未来編5
(11.02.20~14.04.29)
書き直し:16.09.17
「君とは一度話してみたいと思っていたんだよ」
そう言うと相手は馬鹿にした様に鼻で笑った。
「それで護衛もつけずにここで待っていたと言う訳か?」
「いいや護衛はつけていたのだが、私が休息を言い渡した。だから今だけ護衛が居ないと言う訳だよ」
「交代も無しに皇帝だけ残すなど、愚の骨頂ではないか」
「君が彼等に対して街で暴動を起こす様に言ったおかげでこちらは人手不足なんだ。彼等を責めてやるな」
「それで皇帝が死ねば、意味は無いのだがな」
「少しだけ、話してもいいだろうか?」
「何を?」
耳を傾ける様子を見て、ほっと安心する。
「よかった。私の話など聞かないものだと思っていたよ」
「あなたは一応この国のトップですからね。何を話すのか、聞かせて頂きますよ。私の考えている通りの答じゃないことを、願っていますよ」
「君はツオバーだったね?」
突然の質問に疑問に感じながらも「そうですが?」と言う。
「能力を使えるのに、何故彼等を味方にするのだい?」
「言ってしまえば、利害の一致と言いますね。異端者はただこの国を恨んでいる。
そして私はあなたを、皇帝と言う物を恨んでいる。だから一緒に行動しているだけです」
それを聞いて少し悲しそうな表情になり、相手は少し不可解な表情で見ていた。
「君は気が付いているかい?
神は彼等を選び、我々を捨てようとしていることを。
既に我々が異端であることを」
「何を仰います?」
訳がわからなかった。彼が何を抽象的に言わんとしていることが、理解できなかった。
「皇帝とは、常に国民より優秀でなければならないと、そう教え続けられてきた。
能力は勿論、剣術も、戦術も、政治も、何もかも彼等よりも先に動かなければならない。けれどもね我々の中にこんな者が現れたんだよ」
そう言って奥から一人の女性が現れた。すぐにはわからなかったのだが、しばらく彼女を見ているとあることに気が付いた。
彼女は彼等と同じ気配をしていたのだ。
「まさか…異端者…?」
驚きを隠せずに息を多く含んだ声で言うと皇帝は「ご名答」と言った。
「最初は彼女だった。けれども、五大貴族の中にもう一人、現れてしまった」
そう言って皇帝は振り返り、彼を呼んだ。
「フィンフ君」
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目を開けると白い天井が見えた。ここはどこなのだろうと、起き上がるとシュヴェアがうとうととして、座っていた。
逃げおおせたんだ。ロウディットはそう思った。そしてその瞬間、ああそうだ、と思い出した様にポツリと言った。
「いたんしゃは、すべてころさないと…」
「ロウディット?」
声をかけられ、ビクリと肩が震えた。声がした方向へと目を向けると、シュヴェアがぼんやりとした目つきでこちらを見ていた。
何故今そんなことを思ったのだろう
ゾワリと悪寒が走り、そして再び激しい頭痛が起こる。
『ほうら、異端者は目の前に居るぞ』
「ロウディット?大丈夫か?」
シュヴェアはロウディットの肩にそっと手を置いた。
『ほうら、力の無い者がそこに居るぞ』
「ねぇ、ロウディット!」
『力無い者は殺しても構わない。それがこの国の、この世界の決まり事だろう?』
「ねぇ!」
「う、うるさい…!
