今はスマホの時代ですよ
帰りは少し道を変えることにした。
公園から木更津駅の方向に歩いた。駅の少し手前を右に曲がると、ミワと初めて会った日に泊まったラブホテルが有った。そこからミワと行ったファミレスの前を通り、ミワの部屋へと帰った。
部屋のドアを開けると、ミワが抱きついて来た。帰り道に考えていた妻の事は、ミワの笑顔と温もりで、いとも簡単に消え去ってしまった。男の思考なんてそんなものなのだろう。
いくら偉そうに人生論を語ろうが、哲学的な言葉で武装しようが、女性の笑顔と温もりに敵うはずが無い。
「お帰りなさい」
「ただいま」
「海はどうでした?」
「キレイだったよ。港の公園まで行ったけれど、あの大きな橋に怖じ気付いて手前の駐車場で我慢した」
「あそこを歩いて渡るのは大変そうですよね。確か車は渡れないはずだし……」
「巨大な歩道橋らしいね。巨大過ぎて引くけどね」
「みんな歩いて渡るんですよね? ミワは渡ったこと無いけど……。今、コーヒーを淹れるね。一休みしたらお昼食べに行きましょう」
「フレンチトーストで良ければ作るよ。帰りにコンビニで材料を買って来たんだ」
「ホント! 嬉しい」
ミワは私が転がり込む前から料理を作っている気配が無かったから、食事の為に出掛けようと言われるのは目に見えていた。帰ってすぐに出掛けたく無かったので、バケットと卵と牛乳とサラダを買ってきた。サラダは出来合いだけど、これは作っても出来合いでもあまり変わらないだろう。
私はフレンチトースト作りに取りかかった。ミワは私が料理を作っている姿を不思議そうに見ていた。
私とミワは、出来上がったフレンチトーストとサラダとコーヒーを挟んでテーブルについた。
「いただきます」
ミワが手を合わせて言った。
「いただきます」
私も同じ様に言ってから食べ始めた。フレンチトーストは予想以上に上手く出来ていた。
「美味しい! ハジメさんって家でも料理をしていたのですか? 奥さんが作ってくれるご飯を食べるだけじゃ無いのですか?」
ミワは、私に妻がいることを前提に話をしている。私はミワに嘘をつきたく無かったから、妻がいることを否定はしなかった。しかし、妻の話しをしてはいけない気がした。
その方が私とミワの関係を保つ為には良いと思ったのだ。
「家ではほとんど作らないなぁ。でも、料理を作るのって、楽しいよね。何だか化学の実験みたいで……。この食材にこの調味料を加えるとこんな味になるのか、とかね。ちょっと楽しくなるよね」
「そっかなぁ? ミワは化学が苦手だったから……。実験なんか、何をやっているのだか全くわからなくって……。だから料理もあんまり好きじゃ無いのですね」
なぜか料理をしない事を正当化しようとしている。
「それは違うと思うよ」
「やっぱり?」
ペロッと出した舌が可愛い! オジサンの私でさえこの始末だ! 若い男だったら、この仕草だけでコロッといってしまうだろう。
食事が終わってコーヒーを飲んでいた時だった。
「ハジメさん、これから携帯を買いに行きませんか?」
「携帯を買うときって、身分証明書とか銀行口座とかが必要になるだろう? 私は何も持って無いよ」
「大丈夫、ミワがもう一台買うの。それをハジメさんに持っていてもらうだけだから……。携帯を持ってもらうだけでも、繋がっていられる気がするでしょう?」
そんなものなのか? 私の様なオジサンにとっては、携帯だけでは繋がりを意識しづらい。実際に顔を見て、温もりを感じてこそ繋がっているんだと認識できるのだ。
ミワ達の年代では、携帯で繋がっているだけで満足出来るのだろうか? とは思ったが、反論はしない事にした。
「わかった。買いに行こう」
「じゃあ、出掛ける用意するね」
そう言ってミワは外出の準備を始めたが、着替えの途中や化粧中なのに私に抱きついたり、キスをしたりでなかなか準備が進まない。出掛けるまでに一時間半の時を要した。
携帯ショップでは、製品の大多数がスマートフォンだった。以前の携帯電話なら概ね使いこなせるつもりだが、スマートフォンは自信が無い。
困っている私にミワがハッキリと言ってのけた。
「ハジメさん、今はスマホの時代ですよ。今どきガラケーは無いですよ」
「ガラケー?」
「カラパゴスケータイ。昔の携帯電話のことです」
結局スマートフォンになった。契約が終わり、スマホは使用可能になったけれど、使い方がまだわからない。
ミワは、私に電話の受け方だけ教えて、スナックCPに出勤して行った。
ミワが仕事に行っている間はやる事が無い。テレビも面白い番組が有れば視るけれど、今日は興味をひく様な番組が無かったので、スイッチはオフのままだ。
やる事が無いので、夕飯を作ることにした。まずは地図でスーパーマーケットの場所を探した。意外と近い位置に有るようだ。スーパーで食材を調達してから料理を開始した。
ミワはスナックCPでつまみ等を食べて来るので、夕飯は食べないのがいつもの流れになっている様だ。だから、自分の分だけ作れば良いのだけれど、夜食としてミワが食べる分も作った。
それでも大量の暇な時間が残っている。明日は本屋に行って本を買って来ようと決意していた。




