未来編6
(11.02.20~14.04.29)
書き直し:16.10.15
何事も必ず終わりは来る。それは永遠に続く様に見えても、必ず終わりは来る。
永遠に続けられることは今では不可能のことだ。
何故なら人間自体がそうではないからだ。
そして何度も繰り返す。
人間は永遠に記憶することが出来ないからだ。
ふわふわする意識の中でウェイトは目を閉じていた。目を開けなければと思うのだが、体を動かすことは出来ないし、目も開けることも出来ない。
ふわふわしている心地がとてもいいのだ。
おぼろげな意識の中で楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
誰だろう?
そう思ってゆっくりと目を開けようとした。
あっさりと目は開いた。
そこは真っ白で綺麗な所だった。
どこから声が聞こえてくるのだろう?そう思って起き上がる。
またあっさりと体は動いた。
周りを見渡し、キョロキョロと首を動かすと、声の主が見えた。
誰だろう?そう思い目を凝らすとゆっくりと理解した。
「ああ、ロイヒテン…」
久しぶりだな、と心の中で思った。彼のあんな笑顔を見たのは本当に久々だった。
最近はずっと眉間に皺を寄せて何かに耐える様な、そんな様子だったから、あんな笑顔を見ると安心する。
その隣には…「シュトラールか」とポツリと言う。
ロウディットと同じ顔をしていても、彼と見分けはすぐについた。何故なら彼は何事も無表情だからだ。けれどもどこか楽しそうだ。
「ははっ皆楽しそうにして…
シュヴァルツも…本当に…楽しそうにして…」
いつの間にか顔が濡れていた。ぼたぼたと目から大きな涙の粒が止まらないのだ。
「なんで…止まらないんだろう?」
顔に手を当てて、何度も何度も拭うが、その涙は一向に止まらない。
「皆はあんなに楽しそうにしているのに、どうして悲しいのだろう?」
あんな表情見たことがないぐらいに、楽しそうなのに…
まるでそれは泣きじゃくる子供の様に、彼は一人で泣いていた。
彼等を見て幸せなはずなのに、悲しい。その矛盾した二つの感情に彼は戸惑うしかない。
何故だろう?何故だろう?ぐるぐると頭の中で同じ質問が渦巻く中、彼の後ろに一人の男が立った。
「あんな表情誰一人として、していなかった。
誰もそんな余裕すらなかった」
後ろを振り返るとそこには、ヘルトが立っていた、と思う。ウェイトは地面に座って居て、彼は立っていたものだから、表情を見ることが出来ない。
「誰が一番不幸だなんて、言えない。皆不幸で、哀れだった。
いいやそもそも誰が一番幸せなんて比べることすら出来ないのだけれども」
本当にこれはヘルトなのだろうか?と疑問に思う。
彼はそんなこと言わなかったし、そもそもそんな口調ではなかったはずだ。しかし声は絶対にヘルトだ。
そう思った時、また反する言葉が浮かんだ。
本当に?
自分は本当にヘルトを見間違えずに、声を聞き間違えずに、口調を覚えていられた?
この感情はなんだろう?
