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お父さんのお墓参り

 目覚めると、まだ午前九時だった。隣に寝ているはずのミワが居ない。

 リビングからテレビの音が聞こえているので、ミワは先に起きてテレビを見ているのだろう。私はベッドから出ると、リビングの戸を開けた。


「おはよう。今日は早起きなんだね」

「おはようございます。今日はちょっと行く所があるから、お店にはお休みをもらっているの」

「どこへ行くの? 聞いてないよ。店を休むと言うことは、けっこう遠くまで行くんだろう?」

「うん、ごめんなさい。今日はお父さんの命日だからお墓参りに行かなくちゃならないんだけれども、何だか言い出しにくくって……」

「お父さんは亡くなっていたんだね。命日にお墓参りに行くなんて偉いね。きっと優しいお父さんだったんだろう。お墓はどこにあるの?」

「東京、品川区に有るんです」

「家族と一緒に行くのかな? 久しぶりにお母さんに会えるとか……。毎年楽しみにしているんだろう? 行って来ると良いよ。私の事は気にしないで……」


 そこまで言って気が付いた。なぜかミワの目に涙が浮かんでいる。私は何かいけない事を言ってしまったのだろうか? お父さんや家族の事を思い出させてしまったのだろうか?

「ごめん、何か悪いこと言った?」

「ううん、泣いたりしてごめんなさい。お母さんは来ないと思うの。お母さんは再婚してから、命日にお墓参りをしなくなっちゃったから……」

「再婚相手が嫌がっているんだね? お母さんは気を使っているわけだ」

 ミワは涙をティッシュペーパーで拭きながら首を横に振った。

「いいえ、違うの。お母さんが再婚してからしばらくは、私も一緒に暮らしていたんです。再婚相手の人はとても良い人で、私にも優しくしてくれました。それなのに、高校3年の時の命日にお墓参りに行こうって言ったら、お母さんは行かないって言うんです。私にも行くなって……。再婚相手の人は、『行って来なさい』って言ってくれたけど、お母さんは『絶対に行っちゃ駄目!』って言うの。『ミワのお父さんはこの人なんだから! もう、前のお父さんの事は忘れなさい!』って言われたんです。なんだかすごく悲しかった」

「それでもひとりで墓参りに行ったんだね? 寂しかったね」

 私はミワをそっと抱き寄せた。ミワは力なく身体を私に預けて来た。

「うん、お母さんがあんなこと言うなんて思わなかった。その時は、お母さんはもう……。お父さんの事を忘れてしまったのかと思って悲しかったの。でも、本当はミワが悪かったの」

「なぜ? ミワが責任を感じる事は無いだろう?」

「いいえ、ミワのせいなの。お父さんが死んだのはミワが中学3年の時で、お母さんが再婚したのは、ミワが高校3年の時だったの。たったの3年だよ! たったの3年で再婚したお母さんのことが許せなかったの。ミワがお母さんの事を許せなかったから、再婚相手の人の事も『お父さん』って呼んであげられなかったから……。だからお母さんもあんな事を言ったんだと思うの」

 私は話の展開を整理するのに精一杯で、何も言ってあげられなかった。ミワは涙を拭いながら続けた。

「再婚相手の人は良いひとで、ミワはその人のこと、嫌いじゃ無かったんだよ。優しいし……。だけど、その人のことをどうしても『お父さん』って呼べなくて、お母さんはその事をずっと気にしていたんだと思うの。そんなことが有ったから、ミワは高校を卒業してすぐに家を出たの。しばらくは東京に居たんだけれど、3ヶ月前にこの木更津に引っ越して来たの」


 ミワをひとりで墓参りに行かせてはいけない気がした。知り合って間もないのに、私が居ないと言って取り乱したミワを思い出していた。今、私に出来る事はミワと一緒に居てあげる事くらいだろう。

「そんなことが有ったんだ。ミワも大変だね。ミワが嫌じゃ無ければなんだけれど……。私も一緒にお父さんのお墓参りに行っても良いかな?」

 ミワは涙の滲んだ目で私を見つめながらうなずいた。

「嬉しい! ひとりでお墓参りに行くのは、何回行っても心細かったの。お願いします」

 ミワはペコリと頭を下げた後、笑顔を取り戻した。


 ミワと私は木更津駅から電車に乗って行く事にした。私達はボックスシートの窓側に向かい合って座った。

「こうやって電車で向かい合っていると、旅行に行くみたいですね。ハジメさんと一緒に旅行に行きたいなぁ」

「旅行かぁ、良いね。ミワはどこに行きたい?」

「ミワは温泉が良いな。風景がきれいで露天風呂が有る所に行きたい。ひとりで温泉に入るのは寂しいから、家族露天風呂の有る所が良いなぁ。そうすればハジメさんと一緒に入る事が出来ますよね。連れて行ってくれますか?」

「そうだね。一緒に行きたいね」

 ミワも私も、必要以上にはしゃいでいた。

 東京が近付くにつれて、私の中に重苦しいものが膨らんで来た。ミワも同じような感覚が有るのか、次第に言葉数が少なくなっていった。


 二時間弱で目的の駅に着いた。東京の街にも冷たい北風が吹きぬけていた。

 駅から寺までは歩いて二~三分らしい。ミワと肩を並べ歩いて行くと、寺の門がマンションとマンションの間に挟まれる様に建っていた。その門の奥に、歴史の有りそうな御堂が建っていた。

 マンションが建ち並ぶ前には、周囲を威圧するほど大きな建物であったのだろ。そんな御堂も、今ではマンションから見おろされている。

 御堂の脇に墓石が並んでいた。御堂の近くにある墓石は石の表面が風化して、すでに文字が読めない様な古いものが多かった。

 墓地の奥の方には、いかにも最近建てられた様な洋風の墓石達が並んでいる。ミワのお父さんの墓は、新しい洋風の墓の方に有るらしい。

 私は御堂の前で立ち止まり、途中で買ってきた花と線香をミワに渡した。

「私はここで待っているから、ミワひとりでお参りしておいで」

「一緒に行かないの?」

「私の立場じゃ、まだミワのお父さんには会えないよ」

「そうなの? お父さんに紹介しようと思ったのに……」

 そう言った美和の笑顔は、少し寂しそうだった。

「じゃあ行って来ます」

「行ってらっしゃい」


 私はミワの後ろ姿を見送ってから、御堂の前のベンチに座った。周囲のマンションに阻まれているためか、冷たい風は届かない。マンションのすき間から、暖かい日差しがベンチに座った私を包んでいる。

 二月だというのにポカポカとして、私は眠気に引き込まれて行った。





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