!血が!」
ノルワールが少し悲鳴をあげる様な声で叫ぶ。ソーサリーをかけようとしたところで、サーレテスに止められてしまう。
「それよりもヒューウェイを探すんだ」
「ヒューウェイ?」
「ナーザイナは今、ロウディット君の近くに居る邪魔者を消そうとしている。
フィルもこちら側だが、ウェイトが居るから命はまだ狙われない。
ただ、ヒューウェイはただの邪魔者だ。今回の彼の作戦は皇帝の顔を認知しておくこと、そしてヒューウェイを殺しておくことだ」
「そんな…」
「早く!ノルワール早く探知を!」
ヴィルカーンに急かされてノルワールは我に返った。
彼女が目を瞑って、ソーサリーで弟を探し出してから一分、二分、と経っていく。
この時間がやけに長く感じられる。
「わかった。異端者二人と戦っている。けれどヒューウェイがまだ優勢…?」
「よし行くぞ。ノルワール!」
そう言うと二人は皇帝に頭を下げて、一目散に去って行ってしまった。
二人が行った後、皇帝は胸に手を押さえているサーレテスを見ていた。
その視線に気が付いたのか、彼は立ち上がろうとしたが、ふらついてしまい、結局近くにあった椅子に座った。
「今まで黙っていて申し訳ありません」
彼は苦笑いをしていたが、皇帝は何も言わなかった。
「黙っていて、ではなく何も話さなくて、ですね。誰にも話していない話しでした。
ただ自分だけが知っていれば、十分だと、今まで思っておりました」
「それはどうして?」
「今までの私がそうしてきたからです」
「まるでお前が一人じゃない、みたいな言い方だな」
「ええ、そうです。我々は一人ではない。百六十年前、犯した罪で記憶が引き継がれることとなってしまった」
「それは誰の記憶なんだ?」
「ウィアディリー家とウィーアリー家の記憶だったはずなのです」
「だった?」
「前まではウィーアリー家の記憶を持っていたと、覚えているのですが、今回はウィアディリー家だけです」
今回は皇帝への殺意との葛藤は起こらない。だからウィーアリーの記憶と分離させられたのだ。
そしてその記憶はどこへ行ったのか?それはすぐにわかっていた。
「その記憶だけが、ナーザイナ・ウィアディリーに宿ってしまったと考えていいと言うことか?
彼はその記憶によって操られていると考えていいんだな?」
その言葉にサーレテスは首を横に振る。
「操られている訳ではありません。
ただあいつはその記憶に振り回されているだけです。
それはあいつの弱さと言ってもいい。だから」
そこまで言って彼は自分の手を見た。
「殺してでもこの手で止めてみせます」
真っ直ぐ自分を見つめてくるサーレテスを黙ったまま、じっと見つめ返していた。
そしてゆっくりと口を開く。
「百六十年間、ずっと我々を見てきたと言う訳か」
「申し訳ありません。決してあの過ちを二度と起こさないと思っていた、その一心でした」
「ずっと誰にも話してこなかった?」
「話せば、私はウィアディリーから追放されてしまうでしょう…?」
それはそうだ。自分もその話は全く知らなかった。そしてもし父がこの話を知っていれば、追放しただろう。
「けど、俺は…」
「今までこの話を黙っていた罪、のちに罰は受けます。しかし今、いまここで私が下がってしまったら、ナーザイナを止めることができない…どうか、これが終わるまではウィアディリーとして生かしてはもらえないでしょうか?」
皇帝は目を伏せた。
彼の目は真っ直ぐ自分を捕らえて逸らしはしなかった。
「確かに父ならここであなたを処分したでしょう」
全てを把握していなければ、納得できない父のことだ。
「けれど今の皇帝は私だ。父ではない」
「サーレテス・ウィアディリー。確かにあなたは我々を欺いてきたかもしれない。
けれども私の目に映るあなたは、欺いてこの国を陥れようとしているとは思えない。
だから私は今ここで起こった出来事は誰にも話さない。トップシークレットにしよう」
一旦ここで言葉を切って少し息を吸った。
「それは皇帝を退いた、父にも話さない」
そうすれば、あなたは追放されなくて済むでしょう?