様々な言葉が浮かんでは消えていく。そして彼は問いかけた。
「なぁヘルト。俺は、誰なんだ?」
そう聞くと、相手は笑った、様な気がした。表情は見えないまま。
「お前はな、ウェイトなんだよ」
----------------------------------
頭がガンガンと鳴っている様な気がした。
ただガンガンと締め付けられる感覚で、歩くとそれは歩くリズムと一緒に、痛みが激しくなる
ああ、痛いな、と心では思うのに、体は歩を止めない。
それはある一言が原因だった。
『異端者を、殺さなくては』
「そうだ…異端者は、殺さないと」
『だって殺さないと、自分が殺されてしまう』
「だって異端者は俺達を殺す」
『そうだ。俺が生きるために異端者を殺さなければならない』
その言葉にふとロウディットは足を止めた。
『異端者を殺さなければ』
その声は続けて、彼の頭の中で響いた。そしてふと気が付いた様に彼はこう言った。
「お前は、誰なんだ?」
『俺は、お前だ。
お前は、ヘルトだ。俺はヘルトだ』
「俺は…ヘルト?」
「ロウディット・メルシリア」
ロウディットの前に二人の男女が立ちはだかった。彼等を見たことがあった。そう、ロウディットを拉致した二人。ナーザイナと一緒に居た二人。
「お前達は…」
ロウディットの目の色が変わる。しかしそのことに二人は気が付いていない。
「異端者だ」
そして彼はゆっくりと剣を鞘から引いた。その動作がやけにゆっくりだった。
男女二人は、逆に素早く鞘から剣を抜いた。
それを見て、ロウディットは思い出す。
ウェイトが百六十年前の話をしてから、思い出す様に夢を見る。
昔、異端者に囲まれて、死にかけた時のことを。
しかしそれをウェイトは知らなかった。何故なら彼は自分の怪我を知らないからだ。
例え怪我をしたとしても、自分で治せてしまう。
だから知らない。
クエートはヘルトが異端者に殺されかけた時のことを。
「ここから先へは通さない」
男が言った。しかしロウディットはそのことを気にはしていない。
何故なら彼の目的は、異端者を殺すことにあるのだから。
ヒューウェイの後ろを走るシュヴェアは突然激しい悪寒が背中に走った。
何だろうと思い、後ろを振り返っても、何もなかった。
しかしその悪寒は今も続いている。
それは悪寒ではなく、次は恐怖に変わる。
思わず足を止める。ヒューウェイはそのことに気が付かずに、走り続けていた。それをシュヴェアが止めた。
ヒューウェイは不可解な表情をしながら振り返った。
「何かあったのか?」
そしてシュヴェアと彼の距離を詰める様に、戻って来る。彼女は少し安心した表情で、ヒューウェイを見た。
「何か…悪寒が走って…」
「体調が悪いのか?」
首を傾げて言うが、シュヴェアは「違う違う」と少しため息をつきながら言う。
「なんで走っていただけで体調が悪くなるの…」
シュヴェアは少し息を呑んで言う。
「この先は、何か怖いんだ…」
「怖い?なんで?」
ヒューウェイは振り返り、神経を研ぎ澄ましたが、何も感じなかった。
「俺はソーサリーじゃないから何もわからないけれど…ウェイトわかるか?」
彼の問いかけに何も反応は無かった様に、感じる。ヒューウェイが何度か「ウェイト?」と頭を手に当てて言うが、その続きは無かった。
ヒューウェイは少し頭をかいて唸る。
ここで彼女を居ていく訳にもいかないし、だからと言って一人で戻させる訳にもいかない。それに自分も戻る訳にはいかないのだ。
どうしたものか、と考えていると彼女は「いいや、悪かった」と謝る。
「先へ行こう」
「い、いやでも…」
その様子をシュヴェアは笑う。
「異端者の言葉を鵜呑みにするのはウィアディリー家の方とは思えないね」
ヒューウェイは目線をそらしながら、小声で言う。
「別に、ただ俺は異端者であろうとツオバーであろうとソーサリーであろうと、どんな人でも平等に接して、生きたいと思っているだけだ」
「その答えもなお、ウィアディリーらしくない」
「家がどうだとか、あまり考えたことは無かった。結局俺は三男で、あまり家のことについて何も言われなかったから」
そして角を曲がり、その先にある光景が信じられず、彼等はポカンと口を開けて、立ち尽くしてしまった。そしてシュヴェアがゆっくりと、彼の名前を呼んだ。
「ロウ、ディット?」
そこには二人の男女が床に血まみれになって倒れており、その二人は生きているか死んでいるかわからない程に、ロウディットは彼等を見下ろしたまま動かなかった。
彼の持っている剣は血で濡れており、その刃は血で滴り落ちていた。
そしてヒューウェイとシュヴェアの存在に気が付いたのか、ゆっくりと顔を向け、二人を睨んだ。
「シュヴェア、何で来たんだ」
彼は言う。
「君を殺さないといけないじゃないか」
「全てを壊したら、俺は救われる」
ナーザイナの周りに炎が渦巻いた。それをみてサーレテスはフィンフと皇帝の妹君の前に出る。
「壊す以外で救われるはずだ!」
「いいや!そんなことはない!」
「サーレテス様」
後ろのフィンフが静かに耳元で言う。彼はゆっくりと剣を抜いていた。
「君は皇帝と、妹君を逃がしてくれ。君さえ居てくれれば私も安心するから」
それを聞いてフィンフは目を少し大きく開く。
「かしこまりました」
彼はそう言って、後ろに下がろうとした時、ナーザイナが「逃がすか」と叫んだ。それと呼応する様に炎が広がり、逃げられない状況になってしまう。
それを見てサーレテスは歯を噛み締める。フィンフは皇帝に目線を投げるが、彼はじっとサーレテスを見ていた。そして炎を掻き消し「二人だけでも逃げるんだ」と言う。
『な、何を仰るのですか!』
サーレテスもフィンフも狼狽えて叫んだ。
しかし彼は真っ直ぐにナーザイナを見てサーレテスに言う。
「ここはあなたの出る幕ではない!ここは私に任せなさい!
