第2話 正解のうちの一つ
数日後。クラロはディーア王宮を訪れた。ディーア王国王太子、ヒラソル・ディーアと意見交換中、それは起こった。
「ん? これ、どういうことだ?」
ヒラソルは書類を見つめながら首をかしげる。彼は怪訝な顔をすると、傍らにいたナランハ・ディーア第二王子に問いかける。ナランハは「兄上、しっかりしてください」とあきれたようにため息をつくと、書類を指さしながら説明する。二人の動きがぴたりと止まった。
「あれ? おかしいですね?」
「だよな? おーい、大臣大臣、意見を聞きたい」
ヒラソルが手招きすると、大臣が走ってくる。大臣は書類を見ながら、「……因果が反対になっているのでは?」と口にした。
「……本当ですね。……兄上、この書類の初版を作ったのって……」
「……俺だな」
「兄上?」
「いや〜。すまんすまん」
ヒラソルは「お前がいてくれてよかった」と笑う。クラロは返答を忘れた。書類を持つ指先に、わずかな力がこもる。
……嘘に違いない。リップサービスに違いない。そう考えた彼は目を凝らす。ヒラソルと目を合わせる。
「優秀な右腕がいてくれて、俺は幸せ者だ」
クラロの祝福は『真実の祝福』。まばたき一つなく凝視した相手の言葉が、真実かどうか分かる。
クラロの祝福は断定する。ヒラソルは嘘をついていない、と。
「クラロ王子?」
ヒラソルは怪訝な顔で彼を見る。クラロは口角を上げようとした。いつもの角度で。それが『正しい』王太子の姿だ、と。そのはずなのに、体は命令を無視する。気がつけば、口が動いていた。
「……王は……、迷わないのでは……」
「俺は迷ってばかりだぞ。人間だからな」
「……人間」
ヒラソルは笑う。ナランハはそんな兄の額を小突いた。
「兄上は迷いすぎです。しっかり立っていただかなくては、私は最愛の婚約者と結婚できません」
「しょうがないだろ。正解は人それぞれなんだから。だからみんなの意見を聞いて、たくさんの人にとって間違いではない選択をしないとな。頼りにしてるぞ」
「……まったく。あなたらしい」
ナランハは表情を緩める。小さく笑いをこぼした。クラロの呼吸が引きつる。
「……大丈夫か?」
ヒラソルは心配そうな顔をする。クラロは反射的に口角を持ち上げた。そして、「問題ございません」と答えた。
◇
夕方、クラロは懇親会出席の準備のため、一人廊下を歩いていた。
突然下から「わわっ」と高めの声が聞こえてくる。反射的に視線を向けた先にいたのは、アルバ・シエロ公爵だった。
「ハンカチ、飛んでいっちゃった!」
「大丈夫。取るよ」
闇の塊でできた腕が伸び、ハンカチをつかむ。出どころを見ればノーチェだった。……笑っている。使っているのは闇の雷ではない。祝福を使いこなしているように見えた。
「ねえねえ、カント。あのトピアリー、可愛かったわね」
後ろから聞こえてきたのは同母姉であるルナリア・ファーブラの声だった。クラロはそちらに視線を向ける。隣にはカント・ファーブラ次期公爵もいる。
「気に入ったんですか?」
「ええ! あのうさぎの下でピクニックしたいわ」
「……なるほど。では、庭師と料理人に連絡しておきますね」
「ほんと? あんたも時間作れる?」
「仕方がありませんね」
……笑っている。手から花びらを撒きながら、楽しそうに。
……なぜ二人は、笑っている?
読んでくださりありがとうございました。評価、いいね、ブックマークをしてくださると励みになります。