お前は…誰なんだ…」
唸る様な声で問いかけられ、シュヴェアは少し戸惑い、肩から手を離した。
『俺を知らないのか?ずっとお前の傍に居たじゃないか』
一拍置いて、笑いながらこう答えた。
『俺は えいゆう だよ』
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「お前じゃないんだけれどな」
ツヴェルクは少しうんざりした表情でそれを見ていた。それはフーフーと息を荒立てながらツヴェルクを睨んでいた。
ノルワールに連れられて、彼のドッペル・デュールを解いて欲しいと、頼んだ。しかし彼はすぐには解こうとはしなかった。
「この子に聞きたいことがある」と言ってそのまま彼を椅子に縛り付けた。そして目を覚まして、今に至る。
「俺が話を聞きたいのはお前の話じゃない」
「この子は渡さないわ!」
「渡すも何も、お前はもう捕まっているんだ。お前に決定権はない。
もう一度言おうか?お前には用は無い。用があるのはその体の本来の主だ」
そしてツヴェルクは剣を抜いて、首筋に当てた。
「さて、俺は頼まれているだけであって、こいつの命がどうなろうが知ったことではない。このまま永遠に同じことを繰り返すなら少しずつこの体を傷つけてもいいのだけれどもなぁ」
相手は目を見開いて、顔から汗が一筋零れた。
「脅しかどうかは、この子の体で試してみるか?
それではこの子を守ることができないな?」
無表情で言うと、ビクビクと体を痙攣させて、ガクッと首が項垂れた。
そしてゆっくりと顔を上げると、彼は少し不安そうな表情でツヴェルクを見た。
「エーケン・ウィアディリーか?」
そう問いかけると彼は力無く顔を縦に振る。
「俺の名前はツヴェルク・アーベントだ。ノルワール・ウィアディリーが君のドッペル・デュールを解いて欲しいと言われた。
失礼ながら君の体を拘束させている。君に聞きたいことがあるからな」
エーケンは不安そうな表情で部屋の中を見渡すと、ノルワールがツヴェルクの後ろからそっと現れた。それを見て少し安心した様な表情になる。
「今から君にかけようとしている術は、正直言って命にかかわるものだ。
成功するようには努めるが、百パーセントの成功は望めないことを承知していて欲しいんだ」
真っ直ぐ彼の目を見ながらゆっくりと説明する。エーケンもツヴェルクの話を理解している様子でゆっくりと頷いた。
「もし君がこのままでもいいと言うなら、俺はやらない方が得策だと思う。
けれども君が命を賭けて、この今君の中に居る人を追い出したいのならば、俺は君をドッペル・デュールから解放させよう。
それが聞きたくて君を待っていた」
「母を…いいやこの人を僕の中から出してください」
「理由を聞いていいかい?」
「僕は…ぼ、僕は…もう…一人で生きたい…」
エーケンはぐしゃぐしゃの表情をして、ツヴェルクを見た。それを見た彼は、何も言わずにエーケンの頭を撫でた。
「きっと君からそれを引き剥がすと、何かしら後遺症がでるかもしれない。もしかしたら死ぬ程苦しかったり、死んだ方がマシだと思えるほど、辛いものかもしれない。
それでも君は、一人で生きたいかい?」
「しんだほうが…ましだ…」
エーケンの目が痙攣し、そして叫んだ。
「だから何を言うの!エーケン!そんなことを言っちゃ駄目だと何度も言っているのに!」
「…何故、あなたの息子はそう言うのだろう?」
その問いかけに、彼の目が激しく泳いだ。
「心当たりは、あるのか?」
「し、知らないわ…でも仕方がなかったのよ!だってこの子を守るためなら、何だってするわ!