あなたが死んだら誰がこの国を守っていくのですか!」
「自分の身は自分で守れる」
「あなたの力は信じています!しかしもし…」
そこでサーレテスは言葉を切り、咳き込んだ。
それを見てナーザイナが一気に間合いを詰める。皇帝はサーレテスの前に立ち、ナーザイナの刃を自分の剣で受け止めた。
「そこの愚か者の言う通りですよ。皇帝。
あなたは前戦に出るべき方ではない。王とは一番後ろに居るべき存在で、絶対死んではいけないのです」
「だからと言って!大切な人を見捨てるなど、俺には出来ない!」
その言葉を聞いて、ナーザイナは大きく目を見開き、ふっと笑った。
「ならここで死んでもらいます」
そう言って一瞬皇帝から間を取り、もう一度剣を振ろうとした、その時
ドォンと大きな爆発音を立てて、一人が飛んできた。いいや飛ばされてきた。
それは皇帝とナーザイナの間を通り過ぎ、壁に強く打ちつけられた。ナーザイナは呆然として、それの名前を呼ぶ。
「ヒューウェイ?」
彼はゲホゲホと咳き込みながら、周りを見渡し、すぐに立ち上がる。
口からは少量の血を流し、それを手で拭う。
「最悪な状況だな」
そしてポツリとそうこぼした。
彼の目線につられる様にナーザイナは彼の目線の先を見た。ツオバーである彼が悪寒を感じる程の、何か、を感じたから。
それはどこか懐かしく感じた。自分はそれを知っている?
「シュヴェア!」
そこに居たのは、床に膝をついている女性と、ロウディットだった。
彼は一瞬こちらを見た。その目は確かにナーザイナが見覚えのある、その目だった。
ははっと笑いが込み上げてくる。
「まるで、ヘルトの様だな。なぁサーレテス」
呼ばれた彼も口を開けて呆然とロウディットを見ていた。
しかし彼は何もわからない様子でナーザイナを見ている。くっくっくと低い笑い声が響いた。
「何が英雄だ。何が両方の能力を持つ、この国を救った英雄だ。
あの目は本当にこの国を救った英雄とのする目なのか?
お前はただヘルトを使って滑稽な喜劇を創っただけだ!」
「まるで?ヘルトの様?」
「お前は愛想のいいヘルトしか知らないものな。ずっとへらへらしていて、そして仲間思いだった、あのヘルトしか」
「何を言っている?」
「いいや、お前は知っていたはずだ。あいつの最期を」
その言葉で彼との最後の言葉を思い出す。あの時の彼は感情的で、人が変わった様に思えた。百六十年前の記憶なのに、やけにはっきりと覚えている。
「でも、あれは…あれは…皇帝が許せなかっただけだ!」
「違うな。あいつは異端者を殺すことに優越感を感じていた。彼等とは圧倒的な力を持ち、そして恐れていたんだ」
「何を?」
両方の力を持ち、その力で貴族に戻り、何を恐れていたと言うのだ?
