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歩人という名の存在は

白爺が見事に振られた事を悟った歩人は、自分の仕事を終えたとばかりに踵を返して帰ろうとした。


ところがそれを阻止したのは白爺で、続いて花子も彼の腕に絡みついて離れない。


「せっかく来たんじゃ。きゃばくら、というものを体験して行こう」

「僕、未成年」

「何言っちゃってんのあゆあゆってばっ! お酒は出さないけど水くらい飲んでってよ! 何しろトイレだから山ほど水があるし!」

「それ、人間にとってはいじめだからね」

「妖怪にとってもね」


思わずツッコミを入れた歩人に続き、口裂け女もトイレの水はゴメンだとばかりにげんなりと呟く。


「失礼ね! 六甲のお●しい水といろ●すの二択よ! そして座席は完全個室の最新洋式トイレ! なんと、自動で蓋が開いて音楽が流れるの!」


蓋をあけて驚かせるのは私の役目だったのに! と悔しそうに話す花子に対し、歩人はこの辺境地に無駄に豪華な設備(トイレ)があるという認識だけをインプットする。


そもそもトイレは個室であって、同席されても困る。出るものも出ないというのはトイレにあらずと歩人が考えていると、花子が彼を上目使いで見つめながらちょこんっと首を傾げて見せた。


「人間達の文明に対抗して、自動で開いた蓋を座られる直前に閉めて、口笛吹いてみようと思うんだけどどうかなぁ?」

「漏らしそうな人には死活問題になるからやめてあげて」

「トイレ談義をするなら、入ったらどうかのぅ?」


どんどんと話がずれていく二人の会話を聞いていた白爺が口をはさんだ事をきっかけに、歩人は結果的に引きずられるように入店せざるを得なくなってしまった。


「いらっしゃいませー! 妖怪キャバクラ《ウォシュレット》へようこそ! 三名様ごあんなーい!」


花子と白爺に引きずられるように入った歩人達の姿を見て、そう大きな声でコールしたのはボーイ姿の豆腐小僧だ。小柄ながら今時の格好をしているにも関わらず、盆に乗せた豆腐を手放さない辺りはまだアヤカシであることを捨てていないらしい。

トイレに食品を持ち込むのは不衛生ではないかと思ったところで無駄な事だと分かっていたから、歩人は苦言を零す前に諦めた。アヤカシに不衛生を伝えたところで「何か問題が?」と逆に聞き返されるのが目に見えているからだ。

アヤカシの中には垢嘗(あかなめ)など不衛生であるのが前提としたモノも存在する故に、衛生的な部分を指摘したところで意味をなさない。


それよりも気になるのは場所に似つかわしくない豆腐小僧の存在そのもので。


ジッと自分を見つめてくる歩人の視線を見た豆腐小僧は、何を勘違いしたのかにっこりとほほ笑んで自分が持っていた豆腐を盆ごと差し出した。


「食べます?」

「いや、いらない。というより、何してるの?」

「小僧なのでバイトをしないかと雇われました!」

「……雇用条件が小僧(ボーイ)だから、とか?」

「よくわかりましたね!」


わからいでか。


「バイトって給料もらってるってこと?」

「現物支給で大豆を! 時々、にがりもいただきます!」


ボーナスですね! といいながらにっこりと笑う豆腐小僧に歩人は呆れるしかない。

そうですか、にがりはボーナスの部類ですか。


「人間の世界では男前な豆腐という、男前が作った豆腐があるそうですが。僕は残念ながらアヤカシの中で男前ではない部類ですので、対抗して美味しい小僧豆腐を作ろうと目下思案中なんです! なので、現物支給はとてもありがたくて!」


アヤカシの世界にも色々と事情があるらしい。


そしてやはり人間界の常識がずれて認識されている。


しかしながら、花子しかり豆腐小僧しかり、どうしてこう人間と張り合って対抗意識を燃やすのかは不思議でたまらない。

人間はよりよい商品を研究して生み出す事に切磋琢磨しているが、アヤカシのほとんどは興味と面白半分であって、利益は一切考えない。豆腐小僧に至っては、人間の豆腐屋で働くべきなんじゃないかとさえ思うのだが、それはそれ、これはこれ、と言ったところだろう。


