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娘じゃ無くて妻です!

 その晩、午前零時をまわった頃に、私はスナックCPを訪れた。

 店の奥のテーブルには一組の先客がいるだけだ。私はこの前と同じ入口脇のテーブルに通され、ママが私のテーブルの向かいに座った。


「いらっしゃいませ。今日はボトルを入れてくれるのかしら? それともビールにします?」

「ボトルを入れようかな。水割りで……」

「ありがとうございます」

 ママはボトルと水割りのセットを取りに一旦奥に消えたが、すぐに戻って来た。そして水割りを作りながら私にだけ聴こえる音量で囁いた。

「ミワちゃんを泣かせたら許しませんよ」

 私は何か言わないと、と思ったが言葉が出てこない。ママは返事を待たずに奥に向かって言った。

「初音ちゃん、お願いね」

 そして、まだ戸惑っている私に笑顔を向けた。

「ゆっくりしていって下さいね」


 ママの言葉と入れ替わりに初音さんが私の席にやって来た。

「いらっしゃい。青山さんの事はミワちゃんから聞いているわよ」

 ママと違って、初音さんは完全に面白がっている。

「ミワちゃんの所に転がり込んだんですって?」

 初音さんはダイナミックボディを制服からはみ出させながら笑った。ボディだけでは無く、性格もダイナミックな様だ。

「転がり込んだって訳では無いんだけど……」

「でも、結果的にはそうなった訳でしょう?」

「まあ、そう言う事だよなぁ」

「青山さんって、幼児体型が好みなの? ミワちゃんはもう二十二歳だからロリコンって訳では無いんだろうけどね。私の方が色っぽくて良いと思わない? ミワちゃんにはこんな胸とか無いでしょう?」

 初音さんは自分の胸を両手で挟んで私に近付けた。つい見入ってしまいそうになったが、ミワの気配を感じて目をそらした。そらした視線の先にミワの目が有った。


 ミワの話だと、洋子さんには旦那さんが居るけれど、初音さんはフリーだそうだ。初音さんは、まだ子供だと思っていたミワに彼氏が出来たのが不本意なのかも知れない。又は、私が簡単に誘惑に負けるタイプかどうかを試しているのかも知れない。

 女同士とは、時折その様な共闘作戦をとるようだ。私は共闘作戦である事を警戒し、平静さを前面に出して言った。

「うーん、幼児体型が好みと言う訳では無いんだけれどね。ケースバイケースかな? ミワがたまたまそうだったと言うことかな?」

 この答えならば、私がミワの身体にでは無く、ミワ自身に好意を持っている事を強調できただろう。私はこの答えで危険は回避出来たと思った。

 だが、なぜか初音さんはニヤリと笑った。彼女は何を企んでいるのだ! 何か罠にハマったのだろうか?

「今、ミワちゃんが幼児体型だって認めたよね? ミワちゃんに言い付けちゃおうっと!」

 しまった! そう言う罠だったのか。

「あわわ、それは言葉のアヤってやつでしょう。絶対に言っちゃダメだよ!」

「どうしようかなぁ」

 その時、奥にいた客が席を立って店を出て行った。洋子さんとミワは奥のテーブルを片付けている。

「ミワちゃん、青山さんがね、ミワちゃんのタイケ…」

「あわわわわ! ダメって言っているでしょう!」


 片付けを終えたミワが私の隣に座った。

「青山さん、私の何ですか?」

 ミワが可愛く小首を傾げた。こんなミワの仕草を目の当たりにすると、どうも顔の筋肉がゆるんでしまう。私は返答に困っているにも関わらず、きっとニヤケ顔に成っていただろう。