「自分がまた捨てられることを。そして殺されることを。
俺達は常々異端者から命を狙われていた。いいやそう妄言をしていただけだがな」
サーレテスはロウディットの方へと目を向けた。彼の口がこう動いた。
「異端者を殺さないと」
「違う!君は殺さなくていいんだ!」
サーレテスがそう叫ぶと、ナーザイナが剣を構え、彼に襲い掛かる。
その場で咄嗟に動けたのはフィンフだけだった。庇おうとして体を、手を出した。明らかそれは彼が斬られてしまうと、サーレテスは思った。
「ご機嫌麗しゅう。ナーザイナ・ウィアディリー様」
カァンとナーザイナの剣が彼の手から離れた。それは吹き飛ばされた様に。
一本の短剣がそこに落ちていた。それを見て、フィンフは誰が投げたのか、わかったのと同時に、ナーザイナに斬り込んだ、がその刃はさらりとかわされてしまった。
「あなたは…」
余所見をしていたのに、傷一つつけられなかった彼は小さく舌打ちをする。
「フィンフ」
それを聞いた彼女は彼を叱る様に声をかける。その声を聞いた彼は「すみません」と謝った。
ようやく咳が止まり、彼は我に返った。
シュヴェアと距離を置いてしまった。すぐに立ち上がり、ロウディットの方へと全速力でかける。彼には周りが見えていなかったし、聞こえてもいなかった。
それだけ彼は焦っていたのだ。
自分の中に居るウェイトもずっと呼びかけているが、全く反応がない。
一体何が起こっているんだ。
あれはまるで、性格が豹変してしまったかのような、そんなおぞましさを感じる。
なんなんだ、なんなんだ!
頭の中で違う自分が叫ぶ、そんな感覚に陥る。
そこにはっきりと見えたのは、ロウディットがシュヴェアに剣を振り上げていた、その光景だった。
「ロウディット!やめろぉお!」
力いっぱい叫んだ。だからか、彼の肩が少し震えた様な気がした。
ヒューウェイはロウディットと、シュヴェアの間に入り、彼女を庇うように両手をいっぱい広げた。
彼の口からフーフーと荒い息が出てくる。
「ロウディット!やめてくれ!」
カタカタと彼の持っている剣が震える。
「お願いだ!やめてくれ!」
二人は睨み合い、そこから動かなかった。じっと、睨み合っている。
そんな時
―ヘルト?
頭の中で声が聞こえてきた。ロウディットの肩も震えるのを見て、自分は無意識に声に出していたのか、と手を口に当てる。
「お前はまだ散り散りになって、ここに居たのか?ロイヒテンや、シュトラールの様に」
口が勝手に動く。
「何故今更になって、ロウディットの記憶にしがみつく?」
「お、おれ…は…」
「ヘルト」
「違う…」
「ロウディット…」
「違う…」
「ヘルト…?」
「頭が…」
「おい?」
「ぐちゃぐちゃするんだ…」
「ロウディット?」
「異端者を殺せって言う、誰かと、殺したくない俺が、ぐちゃぐちゃと…」
手を彼の肩に伸ばした。
「もう許してやってくれないか?」
それを聞いてロウディットは戸惑いながらも顔を上げた。
「自分を、許してやってくれ。ヘルト」
「ゆる、す?」
「あの時は、異端者を殺さないと、自分が殺される側だった。それを裏切って皇帝を殺して、最期は、異端者に殺されたんだろう?
それでいいじゃないか。もう苦しまなくていいんだ。お願いだ…」
ウェイトの表情をじっと見て、ロウディットは少し力の抜けた表情をした。
「なんでお前がそんな顔をするんだよ」
「そんな顔って…」
「ごめんな…」
唐突にシュヴェアを見て謝った。彼女は戸惑いながらも「い、いや…」と言う。彼は満足した様子で頷くと力が抜けた様に倒れてしまった。
シュヴェアがそれを見て「ロウディット!」と叫ぶ。
「大丈夫。気を失っただけだから…」
ウェイトは少し疲れた様な声を出して、シュヴェアを落ち着かせた。
「大丈夫、ヘルト…」
それはまた自分を落ち着かせようとしている様にも見えた。ただただ力の無い声がその場に現れて、そして消えた。
「確かにあれは英雄には見えませんね」
リヒトはポツリと独り言を呟く。
「けれども私達はその英雄の話に心躍った時だってありました」
それを聞いてナーザイナは鼻で笑う。
「あなたの様な方でも、そんな時期があったのですか?」
「あら失礼な。私だって普通の女性よ?