それに――と、歩人は自分達が今入ってきたばかりの入り口を見て、ため息を漏らした。


「……で、君は他のアヤカシより目が多いから、警備員のバイトをしてるってところ?」

「目が多いと不審者を見つけやすいからって雇われちゃったんですぅ」


はんなりとした声色で歩人の言葉に返事をしながら、かららと笑うのは百々目鬼(どどめき)だ。

アヤカシの存在自体が人間にとって不審なのだが、それを言ってしまえばおしまいなので何とも言えないでいる。


「あと、泥棒するよりも稼げますし」


と、急に真顔になって付け加えられた時には、歩人も「そうなんだ」としか返せないが。


百々目鬼は泥棒を繰り返した女の腕に鳥の目が百ほどできてしまったという妖怪だ。見た目は人間の感覚で言えばそれなりに可愛い部類なのだが、なにぶん手癖が悪いため、客の傍には付けられないらしい。


「……目がたくさんついてても鳥目なら夜とか辛いんじゃ?」

「そうなんですよねぇ。防犯上、それがちょっと」


意味ないじゃないか。


とは、口にできなかったが。なにしろ妖怪がやっているキャバクラなのだから、夜目がきかないなら防犯の意味はまったくない。


入口でそんな風に足止めしてしまった歩人を差し置いて、白爺は早々に花子の腰を抱いて個室へと入っていくのを視線の端に写した。


振られたクセに、抜け目のない爺である。


そこでようやくトイレ(店内)の全貌を見渡した歩人は、すでに開いた口がふさがらなくてため息の連続だった。


よくもまぁここまで有名どころのアヤカシ達を集めたなと感心すらしたくなる。


あくまでここはトイレであるから少々手狭ではあるものの、個室といっても扉は閉めず仲から女妖怪の笑い声と男妖怪の下世話な話があちらこちらから聞こえてくる。


上半身は人間の女性ながら、下半身は蜘蛛である女郎蜘蛛(じょろうぐも)が尻から出した糸に、ぐるぐる巻きにされて喜んでいる変態は高入道(たかにゅうどう)

わははと喜んで巻かれては、体を大きくして全身に巻き付いた糸を引きちぎり、元に戻ってはまた巻かれるという無限ループを繰り返している。


それ、何が楽しいの? と聞きたいが、二人してうふふ、わははと笑顔で攻防を繰り返しているだけなので無視を決め込む事とする。


雪女と混同されやすい、つらら女が接客をしているのはのっぺらぼうだ。

目も鼻も口もないのっぺらぼうではあるが、美しいアヤカシの代表ともされるつらら女に鼻の下を伸ばしているようにも見える。個室で密着状態が常であるにもかかわらず、つらら女とのっぺらぼうの間には距離がある。のっぺらぼうが距離を詰めようとすると、つらら女は逃げる。

しつこい客から逃げる店員の図ではあるが、実際には、


「貴方の熱で溶けてしまいそうですわ……あんまり近寄らないでくださいまし」

――(そんなっ)! ――――――っ(こんなに) ――――――――!(美しい貴方を) ――――(目の前にして)  ――――――――(近寄れないなんて!)!!」


というお決まりの腫れた惚れたを繰り広げている様子なので、これも無視していいだろう。

ちなみにのっぺらぼうは口がないため、意思を直接脳に伝える手段を用いているが、つらら女にベタ惚れ過ぎて脳内の思考が歩人含め、ここに居るアヤカシ達全員にダダ漏れであることは余談だ。


どうして君が居るのかと聞きたくなるのは般若(はんにゃ)だ。その名を顔で表しているくらい酷く恐ろしい顔をしているアヤカシは、よく性別を間違えられるがれっきとした女のアヤカシである。

彼女を指名していたのはデカい図体の道塞ぎ(みちふさぎ)――通称、ぬりかべだ。

あれで会話が成り立っているのかというくらい、般若が恐ろしい顔で言葉を並べており、時々顔に似合わずコロコロと笑い声をあげている。道塞ぎも満更ではない様子ではあるが、いかんせん体が大きすぎて、目と口がどこかにあるはずが探すのに苦労する。あれはたぶん、頷いているのだろう。道塞ぎは大きな図体を前後に揺らして聞いている。般若はその顔からは想像できないが、知識が豊富なアヤカシとしても知られているから、話題が尽きないようだ。


