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そうですね。きっとまた会えますよ

 朝日が眩しくて目が覚めた。わずかに開いたカーテンの隙間から、眩しい光が差し込んでいた。台所からは料理を作る音と、何やら良い香りが漂ってきた。今日も平和な朝が訪れた。

 オレが妻と結婚してからもう、五年が経っていた。オレにとっては初めての結婚であったが、妻は二度目の結婚だった。

 オレと妻が結婚する事になったのには、少し変わった経緯が有った。



 オレは独身のまま四十三歳になってしまっていた。オレと親しい友人達は、すでに結婚して家庭を持っていた。独り身の中年男には関係ない事だが、家族持ちの男達は休日に家族サービスと言うものをしなくてはならないらしい。

 たとえ家族が居たとしても、昔からの友人との交流は必要だと思うのだが、オレの周りにはその様な考えを持つ者は居ないようだ。誰もが大切な休日を、オレの様な独身の暇人と過ごそうとはしなかった。

 いくら暇だからと言って、休日に会社の若い後輩を誘ったところで煙たがられるのがおちだ。


 そんな訳で、休日の午前中は川原の土手で過ごす事にしていた。河川敷に有るグラウンドでは、小学生達が野球をしている。

 小学生達の指導をしているのも誰かの父親なのだろ? きっとこれも家族サービスの一環なのだろうと思う。

 グラウンドの脇には、日傘や巨大なつばの付いた帽子で日差しを避けている女性が数人居る。小学生達の母親なのだろう。泥だらけになってボールを追いかける子供に歓声をあげたり、母親同士で世間話をしたりしている。


 オレには無関係と思われる、絵に描いた様な家族の幸せな風景を眺めていた時だった。ひとりの女子高生が、土手に腰掛けていたオレの脇をグラウンド目指して駆け降りて行った。

 それはまるで、春風が吹き抜けるようなさわやかさだった。


 休日なのに制服を着ているのは、部活か何かの帰りなのだろうか? などと考えながら、オレは女子高生の後姿を目で追っていた。

 女子高生は、野球をしている小学生の一人に何か告げてから、土手を登って来た。

 そして、女子高生はオレの目の前で立ち止まり、話しかけてきたのだ。

「野球少年のお父さんですか? みんな元気ですよね」

 オレは独身で結婚歴もない。当然、野球少年の中に息子がいるわけがない。そんな男が、土手から野球をしている少年逹を眺めているというのは怪しいのではないか?

 そうだと嘘をつくと言う選択肢も有ったはずだが、春風のような女子高生に嘘をつくと言う選択肢は思い浮かばなかった。


 オレは言い訳をする選択肢を選んでいた。

「いや、そう言う訳では無いんだ。ちょっと暇だったからね。散歩の途中で一休みしていたところなんだ」

 妙に言い訳がましい返答をしてしまった。しかし女子高生は、そんな私を怪しむ事はしなかった。

「隣に座っても良いですか?」

 断る理由は無いが、このうえ女子高生と並んで座っていたら益々怪しい男に見えるのではないか? そんな思いが頭をよぎった。

 返事に困っていると、女子高生はオレの返事を待たずに隣に座り込み、野球少年達を眺めながらオレに語りかけて来た。

「先週もここに来ていましたよね? 小学生の野球を見ていて、面白いですか? 私は野球の事は何も知らないから、全く面白く無いです」

 女子高生はオレが先週も、ここでこうして野球少年達を見ていた事を知っていた。

 オレは土手に座りこんで、ただグラウンドの少年達を見ていただけで目立つような行動はしていない。ましてオレは人の記憶に残る様な容姿も持ち合わせてはいない筈だ。

 何せ、職場の先輩にも『君は普通以外に特徴の無い男だなぁ。これだけ普通過ぎると、その普通が特徴に成る事を証明している様な男だなぁ』などと言われていたくらいだ。

 そんなオレの事を、この女子高生は記憶している。何かを怪しんでいるに違いない。


 オレは、怪しまれない為には何と答えたら良いのだろうか? そればかりを考えていた。

「僕には子供がいないから、ああやって元気に野球をしている少年逹を見ていると楽しくなるんだ。もし、息子がいたら、あんな風に野球をするのかな? ってね」

 これなら怪しまれる事は無いだろう。この言葉だけを聞いたら、結婚して妻は居るのだが、ふたりの間には子供が出来ない。もしも子供が出来たならば……、そう言った想像している人なのだと思われるだろう。