「あっ、いや、何でも無いよ」

「あー、何か嘘をついていますね? 青山さんは嘘や隠し事をしている時、挙動不審になっちゃうからすぐにわかっちゃいますよ」

 ミワは完全に私を見抜いている。年齢とは関係なく、女はコワイと思った。

「あら、青山さんはもうミワちゃんのお尻に敷かれちゃったのね。まだ何日も経っていないでしょう?」

 洋子さんまでやって来て私をからかい始めた。


 その後もみんなで私とミワをからかい続けた。

「そんなこと無いですよぉ」とか言いながら、ミワは嬉しそうだ。

 そんなミワの嬉しそうな笑顔を見ながら、『私の幸せはミワの笑顔の中に有るんだな』などと思っていた。


「そろそろお店を閉めちゃおうかしら。もうお客さんは来ないだろうし。青山さんの分はミワちゃんに付けておけば良いのね?」

 ママの言葉にミワはうなずいたが、私はあわてて言った。

「ダメですよ! 私が払います。清算して下さい」

「青山さん、真面目なんです。ママ、お願いします」

 ミワは嬉しそうに笑って、そうママに告げた。私はミワが『エッチなくせに』と付けなかった事に安堵していた。

「はいはい」

 ママが計算をしている間にミワ達は片付けをした。片付けが済んだところで、全員で店を出た。

「青山さん、又来て下さいね。ミワちゃん、お疲れ様」

「お疲れ様でした」

 私とミワはママ達と別れ、ミワの部屋へ向かって暗い夜道を歩いた。


 ミワは私の腕にしがみつく様にして歩いている。二月の深夜はかなり冷え込んでいたが、ミワと一緒に歩くとその寒さも心地よいものに感じられた。

「うふふ、いっぱいからかわれちゃったね」

「ある程度は予想していたけれど、あそこまで言われるとは思わなかったなぁ」

 帰り道は大通りでは無く、住宅街を抜ける小路を選んだ。所々に設置されている街灯が空間を照らしているけれど、間隔が広すぎて互いの光が交錯する事は無い。したがって、街灯と街灯の間には、まるで異空間に繋がっているかの様な漆黒の闇が横たわっていた。

「こんなに暗い道を、ミワはいつも一人で帰って来るんだね。最近変な事件が多いから、心配だなぁ」

「いつもは暗くて怖いから、タクシーで帰っているんですよ。ほら、初めて会った日もタクシーで帰っていたじゃないですかぁ」

「そう言えばそうだった。おかげで今が有るんだよね。暗い道に感謝しないといけないね」

「暗い道に感謝は変ですよ。タクシー代もばかにならないんですからね!」

「確かにそうだ」

 暗い夜道に私とミワの笑い声が響いた。


 ミワと歩く深夜の住宅街に、小さな幸せを感じていたときだった。前方に横たわっている闇の中に、黒い人影が動いた。

 私は緊張感を高め、ミワを背後に隠した。私達の居る場所には街灯の光が届いている。しかし、黒い人影は光の届かない闇の世界に居るのだ。

 つまり、黒い人影には私達の姿が見えているが、私達からは黒い人影は人影としか判別出来ない状態だ。

 このまま進むと、人影が何者であるか解らない状態ですれ違う事になる。危険を感じた私は、立ち止まって様子を見る事にした。

 闇の中の黒い人影は、ゆっくりと近づいてくる。人影に街灯の光が当たり始めた。光が当たり始めても、全身に色彩が感じられない。おまけに手には懐中電灯を持ち、私と美和を照らし始めたではないか。

 その人影が、私とミワを照らしている光の中に侵入して来た。

「こんばんは。今お帰りですか?」

 突然、人影が私とミワに話しかけて来た。それは制服姿の警察官だった。警察官は笑顔を私とミワに向けて言葉を続けた。

「お嬢さんのお迎えですか? 夜道は物騒ですからお気をつけて……」

 彼は軽く敬礼をして去って行く。ほっとした私はその警察官の後ろ姿に向かってねぎらいの言葉を掛けた。

「ご苦労様です」

 少し離れてから、警察官に聴こえない様にミワが言った。

「失礼な警官! ミワはハジメさんのお嬢さんなんかじゃ無いのに! 娘じゃ無くて妻ですって言ってやりたかったなぁ。そんなこと言ったら怪しいと思われるかな?」

「どうかな? でも、一般的に考えれば、私とミワの歳の差は父娘だろうな。警官を責めたら可哀想だよ」

「あーあ、ミワにもっと色気が有ったら、ハジメさんの奥さんに見えたかも知れないのに!」

 ミワは父娘に見られた事がかなり悔しかったようだ。


 部屋に帰ってからも、ミワの機嫌は治らなかった。

「私はいつも可愛いミワが好きだよ」

「でも、お店で初音さんを見るハジメさんの目がいやらしかった! エロ親父の目だった!」

「そんなこと無いよ」

「だって、内緒話をしていたじゃない! やっぱり初音さんみたいな色っぽいボディが好きなんでしょう! 初音さんが胸を強調していたから、どうせ私の胸が小さいとか言って盛り上がっていたんでしょう!」

「そんなこと無いってば……」


 夜中に巡回していた、真面目な警察官の悪気の無い一言のおかげで、私は大変な目に会った。

 一晩中かけてミワの機嫌をとる作業をしなければならなかった。翌日の周辺散策は中止する事になりそうだ。





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