epilogue
(11.02.20~14.04.29)
書き直し:16.10.22
「わかってはいたのだけれども、数十年前は本当にこうなることなんて、想像もつかなかった。わかっていたのにね」
苦笑いをしながら彼女は独り言の様に呟く。しかしその部屋にはもう一人、居た。彼が「そうなんですね」と意外そうに呟く。
「生まれた時からあった常識が、もう今じゃ非常識になっている。私のこの強かった力なんて、必要ないのだから」
「………」
「確かにそれでいいの、いいのだけれども、どこか寂しい気持ちになるわ。ナイーブになっているのよ私」
「そんなまさか」
あなた以上の強じんな精神を持っている人など見たことが無いと言いたげな声で言う。
「あら、失礼ね。私だって普通の女性よ?」
「ツヴェルク、この問題はどうなっているんだ?」
「知りませんよ」
冷たく言い放つ彼に、声を荒くする。
「いやいやいやいやいやいや待て待て待て待て待て。なんでその一言で終わるんだ。この前頼んでおいただろう?」
「その問題、ロウディット様が面倒だからって俺に振ってきたんでしょう?俺だって知りませんよ」
その答えを聞いて、肘をついてため息をつく。
「つまりは収穫が無かった、と?」
「それ相手側はだいぶん巧妙な手口でやっているんだ。しっぽを掴むことが出来ない」
苦虫を噛んだ様な表情で彼は言う。それを見て「うーん」と唸りながら背もたれに大きくもたれかかった。ギシッと椅子が鳴る。
ふと、その時開いていた窓から、部屋の中に風が吹いてきた。懐かしい、そんな気がしてロウディットは立ち上がった。
不信に思い、相手は「ロウディット様?」と声をかけるが、その声を無視して早足に部屋から出て行った。後ろからツヴェルクの叫ぶ声が聞こえてくる。同じ様に大声で返事をする。
「ちょっと散歩!」
逃げる様に、何かを追う様な、彼の足は動く。
嬉しい
悲しい
疑問
怒り
嫉妬
喜び
様々な感情が浮かんでは消え、そして最後に残ったのは
「懐かしいな」
「ああ」
街の外れにある、広い芝生の場所だった。周りには緑しか見えず、遠くに町が見える。
声をかけると姿形が変わっていない、彼がそこに立っていた。
彼から放つ気配は一つ
相手は疲れた様にその場に座り、ロウディットもその隣に座った。
春の、優しいけれど強い風が二人を包んだ。
「元気にしてたか?」
「ああ」
返って来た答えに少し満足した様子でロウディットは微笑んだ。相手は笑っていなかったが、どこか優しい表情をしていた。
「ずっとどこに行っていたんだよ」
その問いに首を傾げて「うーん」と唸る。
「色んな所行ったよ。色んな、所に…
能力を持っていなくとも、笑顔のある国や、能力を持っていなくても悲しみに満ちた国もあった」
そこまで言って、彼は口を閉ざす。
またふわりと風がふいた。
しばらく二人は口を開かなかった。ただただ、そこから街を眺めていて、そしてロウディットが静かに口を開く。
「お前が突然居なくなったから、ウィアディリーは少し騒然としていた。誰が当主になるんだって。ヴィルカーン様が亡くなられて、お前が当主になるべきだろうって、ノルワール様は思っていたから」
それを聞いて相手は力無く「ははは」と笑う。
「結局ノルワール様が当主になったのだけれども。あんな慌てた彼女をあれ以来見たことは無かった」
「そうか…」
相手の瞼が重そうに動く。そしてこつん、とロウディットの肩に彼の顔がもたれかかってきた。
「ナーザイナ様はって案はあったけれど、彼が拒否したんだ。自分はとんでもない罪を犯してしまったから、そんなたいそうな役は出来ないって。
だから結局ノルワール様が今も当主。
次はエーケン様だとのことだ。彼は必死にノルワール様とウィアディリーを支えていたから」
「…そうか」
「お前は知っていたんだろうけれど、ナーザイナ様はドッペル・デュールをしていたんだ。異端者の、精神を。けれどもそれをツヴェルクが取り除いて、今もご健在だ」
「うん…」
「聞いているのか?」
ロウディットは笑いながら彼の顔を覗き込む。彼は目を閉じながら「聞いている」とゆっくりと言った。
「ウェイトは…元気だったか?」
「うん…けれどいつの間にか居なくなってた」
それを聞いてきゅっとロウディットの口に力がこもる。
「そうか…いつの間にか、か…」
「うん…」
「ヒュー…」
隣の自分の肩にもたれかかっていた、彼を再び見ようとして、それは叶わなかった。
彼の肩の重さは、いま、この瞬間に、砂の様に消えてしまったのだから。何も残ってはいなかった。
優しい風がふいた。
暖かい気温の中の、冷たすぎない、優しい風が。
ロウディットは一人で笑い、涙を流す。
「最期に会えて嬉しかった」
はははと彼の口から弱い笑い声が漏れ出る。
「ありがとう。ヒューウェイ」
涙は止まらない。
「さようなら。ヒューウェイ」
こうして人々は能力を放棄する道を選び、世界の構図はこうして静かに崩れ去ったのである。