 実際は四十三歳の独身男なのだが、妻がいるとは言っていないので嘘はついていない。こんな言葉がよく出て来たものだ。自分を誉めてやりたくなった。

「日曜日なのに学校の帰りなの? 制服を着ているから……」

「今日は野球部の試合だったんです。全校応援なので、野球の解らない私達まで早朝から駆り出されました」

「それで野球部は勝ったの?」

「いいえ、負けちゃいました。一回戦敗けです。試合開始が八時からだったので、早起きさせられたのに……、簡単に負けちゃいました。五回コールド負けってヤツです」

「それは残念だったね」

 そう言いながら、女子高生の顔を見た。その時、私の心臓はドキュンと物凄い音をたてて、停止しそうになった。

 女子高生は人懐っこい笑顔を私に向けていた。その笑顔が、私の遠い記憶を呼び起こした。



 中学三年の時だった。三学期の初日に転校生がやって来た。

 その転校生は長身で色白で、髪の長い少女だった。中学三年のオレは一目で心を奪われてしまった。

 しかし、中学三年の三学期に転校して来られても、オレの様な社交性に乏しい男子にとって、親しくなる為の時間が少なすぎた。

 オレの中学三年三学期は、誰にも気付かれる事無く、窓際最後列に座っている転校生を眺める事に費やされた。

 今思えば、それだけの労力を勇気に変えれば、彼女に告白くらい出来たのではないだろうか?

 実際には何も出来ないまま、あっという間に中学を卒業してしまった。

 そしてオレは都立高校へ、彼女は私立の女子高へと進学した。


 一目惚れで始まった初恋はあっけなく終了したかに思われた。しかし、神様はそんな内気な男子生徒のことを見捨ててはいなかった様だ。

 ある日、最寄り駅の近くでバッタリ出会ったのだ。同じ中学校に転校してきたのだから、家は近所に有るはずだ。同じ駅を利用している筈だから、偶然出会う事も当然の成り行きだ。

 しかし、この時は偶然を引き起こしてくれた神様に感謝した。その彼女の笑顔が、隣に座った女子高生の笑顔と重なった。



「そろそろ行かなくちゃ」

 女子高生は立ち上がってスカートに付いた草を払い落した。

「気を付けて。君、名前は?」

 何を言っているんだ! 初対面の女子高生に名前を聞く中年オヤジなんて怪しすぎるではないか。名前なんか教えるわけがないだろう。

 淡い初恋の思い出に浸っていたのは私だけで、女子高生には何の関係も無いのだから……。

「ミワです。柏木美和。あなたは?」

 美和は笑顔で名前を告げた。

 オレは胸の高鳴りを感じていた。美和という娘はどんな娘なのだろうか? 普通の女子高生は、オレの様な中年オヤジには、『オジサンは?』と聞くだろう。だが、美和は『あなたは?』と聞いた。考え過ぎなのだろうか?

「本間、本間忠。今日は楽しかった。また会えると嬉しいな」

「そうですね。きっとまた会えますよ」

 ニッコリと笑顔を見せた後、美和は振り返る事もなく土手の道を歩いて行った。オレは未練がましく後ろ姿を目で追っていた。

 他人が見たら何と思うだろう? しかし、その時には他人の目など気にもしなかった。と言うより、他人が見たらなどと言う考えさえ思い浮かばなかった。

 ただ、美和を見ていたかった。それだけだった。


 翌週の日曜日も土手を訪れた。また美和に会いたかったからだ。

 いつもなら一時間も座っていると飽きてしまうのだが、美和が現れるかも知れないと思い、結局三時間も土手に座っていた。

 しかし、美和は現れなかった。

「やはり名前なんか聞いたから……、怪しまれたかな?」

 そう呟いて土手を後にした。




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