自分が死んでもずっとずっと彼の傍に居たいと思うのは仕方のないことでしょう!」
「彼の意思を無視して、ドッペル・デュールをする程にか」
「だってだって私がこの子と一緒に居たかったのよ!ならこの子だってそのことを望んでいたはずよ!」
ツヴェルクは一瞬目がピクリと痙攣したのを自分で感じた。そして頭の奥が疼く様な、そんな感覚に陥る。
「そうだな。これは死んだ方がマシだな」
それを見たノルワールに悪寒が走り、彼の手を取った。彼は驚いた表情で彼女を見る。
「エーケンを必ず生かしてあげて」
真っ直ぐに彼の目を見た。そして彼は少し困った表情をして目を逸らした。
「ツヴェルク」
「それは…彼次第だ…」
彼は苦々しくそう言った。
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「あらごめんなさい。反射的に手を出してしまったわ」
彼女は平然とそう言って自分の手から剣を抜いた。血が出る前にソーサリーをかけ、一瞬にしてその傷を治してしまったのだ。
彼女に一突き入れ様とした。しかし彼女は静かに自分の手を出して、刃から逃れる。そして自分は周りに居る護衛達に取り押さえられたのだ。
そして彼等が自分を殺そうとして、彼女が止めた。
彼女の周りに居る護衛とみられる者達は狼狽えていたのだが、彼女だけ落ち着いていて、それがやけに異質に感じられた。
それを見てフィンフは勝てないと本能で思った。
彼女を襲う前は、アーベント家に対して、憎しみしか持てなかったのに、絶対この命を賭けてでも殺してやると思っていたのに、彼は恐怖で動くことができなくなっていた。
自分よりも幼いこの女性が自分よりも大きく見えた。それほど恐ろしいものはなかった。今までもそしてこれからも。
周りの護衛は慌てているが彼女だけ平然とした表情で、フィンフに近づいてくる。
「あなたみたいな方は何万と見てきたわ。そしてあっさりと殺されてしまうの」
そしてくすくすと笑い始めて言う。
「あなただけよ。私に怪我をさせたのは」
「お下がりください!リヒト様!」
剣を向けて彼を囲むようにして護衛が動いた。彼女は大きなため息をついて「いらないわ」と言うが護衛は「しかし!」と叫んだ。
彼女は低い声で彼を睨んだ。
「なら私ごと殺してしまえばいいわ」
それを言い、相手は言い淀んだ。
「さて、あなたはどの奥方の子かしら?」
アーベント家は知られていなかったが、当主が酷い浮気性の男性だった。
そして本当の正妻の子供は彼女だけだった。そう彼女しか生まれなかったのだ。
だから彼が他の女性に手を出したのかもしれない。
そして自分が生まれた時、自分の母親は大きく喜んだ。正妻が生むことができなかった、男児を生むことができたのだから。しかしそれは一瞬の喜びだけだった。
彼女はすぐに気が付いたのだ。自分の、今抱いているこの息子が異端者であることを。
フィンフは母親の記憶に対して「何故あなたは異端者なの」と責められた記憶しか残っていない。
結局彼女は強盗に襲われて死んだ。普通の市民よりも少しは裕福な生活ができていた。他の市民よりも服が綺麗なのはわかっていた。だから襲われたのも理解できた。
しかし
彼女はそれだけでは満足できなかったのだ。それがフィンフにとって理解できないことだった。
彼女一人だけの愛が欲しかったのか、正妻から彼を取りたかったのかは知らないのだが。
「アインスの子供…です」
そう言うと彼女は「ふぅん」と顎に手を当てて言うと思い出した様に「ああ」と手をパンっと叩いた。
「あの少し暗い表情をされた夫人ね。お見かけしたことならあるわ」
「覚えている訳がない…」
ボソリと言うと彼女は目で彼を見た。
彼女は少し黙って、笑っていた表情を無くして、彼を見ていた。それがまた恐怖を増した。
「そうね。父の浮気癖には困ったものだし、それに皆同じ表情をしていたわ。暗くて、この世の終わりみたいなそんな表情よ」
