第7話 クラロの空想
イルシオンは笑顔を浮かべ、クラロの嘘をじっと待っていた。彼の視線が泳ぐ。
「……その……えっと……」
「……どうしたの?」
「……君から言ってくれないか? その、……あまり、思いつかなくて。その間に、考えるから」
彼女は特に気を悪くした様子もなく、「じゃあ……」と笑う。
「雲の上には、虹のお城があるの。そこではうさぎさんが虹を編んでいるのよ」
浮かび上がるのは、虹色に輝くお城。白いうさぎたちがぴょんぴょん跳ねながら虹を編んでいく。編まれた虹は窓から飛び出し、地上へと降り注いでいった。
(……なるほど、うさぎたちによる手工業か。虹は絹のようにも見えるな。なぜ彼らは虹を編む? 地上と売買契約でも結んでいるのか? ……いや、そうではなく。何か考えなくては)
「……虹のドレスは……」
クラロの言葉は止まる。なんとか息を吸い込んだ。
「……艶めいている。……えっと……淡く光り輝いて……」
クラロは必死に頭を回転させる。ちらりとイルシオンを見れば、彼女は楽しそうに笑っているように見えた。小さく胸を撫で下ろす。
「綺麗ね。じゃあ、ジンジャークッキーの国なんてどうかしら。建物も人も、全部ジンジャークッキーでできているの。街は甘い生姜の香りがするのよ」
世界が切り替わる。クッキーの街が現れる。建物も、道路も、行き交う人々さえも、全てがクッキーでできている。ジンジャーの匂いが鼻をくすぐった気がした。
(クッキーの国……。乾燥帯であれば成り立つな。乾燥している方が、匂いを感じやすいと聞く。……クッキーは焼きたての状態が維持されているのか? ……あるいは、単に高温なのか。……ではなくて、何か言わなければ)
彼は口を開こうとする。イルシオンはそんな言葉を遮って「ねえ」と口を開いた。
「楽しそうだけど、どんなことを考えてるの?」
「……楽し、そう……?」
「うん。眉間に皺はあるけど……、でも、楽しそう。イルにも教えて?」
彼は静かに目を伏せた。
「……君の発想には遠く及ばない、無粋なことだ」
「クラロ。嘘に上手も下手も、正解も間違いもないのよ? あなたの嘘、教えて?」
クラロは静かに黙り込む。ややあって、ゆっくりと口を開いた。
「……クッキーの国は、雨が降らない。ずっと乾いていて、暑い国だ。……だから、甘い匂いが強く残る」
「へえ! 周りには、何がありそう?」
彼は思考を巡らせる。……乾燥帯といえば砂漠。だが、通常の砂がある砂漠ではクッキーの国から見ると浮く。……粉砂糖?
「砂糖でできた砂漠……ではないか? ……サボテンも、砂糖菓子でできていそうだ」
「いいわね。甘くて美味しそう!」
イルシオンは笑顔を咲かせる。クラロは目を丸くした。
「……これで、いいのか……?」
「うん。だって、とっても楽しそうだもん! じゃあ、これはどう?」
彼女はテーブルに手をついて身を乗り出す。
「宝石の湖があるのよ。地面も水も、宝石でできているの。魚がジャンプすれば、宝石の雫が弾けるんだ」
「……その湖の水は、溶けた宝石だ。……空気に触れると、すぐに固まる。……だから、水面が光って見える」
クラロは顎に手を当てる。
「……魚の体にも宝石が膜を張るから、魚も煌めいている」
「……キラキラの魚? 人魚が欲しがるわ」
「……では、エルフと物々交換だ。新鮮な海の幸か……、真珠を使った工芸品か?」
イルシオンが世界を作り、それをクラロが広げていく。
「大きな白い鳥は? 空に羽ばたくと、キラキラとした粉が舞うの。その粉を浴びたら、空を飛べるのよ」
「なるほど。浮遊力を粉に頼れるなら、その鳥は遠くまでいけるな。渡り鳥たちもその粉を利用するだろう。色とりどりの鳥たちが白い鳥を先頭に隊列を組み、渡りを行う。白鳥は鳥の王、と呼ばれるのではないか?」
言葉が重なるたび、景色は少しずつ形を変えていった。ふと、クラロはイルシオンの顔を見る。
「……イルシオン、その、疲れてないか?」
「え?」
「……さっきから、祝福を使ってばかりだろう?」
彼女は黙り込む。そして、「……ちょっと、だけ」と笑った。
「……そうか。……今日は、このくらいにしておこうか」
彼はそう言って、イルシオンのカップに紅茶を注ぐ。
「……いい匂い」
「気に入ったのなら、次も用意しておく」
「ありがとう」
イルシオンは頬杖をついてクラロを見た。
「……イル、今日はすっごく楽しかった。クラロは?」
「……私もだ」
彼はカップに口をつけながら微笑む。
「……次も、一緒に遊んでくれる?」
「もちろん。……次までに練習しておくか」
「もう、クラロったら」
イルシオンはくすくすと笑い声をこぼす。心地よいその音を、クラロは静かに聞いていた。
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