確かにあれは喜劇で、滑稽な話よ。悲しみなんて一つもない。残忍さなんて一つもない。
戦争時代なんて、ろくでもなかったに違いないわ。それは言えている。それは真実ではない。それも言えている」
「けどもな、ナーザイナ」
リヒトの言葉をサーレテスが受け継ぐ。
「それはこの方たちには全く関係ないことなんだ。もう能力を持つ者は生まれないと、そう見てもいい」
「街に住んでいる子供が殆ど異端者。けども悲しいかな、その子たちは街の隅へと追いやられていた。
だって異端者ですものね。追い詰められた親がすることなんて、彼等を捨てることだけ」
「その子たちを保護して行っている。もう今の学校では能力を教育することを禁じている。何故なら、それはもう無意味な教育だからだ。
もちろん学校の中で能力を持たない子供たちも通っている。どうやら大人たちは知らない様子だったのだが」
サーレテスは少し笑いながら言う。
「結局能力を持っててももう相手が持っている者か、持っていない者か、判断すらつかなくなってしまった時代だ。
彼等に異端者を排除したあの時代、残忍な世界が繰り返されると思うか?
確かに皇帝は能力を持たない彼女を隠した。けれどそれをやったのは私で、幼い皇帝はそれが当たり前だと思っていた。けども皇帝は、それを破ってしまったんだ」
「もうあの時代じゃない」
「彼等、彼女等にそれはもう意味がない」
「…………………」
ナーザイナは彼等を直視することができなかった。静かに目線を逸らす。
「今の皇帝を殺してしまうと、関係の無い子供たちが、この国がどこへ向かっていいのかわからなくなる。それは私が一番よく知っている。
ヘルトが皇帝を殺し、その後の国は酷いものだった。ロイヒテンが皇帝代理を行っていたが、けども彼一人の力ではどうすることも出来なかった」
「だから皇帝と言う名前を復活させたのか?あんな時代を起こした、皇帝を」
サーレテスはゆっくりと頷く。
「私は表に立って、人を導く人物ではない。それはわかっていた。まぁ一人目の皇帝は失敗に終わってしまったけれども」
うっすらと目を細め、あの皇帝は酷く異端者を嫌っていた、と一つの記述を読んだ時のことを思い出す。
「お前の中に眠る記憶は、百六十年前だけしか残っていない。
何故なのだろうな?何故私達は百六十年前をぐるぐると思い出させるのだろうな?」
「知りません…そんなこと…」
「俺にはロイヒテン・ウィアディリーとシュトラール・ウィーアリーが酷い後悔をして死んだからだと無理矢理理解していた。
けどもそれは何かが違う、違うから…こんなにも迷うんだ…
けどもな、ナーザイナ。一つだけ言わせてくれ」
目線を逸らしていた彼の目が上を向いた。真っ直ぐこちらを見る兄の姿が彼の目には映っていた。
「こんな不甲斐無い兄ですまなかったな。
俺には記憶を持った者たちの日記があったからまだ自我を保てていたのだけれども、お前は何もすがるものが無かった。なのに、お前の変化に気付いてやれることが出来なかった。
本当に、すまない」
「や、やめてくれ…俺は……違う…」
―違わない。
ナーザイナの脳裏にポツンと一言聞こえてきた。
違わないのだ。
気づいて欲しいと思っていても、気づいてもらえなかったこの苦しみは、いつしか歪みに歪んで、違う物を憎む様になった。
誰にも話せないそれは、身近な人物が相談相手として適任だったのに。それに気が付かずに。
サーレテスはナーザイナに近づいて、頭を優しく撫でた。
「疲れただろう?休もうナーザイナ」
「疲れてなど…いない…俺は…お前となんて…」
「仲良くならなくてもいいよ。もしまたシュトラールの記憶に苦しめられるのならば、また私と喧嘩しよう」
「は…?」
「ただこんなに大きな喧嘩はもうやめて欲しいな。私も歳だし、それに国中を巻き込むのはやりすぎだ。
人様の迷惑にもなるし、それに他人を巻き込むことでもない」
「は?」
後ろでウェイトが低い声で、軽蔑する様な表情でサーレテスの後姿を見ていた。
「おいおいお前、フィルが死んでいるんだぞ?それはないだろう」
サーレテスは振り向き「おや、それは失礼」と微塵も思っていない様子で言う。
ナーザイナは苦虫を噛んだ様なそんな表情をしていた。
「まぁどちらにせよ、限界だったのは確かだけれど」