そして次に満足そうに彼女は微笑んだ。
「まさにあなたのその表情よ」
そう言われフィンフはぐっと堪える様な表情になった。
「あなた自分の母親を見て思ったことは?」
その質問に押し黙って、しばらく考えた。今まで見てきた人物を見て、自分は何を見ていたのだろうか、と思い出す。
「思ったことは…」
そう思ったことは
「ただ、哀れだなって」
「そうね」
彼女がきっぱりと答えた。少し戸惑いながらも、彼女を見ると先程の笑みとはとって違い、真顔で言った。
「あなた、働く気はないかしら?」
「どこで?」
「私の元で」
「お嬢様!」
護衛が驚いた様子で叫ぶ。それを無視して話を続ける。
「何故あなたが彼女に対して哀れだと思ったのか、知りたくはない?」
「それは…」
「それに生きていく為には何かして居た方が健康的だわ」
「もしかしたら俺はあんたを裏切るかもしれないのに?」
「そうしたかったらそうするといいわ。けれど働くなら約束しなさい。
私は父親や、あなたやそして使用人の代わりにこのアーベント家を守るわ。それに関してあなた達は口を出さない。
けれどあなたはその代わりに私の世話をして頂戴。家の家事のことなら全てあなた達に任せるわ」
「お前の父親はアーベント家の当主ではなかったのか?」
「そうよ。けれども形だけ。言ったでしょう?何万もあなたみたいな人を見てきたって」
「まさか、殺されたのか?」
それを聞いて、彼女は鼻で笑った。
「なら、当主は誰も居なくなるわ。
ただ重症で寝たきりになっているだけよ。だから私が殆どこの家を仕切っている。けれど彼は家でゆっくりと寝ているわ」
フィンフは「そうだったのか」と言うことしかできなかった。
「それで?どうするの?」
「あなたの目的はなんなんだ?」
「私?そんなの決まっているわ」
彼女は心から楽しそうに、手を広げて言う。
「自分の人生を楽しみたいだけよ」
「は…?」
「私の目的はそれだけよ。決してあなたみたいなそんな表情をして生きたくはないわ」
しばらくその場に沈黙が流れた。
彼女は退屈そうに、鼻歌を歌っていた。
訳がわからない。フィンフはそう思っていた。けれども目の前に居る彼女は、決して冗談で言っている訳ではないことはわかった。
「わかった。あんたに仕える」
ようやくそれを言うことができた。そして彼女は満足そうに頷き、にっこりと笑ってこう言った。
「私の名前はリヒト・アーベントよ」
彼女はにっこりと笑って、フィンフに手を伸ばした。
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彼は突然脱兎の如く部屋から出て行ってしまった。看病をしていた、シュヴェアはぽかんとしながら慌てて追いかける。
「ロウディット!」
部屋を出て左右を確認するとロウディットの後姿が、ちらりと見えた。起きたばかりであそこまで体が動くのかとシュヴェアは慌てる。
一体どこに向かおうとしているのか、全く見当がつかなかった。
「どこに行くつもりなんだ!ロウディット!」
走っても走っても全く追いつかない。姿を見失わないようにするのが精一杯。
この入り組んだ屋敷の中、慣れていないシュヴェアが迷ってしまえば、誰かに会うまで一人で彷徨わなければならない。それにここはウィアディリー家の屋敷だ。もし自分が異端者だとわかれば、相手は良い顔をしないだろうし、そもそもロウディットの体が心配だった。
あれから気を失って、それからずっと彼は頭を抱えていた。痛みを堪える様に呻きながら。
ベットで寝ている間もずっと、うなされていた。だからきっと彼の体調は、精神状態は良好ではないはずだ。
それに今だって後ろから見ていると、体を引きずっている様に見える。なのに、追いつけない。
それがもどかしく、シュヴェアを苛立たせた。
自分が異端者だからなのか、力が無いからなのか…
そう自分を責めながら彼の後ろを追いかける。
