第23話 黒衣の神父
――真夜中。
王都のはずれにある、小さな懺悔室。
息を潜めるように、一人の聖騎士が罪を告白していた。
「神父様、私は神に仕える身でありながら、娼婦の女性を愛してしまいました」
格子の向こうの神父は何も言わず静かに聞いている。
「誓って私達はふしだらなことはしておりません! しかし、胸に秘めたこの罪を、今ここに告白したいのです」
胸を押さえる聖騎士に、神父がそっと声をかけた。
「なるほど、罪深いことですね」
地獄の底から響くような甘い声だった。
「ですがご安心を」
神父は静かに立ち上がり、懺悔室の仕切り戸を開けて聖騎士の側に近づいた。
本来ならば、決して越えてはならない境界を、何のためらいもなく。
聖騎士の青年は驚いて固まる。
「その罪を、魂ごと私に捧げなさい」
囁いて、神父はその細長い指で、聖騎士の顎を掴む。
「え……?」
理解できないまま、聖騎士は神父から目が離せない。
神父の紅い瞳が暗闇のなかでギラリと光った。
「――う、うわあああああ!」
聖騎士の叫びが真夜中の懺悔室に響いた。
「なんということだ、懺悔室で魂を抜かれるとは……」
翌朝、小さな礼拝堂で聖騎士の身体が発見されて、テオたちも駆けつけていた。体には傷一つ無く、魂だけが抜かれて昏倒している。
悪魔に魂を抜かれた者は、その後回復する望みは薄い。仲間の犠牲を悼みながら、テオは団長として状況の確認に徹した。
「この所業は人間のものではあるまい。『黒衣の神父』にやられたか」
副団長は沈痛な面持ちで答えた。
「はい……まさか我々の間からも犠牲者が出るとは……」
「『黒衣の神父』の特徴は?」
「命からがら逃げ延びた民の話によりますと、背が高く、若く美しい黒髪に紅い目の男だったとか……」
黒髪に紅い目。
テオの脳裏に一瞬、古書店の主、ベルの顔が浮かぶ。
だが、(いや、まさかな)とすぐ否定した。
本もろくに持ち上げられないあの店主が、聖騎士相手に立ち回れるはずがない。
「……最後に必ず『その罪を、魂ごと私に預けなさい』と言うそうです」
本物の聖職者ならば、そんな事は言わない。
「聖騎士にまで手を出すとは恐れを知らない悪魔だ」
テオはつぶやくように言ってから、ぐるりと団員たちを見回す。
「より一層警戒を強めろ。小さな廃教会や礼拝堂は立ち入り禁止を徹底するように」
「はっ」
部下達が敬礼する。
――ベルから薬草辞典を借りたその日の夕方、アナスタシアから懐妊を告げられて、テオは飛び上がるほど喜んだ。
これから、できるだけ妻の側を離れないようにしようと誓った矢先にこの事件だ。
「早く解決しなければ……」
テオは剣の持ち手をそっとなぞった、その時。
「アル様! アル様!!」
女の金切り声が響き、テオたちは驚いて振り返った。
「こら!! 入っちゃいかん!!」
衛兵たちの制止を振りほどいて、女は魂を抜かれた聖騎士に泣きながら手を伸ばす。服装をみて、すぐにどこかの娼婦だとわかった。
「アル様、ああ、どうして……! 神にすべて告白して、結婚するって言ってくださったのに……!!」
女性は、アル、と呼ぶ聖騎士の身体にすがりついて慟哭した。
それだけで、アルが何故懺悔室を訪れたのか、聖騎士団たちはすぐに察した。
「……」
テオが無言で娼婦に歩み寄る。
「だ、団長?」
「お待ちください……!」
団員たちは震える声でテオを引き留めようとした。
テオは、団員たちが休憩時間に娼館の話を口にすることさえ嫌う清廉潔白な男なのだ。
同胞が娼婦との関係を懺悔するために死んだと知って、何をするかわからない。
娼婦も、真顔で自分に歩み寄ってくる王太子を見て固まった。今にも斬り捨てられるのではないか、と思う迫力だった。
「お、お許しください……」
テオは、娼婦を見下ろしたまま――動かなかった。
誰もが、次に起こることを息を詰めて見守る。
――テオは、ゆっくりと、膝を折った。
「……申し訳ない。私の責任だ」
王太子の口からこぼれたのは、謝罪。
思いもしなかった言葉に娼婦も聖騎士団員たちも、目を丸くする。
「貴女の恋人の敵は必ず私が取る」
無骨だが、誠実な言葉。
真っ直ぐな空色の瞳。
「わ、私をお責めにならないのですか……?」
娼婦は恐る恐る尋ねる。
「彼が遊び半分の女に誑かされていたのなら、それが貴族令嬢であろうと私は許さない。だが、そうではないのだろう。憎いのは魂を奪った悪魔だけだ」
テオの言葉に、娼婦の女性はその場で泣き崩れた。
団員たちは、テオが見せた行動に皆驚いている。
テオは、救護班に女性を保護するように告げてから、言った。
「これ以上、悲しむ人を増やしてはならない――行くぞ、皆の者」
相変わらず、美辞麗句のひとつもない。
けれど、テオの実直さは団員たちの胸に確かに響いた。
「――団長、変わったな」
若い聖騎士は、ぽつりとつぶやいた。
それに対して、最年長者の副団長は首を振った。
「いや、本来の気質がお戻りになったんだよ」
若い団員たちは驚いて互いに顔を見合わせる。
副団長は目を細めて、テオの背中を見つめながらつぶやいた。
「一年前、リリス様の聖女解任の時は、色々な重圧で追い詰められていたけどなあ――元の性格を取り戻したのは、妃殿下のおかげかもしれないな」
副団長はそう言ってふと微笑むと、キビキビと歩き出した。