そう言って彼はサーレテスの隣に立つ。自分よりも小さいその体は、自分を見上げていた。
自分が殺そうとしていた、その甥は真っ直ぐと自分を見ている。
「ロウディットに説明ぐらいはしてやれ。お前だって気が付いていたんだろう?あの体が限界だったことを」
「俺は…」
「お前は死ぬことすら許されない。生きて罪を償え。それが今のお前に出来ることだ。他のことじゃない。それだけだ」
「違う…」
「いいや」
違わない
ウェイトの声と脳内で響く声が、重なった。
ナーザイナは大きく目を見開いて、そして強く目を閉じた。
その時
「ナーザイナ!」
ウェイトとサーレテスが叫んで自分の名前を呼んだ。
何が起こったのかわからず、ウェイトが、サーレテスが、こちらに近づいてきた。
しかしサーレテスがウェイトを強く突き飛ばし、彼は地面にしりもちをつく。
咄嗟にウェイトは立ち上がろうとするが、もう間に合わなかった。
何かが、肉を貫く音がした。
ドスッと軽い音だった。
しかしそれは体を貫通して、胸から背中まで貫通していたのだ。
「皇帝!無事ですか!」
呆然と立っていた皇帝は我に返り「止めろ!止めろ!」と繰り返した。その為、それ以上の弓矢が飛んでくることは無かった。
「父上!」
ヒューウェイの悲痛な叫び声が聞こえてくる。
そちらに目を向けると、サーレテスは床に倒れていた。血は流れていないものの、彼の目はぴったりと閉じたまま、開かれない。
サーレテスの体を挟んでヒューウェイの向かい側にナーザイナは「何故」と繰り返しながら呆然と床に膝をついていた。
「サーレテス…俺が、治すから…」
一瞬にして、ヒューウェイの雰囲気が変わり、そうか彼がウェイトなのだと、皇帝は思った。
「くそっ…!」
しかし彼の顔から大粒の汗が流れるばかりで、傷が治っていないことが見て分かった。
そう言えば、と皇帝は思い出す。アルヴィナルがどうだとか言っていた様な気がする。
「ここから出よう、ウェイト…」
ナーザイナが震える声でそう言うと彼は理解していない様子でナーザイナを見た。
「いいから!早く!」
その声は震えていたけれども、強くはっきりと言った。
あまり揺らさない様にサーレテスを運んだ。それはやけに時間がかかり、焦る気持ちばかりが募って行く。
そしてウェイトが再びソーサリーをかけると次は瞬時にして、その怪我が治り、そして弓矢を抜いた。
しかしサーレテスの顔色は全く良くはならず、彼がもう命尽きていたことは、それを見て誰しもが理解した。
「お、俺はなんてことをしてしまったんだ…」
一人の兵士が床に膝をついた。彼は頭を抱え、えづく。
誰しもが思ったのだろう。ナーザイナが皇帝やサーレテスを殺してしまうと。だから自己判断を下してしまったのだ。
「俺は…なんてことを…」
彼はそれを繰り返すばかりだった。ヒューウェイが無言で立ち上がり、そして彼の前に立った。
「何を…」
皇帝が無意識に声に出すと、前に居た彼は皇帝を止める仕草をした。
ナーザイナを見ると、彼は黙って首を横に振る。
「立って下さい」
兵士は我に返り、すぐに立ち上がる。
しばらくヒューウェイは彼を見つめたまま、じっと動かなかった。
緊張した面持ちで、何を言われるか、今すぐ首を斬られるのではないか、誰しもが恐怖した。
そして口を開く。
「ありがとう。父上に仕えてくれて」
そう言ってそこから歩き始めた。兵士は耐えられずに、涙と汗で顔を濡らしながら叫ぶ。
「俺を死罪にはしないのですか!」
ピタリとヒューウェイの足が止まった。
「俺は!サーレテス様を!」
「もし」
彼の言葉を遮る。
「もし、その気持ちがあるのならば、次の当主に仕えてはくれないだろうか?」
「な…」
「誰が当主になったとしても、ウィアディリー家に仕えてくれないだろうか?」
「そ…それは…もちろんでございます…」
それを聞くとヒューウェイは振り返って、寂しそうな、悲しそうな、そんな表情をしていた。
「ならよかった」
それを言った瞬間、彼の足が抜け、その場に倒れてしまった。
-----------------------------------
「あれ…俺は…」
ロウディットは頭を手で押さえ、起き上がる。周りを見渡すとどうやらウィアディリー家の屋敷であるようだった。
あの後俺は何をしたんだっけ?