ロウディットが先の角を曲がり、シュヴェアも急いで曲がろうとした。その時、その手前のドアが突然開いたのだ。
シュヴェアは慌てて止まろうとしたが、止まれず、そのままドアにぶつかってしまう。
「すまない。大丈夫か?」
ドアの向こうから声が聞こえてきた。鼻を押さえて「はい」と答えるとそこにヒューウェイがドアの横を覗き込んで、大きく目を開いてシュヴェアを見ていた。
「そんなに急いでどこに行くつもりなんだ?」
「ろ、ロウディットが目を覚まして、突然部屋から出て行ったから、追いかけていたんだ」
「ロウディットが?」
「あんな体でどこに行くのかはわからないけれど…けどすごい速さで…」
そこまで言って彼女は我に返る。
「は、早く追いかけないと!」
「わかった。ウェイトいいか?」
そうしてヒューウェイは目を静かに閉じた。一瞬にして彼の雰囲気が、周りの空気が変わった様な気がした。
すると彼は少し驚いた様子で目を開いて「何で…」と独り言を言う。
「どうしたの?」
「い、いや、何でもない。俺がロウディットを追いかけるから、君は部屋の中に居ててくれ」
「なんで!私も追いかける!」
「いや危険なんだ」
「何で?ここはウィアディリーの屋敷なんだろう?ここが何故危険な場所なんだ?」
その質問にウェイトはぐっと押し黙る。
しかしシュヴェアも負けじと彼の目をじっと見ていた。少ししてウェイトは、小さなため息をついて、低い声で言った。
「これは俺のミスだ」
いいやそもそも何故誰も気が付かなかったのだろうか。それにこの霞んだ様な、いつもの自分の力とは違った様な、この感覚はなんだろうか。
「ナーザイナがここに居る」
それを聞いて、シュヴェアは息を呑んだ。
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「そんな奴見たことが無い」
ナーザイナは吐き捨てる様に言った。皇帝を睨みつけて。しかし皇帝は怯まず、笑顔を作った状態で何も言わなかった。それが更に苛立ちを覚える。
「アーベント家は一人娘のはずだ。それにその女性は誰なんだ見たことが無い」
「そうだね、まずこの子から紹介しようか」
皇帝は彼女の背中を優しく押してナーザイナの前に立たせた。その彼女の表情はどこか不安げで、皇帝とナーザイナの顔を交互に見ていた。そして細々と皇帝に話す。
「本当に、本当によろしいのですか?皇帝」
その問いかけに皇帝は彼女の頭を優しく撫でた。
「先程も言ったけれども、もう私達の能力は必要ないと、私は思うよ」
「けれども…」
「貴様は誰なんだ!」
ナーザイナが我慢できずに叫ぶと、彼女の肩が震えた。
しかし皇帝の表情は変わらず、しかし少し困った様子で「あまり怖がらせないであげてくれ」と言う。
「わ、私は…おそれながらも、現皇帝の…い、妹…で…ございます…」
「何?」
そんな話聞いてことが無かった。ウィアディリーに居た時から、全くそんな話など
「聞いたことが無い」
「そう、だろうな…」
第三者の息の切れる声が聞こえてきて、ナーザイナはすぐに振り返った。
「そんな話、表に出てしまっては、皇帝の名が傷ついてしまう。だから隠していたのに…」
「逆に君が彼女を隠してくれたから、彼女は生きることができるんだ。感謝している。けれど裏切ってしまってすまないね」
「いいえ、あなたが決めたことならば、私は従うまで、です。皇帝」
そう言って彼は床に膝をついて、頭を垂れた。
「何故…ここがわかった」
ナーザイナの唸るような声を聞いて、彼はゆっくりと頭を上げる。
「やはり君の仕業だったのか、この気味の悪い感触。ベルジゲルか何かかな?」
「ベルジゲルに似ているが、ベルジゲルではない、とあいつは言っていた。何十年前から、ここに仕掛けていたともな」
「ブルートか。何故今更になって?ベルジゲルは紋章を描いてすぐに発動するはずだけれども」
「さぁな、あいつは能力を持っている者を酷く嫌っていたから、ここに居る人物全員の能力を無くしたかったんじゃないのか」