とサーレテスの耳に聞こえてきたような気がした。
「けど、それでは前皇帝に…」
その言葉に皇帝は肩を竦める。
「知らなければ怒りようも無いし、それにもう父は皇帝ではない。皇帝は私だ」
「皇帝…」
「我等は国民の為に。そのために私は名を棄て皇帝と名乗るのだから」
サーレテスは目の前の皇帝がやけに大きく見えた。
「ウェイト」
横に並んだフィルが小声で話しかけてくる。
「ヒューウェイ様の姿が見えない」
「引き離されたか」
「先程、あの方の火の鳥が飛んでいくのが見えた」
「もしかしたらさっきまで演説していたベルジゲルの男も居なくなっているから襲われているかもな」
「ツヴェルクの方は私が引きつける。ロウディット様を、頼んでいい?」
「ああ、ヒューウェイは南門から出てすぐの所に居る」
そう言って瞬時に二人は離れた。
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「ぐっ!」
ヒューウェイは地面に投げ飛ばされ、受け身を取ることも出来なかった。
彼は人混みの中に流され、フィル達から離されてしまった。
複数人に腕を掴まれ、抗うことができなかった。
そして今、二人の男女が彼の前に立っていた。自然と苦笑が出てくる。そして瞬時に火の鳥を作り飛ばした。
彼の表情が異質だったのか、男は「何を笑っている?」と問いかける。
「いいや、身の危険を感じて武者震いしているだけさ」
そう言いながらゆっくりと立ちあがって、剣を引き抜いた。
「男の方は、ベルジゲルの紋章を入れているんでしょ?さっき演説を見ていたよ。
ただあの演説に疑問が残るんだ」
「疑問?」
「百六十年前から我々は迫害されてきた。そこまではいい。けれどその後だ。ロウディットを指してこう言っただろ?
『ツオバー、ソーサリー両方使える、百六十年前の英雄と同じ能力を持った者が、異端者の救世主だ』
だったっけ?」
「それがなにか?」
「自分で認識していなければなお重症だ。
異端者のお前達は結局、能力がある者に助けを求めているって所さ」
「ナーザイナ様は必ず我々を救って下さる」
「そう、叔父さんも能力者なのに?」
「彼は、ドッペル・デュールをした」
姿を消してから全く変わらない姿だったので、わかってはいた。けれども実際に聞くと頭を殴られた衝撃に駆られる。
「ドッペル・デュールは自分が持っていない能力をプラスさせる術だ。しかしナーザイナ様は」
ベルジゲルの男は一拍置いて、そして口角を上げて言った。
「異端者をお入れになったのだ」
「は?」
ヒューウェイは相手が何を言っているのか全く理解が出来なかった。
「異端者のせいしんを入れたのだ。ナーザイナ様は我々を認めて下さった。だから我々は彼を信じるのだ。彼の為ならば命を賭けてもいい」
「そんな、馬鹿な…」
その行動自体が理解できない。
「叔父さんは、何をしようとしてるんだ」
ヒューウェイが呆然としていると、ベルジゲルの男が襲い掛かってくる。ギリギリのところで避けたが、先程の男の言葉が頭から離れなかった。
だからヒューウェイは忘れていたのだ。敵が二人居ることに。
後頭部に強い衝撃を受けた。そのまま地面に打ち付けられる。
その後ベルジゲルの男に捕まりそうになるが、なんとか避けきることができた。
二人からの攻撃を避ける一方で、ヒューウェイは反撃することができなかった。
異端者をドッペル・デュールする。その事実と、頭を殴られた衝撃で頭がくらくらした。
そして昔の自分の叔父の姿を思い出していた。
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「おじさん」
ナーザイナの後ろから声が聞こえてきて、振り返っても誰も居なかった。
「ここだよここ」
辺りを見渡してもその声の居場所を突き止めることが出来ない。
「おじさん、上だよ」
言われて上を見ると、そこには甥のヒューウェイが木に登っていて、苦笑する。
「そんなと頃に居たら落ちるぞ?」
「大丈夫だよ。そんな時はツオバーを使えばいいんだから」
そう言ってヒューウェイは木から飛び降りる。ストンと軽い音を立てて、地面に着地した。