他にも美しいキャバクラに扮したアヤカシ達には目もくれず、汚れた洗面台の中で一心不乱に小豆を洗い続ける小豆洗いや、ぐでんぐでんに酔っぱらったアヤカシ客にしがみ付いてギャン泣きして重みを増しながら支払いを要求する子泣き爺。

一つ目小僧や袖引き小僧、提灯小僧が、ボーイとしてあくせく働いているのが目に映った。


「……楽しそう」

「アヤカシにはそう見えるのか」


歩人の隣でポツリと呟いたのは口裂け女だ。

理解できないといった雰囲気で歩人が思わず呟けば、口裂け女は「だって」と大きな口をマスクの下でもごもごとさせる。

そんな口裂け女の様子を見て、歩人はここ一番に大きなため息を漏らすと、珍しく無表情を崩してフッと困ったように笑った。


「分かってるよ。アヤカシは楽しい事が好きなんだって事くらい」


歩人の理解ある言葉に、口裂け女は顔色をパッと明るくした。


アヤカシという存在は人間にとって脅威とも恐怖ともなるが、実際には温厚で楽しいことが好きな連中が大半を占めている。悪戯好きで人を驚かすのが流行っていた時代もあるのだから、そういうものだと理解いただければと思う。

こういった統率も何もないが、ワイワイとした雰囲気を好むのは、人間よりもアヤカシの方が数段上に居るだろう。


「あゆちゃんも一緒に楽しもうよ!」


自分の気持ちを理解してくれた事がよほどうれしかったのか、口裂け女は歩人の腕に絡みついてニコニコと笑う。そんな彼女を歩人はアヤカシながらも好ましいと思っている事は、彼女自身に伝わっていないのだが。


ぐいぐいと自分を引っ張る口裂け女にとうとう折れた歩人が、一歩足を踏み出した時だった。


「きひひひひっ、ニンゲンだ」


場違いなほど下種な言葉を発したアヤカシに、店内に居たすべてのアヤカシが会話をやめて視線を向けた。


「きひっ、ニンゲンが何の用だ」

「口裂け女がニンゲンとつるんでる。きひひっ」

「ニンゲンだ、ニンゲンだ」


最初の一言を皮切りに口々に呟いたのは、一番奥で団子のように固まっている餓鬼(がき)達だ。手と足は棒のように細く、頭と腹が大きく丸みを帯びて存在を主張する。顔はひしゃげて醜いもので、片目が潰れているモノから、黄ばんで歯抜けた口から気味悪く赤い舌を垂れ流しているモノも居る。鬼の中でも底辺の存在であり、一部の鬼には鬼と認められていない奴らだ。

俗には生前に贅沢をした人間が生まれ変わったアヤカシとされ、常に飢えているという餓鬼がなぜこの場所にいるかが不思議だ。


歩人に視線が集まる中、白爺を接客していたはずの花子が心配そうな顔をして彼の元にやってくる。それからチラリと餓鬼の方を見てからコソリと歩人に告げた。


「気にしないで、あゆあゆ。私達が貴方を厚意にしているのが気に食わないだけだから」


花子の言葉に歩人は無言で小さく頷いた。


そもそも花子にフォローされなくても、歩人はこの場で不可解な存在の一等が自分であることは充分理解している。何しろアヤカシの中に人間が一人存在するのだから、逆に気にしないアヤカシの方が可笑しい。