それを聞いて彼は、ははっと力無く笑う。
「本当に変わりないな。お前もブルートも」
「ではあなたはあの時のことを全て忘れて、変わり続けてきたと言うのかですか!サーレテス!いいや!ロイヒテン!」
「だから、私はロイヒテンの記憶を持っているけれど、ロイヒテンじゃないんだって、ナーザイナ」
「いいや!どちらとも変わりはない!記憶を持っているならば、あなたはロイヒテンなんだ!」
「いいや記憶を持っているだけで、私はサーレテスだよ。そして今は、戦争の時代ではなく、戦いの無い時代だ」
「けれど、差別はある。強盗はまだある。少なくとも戦いが全くない時代ではないだろう」
サーレテスは小さくため息をついた。
「人間とは確かに、他人と比べて自分の居場所を得ようとする動物だ。それは確かに愚かしい。けれどもそれが人間でもある。
ならナーザイナ、君の中にそんな感情が全くないと言いきれるのかい?」
「………」
「嫌なことを思い出すだろうけど、君は妻のことを愚かしく思っていただろう?」
「あれは…」
「それは能力が無い者を見下す目となんら変わらないのではないか?」
ナーザイナはぐぅと黙るしかなかった。そんな様子を見て「まぁ」とサーレテスは話を続ける。
「お前は私がロイヒテンかどうかを気にしている様子だから、差別の話なんて関係ないのだけど。
けれども、お前がどちらかを拘るのはいいけど、けど完全に今の子等にはそれは関係ない話だ。
百六十年前なんて、人が忘れるに値する年数だし、そして彼等に罪なんて全くない」
「しかし皇帝は!あいつは!シュヴァルツを殺したんだ!」
「確かに皇帝は異端者を殺していった、けれどもう一度言うよ。
この時代の人達にはお前の記憶は全く関係ない」
「いいや関係ある。このままでは同じことを繰り返しかねん」
サーレテスは彼から目線を逸らし、そして小さくため息をついた。
「なら質問を変えよう」
一拍置いて、そしてゆっくりと口を開いた。
「君は私達に何をして欲しいんだ?
そして
何をしたら君の記憶から救えるんだ?」
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その部屋から悲鳴しか聞こえてこなかった。
その悲鳴は聞くに堪えない、苦しみを持った悲鳴だった。ノルワールは思わず目を逸らしたくなるが、それを我慢して、目に力を入れて彼を見ていた。
ブルートにした様な炎ではなく、床に紋章を描いてツヴェルクは彼等を引き剥がそうとしていた。
しかしブルートの時よりも時間がかかっている。
「や、めろぉ!」
エーケンの顔が歪み、そしてツヴェルクを突き飛ばした。
彼はそのまま後ろに倒れ込んだ。ノルワールは慌てて彼に駆け寄ると、ツヴェルクの顔には大量の汗が流れていて、そして彼の息は荒かった。
「大丈夫?」
抱き起そうとして、体を触るとその服はべったりと湿っていた。様子がおかしい。
「ツヴェルクさん?」
そして返事が無く、少し慌てて、小さく体を揺らす。すると彼から唸り声が聞こえてきて、うっすらと目を開けた。それを見てノルワールは少し安心する。
「大丈夫?」
「あ…ああ…」
そうしてツヴェルクは起き上がろうとして、ノルワールの肩を掴み、力を入れようとしたが、なかなか立ち上がれなかった。
その手が少し震えている様な気がした。
「さっきのブルートではこんなことなかったじゃない。大丈夫じゃないでしょう?」
責める様な口調で言うと、ツヴェルクはうーんと唸る。
「は…ははははは」
笑い声が聞こえてきて、そちらに目を向けると、エーケンの体が少し震えながら、また彼も汗を大量にかきながら笑っていた。
「私と、この子を引き剥がすなんて…ははは…無理なのよ…そう…決められているのだから……」
「それは嫌だなぁ…」
ツヴェルクは勢い良く立ち上がり、そして彼の前に立った。
「さぁ続けようか」
