第8話 イルシオンのための準備
「殿下。調度はいかがいたしましょうか?」
「……そうだな。水色の花柄を中心にしよう。……花瓶はこれ、ドレッサーはこれで」
「殿下。デイドレスが届きました」
「見せてくれ。……イルシオンが喜びそうだが……。どう思う?」
「そうですね……。あちらの国や我が国の流行を抑えつつ、王女殿下によく似合うものになっているかと」
「ありがとう。……よし、予算の7割で抑えられた。イルシオンが買い直せる余裕は確保できたな」
クラロは帳簿、調度のカタログを見ながら侍従長と話す。イルシオンが暮らす部屋の準備だった。
「……殿下。気合が入っておりますね」
「……彼女が楽しく留学生活を送れることが、同盟の維持に必要だからな」
「ええ。そういうことにしておきます」
侍従長は視線を緩める。そして、「では、他の仕事があるので」と退室した。
「ご苦労だった」
クラロはそう呟いて時計を見る。
「……夕食まで時間があるな」
彼はそう呟いて、一冊の本を取り出す。それは数式の並んだ理論書だった。
「……弾性。……山ほど大きなプリンであれば……」
「ジャムの粘度は……」
「……上昇気流の発生条件は……」
ページを捲る。理論を頭に入れる。
「……マシュマロの鯨であれば……」
次はうまく嘘をつくために。
「殿下、失礼します」
ノックの音が響く。入ってきたのは宰相だった。
「殿下、少し確認したいことが……」
「鯨が発生させる雨のことか?」
「いえ、経済政策の質問ですね」
「……すまない……。その……、忘れてくれ……」
クラロは視線を逸らす。宰相は「殿下も変わりましたな」と言いながら、書類を差し出した。
質問が終わったあと、書類を片付ける宰相に向かって口を開いた。
「すまない、さっきのことは父には……」
「もちろん言いません。……あなたまでいなくなっては、国が回りませんから」
「恩に着る」
「……陛下の前で、先ほどの事故を起こさぬようお気をつけください」
「……善処する。……その時は、同盟の維持に必要とでも言い訳する」
「お願いいたしますよ」
宰相は苦笑しながら念押しし、書斎を退室していった。
◇
一週間後、白い馬車が王宮の前に止まった。馬車を降りてきたのはイルシオンだった。
「ようこそいらっしゃいました、イルシオン姫。長旅で疲れたでしょう」
「クラロ殿下、お会いできて嬉しいです」
彼女は微笑みを浮かべてクラロの手を取る。そうして小声で囁いた。
「イルのおすまし、上手だった?」
「……ああ、完璧だった。もう少し頑張ってくれるか?」
「ええ」
くすくすと笑うイルシオンに、クラロもまた笑顔を浮かべた。
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