歩人は口裂け女に言われるがまま、アヤカシ達とそれなりの付き合いをしているが、相反する存在であることは紛れもない事実だ。

自分達の存在に怯えもせず、無碍にも扱わず、淡々とアヤカシ達が望む《恋愛ごっこ》の仲人を務めている歩人は確かに特別視されているが、ただそれだけだ。


しかし一部のアヤカシは、歩人の存在がただそれだけではない(・・・・・・・・・・)事を知っているモノも居るが。


花子がフォローしている間にも、餓鬼達は悪びれもなく歩人に近寄って周囲をぐるぐると取り囲んでは下種な笑みを浮かべた。


「きひひひっ」

「きひ、うまそうだ」

「うまそうだなニンゲン」

「いいやマズそうだ」

「きひひっ、確かにマズそうだ」

「きひひひっ、喰うか?」

「喰ってしまおうか?」

「ちょっとやめなさい貴方達!」


口々にそんな事を言ってはギョロリとした目を歩人に向けてうろつく餓鬼達に、花子が声を荒げて抑止しようとするも、餓鬼はきひひと笑うだけで応えることはない。


「おーい、やめとけよぉ餓鬼共。そのニンゲンはお前たちにゃぁ無理じゃ。例え喰えても腹を壊すぞ」


のんびりとした声が割り込んできた事に、歩人達と同様に餓鬼達も視線を向ける。

視線の先には飲んだっくれた白爺が、ひっくひっくとほろ酔い気分でお猪口を片手ににやにやとした様子でトイレの個室から眺めている。


「なんだ老いぼれか」

「きひひっ、老いぼれ狐か」

「老いぼれがニンゲンの味方をしているぞ」

「ますます喰うてみたくなった」

「きひひひひひっ」


相変わらず場を弁えず、年功序列社会のアヤカシの世界で白爺を老いぼれと言い捨てる餓鬼は救いようもない。周囲で見守るアヤカシ達も呆れた様子でいたのだが、足元をぐるぐるとまわり、品定めをする餓鬼達を見下ろした歩人が一番呆れていた。


「花子」

「提灯小僧! 明かりを消して!」


歩人が名を呼んだ事に即座に反応した花子はわき目も振らずに提灯小僧へと合図を送る。途端、アヤカシ達の視界がふと真っ暗に変わったと同時に、歩人の方向から甲高い悲鳴がいくつも聞こえてきた事に、アヤカシ達は驚いた。


「いいわよ、明かりをつけても」


一瞬の真っ暗闇の中から、再び花子の言葉によって明かりが灯った。


口裂け女は驚きのあまり目を見開き、周囲に居たアヤカシ達さえもその惨状に言葉を失った。


「あ…………がっ……」

「ひぎぃ……い……」


たった一瞬の闇だった。


その中で何が起こったのか、闇を好むアヤカシ達にも理解が出来ていない。


歩人は先ほどと変わらずその場に立ったままだったが、その足元には四足をバラバラに刻まれた餓鬼がいくつも転がっていたのだ。


アヤカシの世界にも死はある。


アヤカシは人間と異なり、体を切り刻まれても生命が強いため、すぐには死に直結しない。そもそも人間として一度死んでいる餓鬼達だからこそ、余計にその存在が消えることはない。虫の息ほどになった餓鬼達を見下ろした歩人は、先ほどから何も変わらない様子で淡々とした口調で告げた。


「知能は前世に置いて来ちゃったみたいだね。これに懲りたら、ここでは悪さをしないようにした方がいいよ。でないと、こわーいアヤカシがここを贔屓にしてるから」


まるで今起こった出来事がアヤカシの仕業だと言わんばかりの歩人の様子に、見守っていたアヤカシ達は顔を見合せては顔を横に振る。

今のは自分ではない、と互いに確認し合ったアヤカシ達の視線が再び歩人に向けられた時、痛みと元々持ち合わせていた飢餓の苦しみがまじりあった餓鬼の首が、途切れながらも言葉を紡いだ。


「ぎっ……ニン……じゃ、……な……」


先ほどの余裕はどこへ消え失せたのは、アヤカシが恐怖に慄く姿など滅多にみられるものではない。しかしながら歩人はふあぁとあくびをして、足元に転がっている餓鬼の頭をつま先で小突くと、小さく首を傾げて見せた。


「僕、人間って名乗った事ないけど?」


静かに紡ぎ出された答えに、餓鬼は目を大きく見開き、同時に事切れた。

彼の言葉に驚いたのは餓鬼だけではなく、事実を知らないアヤカシ達も同様だ。


そして、その中に口裂け女も含まれているが。


「……あゆちゃん……人間、じゃ、なかった、の?」


驚きながらも恐る恐る尋ねた口裂け女に対し、歩人は視線を向けてクスッと小さく、悲しげに微笑んで。


「……アヤカシでもないけれど」


あまりにも悲しげに微笑む歩人に対し、口裂け女はそれ以上追及することが出来なかった。


そんな様子を遠くで観ていた白爺は、くぴっとお猪口に口を付けながら誰にも聞こえない声でポツリとつぶやいた。


「――だから言ったじゃろうに……その御方(・・)はお前達には無理じゃと……」

中途半端ですが、ここでこのお話は完結です。

プロットはありますが、他の連載中小説を優先するため、続編連載は未定です。

ご拝読ありがとうございました。

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