そう歪んだ笑顔で言うと、彼の顔が少し歪んだ。
そしてゆっくりと手を彼の頭に伸ばす。
「くそっ離せ…ほどけ!」
体をよじるが椅子に縛り付けられている為、動くことができなかった。
ゆっくりとツヴェルクの手が伸びていく。それを何とかして逃れようと、大きく体をよじり、そして椅子ごと床に倒れ込んだ。
そうだ、この紋章を消してしまえば、そう思い、自分の肩を地面にこすり付け様として、頭を掴まれた。
「もう少し、耐えてくれ」
そう願う様に、彼は言った。そして再び悲鳴が上がった。
ツヴェルクの表情は少し歪み、ノルワールは遂に手で耳を塞いでしまう。
そして少しして、エーケンの口角が歪んだ。悲鳴が笑いに変わる。それがやけに不気味で、ツヴェルクの背筋を凍らせる。
「えええええ、ええええ、げんはああああああああ
わだじの、もの、、、、、、、、よ」
体を大きく震わせて、そして力尽きた様にガクリと力が抜けてしまった。
しん、と静かになった部屋がやけに不気味に感じ、ノルワールはすぐに動くことができなかった。ツヴェルクも動かずに呆然とエーケンを見ている。
そして
「ツヴェルク?」
ノルワールは驚いた様子で彼に近づいた。彼の体は力が抜けた様に床に倒れ込んでしまったのだ。
彼は苦しそうに息をしながら、目を閉じていた。
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ウェイトはソーサリーの探知能力を最大にして早足で歩いていた。彼の頬に大粒の汗が流れる。
勝手についてきたシュヴェアが「大丈夫か?」と声をかけ、手を伸ばすとそれをウェイトは弾いてしまった。
そして低い小さな声で「大丈夫」と言う。
最初はついて来ることに少し苛立ちながら「ついて来るな」と言ったが今はそんな威勢がない。
そしてロウディットの背中も見えない。
まるで迷路の様だった。途中でウェイトに出会わなければ、自分は永遠にここを彷徨っていたかもしれないと思うと少しゾッとした。
そう考えているとウェイトの体がぐらりと大きく揺れ、そして床についてしまった。
「ほら、もう限界じゃない」
そう呆れた様子で近づくと、彼は手を頭で押さえながら「ああ、すまない」と言う。
「立てる?」
「やはりツオバーを使う体で…最大にして進むのは無茶だったな…」
シュヴェアは先程の言葉も自分に向けられた訳ではないことに気が付く。
「はは…無茶ばかりさせてすまない。もうここをすぐに曲がったら、ロウディットが居るから…あとは…」
ウェイトの目がゆっくりと閉じられた。シュヴェアが黙ったまま見ていると、彼の目が再び開かれた。
その目は真っ直ぐに前を睨んでいた。
彼女は思う。だからそのままの質問を相手にぶつけた。
「あなたは誰?」
彼はその質問に目を大きく開いて彼女を見た。そして小さなため息をついて「あ、ああ…突然で戸惑うよな…」と独り言を言う。
「ウェイト?先程の人がヒューウェイ様ではなく?」
「ち、違う…俺がヒューウェイだ…俺は理由があってドッペル・デュールをしている。それがさっきのウェイトと言う奴だ」
何事も無くヒューウェイは立ち上がった様子を見て、シュヴェアは心配そうな目で彼を見ていた。
「体は大丈夫?」
「少し頭痛がするだけで、それ以外は大丈夫だ」
「さっきあれ程辛そうにしていたのに…」
「ソーサリーなんて、俺には使えないからな。この能力は脳が関係しているから、何かしら影響があるんだろう」
「そんな他人事みたいに…」
「他人事じゃないさ。さぁ行こう」
ヒューウェイは遠くを見ながら再び歩き始めた。彼の言った言葉が理解できなかったがシュヴェアは黙ってついて行く。
ヒューウェイは思う。
もう他人ではないのだと、心の中で繰り返す。
他人だったものはいつしか一緒の体に入れられた時点で、もうそれは同じものになってしまう。
それがドッペル・デュールだと、自分で術をかけて、思っていた。