酷く記憶が混乱していた。
ベッドから抜け出そうとして体を動かす、が力がうまく入らず、そのまま床にべちゃりと倒れ込んでしまった。彼は訳が分からないと言った表情で呆然としていると、部屋のドアが開かれた。
「何しているんだ?お前」
部屋に入ってきたのはヒューウェイだった。床に倒れている彼を軽蔑のまなざしで見る。
「い、いや…体が動かないんだ…」
弱々しく言うとはぁと大きくため息をつく。
「ほら手伝ってやるから手を貸せ」
相変わらず愛想の無いやつだ、とロウディットは苦笑いをする。
ロウディットをベットに座らせるとヒューウェイも隣に座る。
「俺は一体どうしたんだ?」
あの時意識があった記憶はあるのに、何も思い出せないのだ。しかしヒューウェイは「何もなかったよ」と言うだけだった。
「お前…からかっているのか?」
「いいや、からかっていないよ。ただ…全部終わっただけだ」
「終わった、のか?俺が知らない間に?」
「はっお前が意識無かったのがいけなかったのだろう?」
「冷たいなぁ…」
「ロウディット」
「なんだ?」
「俺は、ウィアディリーから出て行く」
「は?」
「この国の問題を全てロウディットに任せて出て行く」
「何で俺一人なんだよ」
「ウィアディリー家の当主はさすがに任せられないけれど、エーケンのことと、ツヴェルクは、何か知らないが姉上と仲が良いからいいや。
ただエーケンのことと、ナーザイナのこと、頼みたい」
「俺が…?」
フィルを殺した張本人なのに?
「お前もどこかでわかっていたんだろう?けど叔父さんが殺したと言う事実が、お前の感情を鈍らせていた」
「そ、そんなことは…」
「彼女の傷は浅かった。浅かったはずなのに出血が止まらなく、ソーサリーも作用しなかった。
それが、ドッペル・デュールの副作用と言っていい作用だ。見た目は全く変わらないのにな」
「まさか、お前出て行く理由は…」
「おそらくあの状態の彼女は少し怪我をしただけでも大量の出血をしてしまう程のものだったんだろ。
血が出る範囲が大きければ大きい程、出血する量は増えてしまう。深さじゃない、範囲だったんだ」
「おい、ヒューウェイ!」
ロウディットはヒューウェイの顔を向き合わせる。彼の表情は全くの無だった。
「だから、ナーザイナの話を、聞いてやってくれ。罪人だけれども…聞いてやってくれ」
「ヒューウェイ…?」
彼はロウディットから少し目を逸らし、小さなため息をついた。
「能力を持つ人たちはこれから肩身狭い思いをするかもしれない。まぁ歳をくうんだから俺よりかはまだ生きやすいとは思うけど」
ゆっくりと肩から手をのけて立ち上がる。
「ごめんな。ロウディット」
そう言って彼は部屋から出て行ってしまった。ロウディットは追いかけることも出来ず、そこにじっと座っていただけだった。