「それにこの高さなら、ツオバーを使わなくても、大丈夫だし」
反省の色も無い彼に「まったく」と小さなため息をつく。
「最近顔色が良くないですね。おじさん」
その言葉に、ヒューウェイの洞察力は優れたものだと感心する。兄弟の中でそれを言ってきたのは彼だけだったからだ。
「そんなこと無いけど?」
「そんなことありますよ。よく上の空ですもん。今みたいに」
心の中でばれていたか、と幼い甥を見て思う。
今歩いていた時だって、夢の中のことを思っていたのだ。
心から愛する人物を亡くした時の、他人とは思えない夢に出てくる人のあの絶望しきったあの表情。
「父上も心配している様子でした。まぁ俺はいつも蚊帳の外なんですけども」
そうだ、とナーザイナは思う
「ヴィルカーンとノルワールは任務か」
兄と弟は大分歳が離れているが、姉とは二つ違いのはずだ。なのに彼女は兄であるヴィルカーンと一緒に任務を遂行している。
「はい。俺に任されることなんてないんだよ」
困ったものだと、ナーザイナは自分の兄にため息をつく。
ノルワールだって任務に就かせるのは早すぎるだろうと言っても彼は聞かなかった。頑固なところがあるのだ。
しかし兄が彼女をヴィルカーンと同行させたくなる気持ちもわからなくない。
彼女はソーサリーだ。しかも探索に優れている。だから状況判断させやすくするために任せているのだろう。
しかしヒューウェイはツオバーだ。ヴィルカーンと相性が合わない。
ナーザイナは彼の頭を優しく撫でた。
「けどお前のツオバーは兄さんよりも優れているんだろ?」
「知らない。比べたこと無いし、そんなことしたって意味ないので」
「比べたことが無い?」
「比べたら兄上嫌がるから…」
ははぁとナーザイナは声をあげる。
わかっているのだ。ヴィルカーンの方はどちらが優秀かを。
「まだお前の年齢の時はヴィルカーンだって任務をしていなかったんだ。
ノルワールが任されるのが早いだけだよ」
ヒューウェイは黙ったままだった。
「まぁまぁ叔父さんの相手を少ししてくれよ」
「また父上にないしょで?」
「そうそう。内緒にしないと俺が怒られるから」
そう言って二人は笑いあった。
いつからだろう?ナーザイナが相手をしてくれとは言ってくれなくなったのは。
いつからか彼の表情は厳しくなってきて、恐ろしく感じた。
また何かしてしまう様なそんな…
そんな感じがした。
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体力も尽きてきて、息が荒くなる。
体中に傷を負ってもなお、目の前の男女には捕まらなかった。特にベルジゲルの男には捕まってはいけない。そう思っていた。
「もはや限界の様だな」
「せめて苦しまない様に殺してやろう」
こちらもツオバーで反撃をしていたのに、とことん掻き消された。ベルジゲルの力はそれ程強力なのかとヒューウェイは思っていた。
なら女性の方を狙おうにも、ベルジゲルの男が邪魔をしてくる。
突然ゲホゲホと咳が出てくる。腹を強く殴られ、血を吐く。
意識を保つのに精一杯だった。立っていることに必死だった。
二人が襲い掛かろうとしてきて、ヒューウェイは形だけでも剣を構えた。しかし彼の剣はふらついている。
ああ、俺もう少し生きたかったのに。
父上の様に生きたかった。
叔父さんを止めたかった。
そして初めて大きな任務に就けたと思ったのに。
だってメルシリア家の長男の護衛だろ?英雄と同じ能力を持っている人物の護衛だろ?
なんにせよ、あんな風に父に頼まれるとは思ってもなかった。だからきちんと遂行したかったのに。
こんな形で終わってしまうなんて。
そう思った。二人が自分のとどめを刺すまでの時間がやけに長く感じた。
けれどよく見てみると彼等は立ち止まって、驚いた表情をしている。
何が起こったのかわからなかった。自分の後ろを振り返ってみると、そこには意外な人物が立っていたのだ。
「おじ、さん…」
「やぁヒューウェイ」
ヒューウェイの後ろには明るい声とは裏腹に真剣な表情でナーザイナが立っていた。




